勇気ある者達
「ここは…?」
目を覚ますと、そこは不可思議な空間に寝転がっていた。
ブレイバーと出会ってから、そういうことには多少慣れたつもりだったが、さすがに全く驚かない、なんてことはない。
もっと言えば、そんなことになったらなったで、妙な気分になりそうだ。
「起きたね。おはよう…かな?」
起き上がりながらそんなことを考える勉に、後ろから声がかけられた。
その声に向かい合うように振り向くと、そこには一人の男。
「あなたは…?」
「ぼくかい? ぼくはペルセポネ」
「ぺるせぽ……? それって確か神様の…?」
若干ぼんやりとしながらも、聞き覚えのある名前に頭を回す。
確か、神話系の授業で聞いた名前だったはずだ。ということは、目の前にいるのは神様、ということになるのだろうか。
「いや、残念ながらぼくは神なんて大層なものじゃないよ。そうだな…精々、その神様と似たような役割を与えられた者、かな」
それは十分神様といえるのではないだろうか。
勉の頭にはそんな疑問も浮かんだが、それが彼の口から出るよりも先に、そのペルセポネが言葉を続ける。
「それよりも今は君の事だ」
と、さっきまで少し緩んでいたペルセポネの目が鋭くなる。
「うまく思い出せないかもしれないけれど、危ないところだったんだよ。本当に、危機一髪だった」
「あぶない……」
ペルセポネの言葉をぼんやりと繰り返し、記憶をたどる。確か俺は……。
(そうだ、ブレイバーと一緒に戦って、それで……)
無事、怪獣を倒して一安心。したところで、続けて人影が現れた。
その姿を見るや慌て始めるブレイバー。そしてそのまま連戦。が、その結果は……。
「っ、ブレイバー!? それに、あの後どうなったんだ!? あの人影は!?」
つかみかかるようにして、目の前のペルセポネに詰め寄る。
最後に見たのは足元から湧き上がる爆発。目が覚める前の記憶はそこで途切れていた。
「最後に受けた爆発の直前、君たちはすでにエネルギーのほとんどを失っていた。そんな状態であれを受ければ、どんな影響が出るか分かったものじゃない。それこそ、君がかつて受けた、あの火事の記憶とは比べ物にならないだろう。ぎりぎり、こうしてぼくの力が間に合ったけれどね」
「そして、君が最後に見た人影は『モルペウス』」
「もる……? もしかしてそれもあんたと同じ……?」
「うん、ぼくと同じく、役割を与えられた者だ。ぼくと彼女、それからブレイバーは同じ『夢の泉』を管理する側の存在だ」
『夢の泉』。
それ自体はブレイバーからも聞いていた。当然それを管理する存在がいることも。
「じゃあどうして、その管理する奴が俺たちを襲ってきたんだ」
「そこについては、すまない、というしかない。……だが彼女の尊厳のために言っておくと、あれは彼女の意思じゃない。……『夢の泉』がどういうものかはブレイバーから聞いているね?」
確認するような口調に頷く。
完璧に理解しているとはとても言えないが、人の感情を抑える役割を持つのだとか。
「少し前から、その感情がよくない動きを見せていた。その解決のためにぼくらはブレイバーを君たちのいる場所へ派遣したんだ。当然、モルペウスも管理の代表として、『泉』の管理を行っていた」
そこまで言って、ペルセポネが少し黙る。
「漏れ出た感情は、君たちによって浄化される。けれど、そうならないものもあった。漏れ出た感情のうち、地上へ、君たちの場所へ溢れなかったものが彼女に棲みついた」
最初は本当に小さな染みのようなものだった。だから、誰も気が付かなかったのだという。
そうして気が付かないまま、彼女の中に澱のようにたまっていった。
「誰も、それこそ彼女自身も気が付かぬまま、彼女の体は乗っ取られてしまった」
それが、最後に自分たちを襲った人影の正体。ブレイバーが最後に焦っていたのもつまり。
「敵ではないと思っていたはずの存在から攻撃を受けたことになる、からね」
