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ブレイブマン  作者: Who
7/10

炎の記憶の中で

「はぁっ…はぁっ…」


息が苦しい。酸素が欲しい。その思いのまま、鼻から口から息を吸い込もうとするが、入ってくるのは酸素とは程遠い煙。

既に乾ききった喉では呼吸をするのも辛く、目も霞みつつある。


「はぁっ…ん…はぁっ……けほ……はぁっ……」


霞む目で周りを見れば、どこもかしこも火で赤く染まっている。逃げ道も最早なく、見事なまでに囲まれた自分はこのまま焼き死ぬのだろう。

いやだ、でもどうにもならない。でも…。


(……けて、誰か)


最早言葉にすら出ない。

それでも誰かに助けを求めようとして――。


「はっ!!」


と、そこで目が覚める。

慌てて体を起こし、辺りを見渡してもどこにも火の手が挙がっていない。

いつもの、毎朝自分が見る光景。つまりは自宅の部屋だ。


「夢……?」


心臓は全力疾走をした後のように鼓動している。汗も随分かいていたようで体中がべたべただ。

しばらく見ていなかったはずの、あの夢を見てしまったことに動揺しながらも体を起こす。こういうことは何度かあった。突然見るようになった、自分が火事に巻き込まれて死ぬ寸前で目が覚める夢。

自分でも原因はよくわからなかったが、見てしまうものは仕方がない。気持ちを切り替えるために、そしてかいてしまった大量の汗を流すために、シャワーを浴びようと立ち上がった。


きゅ…しゃあああぁあぁ…。


ノズルを回して、降り注ぐ水を頭からかぶる。べたついた汗を洗い流し、体はすっきりしたところで、朝食の準備を始める。

準備、といっても所詮は男の一人暮らし。それほど凝ったものはない。パンをいくつかと簡単なサラダ、それをコーヒーで流し込む程度だ。

並べたそれらをもそもそと口に運ぶも、いつものように味を感じられない。頭の中は昨日の事でいっぱいだった。


(浩一、びっくりしてたな……。真司も、戸惑ってた)


友達が突然、おかしなことを言いだしたら誰だって驚く。僕自身、そんなことになったら驚かない自信はない。

そもそも、今自分がしているのがどういうことなのか、『夢』にするとはどういうことなのか考えもしなかった。


(なかったことにしてるんだから、そりゃ誰も覚えてないよな)


と、伸ばした手が空を掴む。見るとすでにパンとサラダは空になっていた。気を取り直してコップを呷ると、今度はそのコップも空だった。

どうやら気を取られているうちに、朝食が終わっていたらしい。

はぁ、と息をつき立ち上がる。朝食が終われば家を出て大学に行って……。


「二人に、なんていえばいいんだろ」


当然二人とも顔を突き合わせることになるだろう。いつもとは違う気だるさの中、のろのろと勉は家を出ていった。


◆◇◆◇◆◇


「……あ」


大学に到着。その瞬間に勉の足が止まる。視線の先には浩一と真司。いつものように声をかけようとして、失敗する。中途半端に伸びた手が空を掴み、喉が詰まる。

二人はまだこちらに気が付いていない。それなのに、声をかけることすら億劫になってしまう。


「……」


そっと、手を下ろし踵を返す。

授業まではまだいくらか余裕があり、今すぐに講義室に向かう必要もない。

一度そう考えだしてしまえば、もう止まらない。足は一歩、一歩と二人から離れる方へ動き出し、そして。

ついには逃げるようにその場を後にしてしまった。


特にどこか向かっていたわけではない。

気が付けば、勉の足は大学の隅へとたどり着いていた。


「……」


頬を伝うようにして流れてきた汗を拭う。辺りを見渡すと他に人は見当たらない。

そのことを確認してから、近くにあったベンチに腰を下ろす。その瞬間、体から力が抜け、どっと疲れに押し流される。


(何やってるんだろう)


