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ブレイブマン  作者: Who
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襲い来る激情

「そういえばさー?」


ふと、そんな声が勉の隣から聞こえてくる。ちらりと声の方に目を向けると、授業中にもかかわらず、机に頭をのせるようにしてだらけている真司。


「最近あの話聞かないよな」

「あの話?」

「あれだよ。建物にひびが入るって話」

「ああ、あれか。確かに」


ちょうど授業を行っている教授の話が雑談に入ったため、勉も休憩がてら真司の話に頷く。とはいえ、その話題は勉にとって、他人事ではないものだ。

最近まで勉たちの周り、それこそ大学や付近の病院、果ては少し離れたところにあるビルまでが、ある日突然ヒビが入るという不思議な現象に見舞われていた。原因不明のそれは実害こそそれほどないものの、確実に起こる怪奇現象として話題になっていた。それが、ある日突然ぱたりと止まった、となれば今度はそれで話題になる。

が、勉の内心は少し違うものだった。


(そっか、ボクらが怪獣を倒しているから……)

『ま、そういうことだ』


勉の隣、真司とは反対側に半透明の影が現れる。ブレイバー、と名乗るそれは、ある日勉の前に現れた。そして緊急事態とは言え、勉と勝手に融合し、その緊急事態の原因である怪獣と戦うこととなってしまう。そんなこんなでなんとか倒したその怪獣が、建物にひびが入る原因だった、ということだ。

ブレイバー曰く、人の悪感情をある程度吸収する「夢の泉」。そこで吸収され浄化されるはずだった感情が漏れ出して具現化したもの、それが怪獣。そしてその怪獣が暴れ、壊れた建物を「夢の泉」でなんとか『なかったこと』にしようとした結果が、建物のヒビとして残ってしまうらしい。


「でも結局原因分からないんだろ? なんだったんだろうな」

「さ、さぁね。おさまったならそれでいいんじゃない?」


本当は知っている。が、言っても信じてもらえないだろうし、証拠もない。そう考えた勉は、こうして隠すことにしているわけである。


「ま、それはそうなんだけどさ……」


期待した返事じゃなかったのか、真司が少しつまらなさそうに言うが、仕方ない。会話を打ち切るようにため息をつくと、勉は視線を前の教授に戻した。

幸い、そこで教授の雑談も一区切りついたようで授業が再開される。さすがの真司もそれを邪魔するわけにもいかず、その場の会話はそこで途切れた。


◆◇◆◇◆◇


『勉、勉!』

「んなに?」


そうやって授業を受けていた勉の耳に、少し慌てたような声が入ってくる。


『緊急事態だ』

「緊急事態…って、今!?」


ブレイバーの声は周りに聞こえないため、小声で驚く勉。

幸い、隣の二人には聞こえていないのか、特に視線が来ることもない。


『突然来るから緊急事態なんだろうが! とにかく、抜け出せるか?』

「うーん……わかった」


ほとんど囁くようにしてうなずいてから、勉は隣二人の方へと顔を向ける。


「ちょっとトイレ行ってくる。ノート少しお願いしていい?」

「おう」

「りょーかーい」


授業中に、トイレへと抜け出ていく学生は珍しくもない。教壇の教授にもアイコンタクトしてから、周りの邪魔にならないように、教室を抜け出る。


『わりぃな、行くぞ!!』

「分かった。行こう」


再度、二人して頷きあってから駆け出す。当然周りにはブレイバーが見えていないので、勉が一人頷いているようにしか見えないが、それを気にするような人は周りにはいなかった。


