ペンファーザー公爵家の園遊会
そして数日後。バーバラは宣言通り園遊会の招待状をもぎ取ってきたので、ビアトリスは有難く参加することにした。
ペンファーザー公爵邸は昔から薔薇園の素晴らしさで知られており、毎年恒例の園遊会は薔薇の開花時期に合わせて催されることになっている。歴代当主は薔薇の品種改良を趣味とする者も多く、庭には当主の手によって生み出された薔薇も多数植えられているらしい。
ビアトリスが夫妻の案内で庭園に足を踏み入れると、赤、黄、白、ピンクと言った定番のものから、二色や三色、グラデーション、果ては紫や黒と言った変わり種まで、色とりどりの薔薇が今を盛りに咲き誇っている。
クロエ夫人はその中を案内しながら、薔薇のひとつひとつについて丁寧に解説してくれたし、ペンファーザー公爵は次々に軽快な冗談を飛ばして、客たちを大いに笑わせた。用意された軽食も素晴らしくて、園遊会はおおむね滞りなく進行したが、ビアトリスはところどころ引っかかるものを感じていた。
例えばクロエ夫人が、「クロエ」という薔薇は、彼女の父親である先代当主が、自ら作り出した薔薇に娘の名前を付けたものであると説明しているときのこと。
ビアトリスが感心しながら聞き入っていると、ペンファーザー公爵が「まあ、うちのクロエは薔薇って柄じゃないけどね!」などと冗談めかして言うのである。
公爵の言葉に客人たちから笑いが起こり、クロエ夫人も困ったように微笑んでいる。
ビアトリスが「あら、この薔薇のシックで上品な色合いはクロエさまにぴったりだと思いますわ」とやんわり反論しても、公爵は「はは、ビアトリス嬢は優しいねぇ」とにやにや笑っているばかり。
むろん公爵としてはほんの軽口のつもりなのだろうが、かつて「ほんの軽口」で傷つけられた身としては、なんともいたたまれない気にさせられる。
(それにしても……)
身内を貶して笑いと取る人間はそれほど珍しいものではないが、問題は彼が公爵家に婿入りした立場であることだ。そういう立場の人間は多少なりとも妻に気を使うのが通常だが、レイモンド・ペンファーザーの態度ときたらどうだろう。
やはり王族出身であるという自負心が、公爵家の血を引く妻に対して傲慢な態度を取らせているのだろうか。
――あとは……ペンファーザー公爵にも一応嫌がらせの動機はある。王太子との婚約を解消したことを、王家に対する侮辱ととらえて反感を持っているかもしれない。俺のクリフォード時代の記憶でも、彼は結構王家にはこだわりを持っているタイプだったしな。
カインの言葉が生々しい実感を伴って蘇る。
ペンファーザー公爵は気さくな笑顔の裏で、不敬なビアトリス・ウォルトンに対して憎悪をたぎらせているのだろうか。そしてビアトリスに制裁を加えるために、あの首飾りを盗み出したのだろうか。
園遊会が終わったあと、ビアトリスがカインのもとに報告に行くと、なんとカインも書店でシリル・パーマーとの接触に成功したとのことだった。
「世間話のていでそれとなく聞いてみたところ、あの舞踏会の晩、パーマー侯爵は朝まで帰ってこなかったそうだ」
「まあ、それじゃやっぱりパーマー宰相が?」
「いや、俺も一瞬そう思ったんだが、詳しく話を聞いてみると、どうも違うようなんだ」
シリル・パーマーの語るところによれば、なんでもパーマー宰相はここ最近仕事が忙しく、朝帰りは珍しくないという。だからスタンワース家の舞踏会のあとも、王宮に戻って朝まで仕事をしていた可能性が高いとのこと。
「だけど宰相のお仕事って、そこまで激務だったでしょうか」
ビアトリスは王妃教育の一環として、王宮内の仕事の配分もある程度把握しているが、そこまで過度に負担が集中するシステムにはなっていなかったはずである。
「それなんだが、どうも国王が最近やる気をなくして、パーマー宰相に仕事を丸投げしているらしいんだよ」
「まあ、そうなのですか?」
「ああ。もちろんそれ自体が宰相の嘘の可能性もあるわけだが、アメリア王妃のサポートがなくなって、国王の仕事がやりづらくなっているのは間違いないし、そのせいであの男がやる気をなくして仕事を丸投げするっていうのも、割と信ぴょう性のある話なんだよな」
「それはなんというか、どうしようもありませんわね」
「ああ、本当にどうしようもない。とにかくそういうことだから、むしろパーマー宰相が犯人である可能性は、低くなったと思う。その状況下で、夫人の嫌がらせなんかに協力する余裕があるとは思えないからな。もちろん断定はできないが」
ちなみに使用人についても尋ねてみたのだが、シリル・パーマーは実家の使用人についてはまるで把握していなかったらしい。まあ週末にしか帰らない家の使用人なんて、そんなものかもしれないが。
ともあれこれで、三人の閣下のうちの二人について情報を得られたわけだが、残る一人が難物だった。
ミルボーン侯爵家当主、ジョシュア・ミルボーン。
最近までミルボーン侯爵家の社交は彼の両親が一手に担ってきたため、彼自身はあまり他家と付き合いがなく、晩餐会や園遊会といった催しに参加することもないらしい。
妻とは数年前に死別しており、夫人の開くお茶会などを通じて接触することも不可能だ。
趣味や行きつけの店なども知られておらず、街中で偶然を装って接触するのも難しい。
それでもなんとか自然な形で話をすることはできないものかと考えあぐねていたところ、思いもかけない形でその機会は訪れた。