告げられた真実
「へー、それじゃ昔に勉が言ってた火事の記憶ってのは、そのブレイバーが助けてくれたことだったのか」
勉の説明を聞き、真司が興味深そうに頷く。
あれから少し、これまでの話をした。とはいえ、勉自身もわかっていない部分も多いので、その辺はぼかしぼかし。それでも話始めてから随分時間が経ってしまった。外も既に暗みはじめ、人もほとんどまばらになっている。
「そう、なんだけど…」
と、一通り話終えた勉が歯切れ悪く言葉を濁す。
「ん? まだ何かあるのか?」
「いや、大体これで全部。でも、よく信じてくれたな、と」
怪訝な顔をする真司に、慌てて勉が付け加える。
「いやほら、随分突拍子もない話だからさ。俺も飲み込むまで時間かかったし」
「そういうことか。いや、信じるしかない、ってのが本音だ。実際、さっき派手にぶっ壊れた建物も直ってるし、俺にはその記憶がある。…あ、いやなかったことになったんだっけ」
それに、とそこで真司が言葉を切る。
「自分の記憶疑うより、お前の話信じたほうが楽だ」
「それは…」
ぶっちゃけるようなその物言いに、勉も思わず吹き出す。吹き出すことでようやく肩の力が抜けたのか、座っている椅子の背もたれに身を投げ出した。
「それに、お前の事疑いたいわけじゃなかったんだ。ただ訳が分からなかっただけで」
だからお互い、少しきつい態度になってしまったんだろう。それ自体は勉も気をつけておかなければいけない。
「でも、そのブレイバーが俺には見えないのが残念だ」
話を戻すような真司の言葉に勉も頷きながら、自分の斜め上を見やる。そこにいるブレイバーは勉の目にこそ映るものの、真司からはただの空間にしか見えない。
ブレイバー曰く、実際にそこにいるわけではなく、あくまで勉の目に映りこんでいるだけ、だそうなので、いくら「夢」として忘れないようになっても、ブレイバーの姿が見えるようになるわけではないらしい。
『その辺は俺も良く分かって無くてな。ただ、俺はあくまでお前の中に宿っている状態だ。そのせいでお前の視界に映ることができるらしいが、同じように、他人の目には映らない、だったかな…』
当のブレイバーもこのとおり。結局は特に何が分かるわけでもなかった。
「ま、それはそれとして、だ。浩一にはもう言ったのか?」
「それは…」
今度は話題を切り替えるようにする真司。対する勉の答えは歯切れの悪い物だった。
が、それはもちろんいじめなどというものから来るものではなく。
「まぁ、言いにくいよな」
すぐさま真司も察したのか、目を閉じて頷く。
二人の友達である、山野浩一。彼はこういった話が大好物なのだ。知ったが最後、騒ぎ立てはしなくても、余計な事を言いそうなぐらいには。
その事が事情を話すことを躊躇させていた。
「といっても、絶対に言わなきゃいけない、なんてこともないと思うけどな」
腕を頭の後ろで組み、体をそらすようにして言う真司。少し悩んだ後、勉も頷き、その場は一度解散となった。
とはいえ、真司と同じように話すべき時には話すつもりだし、特に隠すこともしない、とまでは決めていた。
◆◇◆◇◆◇
「で、なんで真司も覚えておけるようになることを教えてくれなかったのさ」
『あー……。いや、俺もタイミングまでは知らなかったんだよ』
真司と別れてから、一人になった勉は空中に浮かぶブレイバーへと話しかけていた。
聞くのは、自分以外にも「夢」を覚えておける人ができるようになったこと。
が、ブレイバーから返ってきたのは少し歯切れの悪い物だった。
『前に「クイックリィブレイブ」の事があっただろ? あれと同じなんだ。少しずつできることが増える場合があるんだが、それがどんな理由で、どんなタイミングで起こるのかは分からない』
腕を組んだまま、少し難しい雰囲気でブレイバー。当然、表情は特に変わらないのでそういう空気が出ている、というだけだが。
「……わかったよ。けど、他にはもうない?」
そのままだと、うんうんと唸りだしそうな雰囲気すらあったので、考えを切り替える。
他? と首をかしげるようにしてこちらを向くブレイバーに、勉は頷いた。