目をつむり、そんなことをつい考えてしまう程には。

いつもならここまで露骨に二人を避けることもなかった。小さなことで喧嘩や言い合いをすることがあっても、その少しあと、遅くても翌日にはお互いなんともないような顔をしていつもの関係に戻れていた。

それが今はどうだ。悪いのは自分だけだというのに、それを謝りもせずにこうして一人逃げ出してしまった。


「あーもう!!」


がしがしと頭をかきむしる。ついでにパシパシと、両の頬をたたいて立ち上がる。

今こうして悩んでいたって仕方ない。とにかく二人に会おうと、そう決意して一歩を踏み出す、瞬間。


『……思い立ったところすまん、勉』

「どうしたのさ、ブレイバー。……ってまさか」

『そのまさかのようだ』


狙ったかのようなタイミングで声。どうやらその前に、片づけなければいけないことができたらしい。

幸か不幸か、今いる場所は人の目もない。それをもう一度だけ確かめてから、右手を重ねる。


「ライズアップ! ブレイバー!!」


勉の体はブレスレットから出る光に包まれていった。


◆◇◆◇◆◇


『おおりゃぁああ!!』

「っ!? ――!!」


光の中から現れたブレイブマン。目の前の怪獣に向かい、とびかかる。

その勢いのままに蹴りを叩き込み、その体を地面へと叩きつけた。


『先手必勝、ってな』

(油断してるとまた前みたいに押し返されるよ)


意気揚々と構えるブレイバーに、勉が釘を刺す。

それをわかってるよ、と返しながら二人して前に向き直ると、視線の先ではちょうど怪獣が体を起こすところだった。

そして。


「――!!」

『なっ!! おわ!?』


ブレイブマンの方を向いたと同時、口から火球が飛び出した。

勉の言葉通り、少し油断していたこともあり、まともに受けてしまったものの、少しよろめくぐらいで踏みとどまる。

が、相手もそれを理解していたのか二発、三発と連続して打ち出してくる。


『へ、そんな単純な攻撃、何回も食らうか、っての』


その火球を躱し、または両腕を使い、右へ左へと捌いていく。


『このままいくぞ、勉』

(ああ!)


躱し、捌きながらも、ずっとこのままではいつか被弾する。そう思ったブレイブマンは一歩、また一歩と怪獣に近づいていく。

そうしてついに。


『捕まえたぜ?』

「―――!! ――」


怪獣の口を抑え込むことに成功する。

いつまでも吐き出され続ける火球は厄介だが、こうして塞いでしまえばそれも途切れる。そうして押さえつけた口を掴み、そのまま背負い込むようにして怪獣を持ち上げる。背負い投げのような要領で、怪獣を地面へと叩きつけた。


『よし、これで――』


いつものように、技を繰り出そうとしたその時。


ドグン――。


(これ、は……)


突然、勉の心臓が大きく跳ね上がる。

目がくらむ。足が震える。息が荒くなる。

その視線の先には、炎。

さっきまでの火球が。躱され、捌かれた火球が辺りに飛び散り、火事がそこかしこで起きている。

それはまるで、今朝も見た、いつかの夢・・・・・のようで。


(……けて)


そんな勉の言葉がこぼれる。

既に勉の目には目の前のことが映っていない。映っているのは、いつかの記憶。火災の中、逃げることもできずに恐怖の中意識を失った、あの記憶。


(嫌だ! 誰か!! 誰か助けて!!)


まるで錯乱したかのように叫び始める。それほどまでに、勉の心は思い出の恐怖に飲み込まれていた。


『おい!! どうした!?』

(誰か、誰でもいい!! 助けて!!)


