宣戦布告
急な騒ぎについ青筋を立ててしまった私の気持ちをくんだのだろう。
フランツの代理として雇われている護衛のプロ、トーコ・カネサダは食器のナイフを構えていつでも投擲できるように身構えた。
「怪我をさせてでも止めさせますか?」
「そこまでしなくてもいいわ。それよりもこの場でフランツに連絡して、どうしてこんな事になっているのかの確認をして」
「わかりました」
私の指示を受けて、トーコはデバイスを取り出してフランツに一報。
一方の私はこのまま大使とミチカに好き勝手させるわけにはいかないと、彼女たちの会話に割って入ることにした。
今日はメイクもしているし、近づいてもロックさんたちにはバレないわよね?
「お集まりの皆さま。お騒がせして申し訳ございません。ですがここは大使グーデル・シュバイツァーの顔に免じてローウェル女史のワガママにお付き合いください」
「皆さま、お騒がせして申し訳ございません。ですがこの場をお借りして、どうしてもこれからわたくしと彼女の実力に優劣を決める必要があるのです」
「面白そうだ」
「よし! 余興ついでに一つやってみて貰えないか」
曾祖母だったらこんなときは面白がって余計に煽るそうだ。
来賓や一般参加者も似たようなノリなのか、ミチカの暴挙を拍手で出迎えて、これはもう勝負をしないわけにはいかない雰囲気。
壇上に呼び出されたロックさんや、遠巻きにその様子を見ているモトベさんだけが困り顔のようだ。
だがこのペースで勝負をしてもミチカ陣営が仕込みしていそうな匂いがとてつもない。なまじ偽りの立場で関わってしまった人間が晒し者にされるのは忍びないので私は彼女に助け舟を出す。
「面白そうですわね」
「こ、公女様。もしやこの勝負に不都合でも?」
「ええ。黙ってこんなことを企画していた是非については後回しにするにしても、ここまで大騒ぎになった以上はいまさらやるなとは言いません。ならばせめて私が審査員をするしかないでしょう」
「それには及びません。今日のために私も審査員を手配しておりますので」
「お黙りなさい!」
本音を言えばこんな騒ぎ自体を起こすなと思っているのでここは強い言葉で大使を叱る。
「大使、アナタとそこにいるローウェル女史が懇意の間柄というのは私も聞き及んでいます。そんなアナタが選んだ審査員で、公平性を保てようモノですか。ただでさえこの勝負自体がモト……ロック女史には不意打ちのようなモノではありませんか? これではアナタがローウェル女史に華を持たせるために仕組んだと受け取られても仕方がありませんよ」
「お言葉ですが公女。そんな不正で得た勝利などわたくしの求めるモノではありませんわ」
「アナタはジャポネでも著名な菓子職人ですのでもちろんそうお考えでしょう。ですが見たところ、元より仕事として参加しているアナタとは異なり、単なる式典の見学者にすぎないロック女史の方は勝負など想定外なドレス姿。これで大使の選んだ審査員にしか任せられないとおっしゃるのであれば、ジャポネ一の名声にキズがつくと思いますよ」
「そういうつもりではありません。ただ公女様に迷惑をかけるのではないかと思っただけでございますわ」
「ならお気になさらず。私がやりたいと申しているのですから」
おそらくミチカとしては一介の公女である私よりも大使が選んだプロのほうが正確な審査が出来ると思ったのだろう。
私が審査したほうが公平だという意見にしぶしぶ納得したのか、私が審査員を務めることを受け入れた。
一方で最初は拉致同然で表に出されたロックさんは困惑した表情だったのだが、おそらく旦那様になにか言われたのだろう。
いつのまにか肝が座ったのか、ドレスからコックコートに着替える頃には凛々しく美しい姿に変化していた。
「突然のことに混乱してはいますが、せっかく高名なローウェルさんの胸を借りることが出来るのは光栄です。しかも公女様が審査するだなんて、夢にも思わなかった喜びです」
「口が上手ですわねブーケさん。いいや、ご結婚なされて今はモトベさんでしたか。その口で彼もたらしこんだのかしら?」
事情を知らないロックさんは敬意を持ってミチカに挨拶をするのだがミチカの方はなにやら喧嘩腰だ。
ミチカの暴言に普段は温厚なロックさんも私の首を締めたときのように青筋を立てる。
「私の結婚のことまで存じているとは光栄ですが、今のはどういう意味ですか?」
「おわかりになりません?」
「まさかアナタほどの大先輩が十歳以上も歳が離れた若造の色恋にケチをつけるだなんて悪い冗談ですよ。夫とは旧知で今日もその縁でこの式典も見学できましたのでアナタのことを夫共々感謝していましたのですが残念です」
ロックさんはこんな場でしかも相手が大先輩でなければ、私のときのように首を締めあげていそうな状態だ。
それに私を含めてこの場の全員がミチカとモトベの間にある過去の因縁など知りもしない。
今回の式典に一般参加するためのコネとしてこっそりミチカのツテを頼って、二人分のチケットを手に入れていたモトベ自身もまさかの表情だ。
モトベはミチカを若い頃に腕を競い合ったライバルとしか見ていない。
自分が彼女からどう思われているかなど無頓着だった。
「う、うるさいわね。違うというのならば勝負で証明してご覧なさい」
「望むところです」
かなり強引だが激昂したロックさんも血の匂いに酔った鰐のごとし。
二人が勝負をするための舞台セットはまるで昔のテレビ番組のように派手で、大使の暴走もいい加減にしろと言いたくなるほど。
しかもセットの真ん中には審査員である私ことマリー・フォン・ルンテシュタットの姿。
審査すると自分で言い出したことながら視線が恥ずかしいが、まさか大使はこの壇上に登って悦に入るつもりだったのだろうか?
どちらにしろ後で問題にしないといけないなと、私はコホンという咳払いを一つついた。