「うん。他にはもういつ起きるかわからないものはないよね?」
『あー……いや、どうだったかなぁ』
が、それすらも歯切れの悪い答え。
挙句、ほら俺って可能性の塊だし、なんて言い始めるブレイバーに、勉はついにため息をこぼしたのだった。
『…………』
「どしたの?」
と、そこで突然黙り込んだブレイバーに、勉が声をかける。
その声にすぐに返事はなく、少したったあと、ブレイバーが口を開いた。
『お前を、それから俺自身を助けるためとはいえ、お前に役割を強いたのは俺だ。お前には辛いこともあっただろ』
「……確かに、いきなり一緒に戦え、なんて言われてもどうしようとか思ったよ」
腕を組み、頷きながら勉が言葉を返す。
「でも、ずっと謎だった『夢』の事もわかったし。なにより、助けてくれたブレイバーにこうしてお礼もできてる。それだけで十分だよ」
そういう勉はどこかすっきりした表情をしていた。
◆◇◆◇◆◇
『って言っても、俺がこうなっちまった原因はまだ分かってないんだけどな!!』
「それは言ってもしょうがないだろ!?」
勢いよく愚痴をこぼすブレイバーに勉が突っ込む。
その勢いのまま建物の影までやってきた勉は、辺りを見渡して人がいない事を確認する。
「行くよ、ブレイバー!」
『おう!!』
「ライズアップ! ブレイバー!!」
振り上げた腕から出る光に、包まれていった。
「俺の名はブレイブマン。強き心でもって今!! ここに」
(よし、行こう……ってあれ?)
巨大化し、向き合ったところでそれに気が付く。
(二体、いる?)
いつもなら相対するのは一体のはず。だが、今日のその時に限っては二体存在していた。
といっても、二体で一緒に建物を破壊して回るわけではない。片方が、もう片方を蹴りつけ、その余波で、周りの建物がなぎ倒されていく。
だから、最初はその一体が破壊して回っているように見えたのだろう。
「なら、まずは暴れてる方だな!」
幸い、攻撃を受けている方の怪獣は小さく縮こまって震えているだけ。であればまずは暴れている方を対処するべきだろう。
ブレイバーの言葉に頷き、勉ともども暴れている方に駆け寄った。
「ぎゃぁああああ! ぎゅ! ぎゃりゅうううら!!」
駆け寄ってくるブレイブマンに気が付いたのか、暴れている方がこちらを振り向く。
四足歩行の、魚人顔、とでもいうのだろうか。魚のような顔をこちらに向き直る。
「暴れるのもそこまでだ!!」
とはいえ、動きは早くなく、こちらを向いた時にはブレイブマンはすでに肉薄済み。
その勢いのまま、足払いをかける。
「ぎゅるううあああわあああああ!!」
長い悲鳴を思わせるような声を上げ、四肢が上を向く。
そうなってしまえば、起き上がることも困難だろう。起き上がろうともがく様子を確認し、もう一体の方を確認しようと振り向いた時。
「う、うわああああ!!」
攻撃が来なくなったのをチャンスと見たのか、さっきまで縮こまっていたもう一体、人型の怪獣が立ち上がり突進してくる。
それも、何を間違ったのかブレイブマンの方へと。
「ちょ、待て待て待て……、おわぁ!!」
当然、対処することもできずに、弾き飛ばされてしまう。
踏ん張ることも、受け身を考えることもできなかったブレイブマンはそのまま、近くの建物へと派手に突っ込んだ。
「くっそ、なんて奴だよ」
(攻撃がやんだから、必死に反撃してきたんだ)
「だろうな」
(とりあえず、落ち着かせよう)
だな、と短く頷き立ち上がる。
立ち上がり、身構えてから、追撃が来ていないことに気が付く。
「おいおい、まじかよ」
見ると、魚人の怪獣が復活。その足で人型の怪獣を再び足蹴にしていた。
その光景に慌てて駆け寄り魚人を転ばせるものの、再び反撃してきた人型にまた弾き飛ばされてしまった。
「くっそ、これじゃ埒があかねーぞ」
おそらくもう一度魚人を転ばしたところで、すぐさま人型が突っ込んでくるだろう。
受けてみて分かったが、なかなか重い突進はとても受けきれるものじゃない。受け流すのも一苦労だ。
「こうなったらしょうがねぇ。二人纏めて吹き飛ばす!! 行くぞ、勉!!」
(うん!!)