呼びかけたブレイバーの言葉も届かない。

そんな勉の恐怖に飲まれるように、ブレイブマンも尻もちをついてしまい、立ち上がれなくなってしまう。


『しっかりしろ、勉! 今はお前がその「誰か」だろ!!』


その言葉に、ようやく勉に光が戻り始める。

が、それも一歩遅かった。先に体制を立て直した怪獣の吐き出す火球がブレイブマンに襲い掛かる。


『くっ! ぐあああぁああ!!』


体がうまく動かず、避けることも捌くこともできないブレイブマンに、そのすべてが襲い掛かり、そして。


ビシリ、とガラスの割れるような音が響き渡り、ブレイブマンの体は砕け散るようにして、消え去る。

残された怪獣はその後も暴れ続け、ようやく止まった頃。空間も歪み始め、それが収まり元に戻った直後。近くのビルには、一つの亀裂が走った。


◆◇◆◇◆◇


「……っ!」


ぱちり、と目が覚める。初めに見えたのは、夕暮れも過ぎて、ほとんど暗くなりかけている空だった。


『起きたか』

「……ブレイバー」


仰向けになっていた体を起こし、辺りを見渡すと、変身する前にいたベンチ。その上で仰向けに寝転がっていたところらしい。

慌てて時間を確認すると、予想通りいつもなら家に帰りついている時間だった。幸か不幸か、ここは人通りが少ないため、特に発見されることも不審に思われることもなかったようだ。


「負けた、んだよね。あの後」

『ああ。だが、まだエネルギーも残っていたからな。こうして無事に元に戻るくらいはできた』


頷き、説明してくれるが、勉にはブレイバーの方を向くことすらできない。


『なぁ勉、お前に何があったんだ?』


あの怖がり方は普通じゃない、とブレイバーが付け加える。それほどまでに勉の恐怖は突然で、異常だった。


「……昔、夢を見たんだ」

『夢?』

「うん」


一度話始めたら、口が止まらなかった。

それはいつかの夢の話。かつては他人に信じてもらえず、いつか自分でも忘れかけていた夢の話。


「火事に、巻き込まれたんだ。他にも人がいたと思う。けど、いつの間にかいなくなってて。それで逃げようとしたんだけど、小さかったからかな、すぐに火に囲まれてさ。……息も苦しくなって、ついに気絶しちゃって。火傷もしていた、んだと思う。全身痛くて。けれど、気が付くと家のベッドで目が覚めた。しかも体に異常もなかったし、親も友達も、そんな火事あったなんて知らない、なんて言われちゃってさ……。笑っちゃうよね、今でも時々思い出して怖くなるんだ」

『待て、火事……取り残されて気絶、だと……?』

「うん、そうだけど。って、ブレイバー?」


いつしか考えこむようにして、うつむいていたブレイバーが突然こちらを向く。


『もしかしてそれって、十年前の事じゃないか!?』

「う、うん。そう、だね。大体それぐらい……」

『よかった……ちゃんと、生きててくれたんだな……』


がしりと肩を掴まれる。もちろんブレイバーには肉体がないので、掴まれているように見えるだけだが、それでも勢いよく顔が寄せられる。


「生きてて、くれた……?」

『ああ』


頷いた後、少し黙る。


『いいか? よく聞け。それは夢じゃない』

「夢じゃない、ってどういうこと? だって実際に――」

『その場には俺もいたんだ』

「ブレイバーが? それって……」


言い淀んでから、すぐに気が付く。


(そうだ、どうしてその可能性を考えなかったんだろう)


多分少しは考えた、んだと思う。でも、いつの間にかそう考えるのをやめていた。まるでそうなるように誘導でもされていたかのように、それこそ自然と。


「じゃあもしかして、あの時最後に見た、抱きかかえてくれた人が……」

『そうだ。そしてその火事の中、子供を、お前を助けた……はずだった』

「はず、だった?」

『ああ。あと一歩及ばなかったんだ。お前を抱えた俺も、炎から抜け出す事は出来なかった』


言われるたびに少しずつ記憶がよみがえる。せき止められていた何かが流れ出すように、沈んでいたものが少しずつ浮かび上がるかのように。


『幸い、何とか夢にはできたが、俺は肉体を失っちまった』

「失った、って……。じゃあ今こうしているのは、俺の……」

『それは違うな。俺は俺のやるべきことをした結果、今こうやってお前と出会った。そこにそれ以上の意味はないさ』

「……」

『ま、俺の事はいい。もう過ぎたことだしな』


ふぅ、とまるでため息を落とすかのようにブレイバーが肩をすくめる。本当に息をしているかは謎のままだが、それでも気を切り替えたのはなんとなくわかる。その証拠に、ブレイバーが少し黙った。