「そんな……、って、そうだ、ブレイバーは!?」
「…………」
そこまで話を聞いて、ようやくいつも聞こえる声がないことに気が付く。
が、それに対する返事はどこからも帰ってこなかった。そう、どこからも。
「なぁ……俺が無事だってことは、ブレイバーも無事、なんだよな…?」
「……」
ずしりとした重みに右腕を見れば。
「ちょ、うそ…だろ?」
そこにあったのは、ブレスレット。石化した、ブレスレット。
色を失い、普段のようにブレイバーの反応もない。もとから石であったかのような物体がそこにあった。
「ブレイバー? ブレイバー!?」
返事はやはり、返ってこなかった。
◆◇◆◇◆◇
「っ!! ブレイバー!!」
「うわっ、びっくりした……」
跳ねるように体を起き上がらせ、ブレイバーを呼ぶ。
だが、そこはすでに、あの不思議な空間ではなく、大学にある談話室。
近くにいるのもペルセポネではなく、真司。
「真司…? っ、あれからどれくらい経った?」
「どれくらいも経ってない。でもお前、それ……」
真司の答えに安堵するも、指で差された方を見て、さっきまでの事を思い出す。
指さされた方には自分の右腕。そしてそこには、石化し辛うじて見た目が似ているだけのブレスレットがあった。
『あの爆発で君と、それから君をかばったブレイバーは、致命的なダメージを負ってしまった。変身だって、これ以上すれば何が起こるかわからない』
思い出されるのはペルセポネが最後に言っていた言葉。
けれど。
「でも、俺行かなきゃ」
少し離れた場所では、建物の崩れる音。次いでいろんな人の悲鳴すら聞こえてくる。
まだ、さっき見た人影が暴れている証拠だ。
「……。わかった。けれど、忘れるな。今のお前は一人じゃないぜ」
言って立ち上がる勉に真司の声が届く。その言葉に、勉は頷いてから駆け出した。
その目には、諦めも怯えも浮かんでいない。
◆◇◆◇◆◇
駆けながら、勉の頭にはこれまでのことが走馬灯のように浮かんでは消えていく。
「なぁ、ブレイバー。最初はなんで俺が……なんても思った。でも、今は違う。お前はずっと前から、俺たちを守ってくれてたんだよな」
ずっと前に遭遇した火事は夢になったけど。
それをしてくれたのもブレイバーで。その時助けてくれていたのもブレイバーで。
そのことをずっとずっと、知らずに生きてきた。
それを少し前にようやく知って。
「だから今、俺はお前と一緒に戦いたい。だから頼むよ……。もう一度。もう一度、立ち上がってくれ……俺の英雄!!」
言ってブレスレットを握りしめると。
『……お前も言うようになったじゃねーか』
「っ、ブレイバー!!」
ブレスレットに纏わりつくようにして、なっていた石化がはじけ飛ぶ。
その下には当然、もとの輝きを取り戻した、ブレスレットの姿。
『お前の覚悟はしっかり聞いた。これが、最後の戦いだ』
「ああ、行こう!! 『ライズアップ! ブレイバー!!』」
二人の体は光に包まれていった。
◆◇◆◇◆◇
「俺の名はブレイブマン。強き心でもって今!! ここに」
「来たね。あれっきりで終わるとは当然、思っていなかったよ」
立ちはだかるブレイブマンに、人影、モルペウスの体を乗っ取ったものが振り返る。
その体は黒く濁り始め、靄のようなものがまとわりつき始めていた。
「てめぇ、モルペウス! 何そんなやつに体乗っ取られてやがる!!」
「ふふふ、無駄さ。今の子の体を動かしているのは我々なのだから。君の声なんて届きやしないさ」
「へ、なら。お前を倒して、終わらせてやるよ!!」
言って、走り出す。
それを受けるようにしてモルペウスはブレイブマンと組み合う。
が、力はほぼ互角。片方に押されればもう片方が押し返す。
「……ん、のやろ!」
ならばと、繰り出す蹴りや拳は、モルペウスによって捌かれていく。
ブレイブマンの攻撃は届かない。
「そんなものかい? それじゃあ我々は止められそうもないね」
