3.内政チートを希望します
前世の記憶を思い出したからには内政チートがしたい。全転生者の夢だと思う。おれつえー系も良いが、デスピナの能力は増殖とかしないし、能力の使い方自体が限定されているので内政チートへの挑戦を希望する。
「教育改革や病院建設は基本だよね~」
原作には学校系の描写が無かったので調べてみたのだが、タラントン王国に教育機関は存在しなかった。王侯貴族は分野ごとに専門の家庭教師に習う。だから、城で働けるような役人になるのは貴族出身者だけ。商人や職人は勉強するというよりも仕事をしていく中で知識や技術を身に着ける。農民は言わずもがな。例外は騎士くらいで、貴賤を問わずに騎士団の入団試験(体力テストが中心)を受けられる。合格すれば騎士としての鍛錬(礼儀作法等の座学も含む)が始まる。
「せめて誰もが読み書き計算を出来るようになれば・・・とは思うんだけどね」
でも、いきなり「学校を作ります」って言って認められる訳が無い。どうして学校が必要なのかを、私は説明することが出来ない。そもそも生徒が集まる気がしない・・・却下かな。
もう一つの案、病院建設について考えてみよう。城には医者が常駐している。医者と言っても手術します系ではなく、お薬を出しますね~の方だ。外科手術ができるほど医療は発達していない。怪我なら止血と塗り薬、病気なら飲み薬のレベルだ。だから、病院なんてもちろん無い。何かあったら医者を呼んで薬を処方してもらう。または、薬屋に薬を買いに行く。
こちらも難題だ。病院という概念が存在しないのだから・・・。そして、やっぱり私には病院の有用性の説明が出来ない。却下だな。
「そもそも何かしらの専門知識も持って無いし・・・前世の私って何してたの?学生?社会人?女優?」
ライトノベルの内容は番外編に至るまで思い出せるのに、それ以外の記憶は曖昧である。飛行機や高層ビルといった存在を認識しているが、建築技術などの詳細は分からない。インターネットの共有辞書をください。検索したいです。ついでにスマートフォンもお願いします。
「内政チートがしたいよ~。内政、内政・・・原作のデスピナって政治してたっけ?」
宰相のロマーノが存在したのだから、政治も行っていたのではないだろうか。それとも、対反乱軍のことだけ考えていた?反乱軍と言えばデスピナに対抗するだけじゃなくて、人助けもしてたよな。ある村では徴兵された若者の代わりに畑を耕し、他の村では川の氾濫に備えて堤防を築き・・・ん?
「あの川って氾濫に乗じて水生の魔物が村を襲うって設定だったよね。特に、ここ数年は被害が大きいから急ピッチで堤防を作りたいけど徴兵命令で若い男手が足りなかったとかなんとか・・・」
ここ数年って、いつからの話だろう。原作を十年後と考えると、あと数年後になるのかな?
