向かい合う心
『俺の名はブレイブマン。強き心でもって今!! ここに』
……。
…………。
『なーんて珍しく決めたと思ったら、なんだよこの状況』
「それは今関係ないだろ!?」
息を切らせながら勉が走る。その斜め前では、ブレイバーが宙に浮くようにして言葉を投げかけてくる。
そんな二人は今、敵から追われて逃げる、わけではなく。遠くに出現した敵の居場所に急いで向かっている、わけでもなく。
「ちょっと疲れたから座り込んだら、いつの間にか時間が過ぎちゃってたんだからさぁ!!」
そう、なんとか怪獣と相対し、倒した後。安心したのか、体に疲れが来た勉は、思わず座り込んでしまった。それだけならまだよかったのだが、問題はその後。
勉の感じた以上に疲れがたまっていたのか、瞼はだんだん重くなり、陥落。勉の意識は飛び去り、気が付いた時にはかなりの時間が経過していた。つまりは二度寝の上、寝坊となってしまった、というわけだ。
『……それで。少しはましになったかよ』
「……それは、どうだろ。まだ分からない。けど」
『けど?』
「うん。きっと頑張れる。だって俺は『すげー奴』、なんだろ?」
『言うじゃねーか。……じゃあほら、急いで走れー?』
しっし、と手を払うようにするブレイバー。けれど顔を背けるようにする仕草はどこか照れ隠しのようで。
「うん、ありがとう。ブレイバー」
口からは自然とその言葉が飛び出した。
◆◇◆◇◆◇
「まぁ……当然……ん、間に合うわけない、よね……」
息も絶え絶えに、大学へと到着する。が、過ぎた時間が時間だったせいで、とても間に合うわけがなかった。
『なんだ、間に合わなかったのか?』
「そんな……無茶、言わないでよ」
ブレイバーがそう言って茶化してくるが、最早反論する元気も起きない。とはいえ、いつまでも入口近くにいても仕方がない。
真司達はちょうど受けている授業があるはずだし、すぐには連絡もつかないだろう。他の講義であれば今からでも合流したかもしれないが、あいにく今行われている講義の教授は遅刻を許してくれない。今から部屋へ入っても追い返されてしまうだろう。
(どうしようかな……)
悩みながらも足を進めた後。気が付けば、よく利用する談話室にたどり着いていた。
もうすでに何度も利用しているからか、足が行き先を覚えてしまったらしい。そのことに内心苦笑しながらも、空いている席を一つ確保し、腰かける。
そうしてから、少し課題でも片づけるか、と持ち歩いている教材を取り出す。幸か不幸か、今残っている課題はそれほど簡単、というわけでもない。集中し始めたころには程よく時間も過ぎ去っていった。
◆◇◆◇◆◇
「……っ」
課題をこなし、何気なく視線を上げる。同時に向こうも気が付いたのか、ちょうど二人の視線がぶつかり合った。
「……よぉ」
ぶっきらぼうに、そんな言葉が真司の口から聞こえてくる。勉からも、挨拶を返すものの、やはりどこかよそよそしい。
「……」
「……」
どちらともに、それ以上会話がないまま席に着く。そんな少し重たい雰囲気の中、やっとのことで勉が口を開いた瞬間、それは来た。やってきて、しまった。
初めは小さな揺れ。けれどそれはすぐに大きくなっていき……。
「ちょ、これまさか」
『ああ、残念ながら「まさか」だ』
「こんな時に限って……」
思わず舌打ちをしそうになっても、起こったことは変わらない。
揺れに合わせるように、すぐに悲鳴も聞こえ始めた。『怪獣』が現れた証拠だ。
「なんだあれ!!」
「助けてーー!!」
「こっちだ! 急いで逃げるんだ!!」
すぐ周りでも悲鳴に続き、非難を促す声が上がり始める。当然その中には真司の姿もあって。
