第五話 差光
キーンコーンカーンコーン
一日の終わりを告げるチャイムが鳴る。
それにより公共の束縛から解放された生徒達は、我先にと各々の行動を取り始めた。
帰宅する者、部活へと向かう者、駄弁る者………様々な人種が行き交っている。
そんな中、教室の端で教科書類を鞄に詰め込み、人知れず帰宅しようと準備した男子生徒―――荒空葉月は席を発つ。その足は真っ直ぐと教室の出入り口へと向いているが、しかし、踏み出すことはない。
何故ならば―――
「葉月くん!一緒に帰ろっ!」
女子生徒―――未天仄火が葉月の進路を塞ぎ、待ち伏せするように待機していたからだ。
仄火は葉月よりも頭ひとつ分身長が小さく、その容姿は可愛らしい。瞳は彼女の活発さを表すように大きく、柔らかそうな唇がこれまた活発そうに笑みを象っている。一つに結ばれた髪もそれを助長させていた。
そして、なんといってもコミュニケーション能力が高い。入学して半月も経たない内にクラスの大半の人間と友人関係になっていた程だ。当然、クラスの人気者であり、特に男子生徒から人気が高い。つまり、モテるのだ。
そんな元気っ子の典型例のような彼女は、入学して3ヶ月経過した現在、クラスで孤立し、浮いていた葉月に絡むようになっていた。
ことある毎にクラスの活動や行事に巻き込み、なにかと引き摺り回すのだ。
葉月としては何故そうなったのかわからないのだが……。
葉月は関わることを辞めさせようとしたが、あんまりにもしつこかったため、最終的に仄火を放置すると決め込んだのだった。
「………君はモノ好きだな。未天さん」
「むぅ〜、そういうこと言う!私はただ葉月くんともっと仲良くなりたいだけだよ!」
葉月が呆れが籠った返答をすると、仄火はそれにぷんぷん、という擬音がつきそうに頬を膨らませ憤りを露わにする。
「もう!行くよ!」
プイッ、と顔を背けて先導するように教室を出て行く仄火。そんな一連の可愛らしい仕草に、クラスの男子共はやられていたが、葉月は特に気にせず、ついでに突き刺さる嫉妬の視線も受け流して下駄箱に向かい教室を出て行った。
その先で仄火と合流して帰宅して行く。
「それでねぇ〜、課題のことすっかり忘れて焦っちゃったんだよねぇ〜。葉月くんもそういうことなかった?」
「ない」
「ええ〜うっそだぁ。一回ぐらいはあったでしょ?」
「ない」
「むむむ、怪しー。あ、じゃあ何か苦手なことない?葉月くん学校のことなんでもそつなくこなしちゃうから」
「特に思い浮かばない」
「………ふっふっふっ。私はわかったよ、君の苦手なことが!ズバリ!それは対人関―――」
「やろうと思えばできる」
「えぇーー!なにそれぇーーーー‼︎」
下校しながら和やかに会話―――というには両者の温度差があり過ぎるが、一応会話のキャッチボールは成立している。
二人は徒歩だ。
高校から家が近いからである。また、双方知らなかったが両者の家も程近かった。歩いて五分程度だ。
『ご近所さんだったんだね!これでもっと仲良くなれるね!』
『…………そうだね』
とは、それを知った際の反応である。葉月は生涯で一番心がこもっていない同意をしたかもしれない。
ちなみに、どちらも一軒家だ。
「じゃあ、また明日ね!」
「ああ」
最後まで温度差があったが、仄火が話題を振り葉月が端的に答えることで妙に調和があっていた二人は、住宅街のT字路で左右に別れる。
右側へ曲がった葉月は、逢魔が時の空を見上げた。
「……なんなんだろうなぁ、あいつ」
そう言った口が楽しそうにつり上がっていたことに、本人は気づいていない。
一ヶ月後、葉月達が通う高校は夏休み期間に突入した。葉月達は高校生になって初めての長期休暇である。
ピンポ〜ン
インターホンが鳴る。
「こんにちは、仄火だよ!」
現在、仄火は葉月の家に訪れていた。
仄火は、普段着ていた制服ではなく、私服の白いシャツとジーンズのショートパンツを穿いており、彼女らしく動きやすそうで、シンプルなものだ。その姿は制服とは異なる魅力があり、他の者が見ていたらギャップにグッ、とくるだろう。
制服が普遍的な良さだとすれば、私服は個性が全面に出ている良さだ。
対して、玄関から出てきた葉月の服装は風情の欠片も感じない。上下ともに黒い半袖半ズボンで、使い古されてよれており、上のシャツはサイズが大きいのかダボっとしている。
「んん?………あはは、学校ではいつもビシッとしてるのに家だとラフなんだね。一瞬誰かと思ったよ」
「やかましい」
仄火の第一声に葉月がつっこみを入れた。
