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定期試験

 その後もアーネストがビアトリスに接触してくることはなく、平穏なまま日々は過ぎた。たまに校内で彼の姿を見かけることはあるものの、大勢の人に囲まれ柔らかな笑顔を浮かべている様はいつもの「お優しい王太子殿下」そのもので、シリルの言っていた変調などはまるで感じられない。 


(パーマーさまが大げさに言っていたか、でなきゃ一時的なものだったのね、きっと)


 なんとなく重荷に感じていたビアトリスはほっと胸をなでおろした。




 そうこうしている内に、学院で定期試験の範囲が発表になった。

 ビアトリスはいつもの通り自宅で勉強に励む予定だったが、マーガレットの「私の家で一緒に勉強しない?」の一言で即座に予定を変更した。

 なんでもマーガレットらは、定期試験のときはマーガレットの家で一緒に勉強するのが慣例になっているらしい。友人との勉強会というのはビアトリスにとって初体験で、なんだかくすぐったいような心地である。

 学校が終わると、ビアトリスとシャーロットはマーガレットの馬車に乗って、そのままフェラーズ邸へと赴いた。


 

 フェラーズ邸は上品ながらも温かみの感じられる内装で、住人の人柄を表しているようだった。案内されたテーブルに座り、それぞれに勉強道具を用意した後、マーガレットはいったん私室に戻ると、なにやら紙束を持ってきた。


「じゃあこれ、必要があったら書き写してちょうだい。ちゃんと全科目そろってるわ」

「なあに、これ」

「去年の試験問題よ」

「そんなもの、どうしたの?」


 ビアトリスが目を丸くして言うと、マーガレットは得意げに「あら、決まってるでしょう、お兄さまから貰って来たのよ」と胸を張った。


 確かに去年出題された問題を知っていれば、圧倒的に有利だろう。教師が重要だと思う部分は基本的に決まっているし、傾向が分かればその分対策も立てやすい。

 しかし、である。


「……でもこんなの使っていいのかしら。私たちだけ有利になるみたいで、なんだか申し訳ないみたい」


 ビアトリスがおずおずというと、マーガレットとシャーロットは一瞬きょとんとしたのち、二人そろって噴き出した。


「いやだ、なにを言っているのよビアトリス、こんなのみんなやっていることよ?」

「そうよ、みんな兄弟や仲の良い先輩から回して貰っているわよ。上級生に知り合いがいない子は、いる子から回して貰ったりしているもの」

「え、そういうものなの?」

「そういうものよ。ビアトリスはお兄さまから聞いたことないの? ウォルトン家って確か御長男がいらしたわよね?」

「兄とは年が離れているし、今は隣国に留学中だもの。試験対策で相談したりしたことはないわ」

「とにかくみんなやってることだから、やらなきゃ不利になるだけよ。国史の先生なんて毎年同じ問題出すから、楽勝科目だってみんなに有難がられてるけど、過去問がなかったら地獄でしょう?」

「ええ、確かに地獄だったわ……」


 国史と言えば、毎回指定される試験範囲が膨大で、ビアトリスがいくら勉強してもどこかに漏れが出てしまうため、点数が伸び悩んでいる大の苦手科目である。皆どうやって楽々と満点を取っているのか不思議だったが、まさかそんな裏事情があったとは。

 学内に友人がいないことは、知らないところで結構な弊害をもたらしていたらしい。


「知らなかったわ、試験って奥が深いのね……」

「ううん、全然深くないからね?」

「それよりビアトリスったら過去問も見ないで、いつもあの順位をキープしてたの? それって逆にすごいと思うんだけど」

「そうよ、私なんか過去問やっても20位前後だもの。マーガレットなんていつも真ん中くらいよね?」

「私のことはいいじゃないの。それよりビアトリスは、なにか特別な勉強法でもあるのかしら」

「勉強法というほどのものではないけど、あまり色んな参考書には手を出さずに、教科書を繰り返し読むようにしているわ」


 繰り返し繰り返し、内容を完ぺきに理解して覚えてしまうまで読み込むと、応用問題も解きやすいような気がすることを伝えると、二人は「分かったわ、教科書、教科書ね!」「うん、やっぱり基本は大事よね!」と頷いて教科書を広げた。


 三人は去年試験に出たところを重点的に勉強を進め、そろそろ集中力が切れてきたところで、侍女がお茶の支度ができたと呼びに来た。


 サロンのテーブルには、定番のキュウリのサンドイッチやスコーンに加えて、焼き立てのアップルパイが用意されていた。

 一口食べると、林檎の甘酸っぱさと、パイのサクサク感がたまらない。


「ふふ、うちの菓子職人はちょっとしたものでしょう。お母様が見つけて来たのよ。うちは家族全員甘いものには目がないの」

「そうなの? すごく美味しいわ」

「ウォルトン公爵家のお嬢さまが褒めていたって伝えておくわね。きっと大喜びするわ」


 パイで糖分をたっぷり補給してから、三人は試験勉強を再開した。

 マーガレットやシャーロットがときおり「ここってどういう意味なのかしら」と聞いてくるので、ビアトリスがなるべくかみ砕いて説明すると、「すごいわ、先生が教えるよりも分かりやすいかも」と感心されるのが照れ臭い。

 ビアトリスの方も、どう説明しようかとあれこれ考えていると、問題に対してより理解が深まるような気がする。

 過去問のおかげで効率的に勉強出来ているし、今回の試験は期待できそうだ。

 

 これまでの定期試験では、首位はいつもアーネストかシリルが占めており、三位は特待生であるマリア・アドラーの定位置だ。ビアトリスは四~六位辺りをうろうろしているのが常だったが、今回は初めて三位以内に入れるかもしれない。


(まあ、でもやっぱり三位の壁は厚いかもしれないけれど)


 マーガレットとシャーロットも「ビアトリスのおかげでいつもより上に行けそうな気がするわ」と言っているし、ビアトリスは定期試験がなんだか楽しみになってきた。


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― 新着の感想 ―
[一言] これで試験の順位1位とかになったら、生徒会の連中にインチキしたとか因縁つけられる未来しか見えない。
[良い点] ビアトリスが真面目で不器用過ぎる こんなに頑張ってるのにね 絶対幸せになって欲しいな [気になる点] お友達とのきゃきゃウフフ回が癒しなのですが、次で成績が上がった婚約者に対して、殿下がど…
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