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解いてしまった呪い

作者: がっちゃん

勇者パーティーが成功したあと、こんなこともあるのでは?

 アリカメ王国の宮廷では、王女が涙ながらに兄の王に訴えていた。

「嫌です。あんな何もないところの野蛮人に嫁ぐのは。」


王が黙っていると、周囲の若手貴族からも次々と賛同する声が上がる。


「野蛮人に王女を行かせることはない。」

「昔の約束は見直すべき。」

「もう援助金も必要ない。」


一方で、宰相や軍務大臣は、魔族の侵攻を抑えているのは、辺境伯の力であり、彼への婚姻や支援は初代王が定めたことと、これまでの約定を守るよう求める。


収束しない議論を決めたのは、王女の行動だった。

「どうしてもというなら自害します。」


それを聞いた王は

「妹を死なせる訳にはいかない。初代王から100年が経つ。約定も見直していい頃合いだろう。」と辺境伯との関係の見直しを決めた。


ここアリカメ王国の始まりは、魔王討伐の勇者パーティからであり、勇者と聖女が王家となって国を治め、戦士と魔法使いが辺境伯家となって魔族を抑える役割を担った。


しかし、辺境伯の所領となった魔族との境界は荒れ地であり、多くの兵は養えない。そのため、辺境伯に魔族からの防衛義務を負わせるとともに、王家から多額の援助金を支給し、更に両家の密接な関係を保つため、2代に一度は王女を辺境伯に嫁がせる約定を締結していた。


第6代の辺境伯の当主と王女は生まれた時からの許嫁であり、毎年顔を合わせていたが、最近王女は激しく彼と会うのを拒み、ついに結婚式まで10日という今になって結婚自体を拒否してきた。


(どうせ取り巻きの貴族どもに唆されたのだろう。)


王女は国一番の美女と言われ、高位貴族では夫の座を虎視眈々と狙う者も多いと聞く。


王は自室に戻り、騎士団長と書記官長に愚痴をこぼした。

どちらも長年の友であり、最も気が許せる存在だ。


「辺境伯にどう言えばいいのか。ただでさえ援助金の大幅な削減を言い渡すつもりだったのに。」


「もはややむを得ません。約定自体を破棄するしかないかと思います。」


「そうです。近年は大規模な魔族の侵攻も聞こえてきませんし、辺境伯にそこまで頼むこともありますまい。」


側近の言葉に自信を得た王は、「これを破ることなかれという初代王夫妻の言葉はあるが、時代の流れに合わせて約定を廃棄することにしよう。」と決意した。



7日後、辺境伯は王都に到着し、早速、王に拝謁を申し出た。


王は、いよいよかと身を震わせた。当初は百年に亘る約定を破棄するのは辺境伯や先祖に申し訳ないという気持ちもあったが、妹や貴族、官僚からは、これをできるのは王しかいないと煽てられ、すっかりやる気になっていた。


「辺境伯、久しぶりだな。元気そうで何よりだ。」

王が跪く辺境伯に声をかける。


「王も壮健なご様子で、よろしゅうございました。

早速ですが、約定に従い、王女の降嫁と援助金の支給をお願い申し上げます。」


「その件だか、悪いが、できなくなった。」


「どちらがですか?」


「両方だ。これには訳があってな。」


その言葉を聞くや、話そうとする王を遮り、辺境伯は立ち上がって吠えた。


「訳などいらん。では、約定はどうする!」


辺境伯は身長190センチ、体重100キロの巨漢であり、王は威圧されながらも大声で叫んだ。


「約定は役目を終えた。これを破棄する。」


「よかろう。では、約定書を出せ。我らのものと併せて燃やすぞ。」

もはや王を敬う様子もなく、辺境伯は指示をした。


王は、予想と違う展開に慌てながらも、相手の気が変わらないうちにと、宰相に約定書を持ってこさせた。


表を見ると、「この約定を永遠に守るべし。これを破ろうとする者に呪いあれ!」という言葉と初代王夫妻のサインがある。


王はそれを見て、躊躇うが、「よこせ」と辺境伯に横から奪われ、そのまま辺境伯の持参した約定書と併せて火をかけられた。


(辺境伯のものにも同じように書いてあるのか?)

好奇心から覗き込むと、「我が子孫よ。一刻も早くこの鎖を解くべし」

という言葉が見えた。


(約定は初代王夫妻と辺境伯夫妻の双方が望んだものではなかったのか。私は何か間違ったのか?)


