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父の忠告

 その発言は、その場にいた夫人たちに絶大な影響をもたらした。


「まあ、それじゃフェリシア嬢が最近になって王都に出てきたのは、アーネスト殿下と婚約するためだったりするのかしら」

「あり得ますわよ。今頃になって王立学院に通い出したのも、未来の王妃として体裁を整えるためかもしれませんわね」

「だとしたら、これはビッグニュースですわねぇ」


 一斉に興奮の声が上がり、先ほどの夫人は鼻高々だ。


「……もしかして、お二人の仲立ちをしているのはパーマー侯爵夫人ですの?」


 ビアトリスがふと思いついて問いかけると、夫人は「ええ、そう聞いていますわ。もしかしてビアトリスさまもご存じでしたの?」と聞き返してきた。


「いいえ、私も初耳ですわ。ただエヴァンズ子爵家って確かパーマー夫人のご実家の遠縁でしたから、その関係で紹介なさったのかなと思っただけですの」


 ビアトリスは笑顔で返答した。

 フェリシア・エヴァンズのおかしな態度がこれでようやく腑に落ちた。

 彼女がアーネストの新たな婚約者ならば、前の婚約者であるビアトリスに対して複雑な感情を抱くのも無理からぬことと言えるだろう。おまけに仲立ちがパーマー夫人とくれば、それはもうビアトリスについてあることないこと吹き込まれているに違いない。


(まあそういうことなら、私があれこれ考えてもどうしようもないことよね)


 ビアトリスはひとり頷いた。




 お茶会を終えてウォルトン邸に帰宅したところ、意外な人物がビアトリスを出迎えた。


「まあ、お父さま、こちらにいらしてたのですか」


 驚きの声を上げるビアトリスに、父、アルフォンス・ウォルトンは「久しぶりだな、ビアトリス」と微笑んだ。

 ビアトリスの父、アルフォンス・ウォルトンはビアトリスとカインの婚約式が終わったあと、体の弱い母スーザンに付き添って一緒に公爵領に戻っていた。その後もまだ当分は母と共に領地にいるとばかり思っていたのだが、こんなに早くタウンハウスにやってくるとは実に予想外である。


「ちょっと王都の方に用事があったものだからね。お前の様子も見たかったからちょうど良かった。どうだ、カインくんとは上手くやっているのかい? 彼との間でなにか困ったことがあったら、遠慮なく私に言うんだぞ」


 カインとの間で困ったこと。その言葉から連想されたのは、当然のことながらあの首飾りの一件である。


「お父さま、それが……」


 ビアトリスが思わず視線を落としたことが、あらぬ誤解を招いたらしい。


「まさか、もう何かあったのか? カインくんに一体何をされたんだ?」

「いえ、違います! カインさまは相変わらず優しいですし、私たちは上手くやっておりますわ。ただちょっと、困ったことが起こりましたの」


 ビアトリスはカインから見事な月華石の首飾りを贈られたことと、それがスタンワース家に泊まった晩に「閣下」に奪われた経緯について、かいつまんで説明した。


「信じられんな、閣下とは……」


 説明を聞いた父は眉間にしわを寄せて呟いた。


「はい。私も最初は信じられませんでした。しかし証言してくれた女中頭は昔からスタンワース家に勤める忠義者で、嘘をつくような人物ではないそうです」

「そうか……。それで、もう騎士団には届け出たのか?」

「従僕に宝石を盗まれたことについてはスタンワース家から届け出ましたが、『閣下』のことは伝えていません。ことがことなだけに、あまり表ざたにはしない方がいいと思いましたの。下手に騒ぎ立てて、犯人が首飾りをこっそり処分してしまったら大変ですし」

「それがいいだろうな。処分のこともそうだが……それよりもことが表ざたになったら、両家の間に亀裂が入りかねない」

「ウォルトン公爵家と、メリウェザー辺境伯家の間に、ですか」

「正確には我が公爵家と、辺境伯家に忠誠を誓う周辺貴族たちとの間に、だな。もともと辺境は独立心が旺盛なところだし、メリウェザー辺境伯領周辺の貴族家系はメリウェザー家こそが自分たちの王だと考えている節がある。その王が自分たちの娘ではなく中央貴族から妻を迎えることについては内心では不満な者もいるだろう。今はカインくんの力で一応収まっているにしても、辺境伯家に代々伝わる首飾りがお前に贈られたせいで失われたと知ったら、一気に不満が噴き出る可能性がある」