「よし」


両の頬をぺちぺちと叩き、立ち上がる。


「帰ろう、ブレイバー」

『はは、そうだな』


笑いかけるようにそう言って、俺たちはまた歩き始めた。


◆◇◆◇◆◇


ぱちり、と目が覚める。いつも通りの朝、いつもより少し早い時間。大学に行くのはもう少し後でも十分間に合う、そんな時間。


『よぉ、今日は少しましな面だな』

「まぁ、ね」


現れたブレイバーに顔を覗き込まれる。

顔色がいいのは、昨日のように夢を見ていないからだろうか。呼吸も乱れていないし、変な汗もかいたりしていない。


(うん、大丈夫、大丈夫……)


息を吸って、吐く。それ以上には何もない。


「……よし、じゃあ出かけよう」


体を起こし、手早く準備を整える。身だしなみを整え、朝食を流し込む。

最後に鏡を覗き込んで、チェックの忘れがないことを確認してから、扉に手をかける。

ぐい、と押し開けるようにして扉を開き……朝の平和な時間は終わった。


「……え」


最初に目に飛び込んできた物は、飛来物。それが何かまでは分からなかったけれど、硬そうな何かはすごい速度で迫り、窓ガラスをたたき割り隣の家に飛び込んでいった。


「ぎゃあああぁぁ!「はぁっ…はぁっ…」


息が苦しい。酸素が欲しい。その思いのまま、鼻から口から息を吸い込もうとするが、入ってくるのは酸素とは程遠い煙。

既に乾ききった喉では呼吸をするのも辛く、目も霞みつつある。


「はぁっ…ん…はぁっ……けほ……はぁっ……」


霞む目で周りを見れば、どこもかしこも火で赤く染まっている。逃げ道も最早なく、見事なまでに囲まれた自分はこのまま焼き死ぬのだろう。

いやだ、でもどうにもならない。でも…。


(……けて、誰か)


最早言葉にすら出ない。

それでも誰かに助けを求めようとして――。


「はっ!!」


と、そこで目が覚める。

慌てて体を起こし、辺りを見渡してもどこにも火の手が挙がっていない。

いつもの、毎朝自分が見る光景。つまりは自宅の部屋だ。


「夢……?」


心臓は全力疾走をした後のように鼓動している。汗も随分かいていたようで体中がべたべただ。

しばらく見ていなかったはずの、あの夢を見てしまったことに動揺しながらも体を起こす。こういうことは何度かあった。突然見るようになった、自分が火事に巻き込まれて死ぬ寸前で目が覚める夢。

自分でも原因はよくわからなかったが、見てしまうものは仕方がない。気持ちを切り替えるために、そしてかいてしまった大量の汗を流すために、シャワーを浴びようと立ち上がった。


きゅ…しゃあああぁあぁ…。


ノズルを回して、降り注ぐ水を頭からかぶる。べたついた汗を洗い流し、体はすっきりしたところで、朝食の準備を始める。

準備、といっても所詮は男の一人暮らし。それほど凝ったものはない。パンをいくつかと簡単なサラダ、それをコーヒーで流し込む程度だ。

並べたそれらをもそもそと口に運ぶも、いつものように味を感じられない。頭の中は昨日の事でいっぱいだった。


(浩一、びっくりしてたな……。真司も、戸惑ってた)


友達が突然、おかしなことを言いだしたら誰だって驚く。僕自身、そんなことになったら驚かない自信はない。

そもそも、今自分がしているのがどういうことなのか、『夢』にするとはどういうことなのか考えもしなかった。


(なかったことにしてるんだから、そりゃ誰も覚えてないよな)


