なし
令和3年4月9日、綺麗に身体を洗い終えた私は、流れるシャワーのコックを浴槽へとゆっくり回した。正面の鏡の中に映った自分の目はまるで感情もなく虚ろだったが、何故かどことなく嬉しそうに見えた。
浴槽に入り、心地よく暖かいお湯が浴槽から溢れ出すのを確認した私は、迷いも戸惑いもなく浴槽端に置いてあった剃刀のプラスチックのカバーを外した。震える右手の剃刀を左手にあてた瞬間、何度も切った傷痕を見て痛みを思い出しすこし躊躇しそうになったが、目をつむって首を左右に振った私は、自分の未来に安心したのか笑顔だった。
その瞬間、自分の血が手首から噴水のようにあふれ出して目の前が赤く染まっていった。血を出しながらスローモーションのように湯船に落ちて行く左手、不思議と痛みは無かった。
チャポンとゆう音が最後に聞こえた。
カチャッとドアノブを回す音で目が覚めると、また真っ白い天井、すぐにここが病院であることを思い出した私の脳裏にカーテンを見つめ泣いていた記憶が蘇ってきた、そして誰が部屋に入ってきたのかのかもすぐに分かった私はまるで現実の世界を拒むようにまた目を閉じた。
ゆっくりと開いたドアはまたゆっくりと閉められ小さくドアノブを閉める音が聞こえた。
目を閉じてから何分経ったのかも分からなかったが私にはとても長い時間に感じた。でも音を立てないように気を使っている看護師さんの優しい人柄がすぐに理解できた。そしてこの部屋からすぐに出て行ってほしいとゆう想いがさらに時間の流れをまた長く感じさせた。 死神ははまだ生きている、そう思った瞬間。
「どうして、こんなに美人なのに死のうなんて思うんだろう」
ふと看護師さんが小さな声でつぶやいた。
その瞬間、私の脳裏に目の前で沢山の人が死んでいった記憶が鮮明に蘇ってきた。それと同時に、普通の人生を送っている看護師さんが羨ましく、怨めしく、そして憎らしいとさえ思った私は、「どうしてって」と狂ったように悲しい声を漏らしてしまった。