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判定

 両者のアイスクリームを食べ終わり、舌を洗い流した私はさり気なく周囲を見回した。

 彼はどこに居るのだろう。

 すぐに見つけることが出来たが、こうやって違う立場で見る彼の姿は普段のモノとは異なっていた。

 まだ一ヶ月も経過していないのだが、もうすっかり彼も夫なのだろう。

 妻の戦う姿を不安そうに眺める姿は以前の弟子としてのモノとは異なって見えた。

 そんな彼に対してもこれは良い知らせであろう。

 決して贔屓ではなく公正な判定を私は告げることにした。


「両者の試食が終わりましたので判定に入ります。良いですよね? 大使」

「もちろんです」


 両雄もこれから告げる判定を固唾を飲んで待つ。

 私は最後に二人の顔をちらりと見比べてから判定を口に出した。


「では早速。今回のアイスクリーム対決の勝者は右手側、ロック女史とします」


 私の判定にざわつく音は大使からのものだろうか。

 戦った二人は双方ともに呆然と行った様子で動かず、ミチカの勝ちを信じていた大使だけが狼狽える。

 これがドラマの悪代官ならば私に反旗を翻しそうな歪んだ顔をする彼はどれだけミチカを勝たせたかったのだろう。

 判定に異を唱えることも出来たであろうが、そこは私の護衛に威圧されてか大使も留まったようだ。

 周りを取り囲む観客たちは両者に拍手を送り、ロックさんは歩み寄ってきた夫の腕に抱かれている。

 その光景を見たミチカはついに膝から崩れ落ちた。

 自分から喧嘩を売った料理勝負に負けたことが恥ずかしいという次元を超えた絶望の表情。

 あくまで判定をくだしただけの私でさえ申し訳ない気持ちにさせるその姿は私も後味が悪いほどだ。


「ローウェルさんも少し食べて見ませんか?」


 いたたまれなくなった私はミチカに歩み寄り、彼女にも試食をするように促した。

 実際に食べれば彼女も判定に納得がいくだろうという目論見もあるが、それ以上に何やら傷ついた彼女の心にはロックさんのアイスクリームが必要なのではないかと私の舌が訴えたからだ。


「ロックさん。おかわりをお願いできますでしょうか?」

「え! は、はい!」


 私のおかわり要求にハッとした様子のロックさんは少し慌てたが、夫に手を握られると気を持ち直して再び同じアイスクリームを調理した。

 寸分違わずなのは彼女も一流の証だろう。


「出来ました」

「ではこれをアナタに」

「公女様……折角ですが、今のわたくしはそんな気分には……」

「良いから食べてごらんなさいな。そんな気分だからこそ、今のアナタには必要な味だと思いますよ」


 私はロックさんから受け取ったアイスクリームを一口ぶんスプーンですくい上げてミチカの口に運んだ。

 いくら嫌がってもせめて香りだけは聞かせて見ようとの判断だが、一流は一流を知ると言うやつか。

 アイスクリームの香りにピクピクと動く鼻孔が目の前のソレに興味を示した。

 そのままミチカは無言のままスプーンを口の中に啄みアイスクリームを味わう。

 そのままゆっくりとねぶる姿はどこか彼女が四十歳中年ということを忘れさせる艶めかしさで、まるで彼女の弱さが滲んでいるようにふと私には思えた。

 観客はお祭り気分のようで負けたショックでしおらしいミチカは私に任せて勝利したロックさんたちに群がる。

 そんな彼女の様子に脂ぎったスーツの男が水を指した。

 ミチカの負けに納得の行かない大使はとうとう護衛の睨みを振り切って私に異を唱える。


「マリー公女殿下!」

「どうしましたか?」

「どうもこうもありません。何故こんな判定になったのですか」

「私がそう判断したからです。来賓の方々はそれで納得しているのだからそれで良いではないですか。

 それとも、大使は懇意にしているローウェル女史が勝たなければ納得が行かないとでも?」

「そうではありません。ただ私にはいくら公女様の判定とはいえミチカが負けたなど信じられんのです。せめて理由を教えて下さい」

「わかりました。ですがその前に一つ。この度の莫迦騒ぎはアナタがローウェル女史をそそのかした結果ですか?」

「いえ、そうではありません。私は彼女に頼まれて準備をしたまで」

「ふむ。それならば理由はアレで充分でしょう」


 食い下がる大使に私がたずねた質問の真意。

 それは今回の勝負は「ミチカがロックさんと何かしら因縁があり、彼女の意思で勝負を挑んだ」のか、それとも「ミチカに料理勝負をさせて彼女が勝利をすることで大使に何らかの利点がある」のか。

 後者ならばミチカの敗北が大使の損につながるので彼はゴネるであろう。

 しかし前者であり単純にミチカの勝ちを信じていただけであれば、ロックさんのアイスクリームを食べ後の姿を見れば納得してくれるハズだ。

 私と同じモノを感じ取ったミチカの頬は涙に塗れる。

 これは美貌と名声にかまけて彼を見ているだけだった彼女の怠慢を受け入れる、ロックさんに対しての負けを認める涙だった

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