迷っている間に2枚の約定書は燃え尽きた。と同時に、遠くの方から「やっと解放された」という高笑いの声と「愚かな子孫よ」という嘆きの声が聞こえた。


見届けた辺境伯は、満面の笑みで部下に「帰るぞ」と言い放ち、去っていこうとした。


王は、「待て。約定は無くなっても引き続き臣下として、魔族防衛に力を尽くせ。」というが、返事も返って来なかった。


辺境伯が見えなくなると、王女や家臣の安堵のため息が聞こえた。


「ああ怖かった。でもこれで辺境へ行かなくても良くなったのね。ありがとうお兄様。」


喜ぶ王女に対して、家臣は今頃になって辺境伯の態度に憤懣を露わにしていた。


「あの無礼者が! 軍を出して征伐しましょう。」


「約定の破棄を喜んでいるようふりをしていましたが、負け惜しみでしょう。今頃泣いて後悔していましょう。」


今になって言うなら、あの場で言えよと王は思ったが、口には出さなかった。


ただ「辺境伯の動向には暫く気をつけてくれ。」という指示を出すに留めた。



1ヶ月後、特に辺境伯に動きもなく、緊張もなくなってきた中、王女から申し出があった。


「お兄様、公爵との婚姻を認めていただけませんか。」


公爵も横にいて、「王女の降嫁を認めていただき、更に王のため、国のために粉骨砕身尽くす所存です。」と申し出る。


(公爵といえば、宮廷でも洒落者で通っている男だが、戦争でも内政でも実績を聞いたことがないなぁ。こいつが妹を煽っていたのか。)


「公爵よ。その心意気は買うが、王女との婚姻には何か実績が欲しい。なんらかの手柄を立てれば認めよう。」


公爵は王女と顔を見合わせ、「わかりました。王女をいただくのにふさわしい手柄を立ててみせましょう。例えば、王を侮辱した馬鹿な貴族の首などでいかがでしょうか。」と言うと、


周りの貴族は、

「それは素晴らしい。公爵様の力があれば辺境伯など容易いでしょう。」

「その際には私にも協力させていただきたい。」

などと一斉に称賛の声を上げた。


(バカどもが。辺境伯の軍はずっと魔族と戦ってきたのだぞ。王都でチャラチャラしてたお前たちの兵が勝てるわけがないだろう。しかし、貴族と辺境伯の私闘であれば、王家は痛くも痒くもない。)


「王として認めるわけにはいかないが、王女を思う気持ちはわかった。その成果を見せてくれ。」


王の言葉を受けて、公爵と取り巻きの貴族は意気揚々と退出した。


王が疲れを感じ、「今日の政務は終わりか?」と声をかけると、側近から、

「王と王女に面会を希望されている方がお待ちです。」と言われる。


「誰だ」

「先々代の辺境伯妃です。」


と言えば、お祖父様の妹で辺境伯に嫁がれた方、我らの大叔母に当たる。

どうしたのか。約定を破棄したので実家に帰るように言われたのか。

だとしたら申し訳ないことをした。


すぐに大叔母と面会することとしたが、先方は王と王女だけと話したいという希望だ。追い出された恨み言なら大勢で聞かない方がよかろうと思い、小部屋で3人で会った。


大叔母は当時国一番の美女と言われたそうだが、老いても凛とした姿で、若い頃の美貌を窺わせたが、何かとても不機嫌そうに見える。


「あなた達は何を考えているの!」

第一声が厳しい声での叱責だった。


「何をお怒りでしょうか。辺境伯家から追い出されたのはお気の毒でしたが、王宮でゆっくりとお暮らしできるよう手配いたします。」

王の言葉をろくに聞きもせずに、元の辺境伯妃は言った。


「すぐにあの子に、援助金と花嫁衣装の王女を連れて、謝りに行きなさい。私も口添えすれば、あの子は甘いところがあるからまだ許してくれると思うわ。」


あの子というのは辺境伯のことか。

何か話が通じない。妹を見ても目を白黒させている。


「大叔母様は追い出されたのではないのですか?」


「何か勘違いをしているようだけど、私は辺境伯家でとても大事にされているわ。ここに来たのは、実家が見ていられなくて、あの子に頼み込んで来させてもらったの。このままでは王家は滅びるよ。」


