アーモンドアイ
奇しくも先日コーウェンから手ほどきを受けたばかり。
だがそのときは自分のせいで負けてしまった苦々しくも最後に甘い思い出のアイスクリームで勝負をすることになるとは。
ロックさんはそんな風に考えているのだろうか。
制限時間いっぱいとなり、双方が運んできたアイスクリームが私の前に並べられた。
ミチカのアイスクリームは綺麗な白と赤のグラデーションをフランベの香りが彩っている。
去年のモノや先日ロックさんたちが作ったものと比べても見ただけで洗礼されているのが感じられた。
どんな料理なのか知っているぶん驚きのない予想通りではあるが間違いなく美味い。
そんなアイスクリームだろう。
一方でロックさんのアイスクリームはキャラメルだろうか。
薄く焦げのような茶色をしたアイスクリームはミチカのモノよりも香ばしい。
「それでは試食させていただきます」
まずはだいたいの予想がついているミチカのモノから私はスプーンを取る。
一口大にすくい上げて口に運べば、ミルクといちご、そして隠し味のブランデーが口の中で一体になって混ざっていく。
ロックさんには申し訳ない気もするが、彼女が作った料理が似て非なるモノだと強く感じるのは流石はジャポネ一と言うことだろう。
特にこの混ざり具合が格別だ。
スプーンですくい取る角度や量で万華鏡のようにアイスクリーム赤と白の配分が変わるので食べ飽きない。
一口ごとに新しい味が私の舌を唸らせる。
「勝ったわね」
とでも思っていそうなほどミチカの顔はしたり顔だ。
そう思われても仕方がないほどに私の顔も蕩けているので、こんな場にツヴァイスが居たら変な勘違いをして困らされそうだなと思うほどだ。
だがそれも仕方がない。ジャポネ一はここまでの料理を作ると言うことだろう。
試食後に炭酸入りミネラルウォーターでゆすぐ口の中で薄まるそれですら余韻を残すのだから。
「では次はこちらを」
さて口直しが終わり、気持ちを切り替えた私はロックさんのアイスクリームを手に取る。
こちらも一口すくって口に近づけると香ばしい匂いが鼻を誘って来た。
やはりキャラメルか?
そう思いながら口に含んで舌の熱で溶かしていくと、予想外の味が私の舌に襲いかかった。
「!!?」
私が困惑しているしばしのあいだ視点をロックさんに向けよう。
彼女はバーツクでの勝負に負けた後、自分なりにあの日の敗因を繰り返し自己問答していた。
ただでさえ新婚夫婦としてあれこれ忙しい若奥様なので、考えるのはいつも夜中の寝る前かトイレの中。
結果的に彼女に手抜かりがあり、私が彼女に敗因を押したからこそ彼女たちは夫婦になれた。
なので夫はあの勝負に負けたことを自分の責任としか言わず彼女を褒めはすれども責めることはない。
だが一介の菓子職人としてはどうしても気になってしなう。
何より夫としての彼に対してではなく、師匠としての彼に申し訳が立たないと彼女は考えていた。
負けの判定を下した私や負けた相手であるヨハネさんに対して嫉妬もした。
問題なしと言われた妹に対しても、口には出さずとも劣等感を抱いた。
そんな彼女の胸のうちに燃える炎はある火種を得て弾けた。
それがこのアイスクリームのようだ。
「これは……」
ここで視点を私に戻す。
口には出さなかったが、キャラメルだと思っていた香ばしい匂いの元はどうやらアーモンドのようだ。
ナッツ類なのでそれ自体の甘さは無く、キャラメルのつもりだったので予想よりもかなりの甘さ控えめ。
だが香ばしさは砂糖を焦がしたキャラメルよりも更に深い。
ローストしたアーモンドを砕いたことにより皮の香ばしさが口いっぱいに広がるのだが、ミルクとアーモンドの身が混じった原液の滑らかさが喉をするりと通り抜けていった。
さきほどのミチカのアイスクリームが甘酸っぱい青春のキスだとするのならば、ロックさんのアイスクリームは煙草の煙が混じった大人のキスか。
彼の顔が私の瞼の裏にも見える。
別に私は彼に対して特別な感情など一切抱いていないのに、このアイスクリームが口の中にある限り私の心はロックさんのそれに支配されているかのように彼が恋しい。
胸がドクンドクンと脈うって私の体が判定を下す。
これはもう異論など言わせることができない。