当初は居留守をしようかとも考えた葉月だが、そうすると後々バレると騒がれるのと、メールが大量に送られてきたり面倒な為、げんなりしながら応じたのだ。経験則である。
「それで、何の用だ」
「今、暇かなと思って。よかったら一緒にどこか行かない?」
どうやら外出の誘いに来たらしい。誘い、というにはわざわざ家まで来て、その背にはリュックが背負われていることから、仄火の中では確定事項のようだが。
「……………………………………………………………………………………えー」
「ちょっとー!そんなに嫌そうな顔しなくても!前も一緒にゲームセンターとか行ったでしょ」
確かに、以前にも仄火と葉月は共に出かけたことがある。その日は、学校からの帰り道をいつものように二人で歩いていると、仄火が寄り道を葉月に提案したのだ。葉月は当然断ったのだが、仄火が食い下がったのと、帰り道の途中のゲームセンターで妥協したことから少しだけ付き合うことにした、というのが事のあらましである。
当時は即答で断ったが、今、間をつくっているのはいい兆候か………
「断る」
しかし、葉月はその間が嘘のようにキッパリと拒否を告げた。
「も〜、なんでぇ〜」
「行く理由が無いからな」
「行かない理由も無いでしょっ!」
「じゃあ、そういうことで」
ぶーたられる仄火の言う通りだが都合の悪いことは棚に上げて、その抗議の声を華麗にスルーした葉月はスッ、と家に入ると流れるように扉を閉めようとする。
「ま、待った!」
直前に、仄火が足を扉に挟み込んだ。
なので、葉月はその足を潰しにかかる。
「…………」
「アッ、ちょっちょ痛い痛い痛いぃぃぃ‼︎」
ギギギ、と扉を閉めようとする葉月に、痛みに叫ぶ仄火。葉月は本気で力を込めているため、仄火はだいぶ痛いだろうが、それでも足を引き抜くことはしない。
そんな攻防を繰り広げること数分、観念した葉月が再び用件を尋ねた。
「……なんだ?」
「そ、その前に足を………い、いいや。あのね、じゃあ葉月くんちに上がっていいかなって」
ジト目で仄火の足を挟んだまま尋ねた葉月だったが、それを聞いて片眉をピクリ、とさせる。
「そ、それなら葉月くんもやりたい事できるし、いいかなって。あ、私のことは気にしなくていいよ!」
それを見た仄火は、葉月の表情の変化に驚き、あたふたと少し慌てた様子で言葉を続けた。
葉月はそれを聞いて考え込む。
そして、暫くすると扉を開け、
「どうぞ」
と、相変わらずの無感情な声で仄火を誘った。
「っ、い、いいの⁉︎やったぁー‼︎」
まさか本当に許可が出るとは思っておらず、仄火はその場で飛び跳ねて喜ぶ。その顔は、喜色満面。その一言に尽きた。続けてそんな雰囲気のままお邪魔しまーすっ、と弾む声で扉を潜った仄火を、葉月がリビングまで案内する。
そして、適当なソファーに座らせると、台所に飲み物を取りに行った。
内装は家具類が点在する一般的な家庭だ。
「へぇ〜。ここが葉月君家かぁ〜」
キョロキョロともの珍しげに家内を見回す仄火。ふと、その視界に葉月を捉え―――
「……ねぇ。なんで入れてくれたの?」
そんな質問をした。君なら絶対追い返しそうだったのに、と言外に伝えて。
「別に、そんな大層な理由じゃない」
そう言いつつ戻ってきた葉月は、机に水の入ったコップを置く。
「普段から未空さんにきつくあたってるし、いつも譲ってもらってるからこれぐらはと思っただけだ」
「………んふふ。そっかそっか………そっかぁ………」
返答を聞いた仄火は小さな声で呟く。だがその声には歓喜が詰まっており、しっかりと聞き取れる。表情もその心中を物語っていた。
「――葉月くん、ありがとう」
「……………」
その仄火の様子も、感謝と満面の笑みも、葉月の心に留まることはない。一口、水を飲むだけだ。
暫く、静かな空気が流れる。時計の音、風の音、自動車の音、人の音。様々な雑音が聞こえるが、まるで別の空間に居るように遠くに感じた。
仄火がそれを最初に破る。
「さて、何をしようか!」
「宿題」
「ええ⁉︎しゅ、宿題⁉︎宿題やるの⁉︎もっと楽しいことしようよぉ〜」
「俺は好きにしていいって言ってただろ」
「言った!確かに言ったけども!」
むむむ、と仄火が唸り、葉月が微笑する。
二人の日々はこうして過ぎていった。
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「さてと」
時は日が上り始めた早朝。
