ビアトリスの思い
今週末のスイーツ巡りは、マーガレットの都合で取りやめとなった。なんでも彼女の婚約者が久しぶりに王都に来るので、二人で出かけることになったとのこと。
「本当にごめんなさいね、二人とも」
教室移動のために連れ立って歩きながら、恐縮しきりのマーガレットに、ビアトリスは「いいわよ、チーズケーキは逃げないもの」と笑って見せた。
「そうよ。その代わり、デートの様子をあとでしっかり聞かせてね」
シャーロットも同調する。
「それにしてもマーガレットに会うためにわざわざ上京するなんて、本当にマーガレットを愛してらっしゃるのね」
「ええ、ちょっと羨ましいくらいよね」
「あら、シャーロットだってこの前ヘンリーさまから、素敵なペンダントをいただいたって喜んでいたくせに。それにビアトリス、貴方の方はどうなのよ」
「どうと言われても」
ビアトリスの婚約は、この間正式に解消されたばかりである。彼女にしては随分デリケートな話題に触れてくるものだととまどっていると、マーガレットは「あ、違うわよ」と慌てて首を横に振って見せた。
「殿下のことじゃなくて、メリウェザーさまのことよ」
「ああ、それは私も気になっていたわ。ビアトリスとメリウェザーさまって、今どうなってるの?」
「別に、今まで通り親しくさせていただいているわよ?」
カインとは毎朝のようにあずまやで会って、他愛もないお喋りを楽しんでいる。
「お友達として?」
「ええ、お友達として」
「婚約のお申し込みはまだないの?」
「もちろんないわよ。そんな風に考えるのは、カインさまに失礼よ」
ビアトリスが顔を赤くして抗議すると、二人はなんともいえない表情で互いに顔を見合わせた。
「あの方って、意外と奥手なのかしら」
「ビアトリスに合わせているのかもよ?」
「それはあるかもしれないわね」
「しばらくは温かく見守るしかないということかしら」
「もう二人とも、変なことを言わないで。それより少し急ぎましょう。モートン先生は一秒でも遅れると欠席扱いなんでしょう?」
「ええそうよ、お兄さまはそれで去年危うく留年しかけるところだったんだもの」
「あの先生、自分はしょっちゅう遅れてくるくせに、生徒の遅刻は絶対許さないんだから横暴よねぇ」
マーガレットとシャーロットが、口々に教師への不満を言い立てる。
話題が変わったことに、ビアトリスはひそかに安堵の息をついた。
実を言えば、ビアトリスとて、カインのことを意識していないわけではなかった。彼のもの言いたげな眼差しや、慈しむような言動に、思わず顔が火照るのを感じたのは、けして一度や二度ではない。
しかし「そういうこと」を考えそうになるたびに、慌てて思考に蓋をして、深く掘り下げることをひたすらに避けていたのである。
もし勘違いだったら恥ずかしいし、勝手にあれこれ邪推するのはカインに対して失礼だし、もしかしたら故郷に相手がいるのかもしれないし、それに自分は――
渡り廊下に差し掛かったとき、視界の隅に見慣れた金髪が映って、ビアトリスは思わず息をのんだ。
(アーネスト殿下)
かつての婚約者、アーネスト王太子殿下が中庭の噴水のふちに腰かけている。謹慎期間が明けて、数日前から登校しているのは聞いていたが、こうして直接目にするのは初めてのことだ。
未来の国王だけあって、聞こえよがしの悪口を言われるようなことはさすがにないが、完全に腫れもの扱いで、周囲から遠巻きにされているらしい。
いつも大勢の生徒たちに囲まれていたアーネストは、今は一人で静かに本を読んでいる。
――それに自分は、誰かとそういう関係になることが、まだ少し怖いのかもしれない。
アーネストと婚約している間中、彼に散々傷つけられた。
そしてビアトリスの方もまた、アーネストを深く傷つけた。
もうあんな思いは二度と経験したくない。
カイン・メリウェザーはアーネストとは全く別の人間だと、彼と同じ状況に陥る可能性は低いだろうと、頭では理解しているのだが――
(……やめましょう。カインさまに申し込まれたわけでもないのに、勝手にこんなことを考えるなんて自意識過剰もいいところだわ)
「ビアトリス、ほら急がないと遅れるわよ」
友人の呼ぶ声がする。
「ごめんなさい」
ビアトリスは止まりかけていた足を慌てて動かした。