ビアトリス・ウォルトンのお茶会
数日後、ウォルトン邸のサロンで複数の客人を招いてのお茶会が催された。
主催者はビアトリス・ウォルトン。
表向きの招待客はバーバラ・スタンワースとペンファーザー公爵夫妻。
趣旨は三つの公爵家で親睦を深めましょうというものである。
若干無理のある開催理由だが、それでもペンファーザー公爵夫妻は絶対に断らないだろうとの確信があった。なんとなれば、ウォルトンやスタンワースと親睦を深めるのは、今の彼らにとっても願ったりのことだからである。
案の定、ペンファーザー公爵夫妻からは承諾の返事があり、当日の時刻ぴったりに、そろってウォルトン邸を訪れた。
「本日はお招きいただいてありがとうございます」
クロエ夫人は丁重に礼を述べ、公爵は「やあビアトリス嬢、会えて嬉しいよ」と陽気な笑みを浮かべて言った。
「お二人ともようこそおいで下さいました。皆さまもうお待ちかねですわ」
「皆さま? 我々の他はバーバラ夫人だけじゃないのかね?」
「実はあともう二人、特別なお客さまをお招きしていますの。お二人ともご存じの方ですわ」
ビアトリスは微笑むと、夫妻をサロンに案内した。
ペンファーザー公爵夫妻がサロンに入ると、先に来ていた面々は笑顔で二人を歓迎した。
バーバラ・スタンワースに、カイン・メリウェザー、そして王太子アーネスト。
公爵は若干戸惑いつつもそれぞれと挨拶を交わして席につき、クロエ夫人もそれに続いた。そしてそれぞれにカップが配られ、総勢六名によるお茶会が幕を開けた。
最初のうち、お茶会は和やかに進行した。
公爵はいつものように軽口を飛ばし、ビアトリスたちも楽し気に調子を合わせた。
そして皆が一杯目のお茶を飲み終わったころ、ビアトリスが口火を切った。
「そういえば、アーネスト殿下は最近婚約なさったようですわね。確かペンファーザー公爵家の養女になるご予定だとうかがいましたわ」
「ああ、素敵なご令嬢だよ。しかし残念なことに、アーネストとはあまりしっくりいってないようなんだ」
公爵は困ったものだ、と言わんばかりの調子で答えた。
「叔父上には色々とご心配おかけしましたが、おかげさまで、最近ようやく少し打ち解けて来たところです」
アーネストが柔らかな笑みを浮かべて言った。
「へえ、そうなのかい?」
「ええ、叔父上には感謝していますよ。俺にフェリシアを紹介してくださって」
アーネストの言葉に、ペンファーザー公爵は苦笑した。
「はは、何を言ってるんだアーネスト。フェリシア嬢を紹介したのは私ではなくパーマー夫人だろう。フェリシア嬢は夫人の遠縁なんだ。その辺りのことを宰相から聞いていないのかい?」
「俺はパーマー侯爵ではなく、奥方のパーマー侯爵夫人に直接確認したんですよ。そうしたら、夫人は貴方に頼まれた、とあっさり認めましたよ」
ペンファーザー公爵のカップが、ガチャリと耳障りな音を立てた。
「フェリシア・エヴァンズはパーマー侯爵夫人の遠縁ではあるけど、夫人とはほとんど面識がなかったそうです。ずっと領地に放置されていたのだから当然ですね。そこに貴方が『旧友の娘に婚約者がいないんだが、アーネストの相手にどうかと思っている』と持ち掛けてきたと言っていました」
ちなみにパーマー夫人によれば、ペンファーザー公爵は「こういうことは女性の方が適しているから、フェリシア嬢の遠縁である貴方に仲立ちを頼みたいんだ。ほら、うちのクロエはあの通りだから、こういうとき全然役に立たないしね」と言っていたらしい。
パーマー夫人にしてみれば、ようやくアーネストに婚約相手ができるのみならず、その娘がペンファーザー公爵の後ろ盾付きともなれば、まさに願ってもない申し出に思われたのだろう。
そこで夫人は張り切って、夫や国王にフェリシア・エヴァンズを売り込んだというわけである。
「……そうか。ばれてしまっては仕方がないな」
ペンファーザー公爵は軽く肩をすくめて見せた。
「実を言えば、そうなんだよ。先代エヴァンズ子爵は、私の古い友人でね。彼の遺児たちのことも以前から気にかけていたんだがー―」
「あらまぁレイモンドさまったら、そうじゃないでしょう?」
バーバラが甲高い声で遮った。
「パーマー夫人にはそう思わせていたようですけど、実際にはレイモンドさまが親しかったのはフェリシア嬢の父親ではなく母親のアンナ夫人でしょう? まあ友人と言うより、恋人の一人だったようですけど。ほほほ、レイモンドさまは学院時代からそちら方面は大変お盛んでしたものねえ」
バーバラの言葉に、クロエ夫人の肩がぴくりと揺れた。
「うちのロジャーも同年代ですから、レイモンドさまの華やかな噂をちょいちょい耳にしていましたよ。先日ロジャーに確認してみたら、貴方の恋人たちの中にはアンナ夫人もいたとはっきり言っていましたわ。ねぇ、クロエさまもご存じなんじゃないかしら? 確か同時期に学院に通ってらしたんでしょう?」
クロエ夫人は無言のまま答えない。実際、どう答えていいのか分からないのだろう。
「……確かにアンナと付き合っていたことは否定しないよ」
やがて公爵は不承不承頷いた。
「しかしそれはそれとして、フェリシア嬢は良い子だと思ったからパーマー夫人に紹介を頼んだんだ。可愛い甥っこのためを思ってのことだったのに、こんな風に責め立てられるとは思わなかったよ。ねえビアトリス嬢、もしかして今日のお茶会の趣向は、愛人の娘を王太子妃に押し込もうとした件で、この私を吊るし上げることだったりするのかい?」
ペンファーザー公爵はおどけた調子で言った。薄々不穏な気配を感じ取りつつも、全てを冗談にしてこの場をやり過ごしてしまいたい。そんな思惑が透けて見えるようである。
「いいえ。公爵さまをそんなことで吊るし上げるなんてとんでもありませんわ」
ビアトリスは微笑をたたえて首を横に振った。
「お母さまがどうであれ、フェリシアさまご自身はとても可愛らしい方ですもの。あの方をアーネスト殿下に紹介したこと自体は問題視するようなことではありません。ねえ、カインさま」
「ええ、ビアトリスの言う通りです。我々が問題にしているのは、貴方がフェリシア嬢を紹介した件ではなく、アンナ夫人を介して、フェリシア嬢に『アーネスト殿下に虐げられた』と告発するよう命じた件についてですよ」