チャールズの運命
それはいつものように三人で昼食をとっている最中のこと。デザートのパイを切り分けながら、ふいにマーガレットが思い出したように口を開いた。
「そういえば、お兄さまの運命の人がついに見つかったのよ」
「まあ、それってカフェでお会いした令嬢のこと?」
「ええ、そうよ。この前ポロの観戦に行ったときばったり遭遇したんですって。なんと向こうの方も、もう一度お兄さまに会いたかったそうよ」
「それじゃお互いにとって運命の相手だったってことなのね」
「ロマンティックねぇ。それで、一体どなただったの?」
「それがなんと、ミドルトン侯爵家の四女、レイチェルさまよ」
マーガレットが笑顔で言い放った言葉に、ビアトリスは一瞬硬直した。
「……え、誰ですって?」
「だからミドルトン侯爵家のレイチェルさまよ」
「それじゃ、カフェでレイチェルさまと一緒にいたのは」
「もちろんお父さまのミドルトン侯爵よ。決まってるでしょ」
「え、でもミドルトン家の令嬢ってみんな栗色の髪だったはずよ? それにレイチェルさまって確か、二十歳を過ぎてらっしゃるのじゃなかった?」
シャーロットが驚いて問いかけた。
「ええ、年は二十一でお兄さまより三つも上。それなのにお兄さまったら二つか三つ年下だなんて言うんだもの、見つからないはずよねぇ。髪の色はカフェの照明が暗かったから、光の加減で黒く見えたらしいわ」
マーガレットはくすくすと笑いながら言葉を続けた。
「なんでもあの方は王立学院を卒業したあと、ずっと隣国に留学していたんですって。だからあのカフェができたことも知らなかったらしいわ。今まで『お相手は自分で見つけるから!』と言って、ご両親の送ってくる縁談を全て断っていたのだけど、いつまでたっても誰も連れてこないもんだから、ミドルトン侯爵が怒ってこちらに呼び戻したんだそうよ。それであの舞踏会の晩にお兄さまと運命的な出会いを果たしたというわけよ」
ちなみにレイチェル・ミドルトンによれば、彼女の方もカフェで出会った青年に運命を感じていたらしい。ただ彼女がチャールズと違うのは、名門侯爵家の情報網を駆使して、あっという間にチャールズの正体にたどりついていたことである。
調査の結果、婚約者もおらず、家柄も人柄も問題ないと分かって、彼女の両親も大いに乗り気になったわけだが、申込みの段になって、レイチェル本人が待ったをかけた。
「レイチェルさまはご自分が三つも年上だから、チャールズさまにご迷惑じゃないかって、ずいぶん悩んでいらしたそうよ。だからお兄さまの方から申し込んでくれるのをずっと待っていらしたんですって」
「え、だけど申し込むと言っても、チャールズさまは」
「そうなのよ! お兄さまは『カフェで会ったご令嬢』がどこの誰だか分からないんだもの、申し込みようもないわけよ。だけどレイチェルさまはご自分があっさりお兄さまの正体にたどり着いたものだから、お兄さまの方もすぐに自分の正体に気づいたはずだって思い込んでらしたのよ。それなのにいつまで経っても申し込んでこないものだから、やっぱり三つも年上の妻なんて嫌なんだわと思って、かなり落ち込んでいらしたみたい。それでもう隣国に戻ってしまおうかと思っていたところでお兄さまと再会したってわけなのよ」
「まあ、本当に間一髪だったのね。それで、どうなったの?」
「もちろんチャールズさまは三つくらいの年の差なんて、気になさらないんでしょう?」
「ええもちろん、お兄さまはそんなこと全然気にしない人だから、出会ってレイチェルさまの名前を聞いたら、すぐにその場でプロポーズしたの。『レイチェル・ミドルトン嬢、どうか俺と結婚してください』ってね。そしてその場でレイチェルさまも受けたらしいわ。二人とも本当に極端なんだから」
