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聖女様に婚約者を奪われたので、魔法史博物館に引きこもります。  作者: 美雨音ハル
第2章 美味しいアップルパイの作り方
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悲しみを受け入れる方法

「……あなたが次の管理者か?」


 フェーブルはのんびりとした口調で言った。

 低くて心地のいい声だ。

 惚けていたメリーアンははっと我に帰る。


「えっ? あ……」


 自分から協力を求めたというのに、メリーアンはその問いに曖昧に答えることしかできなかった。


(私、だって、こんなに恐ろしい博物館で働く気はないし……)


 あわあわしていると、フェーブルはじっとメリーアンを見つめた後、頷いた。


「……なるほど」


 フェーブルの青い瞳はメリーアンの心を見透かしているようで、メリーアンは恐ろしくなってしまった。


「マグノリアからこれを預かっている」


「……え?」


 フェーブルの右手がふわりと輝き、次の瞬間には一冊の本が乗っていた。

 フェーブルはそれをメリーアンに差し出す。メリーアンはそれを受け取った。紐で閉じられたその本には、〝妖精の展示室管理マニュアル〟と書かれている。


(これって……)


 束の間、メリーアンは喜んだ。

 この本を読めば、この恐ろしい展示室の謎がわかるかもしれない。

 表紙には、丸っこくて柔らかな文字でこう書いてある。



 〝敬意を忘れずに〟



(……? どういう意味なんだろう。これ、マグノリアというおばあさんが書いたのかしら)


 マグノリアは、メリーアンの前に管理人を務めていた人物だ。

 かなりの高齢だったという。

 メリーアンはパラパラとマグノリアの手記をめくってみた。


「何、これ?」


 メリーアンはがっかりしてしまった。

 そこにメリーアンの求めていたものは、何一つなかったからだ。


 〝美味しいアップルパイの作り方〟

 〝闇夜で靴を磨く方法〟

 〝薬草酒の注ぎ方〟


  ……などなど。


 どのページをめくっても、展示室の管理に全く関係のないことが延々と続いていた。

 おばあちゃんの知恵袋、と言ったところだろうか。

 とてもじゃないが、管理室のマニュアルとは思えない。


(そういえば、ちょっとボケ気味だって言ってったっけ)


 メリーアンはがっかりしてしまって、ため息をついた。

 パラパラめくっていると、ふとフェーブルの視線に気づいた。

 顔を上げれば、フェーブルは沈んだ声で言った。


「別れほど辛いものはないな。何度経験しても、胸が引き裂かれそうになる」


「え?」


「私はもう、数百年も生きているから、悲しみを受け入れる方法も知っている」


「……」


(悲しみを受け入れる方法……)


 フェーブルは自分の話をしているのだろう。

 けれどメリーアンは、ユリウスの話をしているのかと錯覚して、一瞬ドギマギとしてしまった。


 それ以降、フェーブルは何も話さず、じっと湖面を見つめていた。

 その横顔のあまりの悲しそうな顔に、メリーアンは何も言えなくなってしまう。他人の悲しそうな顔を見るのは苦手だ。メリーアンも同じように悲しくなってしまうから。


 今日はクイーンが現れる様子もない。

 妖精たちは話を聞いてくれないし、フェーブルもぼやっとしたまま。

 でも、マグノリアと呼ばれるおばあさんは、この管理室をよく収めていたという。

 メリーアンはマニュアル本に視線を落とした。


(……)


 ……悲しみを受け入れる方法って、なんなのだろう。


 それをフェーブルに尋ねたかった。

 けれど彼はぼんやりと湖面を眺めたまま、今日は何も答えてくれそうにない。


 どうすればフェーブルは私と話してくれるのだろう。

 なぜ妖精たちは、いつもあんなふうに暴れまわっているの?

 そもそも妖精とは、一体何者なの?

  マグノリアは、どうやってこの部屋を管理していたというのだろう。


(全く知らない分野だわ。だけど)


 ──ちょっと、気になるわね。


 メリーアンの中で、むくむくと好奇心が湧き上がってきた。


     *


 結局、初日は特に何も進まず終わってしまった。

 いや、正確にいえば、管理室を出た瞬間にブルードラゴンに食われかけたか。


「お疲れ様。怪我はないな?」


 勤務前と打って変わって、エドワードは優しくメリーアンにそう聞いた。

 メリーアンは、力なく頷く。


「ごめんなさい。何にもできなかったわ」


「怪我がないなら十分だ」


 朝になると、一気に疲労がやってきた。

 夜は魔法の力で元気になっているのだという。


「その本は?」


「フェーブルからもらったの。でも何も役立つことは書いてなかったわ」


 眠い目を擦って、ため息をつく。


「お疲れー!」


「メリーアンさん、大丈夫ですか? もし怪我なんかがありましたら、治療しますので言ってくださいね」


 ドロシーとミルテアは若干の疲労が見えるが、それでも元気いっぱいという感じだった。この仕事に慣れているのだろう。

 そういえば他のメンバーはどこに行ったのかとキョロキョロしていると、トニとネクターはドラゴンに吹っ飛ばされて気絶中らしい。それをオルグが看病しているとのことだった。


「……どうもありがとう。大丈夫よ」


 とにかくベッドに潜り込みたい気分だ。

 メリーアンは大欠伸をして、朝日の昇る帰路についたのだった。



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