ファーストブレイブ
日本にある大学の談話室、その中の席に座りスマホ画面を眺める学生がいた。
学生の名前は大空勉。
そしてそのスマホには、あるニュースが映っていた。
「お? 何見てるんだよ勉」
そんな勉の後ろから声がかかる。
勉が振り向くと、そこにいたのは同じ学部の学生であり、友達の明日原真司だった。
「何って、ニュースだよニュース」
「ニュース? ……ってああ、またあれか」
近くまで寄ってきた真司は、勉の手に握られているスマホ、そこに映されている映像に興味が湧いたらしい。横から覗き込むようにして内容を確認した後、小さくため息を落とした。
見ていたのがニュースだった、からではない。そのニュースが最近世間でよく話されている内容だったからだ。
「今度はあそこの病院か」
「うん。この前は向こうの郵便局……。ほんと、何が起こってるんだろうな」
スマホの画面の向こうでは、ここ最近、聞き飽きるぐらいに聞いた内容のニュースを、キャスターが読み上げている。
最初は、ある日突然建物にヒビが入った、というものだった。その時は、気がつかないうちに老朽化が進んでいた、という至極真っ当な意見で落ち着いた。
が、問題はそこで終わらなかった。一月後、一週間後……と間隔を詰めながら繰り返し現象が起こり続けた。今となってはほぼ毎日のようにどこかしらの建物にヒビが入ってきている。
政府も専門家も原因の究明を急いでいるが、依然として掴めていない。それが今彼らの周りで起きている異常であり、日常だった。
「だぁから、ぜったい古代の地底人の仕業なんだって!!」
がば、と勉と真司の後ろから別の手が伸びてくる。今度は二人で振り向くと声の主、山野浩一が身を乗り出してスマホに手を伸ばしてきた。
二人が少し呆れたような顔をするが、そのことに気づかない浩一の口は止まらない。ただ、それも最近ではよく見られる光景の一つでもあった。なにせ、正解といえる原因が解明されていない。その道の専門家が何人も携わっているはずなのにいまだ全容が解明されない、とくれば様々な憶測が飛び交うのも当然だ。その上、憶測のどれもが否定されないともなれば、まさに言いたい放題。いろんな噂、仮説が囁かれていた。
「ーーで、ここからは俺が独自に調べて気がついたことなんだけど……」
と、そこでふと浩一の声が止まる。これからしばらくはこの話が続くのかと思っていた二人は、その意外な結末に顔を見合わせる。無言で押し問答した後、勉が浩一に向き直り口を開く。どうしたのか、と声を出す直前、その答えはやってきた。
彼らの足元から。
初めは小さく、三人の中では浩一だけが気がついた。が、それも次第に大きくなり、周りの喧騒も気がついたのか静かになっていく。地面が揺れている。それだけならまだこれまでも普通にあり得た。この辺りでは、地震が起こることも少なくない。が、今回のそれは違った。足元から突き上げるように揺れる振動はさらに大きくなり、そして。
『グアァァアアァァァ!!!』
身長が、大学の学舎を優に超えるような生物が、地面から姿を現した。
「おっわ、なんだあれ?」
「すご、何かの撮影ー?」
「よくできてるな」
「でっけー!!」
その姿を見て、困惑こそ起こるものの、逃げ出したり慌てる人間は皆無だった。全員ではないにしろ、スマホを手に写真まで撮るものまでいる。気分はほとんどリアルなショーの現場に居合わせた感覚だ。勉、真司、浩一の三人もその例に漏れず、眺めるように見上げていた。その巨体が行動を起こすまでは。
『ギュアアアアア、ガァアアアア!!』
腕を振りかぶり、振り下ろす。たったそれだけの動作。が、振り下ろされる腕の前には大学の棟。
「ーーー!! ーーーーー!!!」
耳をつんざくような音とともに、棟が破壊され、発生した瓦礫は当然のように地面に雨霰と降り注いだ。
「きゃーーー!!」
次いで聞こえてきた悲鳴でようやく、周りにいた人々は現状を理解し始める。いや、理解させられた。目の前の存在は決して、何かの撮影やまして幻などではない。信じられなくてもしっかりとした実体を伴った、巨大な脅威なのだと。
