課題
さて用意された舞台を見ると、双方のキッチンで中央に陣取る鉄板が目についた。
あれは去年の夕食会でも使っていた超低温のモノ。
それを二人分持ち出したということは───
「それでは早速何を作るのかですが……この準備を見ればおわかりでしょう?」
「この冷気、アイスクリームですか」
「もちろん。同じ材料を用意した上でお互いにアイスクリームを作れば実力の程がハッキリとわかるというものです。
まあアナタがどうしてもと言うのならば、ガレットなどの焼き菓子に変えて差し上げてもよろしくてよ。アナタはコーウェンから手ほどきを受けているのだから、そちらのほうがお得意でしょうし」
「それには及びません。仮に相手の得意料理で負けたとしても、プライドの高いアナタにはラッキーヒットにしか思えないでしょうから。ここはアナタの得意料理で完膚なきまでに叩き潰すのが後輩しての礼儀です」
「随分大口を叩きますこと」
「さきに吹っかけてきたのはソチラでしょうに」
今まで以上に男性的な振る舞いのロックさんはかなり頭に来ているようだ。
だが彼女がモトベと結婚したばかりという事を知っている私としては怒るのも当然としか言えなかった。
さきに「口でたらしこんだ」と相手を侮辱したにはミチカなのだから。
いくら彼女がモトベと旧知の間柄らしいとはいえ、これではロックさんだけではなくモトベをも「歳下の女に入れ込んだ色ボケ」と侮辱しているのだから新妻としては怒り心頭に違いない。
「では制限時間は十分。速さは旨さですわよ」
「望むところ」
お互いにキッチンに向かい、アイスクリームの材料を並べるとお互いに相手をにらみ合う。
準備ができたところで大使がスタートを切り、二人の調理が開始した。
事前に何を作るのか決めた上で仕掛けた勝負だからか、私の頭の上では制限時間を示すデジタルタイマーがカウントダウンを開始した。
私は双方の手際に目を向ける。
ミチカが用意したのはいちごとバニラエッセンスのようで、これはお得意の二色アイスクリームに仕立てるつもりのようだ。
去年食べているので味は保証済みだし、なんなら先日にもロックさんが作った類似品を食べているので比較にはもってこいかもしれない。
惜しむらくは勝負を挑んでおいて定番の得意料理を出すことの芸のなさだが、ここはジャポネ一が風評通りならばその力量のお手並み拝見であろう。
一方のロックさんは味付けに悩んでいるのか動かない。
彼女は私の正体に気づいていないだろうが、私は彼女も見事な鉄板アイスクリームを作れると知っている。
だがあのときの言葉が胸に刺さって萎縮しているのならば心配だ。
それさえ振り切ればおそらく彼女も負けていない。私はそう信じている。
「ヨシ!」
だが私の心配など余計なお世話なのかもしれない。
一分ばかりの小考を終えたロックさんは左右のコテをカチンと鳴らすと、鉄板の上にアイスクリームの原液を流し込んだ。
あの量を見るにミチカとは異なり味付けは一種類だけのようなので、これなら時間の心配はないだろう。
ロックさんが動いたのをちらりと見たミチカも無駄なあがきと言わんばかりに手を早めていき、私の席には鉄板をコテで擦って原液を撹拌する音が音楽のように流れてくる。
出来上がりを知っているからこそ喉を刺激してくる美味しそうな音色だ。
「ボッ!」
さきに出来上がったのは当然ながらミチカのほう。
皿に盛ったアイスクリームにブランデー入りのソースをふりかけて仕上げのフランベをしたので、アイスクリームが綺麗な炎に包まれた。
私はついミチカの方に視線が向いていたのでロックさんの工夫を一つ見逃していた。
それが驚きに繋がるなど気づくはずもない。