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聖女様に婚約者を奪われたので、魔法史博物館に引きこもります。  作者: 美雨音ハル
第2章 美味しいアップルパイの作り方
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スカウト


 メリーアンが最も興味を惹かれたのは、大学だった。

 歴史の研究で有名な学校らしく、老若男女さまざまな人々が趣のある美しい建物に出入りしていた。

 

 中は誰でも自由に行き来でき、学生向けに商売をしている人たちも出入りしているので、非常に賑やかだ。

 授業は学生しか出られないが、図書館の利用は誰でも可能らしい。


(あのイカれた博物館のことも、もしかしたら調べれば何かわかるのかしら?)


 正直なところ、今となってはあれは夢だったのではないか、自分の頭の方がおかしいのではないかと、メリーアンはそんなことを思っていた。


(ちょうどいいわ。図書館にも興味あるし、少し見てみましょう)


 メリーアンは図書館で、あの博物館について調べてみることにした。


     *


「素敵……」


 天井近くまで伸びる書架が大量に並ぶ図書館に、メリーアンはうっとりとため息をついた。

 古い紙の匂いをかいで、学生の頃を思い出す。


(ユリウスのレポート、何度も代わりに書いてあげたっけ)


 メリーアンは本が大好きだったが、ユリウスは大の苦手だった。

 だから調べ物が必要なレポートは、ユリウスの代わりに何度も書いてあげたことがある。


 それにしてもものすごい蔵書数だ。

 本好きなら、ここは天国かもしれない。

 しばらく雰囲気を堪能したメリーアンは、受付に寄った。

 

「魔法史博物館に関する書物を探しているんですけど、そういうのはありますか?」


 そう尋ねると、司書は怪訝な顔をした。


「一番詳しい蔵書は、博物館内の資料室にあるかと思いますよ。資料室の利用は無料ですから、そちらで探すのはどうでしょう?」


「あー……その、どうしてもここでみたくて」


(もう二度とあんなところ行きたくないもの……)


 司書はキョトンとした顔をしていたが、肩をすくめると、本の在処を教えてくれた。どうやら妖精学の本と同じ場所にあるらしい。

 メリーアンは礼を言うと、早速魔法史博物館について調べ始めた。


「やっぱり私の頭がおかしくなった説が濃厚だわね……」


 けれどしばらく調べて、メリーアンはため息をついてしまった。

 やはり展示物が動くなんて馬鹿な情報はどこにも書いていなかったのだ。


「……?」


 博物館について考え込んでいたメリーアンは、すぐそばに生徒たちが集まっていることに気づいた。

 女性の講師が何やら生徒たちに語り聞かせている。

 どうやら授業の一環で、図書館を使用するらしい。

 

 そんな中、女学生のヒソヒソとした声がメリーアンの元まで届いた。


「ねえ見て。あれ、キャンベル教授じゃない?」


「本当だ! ねえ、なんかこっち見てない?」


 女学生たちがそわそわし始める。


(何かしら?)


 メリーアンは気になって、女学生たちの視線の先を追った。

 その瞬間、凍りついてしまう。


 ──まさか。


 メリーアンは冷や汗をダラダラと流した。

 早く出て行きたいのに、足が動かない。


 メリーアンの視線の先にいたのは、間違いない。

 博物館で夜間警備をしていた、銀髪の男だ。

 しかしどうしたことか、今日は警備服姿ではなく、きっちりとした服をきていた。雰囲気が違って、一瞬誰だかわからなかったほどだ。


 男は満面の笑みを浮かべて、こちらに近づいてきた。

 女学生たちがいっそう騒がしくなる。


「ねえ見て、私たちのところに来るわ!」


 ところが、男は女学生を素通りしてこちらへやってきた。

 メリーアンは後ずさったが、後ろは書架。


「君」


「……」


「君だ」


(ひいいいい! やっぱりそうだ! あの男だわ!)