何を勘違いしているのか。援助金が来なくなって困った辺境伯に頼まれたのか。

王が返事をしないと、ため息をつきながら大叔母が言った。


「あんた達は聖女だった初代王妃の日記を読んでないのかい。父親は何をしてたのか。」


「父は突然に亡くなったので、何も聞いてません。」


「じゃあ、すぐに読んだほうがいい。それと、あの子のことを見くびっていると酷い目に遭うよ。私もできれば実家の滅亡は見たくないけど、今は辺境伯家が自分の家だからね。あんまり遅いと手の打ちようがなくなるから。」


言うだけ言うと、あの子が心配しているとサッサと帰っていってしまった。

何だったのか。


でも、言われた初代王妃の日記が気になり、書記官長に探させると、王家しか入れない秘密の書庫にあるらしい。


王は初めて入る部屋に少しワクワクしながら、本棚を探すと、大きく「聖女であり初代王妃、メアリーの日記」と書いてある本が見つかった。


それを読み始めると驚くべきことが書かれていた。


魔王を倒すまでは伝承どおりだったが、その後、王国の体制を巡って、勇者と聖女、戦士と魔法使いで激しい争いがあったようだ。


勇者夫妻は自らが王となり、戦士夫妻に魔族との境界を領土として与え、王国の盾となることを望んだか、戦士夫妻はそれに激しく反発し、国土の半分を自分達の王国にすることを要求し、戦いの一歩手前までいった。


お互いに戦うことを望まなかった勇者と戦士が話し合い、戦士が王国内に辺境伯となり、魔族の監視役となることと、その領土として国土の三分の一を渡すことで合意した。聖女と魔法使いは激しく反対したが、夫達が粘り強く交渉し、なんとか合意に持ち込んだ。


合意内容を約定として、調印することとし、調印式で、勇者と戦士が署名と血印をした時、いきなり約定書の文字が変わり、全く異なる文書となった。


それには、辺境伯は王の指示の下、魔族と戦う義務があること、領土は国土の1割とすることが記されていた。これは当初の勇者夫妻の要求どおりの内容であり、一読した戦士夫妻は激怒した。


「騙したな!」


しかし、勇者もそれを見て呆然としていることに気づくと、すぐに聖女を見た。


彼女はクスクス笑い、

「おバカさん。署名血印した以上守ってもらうわよ。」と言った。


戦士は約定書を破ろうとしたが、破れるどころか強烈に身体が痺れて動けなくなる。


そこには、聖女の強力な魔法がかかっていて、戦士夫妻はもはや約定を守るしかないことを理解した。


「こんな強力な魔法の代償は大きいわ。何を代償にしたの?」

魔法使いの問いかけに、聖女は笑って言う。


「私と私に仕える家臣の生命と引き換えよ。

これでかわいい坊ややその子供達が安泰なら命も惜しくないわ。

家臣たちも満足でしょう。」


王宮の方からは、王妃付きの家臣が見当たらず、中庭に大量の屍体があると大騒ぎしている。


「狂っている」と戦士は吐き捨てる。

勇者を見ると「何故、僕に相談もせずにこんなことを」と聖女に迫っているが、「あなたのようにぬるいことを言っていては、子供たちに王位は継承できないわ」と冷たくあしらわれていた。


 血を吐き倒れ伏す聖女と隣でオロオロする勇者を見て、戦士と魔法使いは帰国することとするが、その前に一言言う。


「この約定書は両者の合意があれば破棄できる。子孫想いはいいが、何代後まで守るかな。

 この約定書が破棄されたときがこの王国の終わりだ!」


勇者は妻の身体を抱きしめながら、叫ぶ。

「メアリーが命を懸けた約定書だ。未来永劫守るに決まっている!」


初代王妃の日記を読み終えた王は呆然とするが、その時、軍務大臣が駆け込んでくる。


「陛下、辺境伯の軍と魔族が共同で侵攻してきました。

我軍はことごとく撃ち破られ、王宮に来るのも時間の問題です。」


展望台から見ると、意気揚々と出発した公爵達の首がぶら下げられ、辺境伯を先頭に大軍が向かってくる。


「宰相、急ぎ辺境伯へ使者を出し、先般の約定どおりに王女を嫁がせ、援助金も出すと申し出てくれ」


「お兄様!」

妹の悲鳴が聞こえるが、それどころではない。


使者が白い旗を掲げて向かうが、話も聞かずに一刀で斬られる。


もはや話を聞く気もないようだ。

やむを得ず籠城するが、これまで戦をすべて辺境伯に任せてきた王の軍は素人同然。しかも理由が王女の我儘であることは周知のことであり、士気も上がらない。


市民の反乱も起こり、王はなすすべなく辺境伯に降伏する。


「赦してくれ」

王と王女が跪く前で、辺境伯は王の椅子に座り言う。


「俺が赦してやりたくとも、祖先が赦してくれん。

辺境伯家の家督の儀式を知っているか?