「ちょっと調べてみよう」
私は次の勉強時間に、地理の担当であるゲオーグ先生へ該当する川があるかを質問してみた。こいつ調べる!って言ったのに・・・って目で見ないでください。十歳の少女に出来ることは限られていますので。
「こちらがタラントン王国の川を分かりやすくまとめた地図になります」
ゲオーグ先生が机に広げてくれた地図を見る。
「水色の線が川を示しています。その長さや幅も忠実に縮小して再現されています」
確かに、太い線や細い線がある。川幅の違いだったのか。
「まずは地図から川と接している村を探してみましょう」
授業に利用されてる。まあ、良いわ。知りたいことを調べるなんて、ある意味では自由時間!でも、文明は川の近くで誕生するって前世で習ったくらいだから、川付近って人が生活しやすい、つまり、川と接している村って沢山あるのでは?案の定、該当する村は三十か所以上もあった。
「では、更に条件を付けて数を絞ってみましょう」
「条件ですか?」
「はい。デスピナ様のお話ですと、水生の魔物が川の氾濫に乗じて襲ってくるということでした。水生の魔物が生息しているのは、川幅が広く深さのある川になります」
川幅が広く深い・・・地図だけでは深さは分からないが、川幅なら判別できる。
「この地図の中で両方の条件に当てはまるのは・・・ユーフリス川ですね」
「ユーフリス川・・・」
合成されたような名前の川だな・・・。とりあえず、ユーフリス川付近の村を地図で探し、丸で囲んで印をつけていく。
「一、二、三・・・まだ十もあります」
「長い川でもありますからね」
う~ん。もっと絞り込むための条件が欲しい。原作の描写をもっと思い出せ。確か食料不足で大変なはずなのに、お礼をしたいと言った村長の娘さんがパンを焼いてくれるんだよね。ソフィアが「とても美味しい」って褒めると「この村で育てた小麦から作ってます。皆さまのお陰で今年もパンが作れます」とか何とか・・・。
「えっと、小麦畑がある村です」
「そうですか。ならば、牧畜が中心の村は外せそうですね」
ゲオーグ先生が二つの村にバツ印をつけた。それでも、まだ丸は八つも残っている。
「残りの村には、大なり小なり小麦畑があります」
「そうですか・・・」
分かるのはここまでか・・・ちょっと残念。
「デスピナ様の『予知』のお陰で対策を進めることが出来ますね」
「え・・・?該当の村を絞り込めませんでした。候補はまだ八つもありますよ?」
「しかし、その被害が出るのは数年後なのでしょう?八つの村全てに調査隊を派遣して研究を進めれば、十分に対策が可能です」
な、なるほど!点ではなく面で考えろってやつね・・・違うかも?
「本日デスピナ様がお調べになったことを国王陛下にお知らせすれば、きっとお喜びになりますよ」
「・・・お仕事を増やしてしまうだけのように思えます」
「必要なお仕事なら増えても良いのですよ」
優しい先生だな~。ゲオーグ先生は、前世の記憶が戻る前からデスピナの教育担当の一人だったんだよね。だから、傍若無人なデスピナのことも知っている訳で・・・これからは良い生徒であります。
「ゲオーグ先生ありがとうございます。早速、夕食で父上に話してみます」
持って帰って良いと言われた印付きの地図を丸めて胸に抱え、スキップしたいような心持ちで勉強部屋を後にした。
丸まった紙を大事そうに抱えながら晩餐室に入って来たデスピナの姿を見た国王は、平静を装いながらも好奇心を隠しきれない様子だった。今日の夕食もまだソフィアは参加を許されていない。地図を食事が終わるまでは給仕担当のメイドに預かってもらい、食べ終わった食器が片づけられたテーブルの上に意気揚々と広げた。
「これは地図かな?」
「はい。地理のゲオーグ先生に用意していただいた川の地図です」
数年後に川の氾濫があり、何処かの村で水生の魔物の被害が出ることを『予知』で知ったかのように説明する。そして、自分の『予知』を元にゲオーグと一緒に対象を八つまで絞ったことを報告した。
「何処の村かまで、しっかりと予知が出来れば良かったのですが・・・」
「いいやデスピナ。ここまで絞り込まれていれば随分と助かるよ。明日の会議で議題にして対策を進めよう」
「お役に立てたなら嬉しいです」
「そうだ。デスピナも会議に参加してみるかい?」
