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古道具屋夫婦の1事件

作者: 朝寝雲

 宮部夫婦は40代で、二人で古道具屋を営んでいた。宮部が客の持ち込んだ品を、鑑定し、値段をつけて買い取り、それらの品を店に出して売るのである。宮部は目利きが確かだという評判で、客がよく店を訪れた。宮部は口数の少ない男だった。常連連中は慣れっこだったが、評判を聞きつけてはじめて訪れる客などは、面食らうくらいの無口さだった。それらを手助けするのが、妻の信子のおもな仕事となっていた。常連も信子なしではあの店はもたないだろうなあと、くちぐちに噂した。

 常連の一人が店を訪れる。

 「宮部さん、おはよう。今日もいい品を手に入れたんで、持ってきたんだけど、これどうかな?」

 宮部は、うむ、とうなずいて、その壺を受け取ると手袋をした手に取り、近づけたり、遠くにしてみたり、拡大鏡で細部の眺めたりする。

 信子はその間にすすっと、音もなく客の前へお茶を差し出す。そして客の斜め後ろあたりに控えて、客とともに鑑定の様子を眺める。

 「ダメだな」

 宮部がぼそりと言う。

 「ダメかい?」

 落胆した調子で客が尋ねる。

 「ああ」

 宮部はただそれだけを言い、壺をすっと客の前へと押しやる。買い取りはしない、持って帰れという事である。

 その様子を見ていた信子が、さぁ今からが自分の仕事だとばかりに、

 「まあまあ、気落ちしないで。今日はだめだったけど、この前の品はよかったじゃないの。こんなこともあるわよ。お茶飲んでね。お菓子もあるから。またいい品を手に入れたら見せにきてね。こんな大きな品物持ってくるだけでも大変だったでしょう。本当にいつもごひいきにしてくださって、私もこの人も感謝してるんですよ。ねえ、あなた?」

 信子が一息にそれだけ言うと、宮部も、

 「そうだな」

 と同意した。

 客はそれを聞くとお茶をずずっと飲み、

 「いつも思うんだが、宮部さんはいい奥さんをもらったよなあ。あんたみたいな不愛想では、いくら目が利くといったって、客商売やってられんだろう。奥さんあってのこの店だよ。大事にしなよ」

 そう言うのを聞くと、信子はいやあねえ、と片手をパタパタ振る。それを見る宮部の目がやさしいのに客は気づくのだった。

 

 変化に気づいたのは誰が最初だったか。

 「おや? 今日は奥さんいないんだね」

 常連の一人が聞くと、宮部は例の調子で、

 「ああ」

 と答えた。

 「カゼでもひいたのかい、季節の変わり目だからね。お大事にと伝えてくれよ」

 「ああ」

 と、その場はそれだけのやり取りで終わったのだが、その常連が何か目ぼしいものでも置いていないかと、2週間ほどたって店を覗くと、その日も奥さんはいなかった。

 常連同士つながりがあるので、この話はすぐに広まった。誘いあって店を訪れる。やはりそこに信子の姿はなかった。

 「おいおい、宮部さん。奥さんどうしちゃったんだよ。まさかわるい病気でもして寝込んでるんじゃないだろうね。それとも・・・」

 常連たち誰もが考えたこと。宮部は確かに目利きではあった。だが彼にそれ以外の事、家事雑事やらができるとも思えない。信子にまかせっきりにしていたのだろう。そんな信子へ感謝の言葉の一つもかけた事があっただろうか。きっとない。そんな夫へ愛想をつかして実家へ帰ってしまったのではないだろうか。

 常連の誰もが言いにくそうに口ごもったが、その中の一人がおもいきって口を開く。

 「もしかして奥さん、実家へでも戻っているんじゃなかろうね。わたしら普段から言っていただろう。奥さんあってのこの店だ。店だけじゃないよ、あんたの面倒だってどれだけみていてくれたことか。他人の夫婦の事に口出ししたくはないけれど、奥さんにはわたしらだって世話になっているんだ、言わせてもらうよ。どうなんだい」

 宮部はその言葉を聞くと、ぎょっとして顔をあげる。そして、

 「あ・・・いや・・・家内は」

 と言ったきり黙りこんでしまった。これはいよいよ大事か、と常連たちが構えたその時だった。

 「あら? みなさんおそろいで。どうなさったんです」

 背後から声がかかる。振り返ると、信子が入口に立っている。大きなトランクに帽子をかぶり、長い外出から今帰ったという装いだ。

 「おお、奥さん。よく帰ってくれた。今、宮部さんにお説教しようかと思っていたところだ」

 「お説教?」

 信子が不思議そうな顔をする。

 「いや、そうでなく家内は・・・」

 宮部が珍しく慌てた声で言いかけた。その様子を見ていた信子は「あ!」と言って、笑いだした。

 「あはははは。そーゆーことね。みなさん勘違いですよぉ」

 なおも、笑いが止まらないといった様子で、信子は体をくの字にまげている。

 常連たちはぽかんと、何事か言いたげな宮部と、信子を交互に眺めた。

 信子は長い発作のような笑いがようやくおさまると、涙を拭いて、

 「おおかた、私がこの人に愛想をつかして家出でもしたと思われたんでしょう? ぜんぜんそんなことないんですよ。 ね、あなた」

 宮部はむすっとした顔で、もはやそっぽを向いてしまっている。

 常連たちにも事態が飲みこめてきた。

 「この人がね、お前にはいつも迷惑をかけてばかりだ。俺はこんなだから、家の事から手を離せない、と友達と旅行へも行けなかっただろう。だけどまかせておけ。家は大丈夫だから友達と海外旅行でも行くといい。そう言ってくれてねえ。ちょっと羽伸ばしてきたんですよ」

 宮部はどうだ! と言わんばかりに常連たちを眺めまわす。

 「だ・け・ど!」

 それまでニコニコと笑顔だった信子が急に顔を険しくする。

 「家、見てきましたよ・・・なんです、あのありさまは。めちゃくちゃじゃありませんか。あんなことでよく大丈夫だなんて言えましたね」

 それを聞いて、とたんに小さくなる宮部。常連たちに笑いが起きる。

 「あーあ。こんなことでは友達と旅行なんて行けたもんじゃないわね。だから」

 信子は小さくなっている宮部を見つめると、

 「こんどは二人でいきましょうよ」

 そう言って笑った。

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