「けど、本当に緊急事態? 特に何も起こってなさそうだけど……」

『まだ到着してないだけだ』


到着してない? と勉が頭を捻った直後、二人の頭上に影が差す。

次いで、確かな重さを持った何かが地面に降り立った。


「うわわわわわ…!」


咄嗟に手をついて、転ぶことだけは回避しようとする。が、それでも耐え切れず、体が転がり始め、ごろごろごろと二、三度空を眺めてからようやく止まる。

それからようやく降り立ったものの方を見上げると。


「なんだ、あれ…?」


大きな人型。いや人型、なのだろうか。

二本の足に胴体。そこまではいいとしても、問題はその上。

腕のように見える突起は三本。さらには顔のような何かも二つ。いや、目を凝らした瞬間に三つ、一つと変化し続けている。

まるで、幻でも見ているかのようにはっきりとした姿が見えない。

そんな存在が今、大学に落ちてきた。


「……して」

「ん?」


そんな顔のように見える部分から、これまた口のように見える部分が開く。

その中からかすかに聞こえる声のようなものを、勉が耳にした瞬間。


「うわぁぁぁあああああああ!!」


癇癪が爆発したように人影が暴れだした。

左右の手のひらを横に薙ぎ払い、目の前にあった校舎が吹き飛ばされる。当然、吹き飛ばされた先にも校舎があり、なぎ倒すようにしながら崩れ落ちていく。


『ぼーっとするな!!』

「っ、ごめん、よし……ライズアップ、ブレイバー!!」


呆けるようにしてその様を見届けてしまった勉は、ブレイバーの声にはっと気を取り戻す。

振り上げたブレスからは光があふれ、勉の体を包んでいった。


◆◇◆◇◆◇


人型の目の前に、突如として光の柱が沸き上がる。


「おぁりゃ!!」


その光の中から、気合の声とともに足が飛び出る。その勢いのまま、ブレイブマンが姿を現し、人型を蹴り飛ばした。

突然の発光、突然の蹴りには対処できなかったのか、攻撃を受けてしまった人型は、よろめくようにして倒れこんだ。


「って、なんだこりゃ」


いきなりの蹴りを繰り出し、改めて人型の方を振り返るブレイブマン。しかし、その先には既に人型はない。あるのは、形のわからないスライムのような黒い『何か』だった。


『これがさっきまでの奴の正体か?』

(まるで、泥みたいだ。しかもなんか、動いてる……?)


勉の声にこたえるように、『何か』から気泡が発生する。ごぽ……、とマグマか毒のようにも見える。

それだけならまだしも、よく見ると未だ変貌していない部分、すなわち人型の名残のようなものまで見える。

だから、二人がそう思ってしまった・・・・・・・のは自然なことだった。


『きも…』

(気味が悪いな…)


瞬間、凍りついたようにその『何か』の動きが止まる。まるで。まるでそう、聞きたくない言葉が聞こえてしまった時のように。


「うぅぅぅ…うぼぉぁぁおぁあ!!」

『ちっ! 何だ一体!?』


そんな音と共に、辺り一面にドロドロとした『何か』の一部が撒き散らされる。間一髪のところでバックステップが間に合い、ブレイブマンが被弾することはなかったが、近くにあった建物に直撃。その建物が音をたてて溶解し始めた。


『…っぶなぇな。長引かせると厄介だ。早めに決めるぞ、勉』

(待って。今、何か…)


着地し、構え直すと同時に、勉の耳はかすかに聞こえた音があった。もっと言えば音ではなく、確かな声。


「……マエ……マデ……」

(まえ…? まで…?)

「オマエマデ、ボクヲソンナメデ、ミルノカァ!!」


語気荒く、爆発するような勢いの声。それに合わせるように、今度はブレイブマン目掛けてドロドロが飛ばされる。

咄嗟の事に、一瞬反応が遅れてしまう。そしてその遅れは、飛来物がブレイブマンに着弾するのに、十分な時間だった。


『おわっ!』


避けることもできずに、まともに顔や腕、胸付近など、手当たり次第に被弾し、その勢いのまま後ろにひっくり返る。……だけならまだよかった。


(ちょ…なにこれ?)

『んだこれ…? 引っ付きやがる』


見た目通りの感覚といえばその通りだが、不快なことには変わらない。何より、動きが阻害されてしまう。

二人して思いながら、それでも早く取り払おうってしまおうと、付着してない方の手を伸ばしたその時。


「ボクハ…! ボクハァ!!」

『おいおいおい、嘘だろ!?』

(わぷ…っ)


もがいていたブレイブマン向かって『何か』がとびかかってくる。さっきのように一部を飛ばすのではなく、『何か』そのものが、ブレイブマン向かって飛んできた。

当然、ひっくり返ったうえに付着したねばねばで身動きが取れず、まともに顔で受け止めてしまう。

顔面をぴったりと覆うように張り付かれ、さらには周りの建物、地面にまで『何か』が伸びたため、頭を起こすことすらできない。ほぼ完全に地面に縫い付けられてしまった。


(うご、けない…)


顔を覆われてしまっては、呼吸すらまともにできはしない。

何とかはがそうともがくも、呼吸ができない以上上手く体に力が入らない。そうしている間にも、どんどん息苦しさが増していく。


(まず…もう、息が…)


まず初めに、勉が限界に近づく。こうして変身してはいるものの、もとはただの人間だ。息ができなければ、簡単にこと切れる。

当然、ブレイバーも勉も手はないか探るものの、そんな方法が都合よく落ちているはずはない。

その瞬間までは。


ふわ―――。


既にかすみ始めた勉の視界の中。ブレイブマンとしての視界ではなく、勉そのものの視界にぼんやりとした光が映り込む。


(これ、は…?)


その光に吸い込まれるように、勉の意識が向く。そして、ブレイバーも。


『へ、ようやく来やがったか』

(ブレイバー?)


心なしか嬉しそうに言うブレイバーに、戸惑う。光よりも、今は……。


(それ、どころじゃ……)

『いや、「それどころ」、だ。けどまぁ、確かに急ぎだし、説明は後だ』


変わらず、笑うように言う。その言葉に思わず首をかしげる。が、宣言通りブレイバーからの説明はない。その代わり、


『「ブレイビング・ラッシュ」!!』


その代わりに飛び出す言葉。

その言葉を聞いた瞬間、光ははじけ飛び広がっていく。体を覆うように、馴染むように広がっていく。

同時に。


「ガァアアアアァ!」


ブレイブマンの全身から、光の弾が飛び出す。それも一つや二つじゃない。百、二百…どんどん数を増すそれは当然、体や全身に張り付いていた『何か』を吹き飛ばしながら放たれていった。


(ぶはっ…)


顔を覆っていた障害が離れたことで、ようやくまともな呼吸を再開する。ぼやけ始めていた勉の視界も戻ってきた。


(ぜひゅ…かはぁ…)

『大丈夫かよ』


せき込みながらも必死で呼吸を繰り返し、立ち上がる。立ち上がれる。


(粘つきが、消えてる?)