「え?宜しいのでしょうか」
「いつかは女王になるのだから、デスピナが参加することに反対する者も居るまい。早いかもしれないが、雰囲気を知るだけでも勉強になるだろう」
「是非、参加させてくださいませ」
これって内政チートへの布石では?その日の夜はワクワクして・・・普通に寝ていた。
会議に出席すると言っても、会議の時間全てではなく私の予知した案件の時だけ出ることになっていた。議題に上がるタイミングで迎えを寄こすと言われたので、朝食を取った後は自室で待機していた。
「デスピナ様。お迎えに参りました」
扉の外に立っていたのは、なんとゲオーグ先生だった。
「まあ、先生も会議に参加されるのですね」
「地理の専門的な議題の際は呼ばれますが・・・今日はデスピナ様の助手としての出席ですね」
「先生が助手だなんて・・・!むしろ私が助手だと思います」
「デスピナ様が助手だなんて光栄ですね」
会議室の前に立っている警備の担当者が扉を開けてくれる。ゲオーグ先生のエスコートで中に入り、席へと誘導された。ゲオーグ先生は私の隣の椅子に座った。
緊張より興味が勝ち、周りの様子を伺う。国王は議長席のような所に座っている。隣は宰相のプフロ公爵。公爵といっても王妃の実家の公爵家とは違う。そして、原作ライトノベルで女王デスピナの宰相を務めていたロマーノは現宰相の息子だ。他にも騎士や書記っぽい人、文官と思われる女性も居た。会議に参加するくらいだから、前世なら女性キャリア官僚になるのかな。
「では、次の議題。数年後に起こる川の氾濫及び水生魔物の被害について。こちらはデスピナ様の予知による議題となります」
宰相は司会進行もするのね。そして参加してる皆様の「おぉ!」って反応が恥ずかしい。
「では、説明をお願いします」
へ?説明って私がするの?アワアワしていると、隣のゲオーグ先生が立ち上がって説明を始めてくれた。そうだよね。私が予知したからって子供に説明はさせないよね。
「以上のことから、ユーフリス川に接する村を八か所にまで絞り込みました。この村々へ調査隊を派遣し、数年後への対策を進めることを提案します」
「では、審議を」
前向きな審議が展開され、来月には調査隊を派遣できるよう関係機関が準備をすることに決まった。結論が出たので、私とゲオーグ先生は退出した。私の会議デビューが終了した。
一緒に退室したゲオーグ先生に自室まで送ってもらった。自室へと入った瞬間に、緊張の糸が切れたようで疲労感を感じた。侍女たちに少し休むと伝え、寝台に横になった。
いつの間にか眠ってしまったようだった。もう少しでお夕飯ですよと侍女に揺り起こされた。昨日、しっかりと寝たのにな。遅れないように晩餐室へと向かった。
「デスピナ。今日は立派だったよ」
「父上、私は何もしておりませんわ。説明してくださったのはゲオーグ先生ですし・・・」
食後の紅茶を頂きながら、今日の会議の印象を聞かれた。
「色んな方が出席されていることが印象深かったです」
「魔物対策なら騎士はもちろんだが、調査隊の人員は騎士以外も必要になる。会議の記録も必要だ」
国王直々の引継ぎみたいになってる。私は新人社員か?
「そうだデスピナ。宰相から申し出があったのだが、宰相の息子と会ってみないか?」
「宰相の?」
それってロマーノのこと!?引き続き原作キャラの幼少期を楽しめるってことですよね!?
「デスピナには年の近い人間が傍に居ないだろう」
確かにソフィアにはアドニスが居たが、私にはその様な存在は居ない。まあ、王女と言っても『能力』開花前なら王位に就くかも分からない未定の存在である。そんな子供にすり寄っても意味がない。それに、普通の親だったら高慢な性格のデスピナに自分の子供を近づけたくないと考えるよね。
「宰相の息子ロマーノは、年齢がデスピナより一つ上だ。とても賢く、将来は宰相職を引き継ぐと貴族たちの間では評判らしい」
「優秀な方なのですね・・・」
知ってる。デスピナの無茶ぶりや非情な命令を叶える優秀な人だよね。
「どうだ?会ってみるかい?」
「はい。お会いして見たいです」
こうして原作キャラである冷酷な宰相ロマーノ(幼少期の姿)と会うことが決まった。
本日はお日柄も良く・・・天気の関係がない客間(一番小さい客間だけど結構な広さ)で私はロマーノの来訪を待っていた。
