プロローグ(アーネスト視点)
父がアーネストの部屋を訪れたのは、謹慎処分がようやく解けて、登校する前日の晩のことだった。
「明日から登校するそうだな」
父は静かな口調で言った。
謹慎期間中、母は連日のようにアーネストのもとを訪れては、「大丈夫よ。なにも心配いらないわ」「貴方は悪くないんだから」「全てお母さまに任せておきなさい」といった呪文を垂れ流していたが、父が来たのはあの事件以来初めてのことだ。
「一応言っておくが、女性に暴力をふるうなんてみっともない真似は二度とするんじゃないぞ」
「はい」
「お前がこの程度の処分で済んだのは、ビアトリス嬢の寛大な心によるものだ。彼女に感謝して、二度と近づかないようにな」
「はい。分かっております」
「頼むぞアーネスト、これ以上私を失望させないでくれ」
「はい。肝に銘じます」
父はまだ言い足りない様子だったが、アーネストの淡々とした対応に気がそがれたのか、結局それ以上何も言わずにそのまま部屋を出て行った。
父が立ち去った扉を見つめながら、アーネストの胸には一つの疑問が浮かんでいた。
果たして父はあの男が学院にいることを知っているのだろうか。
かつて自ら手放した、もう一人の「息子」、クリフォードが。
おそらく、知っているのだろう。
あの晩の出来事については、父のもとにも詳細な報告があげられている。物語の騎士のようにさっそうと現れて、姫君を助け起こした青年の名が、伝わっていないはずはない。
(……だからといって、どうということもないけどな)
死んだ人間は蘇らない。
たとえ父が、己の選択をどれほど後悔していようとも。