 逃げる間もなく、がっしりと腕を掴まれる。

 

「すみません、この子を少しお借りしても?」


「え? あ、ああ……」


 講師はたじろいだが、ふとメリーアンの顔を見て目を丸くした。


「あら? どうもうちのゼミ生ではないようですわ」


「は、はは……」


(あああああ、どうしよう)


 メリーアンは冷や汗をダラダラとかいた。


「少し話があるのですが、お時間よろしいでしょうか?」


 にっこり(威圧)


 その凶暴な笑顔を見た瞬間、メリーアンは愛想笑いを浮かべたまま、逃げる意思を失ってしまったのだった。


     *


「単刀直入に言う。うちの博物館で働いてくれ」


 先ほどまでの愛想のいい笑顔はなんだったのだろう。

 昨日と同じ、ゴロツキのような態度で、目の前の男はメリーアンにそう言った。


(む、無理……)


 ソファに座ったメリーアンは冷や汗をダラダラと流していたのだった。


     *


 ──ついて来い。


 蛇に睨まれた蛙のようになってしまって、メリーアンは教員室の一室だと思われる部屋についてきてしまった。


 男は「エドワード・キャンベル」と名乗った。聞き覚えのない名だ。どこかで見たことがあるような気がしていたが、やはりメリーアンの勘違いだったのかもしれない。


(でもこの人、教授って呼ばれてたわ。警備員だったり教授だったり、一体何者なのかしら?)


 メリーアンはそう思いながらも、男──エドワードから視線を外した。


「あの……ごめんなさい。私、なんの話だか、さっぱりで……」


 ソファで小さくなりながら、できるだけ知らないふりをする。


「んなわけねーだろ。あんたはこの間の夜見たはずだ。動く展示物を」


「……」


「ちなみに気絶したあんたを介抱したのは俺だぞ。二回もな」


「う、うぐぅ……」


 そういえばそうだった。

 メリーアンはエドワードの前で気を失ってしまったのだ。

 言い逃れできないと悟ったメリーアンは、肩を落とした。ちらりとエドワードを見る。相変わらず綺麗な顔をしているが、態度はゴロツキそのものだ。


「あの……あなた、一体なんなんですか……?」


「博物館の夜間警備員。あとはこの大学の職員でもある」


「そ、そうじゃなくて……」


 メリーアンは昨日のことを思い出して、身震いした。


「あの博物館は……あなたの魔法で、動いているの?」


 そう言うと、エドワードは肩をすくめた。


「とんでもない。俺はあんなこと出来ねぇよ」


「じゃああれはなんだったの? 私、自分の頭がおかしくなったのかと思ったの」


 そう言うと、エドワードは少し笑った。


「あれは、フェアリークイーンの魔法だ」


「……」


 メリーアンが可哀想なものを見るような目をしたので、エドワードはムッとした。コロコロとよく表情の変わる男だ。


「働いてくれるなら、詳しく話そう」


「嫌よ。だってあんな危険な仕事、命がいくつあっても足りないわ」


 ドラゴンに踏み潰されそうになり、グリフォンには追いかけられ。

 下手をすれば猛獣たちの餌になるところだった。

 どんな事情があるかは知らないが、正直言って正気じゃない。


「だが、クイーンがあんたを認めた。あんたにはこの仕事の、素質がある」


「……」


「他の誰にも出来ない。あんたにしか出来ない仕事なんだ」


(私にしかできない仕事……?)


「あんた、訳ありの貴族なんだろ? うちで働くなら、匿ってやってもいいぞ」


「えっ? な、なんで……」


 メリーアンはギョッとしてしまった。

 自分のどこに、貴族のように見える要素があったというのだろうか。

 オロオロしていると、エドワードはため息をついた。


「いくら格好を変えたって、所作や雰囲気で分かるさ。それに俺はあんたを……」


「?」


「……よそう。ふわふわした会話じゃ何にもまとまんねぇ」


 エドワードは頭をガシガシと書いた。

 先程、図書館で見せた優雅な所作とは全く違う。


「試用期間は一月。その間、日払いで七十万ダール支払う」


「な、七十万ダール!?」


 メリーアンは思わずごくりと唾を飲んだ。

 平民が三ヶ月ほどは贅沢して暮らせる額だ。

 しかも、日当で。

 一文なしのメリーアンは、心が揺れてしまった。


「仕事内容は、オリエスタ博物館の夜間警備。展示物が外に逃げ出さないよう見張ってもらう」


 メリーアンの顔はスナギツネのようになった。


(イカれた仕事だわ……)


 でも、とメリーアンは考える。


(一日分だけでも賃金をもらえれば、この街から出られるわ)


 メリーアンはごくりと唾をのんだ。

 夜の間展示物を見張るだけの、簡単な仕事だ。

 こんなにいい条件の仕事は、他にないだろう。


(……命の危険さえなければ、ね)

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