「逃げろ!!」
「早く早く!」
「死にたくない死にたくない死にたくないーー!!」
「うわーーー!」
そこからは阿鼻叫喚。右を向いても左を向いても、逃げようと必死に走る人だらけ。もちろん、その間も巨体は暴れ、瓦礫や残骸は次々に降り注いでいる。そのため、数歩走るたびに誰かが潰れる音が聞こえ、何処かでは泣いている子供の声までが聞こえていた。そんな中を、無事な者が我先にと逃げていく。
不意に、勉達の上に影が落ちた。
「あぶねぇ!!」
「おわ!!!」
それにいち早く気がついた浩一は隣を走っていた真司の腕を思い切り引く。その直後には勉と、浩一達の間に一際大きな瓦礫が墜落した。ちょうど真下にいた真司は、浩一が腕を引かなければ見事に潰されていただろう。が、そんな二人とは違い、勉は気がつくのが遅れてしまう。幸か不幸か直撃はしなかったものの、墜落した衝撃の余波で勉の体は軽々と宙に舞った。受け身を取ることもできず、地面に転がされてしまう。二回三回と転がった末にようやく止まる。が、彼の不幸はまだ終わらない。ようやく仰向けに止まった、その場所に影が差す。勉の上には瓦礫の塊。
(……あ、だめだこれ)
もはや起き上がって逃げるような時間もない。自分の名前を叫ぶ浩一と真司の声をどこか遠くに聞きながら、諦めるように目を閉じる。その直後、瓦礫の塊は降り注ぎ、何物をも潰すことなく砕け散った。
◆◇◆◇◆◇
(……あれ?)
目を瞑る前に覚悟した衝撃が襲ってこない。そのことに気がつき、不思議がりながらも勉は目を開く。まず見えたのはさっきまで散々暴れていた怪獣。それが目の前に立って、しかもこちらに歩いてくる。どころか、そのまま腕を振り上げ、こちら目掛けて振り下ろそうとしている。
「いや、ちょ……待って待って待って!」
勉のそんな制止の声も虚しく、その腕は勉の肩を突き飛ばした。ほとんど逃げ腰だった勉はその勢いのまま後ろにひっくり返る。倒れるときに近くの何かを下敷きにしたのか、背中から何かが潰れるような音が聞こえてくる。が、それを気にするよりも前に、倒れた勉の、ほとんど真上を向いているはずの視界に再び怪獣の顔が映り込む。それと同時に勉の頭に声が降り注いだ。
『しっかりしろ! そんなんじゃ戦えないぞ!!』
「え……なに、この声。 っていうか戦う? 僕が? なんで?」
『あーもう、るっせえな。他にやることがあるなら言ってみろ!!』
その声に合わせるように、勉の体は動き始めた。まず、声の強い勢いに合わせるように、のしかかろうとしてくる怪獣の腹を蹴り飛ばす。突然のその動きに、流石の怪獣も驚いたのか、まともに受け数歩後ずさる。その隙に勉の体は立ち上がった。
「って、なんだこれ。僕どうなってるの?」
『なんだ、ようやく気がついたのか』
ここでようやくあたりを見渡す勉。その視界はさっきまでとは打って変わっていた。まず視界が高い。さっきまで見上げるようだった大学の棟が自分の肩より低い。なにより目の前の怪獣が、同じ目線に立っている。
「たか……」
『俺と融合して巨大化したんだ。……そんなことより、来るぞ』
言われて勉が前に注意を向ければ、怪獣がもう一度こちらに迫ってきている。その目は真っ直ぐ勉を見、いや睨んでいるのだろうか。見慣れていない勉には今ひとつ判別できない。
「来るぞって言ったってどうすれば……しかもこんな場所で?」
『だぁい丈夫だって。その辺のことは後で説明してやる。とにかく、いくぞ!!』
向かってくる怪獣に体は向かっていき、手刀を叩き込む。これまで、禄に喧嘩もしたことがない勉にとっては慣れない感覚。それでも、まるで慣れているかの様に手刀は怪獣の胴に吸い込まれ、その胴からも、確かな手応えが帰ってくる。
「キュルウルァアアア!!」
「……あーもう、わかった。とにかくあいつを倒せばいいんだな」
『ようやくやる気になったか……。その通りだ、力を合わせて戦うぞ!!』
「おう!!」