「デスピナ様。いらっしゃいました」
「通して」
入って来たのはスラッとした美少年だった。この頃から眼鏡だったんですね。良くお似合いです。
「お初にお目にかかります。プフロ公爵子息、ロマーノ・プフロと申します」
「顔を上げて、お掛けになって」
椅子に座ったロマーノに紅茶を勧める。
「お会いできるのを楽しみにしておりました」
「私も年齢の近い方とお話するのは初めてで楽しみにしてたの」
嘘ではない。ソフィアとアドニスをカウントしなければ、今までデスピナと関りがあったのは、国王に王妃、教師に侍女に警護役といった大人だけだった。
さて、こういう時の話題って何だろうか?きっかけを考えていたら、ロマーノから話を振ってくれた。
「恐れ多くも自分は、数教科をデスピナ様と同じ教師の方々から勉強を教わっております」
「そうでしたの。先生の皆様は説明がとてもお上手で、時間を忘れてしまうくらい楽しい時もあります」
流石、宰相の息子にして公爵子息。教師陣は王家と同じく一流を揃えているのね。
「優秀な方々ですから・・・そして時々、デスピナ様のお話を伺っておりました」
「私の?」
「はい。デスピナ様の優秀さは聞き及んでおりましたが、特に能力が目覚めてからの勉強への姿勢はとてもご立派で担当している生徒たちに見習わせたいくらいだと」
なるほどね。前世の記憶が戻る前は教師陣に対しても傍若無人だったのに、人格が変わったかのように真面目になったって話か。前半を大分オブラートに包んだな。
「そんな、恥ずかしいですわ・・・」
「もし、宜しければきっかけを伺いたいのですが・・・例えば、どんな心情の変化があったのかなど」
あくまで微笑んでおり、表情の読めないロマーノ。しかし、よく観察すると目に浮かんでいるのは興味か・・・いや、試している?私の返答によって、今後の付き合い方を決めようとしているのね。
その挑戦、受けましょう。私は答えを考えるふりをしながら、演じるキャラクター設定を考える。そうだな・・・影のある同級生とかどうよ?よし。学園ドラマの家庭環境に問題を抱えているミステリアスな同級生になります。
「そうですわね・・・強いて言えば『諦め』でしょうか」
「・・・諦めとおっしゃいますと?」
「ロマーノ様は私がした『予知』の内容をどこまでご存知かしら?」
「どうぞ『ロマーノ』と・・・。貴族たちの前でされた予知でしたら存じております」
「では、説明は不要ですわね。私は王妃様に殺されそうになった自分を予知した時に、王妃様との関係の改善を諦めたのです。私がどのような事をしても、王妃様は私を見ることが無いのだと知りました。だからこそ、緑の塔へ行くことを希望したのですが・・・しかし結果として父上、国王陛下は私を次代の王女に任命なさいました。そして王妃様はご実家に。もう会うこともないでしょうね」
私は視線を窓の外へと向けた。
「諦めがついたのです。小さい子供でありたかった自分に。だから、勉強への姿勢が変わったのだと思います」
そして、今度はロマーノに視線を合わせる。要約すると、母親の興味を引きたくて我が儘を言っていたけど、絶対に母親からの愛情は貰えないと分かってしまったから我が儘を止めましたってこと。どう?ドラマの中盤でする打ち明け話っぽくない?
「答えになりました?」
「・・・ええ。不躾な質問にお答えいただきありがとうございました」
ロマーノの満足する答えだったのかは分からないが、今後はこの設定で行きたいと思います。
その後は、最近はどのような事を学んでいるかといった勉強の話をした。そして、紅茶を飲み干したロマーノが暇を告げた。
「デスピナ様。本日はお時間を頂きありがとうございました」
「年の近い方とお話しできて楽しかったですわ」
「光栄でございます。もし宜しければ、今後も勉強のお話などさせていただく機会を・・・」
「願ってもないお話ですわ」
「では、また父上、プフロ公爵を通してご連絡いたします・・・次の機会には是非ともデスピナ様に、自分の『諦め』について聞いていただきたいと存じます」
一礼してロマーノは退出した。はて?ロマーノの『諦め』って何だろう。原作外の話かな?『タラントン王国物語』のファンとしては、こちらからお願いしたいくらいだった。