三度駆け寄ったブレイブマン。魚人の体につかみかかり、人型から引きはがす。
人型が突進してくるまでには少し時間があるため、そのうちに。
「ふ……っとべぇ!!」
投げ飛ばす。
横ではなく縦に。
渾身の力で浮かび上がらせた魚人の体が、吹き飛ぶ。上空の数百メートル、というところだろうか。
「さぁお前も来い!!」
次いで突進してきた人型。
これも受け、投げ飛ばす。さっきの魚人のいる方へと。
ちょうど上から魚人、人型、ブレイブマンが一直線に重なるように。
「よし、ラストだ! 気合入れろ!!」
(行くよ!!)
「『ブレイビングバースト!!』」
初めに人型を捉える熱線。その光は人型を貫通し、魚人にまで到達する。
「ぎょるるるる!!」
「――――――!!」
二体分の断末魔が響く。
そして直後に、ぼふ、という爆発音が重なって聞こえてきた。
「ふぅ……何とかなったか」
(お疲れ、確かに少ししんどかったかも)
お互いに労い、もとに戻ろうとしたブレイブマンの背を。
「隙あり」
「な、ぅぐぁ!!」
光でできた鞭が打ち付けられた。
「てめぇ、なにしやが……」
その相手を責めるように、ブレイバーが振り返る。
が、その言葉は途中で途切れた。
(ブレイバー?)
「モルペウス…なんでてめえが!」
「モル…? ああ、この女の名前か」
「何訳の分からねぇこと言ってやがる!?」
目の前の存在に焦ったようにとびかかるブレイブマン。が、その拳が届く寸前、モルペウスの姿が掻き消える。当然、振りぬいた拳は何に当たることもなく、空振りする。
着地し、右左と見渡してもその姿はない。
「くっそ、どこ行きやがった!?」
(ちょ、ブレイバー、少し落ち着いて…)
今までにないほど焦りを前に出すブレイバー。それをなだめるように勉が声をかける。
が、その声も途中で遮られた。
「そんなに焦ってもいいことないだろ? だが、早く決着をつけたい気持ちもわかる」
「くそ、どこだ。隠れてないで出てきやがれ!!」
なおも見えない姿に、どこからともなく届く声。
それに振り回されるように視界をあちこちへと走らせるブレイブマン。そして。
「じゃあこれで終幕といこう。『足元注意』、なぁんてね」
「…っ!?」
声に、いち早く反応したブレイバーが咄嗟に後ろに飛び下がる。
パチン。
同時に指を鳴らすような音が響き渡り―――。
「なっ!?」
さっきまでいた場所ではなく、飛び下がった着地点。その場所から閃光。
っ―――。
耳鳴りを思わせるような、無音の爆発の後。
ガラスがひび割れるような音が鳴り響き、霧散。ブレイブマンの姿が掻き消えるように消滅した。
「これでよし、あとは計画を完了させるだけだ。おやすみ、ブレイブマン?」
ブレイバーに「モルペウス」と呼ばれたその存在もやがて掻き消え、辺りにある建物一帯に、ひび割れが走り回った。