「何ぼんやりしてるんだよ、勉! 逃げるぞ!!」
窓の外を、睨みつけるようにして眺めていた勉の手に、別の手が重なる。他でもない、すぐそばにいた真司だ。こんな非常事態の中、一人で逃げ出してもおかしくないこの状況で、それでも自分を気遣ってくれた。
そのことをうれしく思いながら、それでも。
「ごめん。でも、俺行かなきゃ」
「行くって……どこにだよ?」
いつかの顔と同じ。勉の言っていることが分からないと、理解できないものを見る顔。
けれど、今はそれでいい。真司は本当に知らないのだから。
「ちょ、勉!!」
逃げる人の流れに逆らって、駆け出す勉。その背中にかけた声は、悲鳴と怒号に紛れて勉の耳には届かなかった。
◆◇◆◇◆◇
「ライズアップ! ブレイバー!!」
駆け出して少し。幸い一目散に逃げだした人がほとんどだったのか、人気のない場所はすぐに見つかった。
建物の裏に飛び込んだ勉はすぐさま声を上げ、左腕を振り上げる。ブレスレットからあふれ出した光は勉の体を包み込んでいき。
「俺の名はブレイブマン。強き心でもって今!! ここに」
新たに巻き起こる地響きとともに、ブレイブマンが名乗りを上げた。
「ラあアアぁあああぁああ!!」
突然現れた同じサイズの巨人に驚いたのか、甲高い声が響き渡る。
他でもない、目の前の怪獣が発した鳴き声だ。そしてちょうどそれが合図になったかのように、ブレイブマンと怪獣は互いに駆け寄り、掴みあった。
(ブレイバー、危ない!!)
「ん? ぅお!!」
「きゅるううわあああ!!」
組み合った、ところまでは良かったが、相手はそれだけでは終わらない。
なにせ怪獣は二足立ちした鳥のような姿で、腕は翼となっている。さらには顔も鳥。当然口はくちばしになっている。そのするどいくちばしが、槍のようにブレイブマンの顔めがけて振り下ろさて来た。
勉の一言のおかげでブレイバーも気が付き、寸でのところで躱す。が、当然一度で終わるわけもなく、二回三回と嘴が振るわれる。
「くそ、この!!」
腕を使って抑えたいが、今は相手の翼と組み合ってしまっている。同時に組み合っているから距離を取ることもできない。
二回三回と避けたが、その次の四回目。フェイントも交えた嘴がついにブレイブマンの肩を捉えた。
「ぎゅるるぁああ!!」
「はな、せ! この!!」
抜け出そうと身をよじるが、それぐらいでは嘴は外れない。それどころか、捩った分だけ食い込んでくる。
「くそ、外れない……!」
「ぎゅる、ぎょるわあああ!!」
「おいおいおい、嘘だろ!?」
取っ組み合いを続ける中、不意にブレイブマンの体が浮かび上がる。当然、ブレイブマンに宙に浮かぶ力はない。怪獣が嘴で持ち上げたのだ。
体を捻るように、首を回すようにして力が籠められる。それに引きずられるようにしてブレイブマンの体が浮かび上がり。
「きゅるああああぁぁあああ!!」
「おわー!!」
振り回す遠心力に任せ、嘴から力が抜ける。肩に食い込んでいた力がなくなったブレイブマンの体はいとも簡単に投げ飛ばされる。
「ぁぐっ!!」
上手く受け身を取ることもできず、建物にお腹から倒れこむ。それでも、何とか立ち上がろうとした瞬間。
「……勉?」
(え?)
そんな呟くような声が、ブレイブマンの耳に届いた。
◆◇◆◇◆◇
「ごめん。でも、俺行かなきゃ」
外で巨大な何かが暴れまわるという異常事態。フィクションや作り物の中でしか見聞きしたことのないような緊急事態。そんな中でも不思議と冷静にそんなことを言う友人に、真司は目を疑った。
(こいつは何を言っているんだろう?)