言って勉は構えをとった。足は肩幅程に開き、腰を落とす。右手を前に突き出し、反対に左手は腰近くに添える。まるでいつか見た空手の構えの様なそれは、やけに体に馴染む。
「なぁ、さっきから思ってたんだけど、これって体どうなってんの?」
『半分は俺だからな。俺の技もそりゃ使えるさーーってやべ!』
「ぐぁ……ガァアアアア!!」
焦った様な声に前を見ると、怪獣の体が赤く輝いている。怪獣に詳しくない勉でも、流石にやばいと分かるほどに。
が、それに気がつくには少し遅かった。直後、赤熱した怪獣の口からは熱線が発射される。それほど離れていない距離を一息に駆け抜けたそれは、勉に直撃した。
「あ、あっつ! あつあつあつ!!」
そのまま転げ回る様に、建物に激突していく。無駄だと分かりながらも、両の手は必死に熱線がふれた部分を払う様に動かしてしまう。
『落ち着け!! 熱くない』
「……あれ? ほんとだ」
『こう見えて結構頑丈にできてるからな。それより、ほら立て』
言われるままに立ち上がってみると、確かに大した痛みもない。精々が何か当たったという感触があるぐらいで、血も出ていない。
が。
「あれ……なんか体が……」
痛みはない。ないが、体が妙に重い。
まるで重りでも体につけられている様な感覚が、勉の全身を覆い始めていた。
『ちっ、もう時間か』
「へ……時間?」
『ああ。俺たちがこうして融合するのもエネルギーを消費する。その限界が迫っているってことだ』
「ちょ、それってやばいんじゃないの」
『ああ、だから、っと。しばらく動きは俺に任せてくれるか?』
繰り出される爪での攻撃を避けながらそんなことを言われる。今ですらほとんど任せている状態だが、確かに勉よりは、声の方が慣れているだろう。ならば、それを断る選択は勉にはなかった。
「わかった。任せる」
『おう任せろ!!』
「ガァアアア!!」
同時に怪獣が突進してくる。それをいなし、首を押さえ込んだ勉達。そのまま顔面に拳を叩き込んでいく。
『おわっ』
が、当然怪獣もそのままいてくれない。首を振るわれ、勉達の拘束を抜け出ていく。
「ググ……アアア!!」
『んのヤロ!!』
そのまま距離を取ろうとした怪獣の足を狙い、攻撃。足をひっかける様にして、蹴りを命中させる。
その攻撃は予想外だったのか、まともに食らった怪獣はそのままバランスを崩し、地面へと転がり込んで行った。
「ガ、グェア……」
『とどめだ!』
叫びながらも体は動く。左の手のひらを突き出し、右の拳を腰だめに。
『ブレイビングバースト!!』
声と共に左手を引き、右手を突き出すようにすると、拳の先から白い熱線が発射される。『それ』はちょうど起き上がったところだった、怪獣のお腹辺りに吸い込まれていき、命中。
「グガァアアアア!!」
一瞬、怪獣の体を膨らませ、一度元に戻った後。爆発した。
その体からは、黒いモヤの様なものが立ち上っていく。
「あれ? なんか出てきた?」
『ん? ああ、あれはあいつの「元」だな』
「元? どういうことだよ?」
言ってから、体が思う様に動かなくなっていることに気が付く。足からは半ば以上力が抜け、いつのまにか片膝の状態だ。
『説明したいところだが、時間切れの様だな』
「ちょ、おい。大丈夫なのかよ!? おい!!」
声をかけるも、答えは帰ってこない。走行しているうちに、目の前が白んでいきーー。
勉の意識はそこで途切れた。
◆◇◆◇◆◇
『ブレイビングバースト!!』
空中に浮かび上がった映像には、ちょうど勉達が怪獣に向けて熱線を放っている様子が浮かび上がっていた。
それを眺める人影が一人。
「ふふ。まさか彼と融合することになるなんてねぇ」
白々しい様な言い方だが、それを指摘する存在は、あいにくこの場にいない。
「でもそれもまた面白い、かな」
うんうん、と頷く様にしてから映像の前から離れる。
すると先ほどまでは崩れていた、映像の中の建物は全て元どおりになっていた。
そう、例えるならばまるで、先ほどまでの状況全てが夢であったかのように。
「救った者と救われた者……か。今度はうまくいくといいね、勉くん、ブレイバー」
人影が歩き始める。
