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思い出

  メリーアンが幼い頃。

 まだクロムウェル伯爵家に来たばかりの頃の話だ。


 その頃のメリーアンは、部屋に篭りっきりで、言葉も少なく、いつも何かに怯えていた。そんなメリーアンを飽きずに遊びに誘って振りまわしていたのがユリウスだった。


「メリーアーン! 起きてる? 起きてるだろ!」


 だんだんだん!


 扉をあんまり力強く叩くものだから、古びたドアは吹っ飛びそうになっていた。メリーアンは外に出るような気分じゃなかったが、流石にドアを吹っ飛ばされるのは困ると、ユリウスの呼びかけに応じた。


「……どうしたの」


「面白いものがあるから、おいでよ!」


「わっ……ゆ、ユリウス!」


 暗い顔のメリーアンを気にせず、ユリウスはメリーアンの細い腕を掴んでぐいっと引っ張った。

 メリーアンが連れられてやってきたのは、キッチンだった。台の上には小麦粉やらなんやらが置かれている。ぼけっとそれを見ていたメリーアンに、ユリウスが胸を張って言った。


「じゃーん! なんと今日はクッキーを作ります!」


「……クッキー?」


「おいおい、まさかクッキー知らないとか?」


「知ってるよ」


 ユリウスのからかいにムッとして、頬を膨らませた。それを見たユリウスが、プッと吹き出す。


「女の子って、お菓子とか好きなんだろ?」


「……」


「ほら、一緒に作ろう!」


 ──いつもそうだった。

 ユリウスは、落ち込んだメリーアンを励ますために、いろいろなことをしてくれた。

 面白い形の葉っぱを持ってきたり、木の枝を剣のように研いだものを持ってきたり。あるときは手を繋いで家畜を見に行き、またある時は騎士団の稽古を見学したりと、彼なりにメリーアンを励ましてくれた。


 ──それが今日は、クッキー作りだ。


(ユリウス……誰に聞いたのかな。女の子はお菓子が好きって)


 わざわざメリーアンのために、女の子が喜びそうなものを調べてくれたのだろうか。そう思うと、メリーアンの胸の底がほんのりと温かくなった。


 料理といっても、すでに厨房で働くものたちが生地を用意してくれており、あとは型抜きをするだけだった。そんな作業だけでも、幼い二人は興奮してしまう。


「見て。これ、つまみ食いした時に怒った料理長の顔」


 目が釣り上がった顔をした形の生地をメリーアンに見せる。

 メリーアンは思わずクスクスと笑った。

 よく台所で、ユリウスが怒られているのを見ていたから、そっくりなことがわかる。メリーアンの笑顔を見て、ユリウスも嬉しそうに笑う。


「こっちはメリーアンの顔」


「えっ」


 得意げにユリウスが指さした先には、なんだか変な顔の生地がある。


「……私、こんな顔なの?」


 メリーアンが不思議そうにそう言うと、ユリウスはポカンとした顔で言った。


「えっ? 俺、可愛くしたつもりだったんだけど……」


 そう言われて、メリーアンは真っ赤になってしまった。

 でも嬉しくて、やっぱり笑顔になってしまう。


「俺、メリーアンのその顔好きだな」


「……その顔って?」


「笑った顔」


 ユリウスがモジモジしながら言った。


「……だから、これからもメリーアンが笑えるように、俺、頑張るから」


「ユリウス……」


 型抜きを終えたら、料理長に頼んで焼いてもらった。

 メリーアンの顔をしたクッキーをもらったけれど、メリーアンはなんだかもったないくて食べられなかった。


 ユリウスはそれ以降、何度も何度もメリーアンをいろんなことに誘ってくれた。外に出る機会が多くなったからか、メリーアンは愉快な領民たちと触れ合う時間も必然的に多くなった。

 苦しいからこそ笑うのさ、と彼らは農作業をしながら豪快に笑う。

 ユリウスや領民たちの笑顔は、傷ついたメリーアンの心を確実に癒していく。


     *


 その日の夜は、クロムウェル夫妻に黙って、こっそり二人で屋敷を抜け出した。


「星を見に行こう!」


 そう言って、ユリウスがメリーアンを誘ったのだ。

 星がよく見える丘で、二人は並んで寝っ転がると、空を見上げた。

 たとえミアズマランドであったとしても、空の美しさは全く変わらない。あのはるか遠くにある星々は、ミアズマの影響を受けず、眩く輝いている。

 美しいものは美しいのだ。どんなところにあったって。


「……ユリウス、あのね」


「ん?」


「私、もう泣くのはやめにするよ」


 そう言うと、ユリウスは驚いた顔をした。


「ユリウスやみんなが励ましてくれたから……涙、もう出なくなっちゃったみたい」


 メリーアンはモジモジしながら言う。


「それにその……そっちの方が、ユリウスが好きって言ってくれたから」


 ユリウスは真っ赤になって目を泳がせていたが、そっとメリーアンの手を取った。


「……次の学期から、一緒に学校に行こう。もっと面白いこと、二人でたくさん見よう」


「うん」


 メリーアンはとびっきりの笑顔で頷いた。


「ありがとう。ユリウス」


 あの家から救い出してくれて。

 私に笑顔をくれて。


 ユリウス。大好きよ。


 メリーアンが微笑んでいると、ユリウスはおもむろに起き上がって、言った。



「まあでも、俺、浮気したんだけどな!」



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