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特別な恩恵


 アーネストは答えない。

 しばらくの間、二人は無言で見つめ合った。


「……ご所望ではないようなので、私はこれで失礼いたします。それでは皆様、ごきげんよう」




 ビアトリスは一礼すると生徒会室を出た。

 廊下を数メートル歩いたところで、追いかけて来た人物に後ろから肩を掴まれた。

 振り返ると案の定、アーネストが怒りに満ちた表情を浮かべて立っていた。


「どういうつもりだ」

「なにがでしょう」

「こんな騒ぎを起こして」

「起こしたのは副会長です。彼女がおかしなことを言ってきたので、私は反論しただけです」

「……マリアの言うことは気にしなくていい。あいつは少し思い込みの激しいところがあるんだ」

「それをご本人の前でおっしゃってください」

「我が儘を言うな」

「我が儘でしょうか」

「ったく、優しくしてやればつけあがって……」


 呟く声に、胸の奥がすうと冷たくなるような心地がする。


 ああこの人は、ビアトリスに優しく「してやった」認識なのだ。

 アーネストにとってビアトリスに優しくすることは、特別な恩恵を施すのと同義なのだ。

 幼いころのアーネストは、息をするように自然な優しさをふりまいていたというのに。

 


 君は何も悪くない、とカインは言った。

 しかしここまでアーネストを歪ませた責任の一端は、間違いなくビアトリスにあるだろう。どんな酷い仕打ちにもただ黙々と耐え続け、少しでも好意を示されれば大喜びで尻尾を振って飛びついていた、かつてのビアトリス自身に。


「君はいずれ王妃になる立場だろう? この程度のことを受け流せないようでは、この先やっていけないぞ」

「では私が生徒会入りをアーネストさまに強引に頼み込んだと言われたときに、肯定すればよろしかったのでしょうか」

「……誰もそんなことは言ってないだろう」

「では、私はどうすればよろしかったのでしょう」


 アーネストはビアトリスの質問に答えることなく、ただ吐き捨てるように言った。


「……君は変わったな」

「そうかもしれませんわね」


 アーネストもカインと同じことを言う。してみれば、自分は本当に変わったのだろう。

 かつての自分にはアーネストしかいなかった。アーネストが世界の全てだったし、彼に見捨てられたら自分には何も残らないと思っていた。だけど今の自分には休日一緒に展覧会に行く友達がいる。変わったというのは、つまりそういうことだろう。

 

 ――私の知り合いが出展してるの。すごく素敵な絵を描く人なのよ。


 昨日のシャーロットを思い出し、ふと頬を緩ませたビアトリスを何と思ったか、アーネストは昏い瞳で呟いた。


「……あいつのせいか?」

「はい?」

「あいつが君を変えたのか?」

「あの、なにをおっしゃってるんですか?」


 アーネストはおもむろに両の手の平でビアトリスの頭を挟みこんだ。


「この髪型も、あいつの好みか?」

「やめてください」

「俺よりも、あいつがいいのか?」

「離してください、離して……」

「答えろ、君は誰の婚約者だ?」

「それはもちろん、アーネストさ……」


 アーネストの顔が近づいてくる。

 怒りに燃える双眸が間近に迫り、顔に生温かい息がかかる。



 口づけされる、と思った瞬間、ビアトリスはとっさに相手を突き飛ばしていた。

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コミック8巻の予約受付中です。とても素敵な漫画なのでよろしくお願いします!
関係改善をあきらめて距離をおいたら、塩対応だった婚約者が絡んでくるようになりました⑧
コミック8巻の書影です
― 新着の感想 ―
[一言] いやホントこんなヤツに付き合ってもいい事ひとつも無い!(笑)
[良い点] カインの事があったとしても、学園内でビアトリスの印象が悪くしたら王妃と言う将来的なものも心証が悪くなるのに。 王子の側近も同じ学園に通っているのだから、、アーネストは何も考えずに人前で罵倒…
[良い点] とてもおもしろいです! ビアトリスが反撃の言葉を繰り出す度にスカッとします! [一言] 生暖かい息…とビアトリスが感じた時点でもう完全に 終了してますよね。笑 気持ち悪さがビシバシ伝わって…
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