それに合わせる様に映像は途切れ、部屋はまた暗がりへと戻っていった。
◆◇◆◇◆◇
『ーーい、おい。大丈夫か?』
「んぅ……あれ、ここは?」
声に呼ばれるまま勉が目を開くと、そこは通っている大学、その談話室の一つだった。
手にはスマホが握られており、その画面にはニュース番組が流れている。それを見ながら寝落ちでもしてしまっていた様だ。
「って、寝落ち? ということはさっきまでの事は夢?」
『よう、ようやく目が覚めてきたか』
「うわっ!!」
まだ覚めきらない頭に声が響く。少し前に聞いたはずの声だ。
それと同時に、目の前が輝き始め、人の形をとっていく。
「あ、あんたは……」
『俺はブレイバー。さっきまでお前は、俺と融合していたんだ』
人の様な形、とは言っても決して人ではない。
金属質にも見える体、髪の毛のない頭。口もそれのような形があるだけで、さっきから少しも動いていない。
とりわけ目はまるで、その部分に電灯でも埋め込んでいるかの様な形だ。目蓋もなければ瞳の様なものも見えない。
それでも、その『声』の主、ブレイバーは真っ直ぐと勉の方を向いていた。
「ぶれいぶ……ということはさっきまでの怪獣は本当に?」
『ああ。とは言っても、無事夢にできたがな』
「夢……?」
『ああ。実際、この辺りも派手に壊されていたはずだが……今はそうなってないだろ?』
「それは……うん」
あたりを見渡してみても、建物が壊れるどころか、悲鳴もなく逃げる人すらいない。至って普通の、いつも通りの光景に見える。
そう、まるでさっきまでの事自体が夢だったかの様に。
『それが夢にするってことだ。たとえるならそうだな……、水道管のパイプ。あれをどうやって交換するかは知ってるか?』
「えっと確か……、交換したい部分の前後に『コ』の字型のパイプをつけて、そっちに水を流しているうちに、交換をすませる、だっけ?」
『お、その通りだ。で、その水道管が現実の時間。「コ」の字型のパイプが俺たち、そしてそのパイプが使える時間が、俺たちが活動できる時間、ってわけだ』
「うーん……」
勉が想像してみると、確かに腑に落ちるような気がしなくもない。
実際、怪獣は現れてないように見えるし、誰もケガしている様子はない。分からないところは多くとも、夢になったという表現はなんとなく理解できた。
「…………わかった。いや、まだ全部は理解できないけど、とりあえず皆が無事だったのならそれはいいや。で、じゃあさっきまでの怪獣は? あれは一体……」
『……あー、少し長くなるがいいか?』
ぽりぽり、と頬を掻く様な仕草でブレイバーが言う。そんなところは人間みたいなんだな、と思いながらも勉は頷いた。
「既に驚いてばっかりだからね、これ以上増えても多分変わらないよ」
『ははは、それもそうか。じゃあ結論から言うと、あれは生き物の悪感情が具現化したもの、だ』
「生き物の、悪感情?」
『ああ。例えば、そうだな……無性にイライラしてたけど、ある時ふとそれがなくなった時とか、ないか?』
言われて、記憶を掘り起こす。
「あー、確かにあるかも」
『あるか。ならその時の感情がどこにいったか、と考えた事はあるか?』
「え? そんなのはただ消えていって……いや、まさか」
『そのまさかだ』
うんうんと二回頷く様に、ブレイバーが首を振る。
『その感情には行き先があるんだ。俺たちは「夢の泉」って呼んでる』
「夢の、いずみ……」
『そうだ。そこは、人が持つ感情をある程度吸収、鎮静化して戻してくれる機能がある』
「鎮静化?」
『あー……手に負えない感情ってのはどうしても時々出ちまうもんだからな。それが良くない方向に向かわない様に、っていう防衛装置、らしい』
最後の一言を、聞こえないぐらいに言うブレイバー。だが、幸か不幸か勉の耳にははっきりと届いた。
「らしい、ってどういうことだよ」
『げ。……いや、んん”。俺も直接知ってるわけじゃないからな……。とにかく、そういう場所があるんだ』
「ふーん……?」
少し半目になりつつも、勉は相槌を返す。