と、伸ばした手が空を掴む。見るとすでにパンとサラダは空になっていた。気を取り直してコップを呷ると、今度はそのコップも空だった。

どうやら気を取られているうちに、朝食が終わっていたらしい。

はぁ、と息をつき立ち上がる。朝食が終われば家を出て大学に行って……。


「二人に、なんていえばいいんだろ」


当然二人とも顔を突き合わせることになるだろう。いつもとは違う気だるさの中、のろのろと勉は家を出ていった。


◆◇◆◇◆◇


「……あ」


大学に到着。その瞬間に勉の足が止まる。視線の先には浩一と真司。いつものように声をかけようとして、失敗する。中途半端に伸びた手が空を掴み、喉が詰まる。

二人はまだこちらに気が付いていない。それなのに、声をかけることすら億劫になってしまう。


「……」


そっと、手を下ろし踵を返す。

授業まではまだいくらか余裕があり、今すぐに講義室に向かう必要もない。

一度そう考えだしてしまえば、もう止まらない。足は一歩、一歩と二人から離れる方へ動き出し、そして。

ついには逃げるようにその場を後にしてしまった。


特にどこか向かっていたわけではない。

気が付けば、勉の足は大学の隅へとたどり着いていた。


「……」


頬を伝うようにして流れてきた汗を拭う。辺りを見渡すと他に人は見当たらない。

そのことを確認してから、近くにあったベンチに腰を下ろす。その瞬間、体から力が抜け、どっと疲れに押し流される。


(何やってるんだろう)


目をつむり、そんなことをつい考えてしまう程には。

いつもならここまで露骨に二人を避けることもなかった。小さなことで喧嘩や言い合いをすることがあっても、その少しあと、遅くても翌日にはお互いなんともないような顔をしていつもの関係に戻れていた。

それが今はどうだ。悪いのは自分だけだというのに、それを謝りもせずにこうして一人逃げ出してしまった。


「あーもう!!」


がしがしと頭をかきむしる。ついでにパシパシと、両の頬をたたいて立ち上がる。

今こうして悩んでいたって仕方ない。とにかく二人に会おうと、そう決意して一歩を踏み出す、瞬間。


『……思い立ったところすまん、勉』

「どうしたのさ、ブレイバー。……ってまさか」

『そのまさかのようだ』


狙ったかのようなタイミングで声。どうやらその前に、片づけなければいけないことができたらしい。

幸か不幸か、今いる場所は人の目もない。それをもう一度だけ確かめてから、右手を重ねる。


「ライズアップ! ブレイバー!!」


勉の体はブレスレットから出る光に包まれていった。


◆◇◆◇◆◇


『おおりゃぁああ!!』

「っ!? ――!!」


光の中から現れたブレイブマン。目の前の怪獣に向かい、とびかかる。

その勢いのままに蹴りを叩き込み、その体を地面へと叩きつけた。


『先手必勝、ってな』

(油断してるとまた前みたいに押し返されるよ)


意気揚々と構えるブレイバーに、勉が釘を刺す。

それをわかってるよ、と返しながら二人して前に向き直ると、視線の先ではちょうど怪獣が体を起こすところだった。

そして。


「――!!」

『なっ!! おわ!?』


ブレイブマンの方を向いたと同時、口から火球が飛び出した。

勉の言葉通り、少し油断していたこともあり、まともに受けてしまったものの、少しよろめくぐらいで踏みとどまる。

が、相手もそれを理解していたのか二発、三発と連続して打ち出してくる。


『へ、そんな単純な攻撃、何回も食らうか、っての』


その火球を躱し、または両腕を使い、右へ左へと捌いていく。


『このままいくぞ、勉』

(ああ!)