『吹き飛ばしたんだ、さっきの「ブレイビング・ラッシュ」で』


見ると、確かに腕や胸からも張り付いたものが消えている。動かしづらかった全身が今度は軽く感じるほどだ。


(そんな方法があるのなら、最初からやってよ)

『少し条件があったんだよ。それに、間に合ったんだからいいだろ』


そう言われてしまっては、勉に返す言葉はない。


(後で説明してもらうからな)


頭の中で決め、改めて前を見る。ちょうど、吹き飛んだねばねばが一つに纏まって、戻っていくところだった。


(けど、どうやって戦おう? 下手に近づいたらさっきみたいになりそうだし…)

『そうだな。それにあいつ、核となる物体がどこにあるかわからなぇ。あれじゃ、「ブレイビングバースト」も当てられねぇぞ』


続いて聞かされたそんな言葉に、げんなりとする。


(ちょ、それじゃ倒せないってこと?)


今まではブレイビングバーストで敵を無力化してきた。それが効かないとなれば、打つ手がない。


『いや、手はある。少し危険だが、あいつの懐に飛び込むぞ』

(……わかった、信じるよ)


不安はある。あるが、それでも二人で少なからずやってきた。こういう時に信じられるくらいには。

頷き、足に力を籠める。あとはタイミング次第。


『……』

(……)

「……」


三者三様、静まり返る時間がほんの少し続いた後。


「っ!!」


初めに動いたのは「何か」。体を震わせ、ブレイブマンに一部を飛ばす。それを避けるようにして、二人は走り出した。

一歩、二歩と近づく中で何度も飛んでくる「何か」の一部を交わしながら、肉薄する。

そうして。


『「クイックリィブレイブ」!!』


両手を拳にし、何度も突き出す。何度も何度も何度も何度も、そしてその度に、拳からは光が飛び出していく。


『オラオラオラオラオラァ!!』

(はあああぁぁあああ!!)


飛び出した光は、すぐ前にある「何か」に命中。所かまわずぶつかっていく。まるで、散弾のように、当たるを幸いと、貫いていく。


ぐちゃびちゃぶちゅぺちょぶちぺちょぶちゅぺとぼちゃ……。


貫かれ、飛び散り、小さくなっていく「何か」。

小さく、小さく。そしてついには、最後のひとかけらが貫かれ、飛び散った。

飛び散った「何か」は、ひとつ残らず霧散し、消えていく。その様はまるで。


「これも、浄化した……ってことなの?」

『そういうこった。ま、今回はこれでようやく終わりだな』


あたりを見渡し、「何か」がひとつ残らず消えていることを確認する。

それが終わってからようやく、拳を突き出したままで止まっていた体を立て直した。


◆◇◆◇◆◇


ぱちり、と音がしそうな勢いで目が開く。あたりを見渡すと、小さな個室。どうやらトイレにあるそれらしいことを確認してから、思い切り力を抜く。

もちろん、さっきまでの事は無事『夢』になった。だから、体が疲れているということはない。ないがそれでも、ぐったりと疲れている。


「って、そうだ。ブレイバーあんな技があるなら最初から教えてくれればよかったのに……」


一呼吸ついてから、ようやくさっきまで聞きたかったことを思い出した。

さっきの戦い、最初からあの技が使えていたら、もう少し楽に戦えたかもしれない。少なくとも顔を覆われるなんてことはなかったかもしれない。


『悪い悪い。だが、あればっかりは教えられないんだ』

「教えられない?」

『ああ。あれが……あの光が出てきたときから技が使えるようになったんだが、その出てくるタイミングは俺にもわからねーんだ』


悪い悪いと言いつつも、悪びれる様子はない。

けれど、ブレイバーの言っていることが本当なら、仕方ない……のかもしれない。

少なくとも、ブレイバーに隠そうとする気もないように見えるし、その意味もないだろう。

あきらめて、もう一度大きくため息をつくと、授業に戻るために立ち上がる。

――と。


「……っとと」


不意に、足元がふらついた。倒れはしなかったものの、壁に手が伸びる。


『大丈夫か?』

「うん。多分、平気……」


言葉を返してから、改めて体調を確認してみても、どこもおかしくない。

試しに足を一歩踏み出してみても、今度はしっかりと地面を踏みしめられる。

気のせいだったかもしれないと思うことにし、今度こそ勉は個室の戸を開けた。


◆◇◆◇◆◇


「くく……くくくくく」


ぱしゃぱしゃと足元からは水の音が鳴り響く。

夢の泉に足をつけながら、手元に映し出した映像を眺める人物が一人。


「ブレイブマン。……ブレイブマンかぁ。くくくくく」


その声が誰かに届くことはない。

少なくとも、今はまだ。

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