「って、あれ? 悪感情をその『夢の泉』だっけ? が吸収してくれるなら、おかしくないか? だって怪獣は……」
『お、飲み込みが早いな。その通り、怪獣はそういう悪感情の具現化だ。本来なら「夢の泉」が吸収してくれるはずだった、な』
腕を組み、少し考え込む様にしながら、ブレイバーが言葉を出す。
『少し前から、「夢の泉」に吸収されるはずだった感情が漏れ出す事件が起こっている。それがああして具現化し、怪獣になっちまうってわけだ』
「なるほど……? わかるようなわからないような……」
感情がどこかへ流れている、と言うだけでも勉には初耳のことだ。それが具現化し、怪獣になるなんて言われても、はいそうですか、とは納得できない。
『ま、とにかく、だ。俺はその原因を調査していたんだ。そしたらお前が死にかけてるのを見かけて、咄嗟に融合した、というわけだ。そうしないと俺も戦えない状態だったしな』
「ふーん……?」
『な、なんだよ……』
「いや? なんでもないよ」
『ま、とにかく……とにかく、だ。俺はこれからも、ああいった怪獣に対処していかなきゃならねぇのに、今の俺じゃ一人で戦うこともできねぇ。こうなったのも何かの縁だ。頼む、協力してくれ』
勉が黙り込む。突然巻き込まれて『協力してくれ』なんて言われても、すぐにはい、とは言えない。戸惑うのは当然のことだ。
それでも、勉は顔を上げる。
「いいよ、わかった」
『ほんとか!? ならこれからもよろしくな』
ばしばし、と触れるなら叩いてきそうな勢いで、勉の肩に手が振り下ろされる。
それを眺めながらも、勉の頭はある日の記憶をたどっていた。
(それに、『夢』になるというのなら、もしかしてあの時のことも……)
◆◇◆◇◆◇
火、火、火、もしくは炎とでも言うべきだろうか。激しく燃え盛る火が、辺り一面を覆っていた。
その中に、倒れている少年があった。
(にげないと……)
もぞもぞと指先を動かし、出口に向かおうとするものの、少年の体はうまく動いてくれない。
それに加え、周りにある道具や壁にもそれらは移り、もはや無事に逃げるのは難しい。というよりも。
(ちから……入らない)
炙るようにして火から熱を受けた体は、じわじわとした火傷を負っており、もはや起き上がるだけの体力もない体では、この中から抜け出すのは絶望的だった。
煙を吸いすぎたのか、すでに頭は朦朧とし、瞼も落ちきる寸前。
ぼやける視界の中、それでもなんとか助かりたいと、動こうと力を込めた時。
「おい、大丈夫か!?」
突然、目の前の扉が吹き飛び、火がかき消される。
闖入者はその足でずかずかと歩いてくるが、すでに顔を上げる気力もない少年には、その顔が見えない。
力なく足元を眺めるが、その足元もぼやけた視界のせいで、人のそれに見えない。金属質なようにも見える足は、どこかテレビに出てくるヒーローのようだ。
「息はある……。大丈夫だ、今助けてやるからな」
「……」
人影は少年を助け起こし、抱え込む。
その安心感からか、少年の体力は限界を迎え、瞼は完全に落ちてしまい、少年の記憶はそこで一度途切れる。
次に目を覚ました時、少年は自宅のベッドの上だった。
少し不思議に思いながらも立ち上がると、体が軽い。喉も特に問題なく動く。
「あれ、え!?」
もしやと思い体に手を当ててみると、火傷をしていたはずの体がきれいに治っている。
まるで、初めから火傷などなかったかのように。
「夢……? でも確かに……」
体が火に囲まれていた感覚はある。だけど、その証拠は体からきれいに消えている。
ニュースを見てみても火事の報道はなく、ほかの人に聞いてみても、そんなことは知らないと言われてしまう。誰一人として、自分がまきこまれたはずの火事を知らない。
ついには親に夢だったのだろう、などと諭され、納得してしまう。誰も知らないのは、それが自分が見た夢だったから。体に火傷の跡がないのも、喉が悪くなっていないのも、きっと。それが夢だったから。
そう思い、いつしかそのことは忘れかけていた。
少年、大空勉がブレイバーと出会う、その日までは。