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カインの思惑(カイン視点)

 カイン・メリウェザーは十七歳にして人生における重大な岐路に立たされていた。すなわち意中の女性にいつどのようにして、婚約を申し込むべきか。

 そもそもの出会いは、八年前にさかのぼる。王宮庭園の森で見かけた美しい少女に、カインは一目で心を奪われた。

 もっとも当時の思いは恋愛感情というよりは、偶像に対する憧れに近かったようにも思われる。けして手の届かない場所で輝く、美しく純粋な存在、ビアトリス・ウォルトン。


 ところが学院で彼女と再会し、友人として付き合っていくうちに、カインは半ば神格化していたビアトリスが、生身の女性であることを知った。生真面目で、お人好しで、どこかずれているところもあったが、全てにおいて一生懸命な愛らしい女性。

 知れば知るほど惹かれていき、気が付けば今度こそ本物の恋に落ちていたのである。

 当初はアーネストの存在が枷になっていたものの、婚約は先日めでたく解消されたし、もはや何の障害もない。はずだった。




「え、お前まだ申し込んでないの?」


 友人のチャールズ・フェラーズが呆れたように問いかけた。彼とはビアトリスの伝言がきっかけで話すようになり、以来なんとなく付き合いが続いている。


「ああ」

「なんでだよ。婚約が解消されたらすぐ申し込むって言ってなかったっけ」

「そのつもりだったんだけどな」

「もしかして王家に目を付けられそうだから、家の人間が反対してるとか?」

「まさか。うちの連中は王家の鼻を明かしてやれるなら、むしろ大喜びで協力するよ」

「それもどうかと思うけどな……。それじゃもしかして、故郷に残してきた女がいるとか」

「そんなものいるわけがないだろう」


 自慢ではないが、九つのころからカインはビアトリス一筋だ。


「じゃあ一体なんなんだよ」

「だから、色々あるんだよ」

「ふうん、まあどうでもいいけど、まごまごしていると他の奴にかっさらわれるかもしれないぞ」

「言わないでくれ……」


 チャールズが言っている通り、カインはビアトリスの婚約が解消されたら、すぐにも申し込むつもりだった。それなのに予定変更を余儀なくされたのは、あの創立祭の夜、泣きじゃくる彼女を見たからである。

 

 ――カインさま……私、アーネストさまの笑顔が好きだったんです。あのころの優しいアーネストさまのことが、本当に、大好きだったんです……。


 あのときビアトリスはようやくアーネストを過去の存在として決別することができたのだと思う。とはいえあれほど長い間引きずってきた初恋だ。すぐに割り切って新たな恋を始める気になれるかどうか。

 下手にことを急いで、もし断られたらと考えると、なかなか一歩が踏み出せない。とはいえチャールズの言う通り、その間に他の誰かにさらわれでもしたら、後悔してもしきれない。


(確かに、いい加減覚悟を決めるべきだよな)


 いつまでも現状に甘んじて、人畜無害な「お友達」を続けていても仕方がない。とにかく先に進むべきだ。

 とはいえあずまやでいきなり告白するのは、あまりに雰囲気がなさすぎるし、ビアトリスを吃驚させるだけだろう。まずは普段と違うことをして、多少なりとも意識してもらってから、というのが無難な選択ではないか。

 

(普段と違うこと……二人きりで外出するとか?)


 ビアトリスと一緒に出掛けたことは何度かあるが、いつもマーガレットたちが同行しており、二人きりで外出したことは未だない。二人で行こうと誘ったら、彼女はどんな反応を見せるだろう。


(そういえば、うちの親族が後援している芝居が結構評判良かったな)


 ちょうど今週末に千秋楽を迎えるから、一緒に行こうと誘ってみよう――カインはそう決意を固めた。

 彼女の週末はたいていマーガレットたちと出かける予定で埋まっているが、今回はそれが中止になったと、ビアトリス本人から聞いている。まさに絶好の機会と言うべきだ。二人で一緒に芝居を楽しみ、雰囲気の良いカフェでお茶を飲んで、それから――

 ところが彼の計画は、いきなり出鼻をくじかれた。




「すみません。すごく行きたいんですけど、その日は王妃さまとのお茶会があるんです」


 ビアトリスはいかにも申し訳なさそうに言った。


「あの女とお茶会? 二人きりでか?」

「はい。昨日招待状が届きまして。なんでもアーネストさまの件について、正式に謝罪したいのだそうです」

「……あの女がそんな殊勝なことを考えるわけがない」

「そうですよね」


 ビアトリスは苦笑して見せた。


「私も気が進まないんですが、お断りするわけにもいきませんから」

「あれは毒蛇みたいな女だ。もし何かあったら、一人で抱え込まずに相談してくれ」

「すみません。カインさまには心配していただいてばかりですね」

「遠慮しないでくれ。俺たちは……友達だろう?」

「はい。ありがとうございます」


 綺麗な笑顔を浮かべるビアトリスに、カインは内心そっとため息をついた。


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コミック8巻の予約受付中です。とても素敵な漫画なのでよろしくお願いします!
関係改善をあきらめて距離をおいたら、塩対応だった婚約者が絡んでくるようになりました⑧
コミック8巻の書影です
― 新着の感想 ―
[気になる点] 千秋楽って用語がいきなり登場した点。日本じゃないんだから由来も何もないところに突然って感じがして・・・
[一言] やっぱ王妃が害悪だよ
[良い点] 第二分作成ありがとうございます。がんばってください。書籍化もおめでとうございます
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