躱し、捌きながらも、ずっとこのままではいつか被弾する。そう思ったブレイブマンは一歩、また一歩と怪獣に近づいていく。

そうしてついに。


『捕まえたぜ?』

「―――!! ――」


怪獣の口を抑え込むことに成功する。

いつまでも吐き出され続ける火球は厄介だが、こうして塞いでしまえばそれも途切れる。そうして押さえつけた口を掴み、そのまま背負い込むようにして怪獣を持ち上げる。背負い投げのような要領で、怪獣を地面へと叩きつけた。


『よし、これで――』


いつものように、技を繰り出そうとしたその時。


ドグン――。


(これ、は……)


突然、勉の心臓が大きく跳ね上がる。

目がくらむ。足が震える。息が荒くなる。

その視線の先には、炎。

さっきまでの火球が。躱され、捌かれた火球が辺りに飛び散り、火事がそこかしこで起きている。

それはまるで、今朝も見た、いつかの夢・・・・・のようで。


(……けて)


そんな勉の言葉がこぼれる。

既に勉の目には目の前のことが映っていない。映っているのは、いつかの記憶。火災の中、逃げることもできずに恐怖の中意識を失った、あの記憶。


(嫌だ! 誰か!! 誰か助けて!!)


まるで錯乱したかのように叫び始める。それほどまでに、勉の心は思い出の恐怖に飲み込まれていた。


『おい!! どうした!?』

(誰か、誰でもいい!! 助けて!!)


呼びかけたブレイバーの言葉も届かない。

そんな勉の恐怖に飲まれるように、ブレイブマンも尻もちをついてしまい、立ち上がれなくなってしまう。


『しっかりしろ、勉! 今はお前がその「誰か」だろ!!』


その言葉に、ようやく勉に光が戻り始める。

が、それも一歩遅かった。先に体制を立て直した怪獣の吐き出す火球がブレイブマンに襲い掛かる。


『くっ! ぐあああぁああ!!』


体がうまく動かず、避けることも捌くこともできないブレイブマンに、そのすべてが襲い掛かり、そして。


ビシリ、とガラスの割れるような音が響き渡り、ブレイブマンの体は砕け散るようにして、消え去る。

残された怪獣はその後も暴れ続け、ようやく止まった頃。空間も歪み始め、それが収まり元に戻った直後。近くのビルには、一つの亀裂が走った。


◆◇◆◇◆◇


「……っ!」


ぱちり、と目が覚める。初めに見えたのは、夕暮れも過ぎて、ほとんど暗くなりかけている空だった。


『起きたか』

「……ブレイバー」


仰向けになっていた体を起こし、辺りを見渡すと、変身する前にいたベンチ。その上で仰向けに寝転がっていたところらしい。

慌てて時間を確認すると、予想通りいつもなら家に帰りついている時間だった。幸か不幸か、ここは人通りが少ないため、特に発見されることも不審に思われることもなかったようだ。


「負けた、んだよね。あの後」

『ああ。だが、まだエネルギーも残っていたからな。こうして無事に元に戻るくらいはできた』


頷き、説明してくれるが、勉にはブレイバーの方を向くことすらできない。


『なぁ勉、お前に何があったんだ?』


あの怖がり方は普通じゃない、とブレイバーが付け加える。それほどまでに勉の恐怖は突然で、異常だった。


「……昔、夢を見たんだ」

『夢?』

「うん」


一度話始めたら、口が止まらなかった。

それはいつかの夢の話。かつては他人に信じてもらえず、いつか自分でも忘れかけていた夢の話。


「火事に、巻き込まれたんだ。他にも人がいたと思う。けど、いつの間にかいなくなってて。それで逃げようとしたんだけど、小さかったからかな、すぐに火に囲まれてさ。……息も苦しくなって、ついに気絶しちゃって。火傷もしていた、んだと思う。全身痛くて。けれど、気が付くと家のベッドで目が覚めた。しかも体に異常もなかったし、親も友達も、そんな火事あったなんて知らない、なんて言われちゃってさ……。笑っちゃうよね、今でも時々思い出して怖くなるんだ」