にやりと笑うようにして、余裕を見せるモルペウス。
だが、そんなモルペウスに手も足も出ないのが事実だった。
◆◇◆◇◆◇
ところ変わって大学の一教室。
そこには、非難してきたであろう生徒や、真司の姿があった。
「俺たち、どうなるんだ」
「知るかよ、だいたいなんなんだ、あの巨人二人は」
みんな一様に困惑している。
当然だ、突然あんなフィクションや特撮のような出来事に襲われたのだから。
真司だって、勉から話を聞いていなければ。いや聞いた今でも、正直戸惑っている。
初めて遭遇した人からすれば、それは当然の反応だろう。
だからこそ、真司は立ち上がり、教壇へ。みんなから見える場所へ駆け上った。
「あれは……あれは俺の友達なんだ。あいつは何度もああして、俺たちの知らないところで戦ってくれてたんだ」
窮地に陥りかけている勉を見、真司は少しでも勉の力になりたい一心で周りに訴えかける。
静まり返る場。今までのことは全て夢になった。つまりは誰も覚えているはずはーー
「俺も……俺も思い出した。やっぱりあれは、夢じゃなかった!!」
ない、はずだった。
だが、たった一人の、その言葉を皮切りに、その認識は切り替わっていく。
「僕も!」
「私も!」
「頑張れ、ブレイブマン!!」
「俺たちがついてる!! 諦めないでくれ!!」
たとえ夢になっていたとしても。たとえほとんど覚えていられなくても。残ったものは確かにあった。
『俺の名はブレイブマン。強き心でもって今!! ここに』
その記憶が今、真司の言葉と、目の前の出来事で呼び起こされた。
(頼む、勉。俺たちの力、受け取ってくれ……)
真司の願いに応える様に、彼らの周りは光が満ちていった。
◆◇◆◇◆◇
「ほら、よ」
「ぐぁ!!」
組み合った状態から、足払い。
相手を抑えることで精いっぱいだったブレイブマンは見事に掬われ、体勢を崩されてしまう。
「っ!?」
受け身を取ることもできず、そのまま地面に引きずり降ろされる。
そこに馬乗りになるようにして、モルペウスが抑え込む。
最早そこまで、あとはトドメを刺せば終わるだろう。が、それでも諦めようとしない二人に悪霊が問いかける。
「お前はなぜ戦う? 人間の感情なんて弱く、守る価値もない。現に少し揺さぶれば簡単にこの様だ」
「別に理由なんてない。俺がそう決めたからだ」
その答えはモルペウスの望んだ物じゃなかったのか、話にならないと今度は勉に質問が向けられる。
「ならお前はどうだ? 勉、といったか。強いお前とは違って、周りは弱い者だらけだ。そんな世界に守る価値なんてあるのか?」
(俺なんか、強くない)
返す勉の言葉は鼻で笑われる。
「世迷言を。そんなものは強い奴だけが言えるセリフだ」
(いや、本当に俺は弱いよ。実際に恐怖に負けたし、挫けた。でも、確かに俺はここにある。だからこそ、俺は皆が弱いなんて思わない)
そこまで言って、勉が少し黙る。
(誰だって色んな感情に突き動かされて生きてるんだ。その中で弱い自分が出ちゃう時もある。でも、それを受け止めて強くあろうとさえすれば。誰だって、いつだって強くいられる)
勉の答えにブレイバーが嬉しそうにする。
「へへ、お前も言う様になったじゃないか」
(おかげさまで)
お互いに嬉しそうにする勉とブレイバー。
同時に、地上から光が湧き上がり、ブレイブマンの元に集まり始める。
「これは……」
「……感じる。俺たちが。お前が守ってきた、たくさんの光を。その輝きを!」
光は一瞬漂った後、勉の両隣で形を整えていく。それはまるで人形の様で。
人形はブレイブマンと同じ形をとった。
「よかろう、ならばお前たちの戯言、その光とやらもろとも、我々が叩き潰してやる」
同時にモルペウスは飛び上がり、距離を取る。
次いで、辺りのエネルギーを吸い込み始めた。
「来るぞ、これで本当に最後だ!! 構えろ!!」
(ああ、気合入れていくぞ!!)