初代辺境伯夫妻の無念を忘れず、約定書が破棄され次第、王家に復讐すること。

そう書いてある初代辺境伯夫人の血染めの誓いの言葉を読み、毎日復唱するのだ。」


そう言うと、部下に向かい命じる。


「王都で価値あるものをすべて運べ。

ここは荒野にしろ。

魔族には十分な報酬を渡しておけ」


そして王兄妹に言う。


「お前たちは命ばかりは助けてやる。

初代王妃の呪いがあるかもしれん。

しかし、子孫は残せないよう手術する。

それが子孫のために命をかけた初代王妃への一番の復讐だ。

あとは庶民として生きて良い。」


王と王女は牢獄に入れられる。


王女は牢獄の中で振り返ると、辺境伯とは幼い頃からの許嫁であり、ずっとそれを当然と受け止めてきたのに、何故こんなことをしたのかと後悔の思いでいっぱいであった。


辺境伯は彼女を大切に扱ってくれ、手紙やプレゼントも欠かさず、王都に出てきたときには必ず会いに来てくれていた。一緒に領地を治め、国のため、民のために尽くそうと約束していた。


(あの公爵達に唆されなければ!)

それが父と母が死去し、兄は王の仕事で手一杯。辺境伯も家督を継いだばかりで手紙は来るが、会いには来なくなっていた。誰も止める人がいなくなる中、結婚までの間だけと王女は若い取り巻きの貴族と遊び始めた。


王都の盛り場で遊び呆けているうちに、遊び仲間から辺境伯とその領地の悪口と公爵がいかに素晴らしいかを何度も聞かされ、だんだんその気になる。


それからは辺境伯からの手紙に返事も書かず、兄の王に結婚拒否を願い、その結果がこれだ。

すべては自業自得だが、兄と王都の民には申し訳ない。

外では財物を持ち出す音と泣き叫ぶ声が聞こえる。


涙を流し、懺悔する中、牢獄の外に人の気配がする。


「久しぶりだな」

元の婚約者の姿がそこにあった。


「一緒に生きていこうとずっと思っていた長年の婚約者に別れを告げに来た。

その顔を見ると正気を取り戻したようだが、遅かった。

悪いが、俺も、初代様の恨みが刷り込まれていて許すわけにいかない。

もう会うこともあるまいが、せめて処罰後は自由に生きてくれ」


そう言って去っていく辺境伯に、王女は涙を流しながら「ごめんなさい」と言うしかなかった。



次の日、王は宮刑とされ、王女は子宮を傷つけられ、釈放された。


その後、初代王夫妻の墓前で自殺した王と王女の遺骸が見つかる。

王女は辺境伯から贈られたネックレスや指輪を嵌め、懐には辺境伯へ謝罪した手紙が入っていた。


辺境伯は彼らを丁重に葬ると、初代辺境伯夫妻の墓に詣で、「復讐は済みました。もう気が済んだでしょう。私も復讐の呪いから解放してもらいます」と祈る。


すぅ~と、黒い影が飛んでゆく。


「やれやれ。ご先祖の喧嘩につきあわされていい迷惑だった。

お前たちもその犠牲者だな」

もういなくなった王と王女に呼びかけると、辺境伯はスッキリした顔で馬を走らせた。



















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[良い点]  自分勝手という言葉では到底足りない邪悪な聖女の呪いが解けて本当に良かった。聖女の望んだ「かわいい坊ややその子供達が安泰」も消え去って、最高のざまぁでした。  呪いがあったとはいえ、先々…
[良い点] ・色々なしがらみが精算されてスッキリ ・子供の為とはいえ、今すぐ手を打たなきゃ死ぬってわけでもないのに多数を犠牲にするサイコパス聖女の企みが潰されて良かった [気になる点] ・公爵や若い…
[良い点] 辺境伯、毛利家の新年会みたいなことやってそう
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