正直に心の内を晒せば、その一言に尽きる。けれどその友人、勉の目は真剣そのものだった。なぜ、どうして。わからない。
「ちょ、勉!!」
そのうちに走り出してしまった勉に、呼びかける。けれどその声は届かなかったのか勉は足を止めようともしない。逃げるように走る人をかき分けあっという間に進んでいく。
『俺だって…みんなの、お前たちのために―――』
不意に思い出すのは、いつかの勉のセリフ。未だに意味はよく分からない。深く考えようとしても、考えるそばから考えがほどけてしまうような感覚さえする。
それでも何か。どうしても引っかかるものがあった。その何かが真司の足を、勉が走り去った方向へと動かした。その直後に光の柱が立ち上がった。
「俺の名はブレイブマン。強き心でもって今!! ここに」
現れたのは巨人、だろうか。鳥のような怪物と同じぐらい大きな人型の存在。
ブレイブマンと名乗ったその巨人は、身構えた後目の前の怪物と組合を始めた。最初は両者ともに同じ力で組み合ったものの、すぐに怪物が嘴での攻撃に移る。
巨人の方も少し抵抗したものの、いつまでも避けきれなかったのか、ついに肩を掴まれてしまった。
(戦っている? でも、何のために?)
突然現れた怪物と、それを追いかけるようにして現れた巨人。どちらも見たことすらない巨大な生物。それが目の前で戦っている。
その理由はさっぱり分からない。けれど。一つだけ、思い当たることは、あった。
『俺だって…みんなの、お前たちのために―――』
『ごめん。でも、俺行かなきゃ』
友人の言葉が頭の中を反芻する。
そしてその友人と別れた後に現れた巨人。それが意味することは。
「……勉?」
そこまで考えた所で自然と、その言葉は口から零れ落ちる。
そしてその答えは、真司の言葉が聞こえたであろう巨人が振り返る反応から分かりすぎるほど分かった。
◆◇◆◇◆◇
(真司、今……俺の名前を?)
「やっぱりかよ、勉。お前は今まで、俺たちの知らないところで……」
髪をかきむしるようにして真司が言葉を続ける。
「でも今は……、頼む。頑張ってくれ! ブレイブマン!!」
瞬間、にじみ出るようにして真司の体から光が漏れ始める。
「言われてんぞ、勉」
(わかっ、てるよ!!)
ブレイバーに発破をかけられ、拳を強く握りこむ。まだ肩には抉られたような痛みが残っている。けれど。
「「ああぁああぁああ!!」」
足にも力を込め、再び立ち上がる。
そうして再び怪獣と相対したタイミングで、真司からあふれた光がブレイブマンに流れ込む。しみ込むように、友人から友人へ受け渡されるように流れ込んだ光は、ブレイブマンの右手へと集っていき……。
「これは……!?」
細長く形作られていき、光がはじけ飛ぶ。その後には、ブレイブマンの右手には、しっかりとした槍が握りこまれていた。
(槍、ランス? でもなんで)
「お前の友人の、おかげだ。お前たちの友情の結晶だ!!」
(これが……)
「きゅる!! きょりゅううわううううあぁああ!!」
槍を目にした怪獣の動きが勢いづく。けれどそれは何かに怯えるようで。
腕の翼をはばたかせ、空へと浮かび上がった。
(あ!!)
「逃がすかぁ!!」
すかさず、手にしたランスの穂先を怪獣に向ける。が、当然ランスは届かないし、ブレイブマンも飛んで追いかけるなんてことはできない。
それでも倒さなくてはならない。だから。
「『アーツブレイブ・インパクト』!!」
狙いを定め、穂先を向け。それが重なった瞬間叫ぶ。
同時にランスの先から衝撃波が飛び出し、空中を逃げ回る怪獣に命中。衝撃によって内側から膨らむようにして、怪獣の体は砕け散った。
◆◇◆◇◆◇
ぱちり、と目が覚めるようにして視界が切り替わる。
場所はさっきまでいた談話室の一席。当然、目の前の席には真司の姿。
さっきまでの事が「夢」になったのであれば、当然、真司との微妙な空気も復活したはずだ。けれど、さっきまでの事は決して嘘じゃないはずだ。
だから、勉は自分から話を切り出そうと口を開いた。
「お前はこれまでも…こんなことやってたんだな……」
「……え?」
が、先に声を出したのは真司の方だった。
「待って、さっきまでの事、覚えてるの?」
突然の事に驚きながらも、小声に声を落とし、聞き返す。それに対し、真司はしっかりと頷いた。
となればもう、隠す意味もない。
「……うん、少し前からね」
「そっか」
二人して黙り込む。
けれどもそれもすぐの事。
「「ごめん」」
見計らったようなタイミングで同時に謝ると、顔を見合わせて笑いあった。