昨日、葉月は二回目の先頭を終えて洞窟に戻って来ると、その日はすぐに眠ってしまった。表面上は落ち着いていても、驚きや命の取り合いによる精神的な疲れや、戦闘による肉体的な疲れがあったのだろう。気がついたら朝日が登っていた。
大樹の隙間から覗く彼方の太陽は幻想的だったが―――。
葉月は活動を開始する。
「まずは……」
本日、葉月は自分の身体について調べることにした。というのも、先日の戦闘で気になることができたのだ。
一つ目は………
「この体の身体能力」
そう、身体能力が今の小さい体にしては異常に高いのだ。
戦闘ではその拳が魔物を吹き飛ばし、さらに、当初はなんとも思わなかったが、魔物の素早い動きを見切ったり対応できたりと、それを裏付ける要素があった。
これから生活していくうえでそれはどの程度か把握しておく必要があると考えたのだ。
なのでとりあえず、葉月は洞窟の壁を殴ってみることにした。
壁の正面に立つと、足を肩幅に広げ、拳を腰だめに構える。
そして、それを真っ直ぐに突き出し―――
ドォン‼︎
岩の破片が飛び散る。
葉月が手を引くと、壁にはこぶし大の穴が空いていた。
葉月は予想していたとはいえ、実際に目にすると自分の化け物っぷりに驚く。
「おぉ……いや、まぁ、損はないからいいんだが」
前向きに捉えつつ、次は外に出る。といっても魔物が来ないであろう洞窟前だ。
「こればかりは長く住まないとわからないな」
魔物が来ない、というのは環境の様子から立てた仮説に過ぎない。今すぐに結論を出すことは不可能だ。
今気にしても仕方ない、とそのことは一旦頭の隅に追いやる葉月。
次に試すのは跳躍力だ。
葉月はその場で足をたわめ、体を縮める。グググ、っと力を溜め、そして、一気に解放し―――
パァン‼︎
次の瞬間に葉月の視界に映ったのは緑、緑、緑。感じるのは浮遊感の後の落下感。
「わわ、っと」
葉月は慌てて姿勢を整えると、膝と手で衝撃を殺して着地した。
どうやら遥か高い大樹の葉群まで飛んだようだ。さらに、跳躍の衝撃で地面が割れていた。先程の音は地面が割れた音のようだ。
「………これは、もっと練習しなきゃな」
身体能力の検証ではその異常な高さは分かった。それはいいことではあるが、同時に葉月がそれを御しきれていないことも分かったのだ。
姿勢を崩すこと然り、視覚が追いつかないこと然り。
要訓練だ、脳内にメモしつつ再び洞窟内に戻った。
「さてさて、お次はっと」
次は特殊な能力―――『水』についてだ。これは戦闘中に発現したもので、まだまだその全貌が明らかになっていない。よって、制御の訓練と共に、それを効率よく使用するための解明もすることになるだろう。
葉月は掌を上に向けて水球を生み出す。
「………やっぱり、『力』を感じるな」
一つ気づいたことに、『力』――葉月が仮称した――というものがある。これは『水』を使った際に胸の辺りから感じるもので、使用に合わせて流動しているように感じるのだ。
葉月は一旦生み出した水を消すと、『力』を意識せずに最大限大きな水球を生み出す。すると、先程の1.5倍程のものが生まれた。そして、それを消すと、今度は『力』を意識して水球を生み出した。すると―――
「……やっぱりか」
水球は最初の3、4倍ほどの大きさで生まれる。
戦闘中にも感じたことだが、『力』を意識しながら『水』を行使するとより強大にそれが扱えるらしい。
葉月は正体不明の能力を扱う糸口を見つけたことで、ほっ、と一息ついた。
その後も検証したところ、生み出した『水』は葉月の意識で消すこともできれば、そのまま残しておくこともできるらしい。貯めるものが無いので水溜りになったが。
そして、飲むこともできた。それは今まで飲んだどの水よりも澄んでおり、清涼だった。どうやら水の心配は無くなったらしい。
「……あ、飲むといえば」
葉月は自分が今まで何も食べていないことを思い出した。これだけ活動すれば栄養が必要になるだろうが、葉月の体はまだ空腹を訴えていない。
これも新しい体が優秀だからだろうか?と、首を傾げつつ、念のため持ってきていた食料候補に目を向ける。
その視線の先にあるのは、魔物の死体だ。元々の様相と傷が相まって非常にグロテスクである。
「…………」
葉月はそっと視線を逸らし、考えた。あれを食料にするのは最後の手段にしよう、と。
「……探索してこよう」
魔物を食べない為にも、葉月は食料発見のために探索に行くことにした。そのついでに、戦闘訓練や能力の検証にも行くことにする。
さっさと洞窟を出て行くその姿は、すぐに大樹群に呑み込まれ見えなくなる。
葉月は、こうして着々と一歩ずつ進んでいくのだった。