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ミルボーン侯爵との邂逅

 週末になり、ビアトリスは二人の女友達と共に町へと繰り出した。この状況下で友人と遊ぶことに気が咎めていたものの、カインが「学院生活最後の一年なんだから、思い切り楽しまないと勿体ないぞ」と言って送り出してくれた。

カインはビアトリスが友人たちと過ごす時間をどれだけ得難く思っているか、理解してくれているのだろう。


マーガレットお勧めの店で甘いものを楽しんだのち、向かった先は劇場である。お目当ては一週間前に封切られたばかりの話題作で、処刑されたヒロインが時を遡って人生をやり直す、という変わった趣向のお芝居だ。


ヒロインは美しく優秀な公爵令嬢で、婚約者である王子を心から愛していたのだが、王子は突然現れたピンクブロンドの聖女に夢中になってしまう。ヒロインは聖女に嫉妬して、何かにつけて彼女を虐げ、誹謗中傷をまき散らす。そしてその「悪行」の報いとして、王子とその側近たちに断罪されて、処刑されることになるのである。


毒杯を前にしたヒロインは、涙ながらに独白する。「ああ、自分はなんて愚かだったのだろう。何故あんな真似をしてしまったのだろう。もう一度やり直せるのだったら、けしてあんな真似はしないのに!」と。

そして一息に毒杯を煽ったヒロインは、目覚めると何故か自分が死んでおらず、十年前に戻っていることに気が付いた。ヒロインは不思議に思いながらも、今度こそ失敗しないことを決意して、己の人生をやり直す、というストーリーだ。


「時を遡るなんて発想がすごく斬新だわね」

「それに普通は悪役になるようなタイプをヒロインに据えたところも面白いと思うわ」

「ヒロインは今後どうするのかしら。やっぱりあの優しい幼馴染と結ばれて欲しいわね」

「王子より断然あっちがいいわよね。王子は聖女とは真実の愛だとか言ってるけど、結局ただの浮気じゃないの」


 ビアトリスたちが幕間の貴賓室で軽食をつまみながら盛り上がっていると、ふいに背後から男性の声が響いた。


「こんにちは、ビアトリス嬢、芝居は楽しんでいますか?」


 ぼそぼそとした抑揚のない低い声。

 振り返ったビアトリスは思わず息をのんだ。

 王妃と同じ緑の瞳。

 ミルボーン家当主にして、アメリア王妃の弟、ジョシュア・ミルボーンがそこにいた。




「ミルボーン侯爵さま、ごきげんよう。私たちとても楽しんでますわ。侯爵さまもお芝居を見にいらしたんですの?」


 ビアトリスは内心の動揺を押し隠してあいさつを返した。


「ええ、芝居もですけど、それよりも観客の反応を見に来てるんですよ。……実を言うと、この芝居の脚本は私が書いたんです」

「まあ、そうだったのですか」


 脚本家は無名の新人だと聞いていたが、まさか侯爵家当主だとは思わなかった。


「そうなのです。封切られるまで不安で仕方ありませんでしたが、今のところ反応は上々なようで安堵していますよ。ことにビアトリス嬢のような、ヒロインと同年代のご令嬢に楽しんでいただけるとは嬉しいですね。そちらのお二人はお友達ですか?」


 侯爵に問われて、ビアトリスは二人を簡単に紹介した。


「初めまして、侯爵さま。ときを遡るなんて、とても斬新な発想ですわね。大変感服しましたわ」

「私も感服いたしました。あんな脚本をお書きになるなんて、素晴らしい才能をお持ちだと思います」


 マーガレットとシャーロットが口々に賞賛の言葉を述べると、ジョシュア・ミルボーンは「ありがとうございます。だけどあの内容は、そこまで独自性のあるものではありませんよ」と謙遜するように言った。


「そうでしょうか。私もとても感銘を受けましたわ。以前から温めていらした物語ですの?」


 ビアトリスが何気ない調子で問いかける。


「いいえ。一か月ほど前に着想が湧いて、一週間で書き上げました。それから稽古期間が二週間足らずでしたが、みんな見事に仕上げてくれて、劇団員には感謝してますよ」


「とても二週間で仕上げたとは思えない素晴らしい演技でしたわ。ことにヒロインが後悔の涙にくれるシーンは真に迫っていて、胸が締め付けられるようでした」

「そうですか。ビアトリスさまもあのヒロインに心を痛めて下さったのですか」


 ジョシュア・ミルボーンはなにやら感慨深げに言った。


「ありがとうございます。あとで女優にも伝えておきますよ。きっととても喜ぶでしょう」


 その後も若干言葉を交わしたのち、ジョシュア・ミルボーンはその場を辞した。




後半の展開は、まさに観客たちの期待通りの流れだった。

 二度目の人生ではヒロインは王子と円満に婚約を解消し、優しい幼馴染と結婚して幸せになる。一方、王子は愛する聖女と結ばれるものの、即位したあとの国のかじ取りが上手くいかずに、無能な国王としてそしられるようになってしまう。可憐な聖女は王妃としては役立たずであり、ただ愛らしく微笑むばかり。

 国王は「優秀なヒロインがパートナーのままだったなら、自分を上手く補佐してくれただろうに」と嘆き悲しむという結末だ。


 やがて幕が下りて、素晴らしい演技と見事な舞台演出に、惜しみない拍手が贈られた。

 ビアトリスも拍手を送りながらも、なんとも言えない不気味さを味わっていた。

 王子と別れたヒロインは幸せになり、王子は悲惨な境遇に陥る。どう見ても王家を悪役にする展開を、まさかミルボーン家当主が書くとは思わなかった。


 むろん舞台は架空の王国であり、この国の王家とは縁もゆかりもない設定だが、それにしたって王家に絶対的な忠誠を捧げるミルボーン家当主ならば、本来忌避する内容である。

 先ほど確認したところによれば、この作品は今から一か月ほど前、すなわち王妃幽閉と先代当主蟄居よりも後に書き下ろされたものだという。やはり王家によって切り捨てられた傷は思いのほか大きかったということか。

 その分だけ自分やカインに対する恨みも深いような気がして、ビアトリスは軽く身震いした。

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