二人が構えると同時、その光の人形たちもまた構えをとった。
そして。
「食らえ!! 今度こそ、引導を渡してくれる!!」
「「ブレイビングバースト!!」」
「「クイックリィ・ブレイブ!!」」
「「アーツブレイブ・インパクト!!」」
同時に技を撃ち合う。
それぞれからほとばしった光と闇は、ちょうど両者の真ん中でぶつかる。
しばらく膠着した後、じりじりと押され始める。モルペウスの側へ。
「な! バカな!?」
「「あああああああああああ!!!」」
驚くモルペウス。そして、叫ぶ二人。
驚いたことで気が逸れたのか、急激にモルペウス側に接点が近づいていき。
そして、爆散。
「あああああぁあああぁあぁ!!」
吹き飛ばされるような爆風の中、モルペウスの体から靄は浄化され、モルペウスの体だけが倒れ込む。
「おわった、か?」
(……だね)
それを見届けた二人も、力尽きて倒れ込む。
同時にブレイブマンの体もはじけ、泡のように消えていった。
◆◇◆◇◆◇
目が覚めると不思議な空間。
目の前には怪しい人影、いやペルセポネの姿があった。
「やぁ、起きたかい?」
「ここは……?」
言ってから、少し前にもこのやり取りがあったなと、思い出し少し変な気分になる。
「ここかい? ここはネクロポリス、まぁ死者の町とでも思ってもらえればいいよ」
「ネクロポリスって、ブレイバーが言ってた、あの?」
「うん、その通り。ブレイバーは一度命を落とし、ここで魂だけとなって、再び地上へ降り立った。そうして君と出会ったわけだね」
「ということは俺も……」
「ああ、いやいや。違うよ。今回はぼくが呼んだのさ」
少し話がしたかったから、とペルセポネはいう。
内容は勉を巻き込んでしまったことへの謝罪。そしてここまでやり抜いてくれたことへの感謝。
「君に戦いを強いたのはぼくらだ。君には、辛いことの連続だっただろう」
「……確かに辛いこともあった。けれど、いつかあった出来事に、ようやく踏ん切りをつけることもできた。それに……」
言って、勉が少し黙る。
「それに?」
「それに、ブレイバーがいてくれなかったら自分の事に気が付くこともできなかった。それができただけで、こっちからお礼を言いたいぐらいだ」
言い切って、微笑む勉に、ペルセポネも笑顔を返す。
「では、おせっかいはここまでにしておこう」
ペルセポネの言葉に合わせるように、勉の隣に扉が出現。音を立てて開いていく。
「その扉をくぐれば、地上で目が覚めるよ。また新たに続く、君の旅が良いものであらんことを、祈っているよ」
こくりと、頷くようにして一歩踏み出す。
扉の先は何も見えないほど光り輝いている。
そんな少し先も見えないような空間に勉は飛び込む。
そして扉をくぐり、勉は元の世界に帰っていった。
◆◇◆◇◆◇
目覚ましの音で自宅のベットから這い出る。
少しぼんやりしたあと、時計を見、慌てるようにして立ち上がる。
今日も授業があるひだ。これ以上はのんびりしていられない。
手早く支度を済ませると、外へ足を踏み出す。
(結局、最後の戦いも夢になり、俺も日常に戻ってきた。でも、それで良いと思っている。
これは特別な誰かがヒーローになる話じゃない。心を強くさえ持てれば誰だって、いつだって強くいられる。ブレイブマンなのだから)
少し小走りに進む勉の少し後ろ。
(…………)
ゴルフボールのような球が浮かび上がる。
その球は、少し勉を見届けた後、空へと飛び立っていった。