 父の指摘にビアトリスは胸を突かれる思いだった。

 確かに細かい事情がどうであれ、表面的な事実だけを捉えれば、自分たちの王が中央貴族の娘から粗略に扱われたような印象を抱いてしまうかもしれない。


「そして辺境貴族たちがお前に辛く当たったら、我が公爵家としても彼らに対していい感情は持てないだろう。うちの親類だって同様だ。たとえお前とカインくんの仲が良好でも、貴族同士の付き合いというのは、それだけで収まるほど簡単なものではないんだよ。この件はくれぐれも慎重にことを運んだ方がいい」


 父は重々しい調子で言った。


「私にもなにか協力できるといいんだが、あいにくその手の情報には疎くてな。正直言って、公爵や侯爵の身分がありながら、そんな真似をしそうな人物にはさっぱり心当たりがない」


「……大丈夫ですわ。お父さま。一応当てはあるんですの。大叔母さまも手伝ってくださいますし、私たちでなんとか犯人を探し出して見せますわ」


 ビアトリスはあえて明るい調子で言った。不安はあるが、ここで怯えていたところでろくなことにはならないだろう。


「ですが犯人を特定したあと、取り戻すための交渉にはお父さまの力をお借りすることになるかもしれません」

「ああ、もちろん。そのときは出来る限り力になろう」

「はい、ありがとうございます」


 そのときビアトリスの念頭にあったのは、当然のことながらモーガン侯爵家である。あの後カインが調べたところ、モーガン侯爵家の状況は思った以上に深刻で、タウンハウスは抵当に入っているし、手元の美術品や骨董品も次々に売りに出しているらしい。

 ビアトリスはモーガン家当主が犯人であることに望みをかけた。




 しかしながら、モーガン家当主は犯人ではなかった。そのことはお茶会の四日後に判明した。

 その日、メリウェザー邸を訪れたビアトリスに対し、カインはどこか申し訳そうな顔で「どうやらモーガン家ではなさそうだ」と報告してきたのである。


 カインによれば、モーガン侯爵家はあの窃盗事件のあとも、手持ちの美術骨董の売却を続けているらしい。しかし犯行を誤魔化すための目くらましである可能性も捨てきれないため、カインいわく「内情を確認するために、少々えげつない手を使う羽目になった」とのこと。


「えげつない手?」

「ああ、モーガン侯爵家に伝わる宝剣のことは知っているだろう?」

「ええ、もちろん。モーガン侯爵家の象徴ともいわれる家宝ですわね」


 モーガン侯爵家は武勇を誇る名門貴族であり、始祖から伝わった宝剣を「一族の魂」として何よりも大切にしていることは有名だ。タウンハウスを抵当に入れて借金をする状況においても、あの宝剣は手放していないと聞いている。


「知り合いの商会を介して、その家宝を買い取りたいと持ち掛けたんだ。とある成り上がりの大商人が店に飾るお洒落な置物として欲しがっているという触れ込みでな」

「それは……」


 思っていた以上にえげつなかった。商人に対する偏見を肯定するわけではないが、モーガン家の人々にとって、家門の魂を「剣など握ったこともない相手」に売るというのは、ある意味最大の屈辱である。


「それで……どうしたんですの?」

「最初のうちは『ふざけるな!』と青筋を立てて激高していたが、一万ゴールドまで値を吊り上げたら、結局売ることに同意したそうだ。応じたときの侯爵は今にも死にそうな顔色だったと聞いている」


 その光景が目に浮かぶようで、ビアトリスはなんだか胸が痛くなった。


「つまりあの家の内情は今も間違いなく火の車なんだ。仮に現金が手元になくても、いずれ大金に換えられるものを確保しているなら家宝を手放すはずがない。だからあの首飾りを盗んだのはモーガン家当主ではありえない」

「そうですわね……それであの、結局宝剣は購入してしまったのですか……?」


 広大で豊かな領地を持つメリウェザー辺境伯家ともなれば、それくらいは余裕で払えるのかもしれないが、そんな形で宝剣を手放したモーガン家当主の心境を思うと、やるせない気持ちにさせられる。

 不安げなビアトリスに対し、カインは苦笑しながら首を横に振った。


「いいや、額が大きいから正式な契約は後日というていでいったん持ち帰って、その間にうちが出資している銀行から好条件の融資を持ち掛けたよ。次に商会が訪れたときは、モーガン侯爵は満面の笑みで『やっぱりあれは気の迷いだった』とすっぱり売却を断ったそうだ」

「それは良かったです……」


 古くから続く家系に代々受け継がれてきたものが、その家から失われるというのはやはり悲しいものである。ビアトリスはほっと胸をなでおろしてから、他人を心配している状況ではないことを思い出した。

 ともあれこれで、候補者はあと四人に絞られた。


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