ちなみにミドルトン侯爵家は、ビアトリス・ウォルトンがマーガレットを介してチャールズ・ベンディックスと繋がっていることも、早い段階で把握していたそうである。今まで何度も同じグループで出かけているし、あの舞踏会でも一緒に話していたのだから当然だろう。
だからこれまでほとんど交流のなかったビアトリス・ウォルトンがミドルトン侯爵家の晩餐会に出席することになったとき、侯爵夫妻は「これは絶対レイチェル絡みだ」と色めき立っていたらしい。
つまりビアトリスはチャールズに頼まれて二人の仲立ちをしに来たか、あるいはレイチェル側の感触を探りに来たのではないかと、大いに期待していたのである。それなのにビアトリスが何も言わずにそのまま帰ってしまったものだから、あの晩のミドルトン家の落胆は、それはもう大変なものだったということだ。
あの晩の意味ありげな眼差しが、これでようやく腑に落ちた。帰り際に窓から覗いていた人影は、おそらくレイチェル本人だったのだろう。当時は不気味に感じたが、分かってしまえばどうということはない。むしろがっかりさせてごめんなさいと謝罪したいくらいである。
ミドルトン侯爵家にまつわるほとんどの疑問は氷解した。他に確かめるべきことはただ一つ。
「ところでマーガレット、チャールズさまはレイチェルさまと出会った晩、何時くらいまでカフェにいらしたの?」
「明け方近くまで話し込んでたらしいわよ。それなのに二人ともお互いの名前も聞かないんだもの。本当にどうしようもないわよね!」
マーガレットはほがらかにそう言った。
「カインさま、ミドルトン侯爵じゃありませんでしたわ」
ビアトリスが複雑な表情で報告すると、カインも「俺も今日チャールズ本人から聞いたところだよ」となんともいえない表情で答えた。
「あいつが運命の女性と出会った話は前から聞かされていたんだが、まさかそういうオチが来るとは思わなかったよ。いや、友人として祝福したいとは思っているんだよ、本当に」
「ええ、私も妹の友人として祝福したいと思ってますわ、本当に」
チャールズは大好きなマーガレットの実兄で、彼自身もさっぱりして気持ちのいい青年だ。そんな彼が運命の相手と出会えたのは大変すばらしいことだ。ビアトリスとしても心からの祝福を贈りたい。
加えて犯人候補の一人が消えて、候補者が三人に絞られたことも大変喜ばしいことだとは思う。思っている。しかし、である。
「これで残るはペンファーザー、パーマー、ミルボーンだな……」
「そうですわね……」
よりによって最も厄介な三人組が残ってしまったことに、複雑な思いを隠せない。
「――とにかく、あとたったの三人だ。この三人について重点的に調べて行けばいいわけだ」
カインが気を取り直したように言った。
「実は今、空いた時間を使って、シリルが立ち寄りそうなカフェや書店で張り込んでるんだよ。あいつと偶然を装って接触できないかと思ってね」
「それはいいですわね。パーマーさまならお父さまの動向や、実家の使用人についてもある程度把握なさっているでしょうし」
「だろう? あいつはずっと寮住まいだけど、週末にはいつも実家に帰っているはずだから、あの舞踏会の晩にパーマー宰相が何時に帰って来たか知っていてもおかしくない。だからあいつと会って、さりげない形で話を引き出せないかと思ってるんだが、まずは自然な形で接触するまでが一苦労なんだよ。学院時代だったらこんな苦労もなかったんだがな」
カインは苦笑しながら言った。
「大変でしょうけど、お願いしますね。私の方はペンファーザー家の園遊会に参加するつもりですの。大叔母さまに頼んだら、なんとか招待状が手に入りそうだということです」
「そうか。君の大叔母さまは本当に頼もしいな」
「ええ、私もそう思いますわ」
ビアトリスは心からそう言った。