『待て、火事……取り残されて気絶、だと……?』

「うん、そうだけど。って、ブレイバー?」


いつしか考えこむようにして、うつむいていたブレイバーが突然こちらを向く。


『もしかしてそれって、十年前の事じゃないか!?』

「う、うん。そう、だね。大体それぐらい……」

『よかった……ちゃんと、生きててくれたんだな……』


がしりと肩を掴まれる。もちろんブレイバーには肉体がないので、掴まれているように見えるだけだが、それでも勢いよく顔が寄せられる。


「生きてて、くれた……?」

『ああ』


頷いた後、少し黙る。


『いいか? よく聞け。それは夢じゃない』

「夢じゃない、ってどういうこと? だって実際に――」

『その場には俺もいたんだ』

「ブレイバーが? それって……」


言い淀んでから、すぐに気が付く。


(そうだ、どうしてその可能性を考えなかったんだろう)


多分少しは考えた、んだと思う。でも、いつの間にかそう考えるのをやめていた。まるでそうなるように誘導でもされていたかのように、それこそ自然と。


「じゃあもしかして、あの時最後に見た、抱きかかえてくれた人が……」

『そうだ。そしてその火事の中、子供を、お前を助けた……はずだった』

「はず、だった?」

『ああ。あと一歩及ばなかったんだ。お前を抱えた俺も、炎から抜け出す事は出来なかった』


言われるたびに少しずつ記憶がよみがえる。せき止められていた何かが流れ出すように、沈んでいたものが少しずつ浮かび上がるかのように。


『幸い、何とか夢にはできたが、俺は肉体を失っちまった』

「失った、って……。じゃあ今こうしているのは、俺の……」

『それは違うな。俺は俺のやるべきことをした結果、今こうやってお前と出会った。そこにそれ以上の意味はないさ』

「……」

『ま、俺の事はいい。もう過ぎたことだしな』


ふぅ、とまるでため息を落とすかのようにブレイバーが肩をすくめる。本当に息をしているかは謎のままだが、それでも気を切り替えたのはなんとなくわかる。その証拠に、ブレイバーが少し黙った。


「よし」


両の頬をぺちぺちと叩き、立ち上がる。


「帰ろう、ブレイバー」

『はは、そうだな』


笑いかけるようにそう言って、俺たちはまた歩き始めた。


◆◇◆◇◆◇


ぱちり、と目が覚める。いつも通りの朝、いつもより少し早い時間。大学に行くのはもう少し後でも十分間に合う、そんな時間。


『よぉ、今日は少しましな面だな』

「まぁ、ね」


現れたブレイバーに顔を覗き込まれる。

顔色がいいのは、昨日のように夢を見ていないからだろうか。呼吸も乱れていないし、変な汗もかいたりしていない。


(うん、大丈夫、大丈夫……)


息を吸って、吐く。それ以上には何もない。


「……よし、じゃあ出かけよう」


体を起こし、手早く準備を整える。身だしなみを整え、朝食を流し込む。

最後に鏡を覗き込んで、チェックの忘れがないことを確認してから、扉に手をかける。

ぐい、と押し開けるようにして扉を開き……朝の平和な時間は終わった。


「……え」


最初に目に飛び込んできた物は、飛来物。それが何かまでは分からなかったけれど、硬そうな何かはすごい速度で迫り、窓ガラスをたたき割り隣の家に飛び込んでいった。


「ぎゃあああぁぁ!」

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!」


当然、その家にも住んでいる人がいるし、何より朝のこの時間だ。朝食の準備で火を使うこともあるだろう。そんな場所に突然、隕石もかくやといった物が飛び込めばどうなるか。

その家からは火の手があがった。それもボヤどころの騒ぎじゃない。煙が、炎が、無事だったはずの窓を突き破り、あふれ出す。


「ぁ、ああ……」


どさり、という音と、同時に感じたお尻の痛みでようやく、自分が尻もちをついたのだと気が付いた。足に力がまるで入らない。その間にも、飛来物は他の家に到着する。上がる火の手、逃げ始める人。そして、誰かに助けを求める声。


「はぁ…はぁ……っ!!」


呼吸が早くなる。息がうまく吸えない。苦しい。

手が震え、目がかすみ始める。

恐怖に押しつぶされて、みっともなく泣き叫びそうになった、その寸前。


『――い、おい。しっかりしろ、勉!!』

「……ぶれ、いばー?」


自分を呼ぶ声に、辛うじて返す。同時に出かかっていた言葉は、あと一歩のところで言葉にならなかった。


『ゆっくりでいい、息を吐ききれ。そのあとで、ゆっくり吸え』

「……(こくり)」


言われるがまま、息をまずは吐ききる。そうしてもう吐けない、と感じたところで力を緩める。そうすることで、ようやく大きく息を吸い込む。それをいくらか繰り返し、元の呼吸に戻った。


『落ち着いたか?』

「……うん、なんとかね」


言って、自嘲気味に笑う。言葉は震えなかったけれど、心の中は決して穏やかとは言えなかった。


(昨日があって、立ち直ったと思っていたのに、これだ)


ずっと昔の事をいつまでも怖がって、震えて、動けなくなって。

今はそれを覆すような力もあるのに、それすら満足に使えなくて。

なんて。なんて、弱いんだろう、俺は。


ドグンーー。


(……?)


何もかも嫌になって、目を閉じようとしたその時、自分の中のそんな音を聞いた。


『分かるか?』

「分かる、けど……これって」


感じるのは恐怖。けれど、それは自分のものじゃない・・・・・・・・・

他人の感情を覗くことができたら、多分こんな感じなんだろう。どこか外側からその感情を見ているような感覚。


『そうだ。俺の感じている恐怖だ』

「え、だって……え!?」


それは勉にとって、予想外のものだった。なにせブレイバーの事だから、そういう感情とは全く無縁だとすら思っていた。

けれど、その驚きも少しずつ治まってくる。


『恐怖する感情ってのは誰だってある。感情ってのは勝手だからな、どうしようもなく動いちまうもんだ。それでも、それを飲み込み、なんとかしようとする意思が心だ』

「……はは。だとしたらやっぱりブレイバーはすごいよ。こんな恐怖を感じているのに、またこうして戦いに来たんだから。俺とは全然違うよ……俺はこんなに弱い」

『バカヤロウ! 逆だ!!』

「ぎゃく?」

『そうだ。俺にはこうして力があった。けれどお前はどうだ? 俺と出会うまでそんな力とは無縁だった。それでも、お前は恐怖に飲まれず、これまで生きてこれたんだろ!?』

「……」

『感情に強いも弱いもねぇ。俺もお前も、誰だって油断すれば簡単に飲み込まれる。それはな、当たり前の事なんだ。……けれど。その感情を否定せず、抑え込まずに向き合うんだ。そうやってしっかり進んでいける、そう言う奴らを。そんなすげー奴らを尊敬して「強い」って言うんだ』


だから、とブレイバーが一度言葉を切る。


『だから、そんな感情に飲まれない心を。(brave) (up) 強く(your) 持て(heart)! すげーお前なら、それができる!!』


じわり、と今度は目が熱くなる。

さっきまでとは違う、暑苦しいほどの気持ちが溢れてくる。

けれど、それは零さない。今はまだ、他にやることがあるからだ。

足に力をこめる。こもった力で立ち上がる。


「……ありがとう」

『へへ、行こーぜ?』


にやりと笑いかけるように言ってくるブレイバーに、強くうなずく。


「『ライズアップ! ブレイバー!!』」


二人で声を合わせるように叫ぶと、二人の体は光に包まれていった。

そして。


「俺の名はブレイブマン。強き心でもって今!! ここに」


光の中から現れるその姿は、今までよりもさらに強く、勇ましくあった。

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