フェリシアの告白(アーネスト視点)
その後もフェリシアとの顔合わせは定期的に行われた。場所はもっぱらペンファーザー邸やパーマー邸だが、パーマー夫人のお膳立てで観劇や演奏会行くこともあった。
フェリシア・エヴァンズはいつも暗い顔をしており、会話は全く弾まなかったが、それでも言葉を交わすうちに、彼女についていくつか分かったことがあった。
兄であるエヴァンズ子爵とはあまり仲が良くないこと。
母は兄を可愛がっており、フェリシアには無関心であること。
今まで王立学院ではなく領地の学院に通わされていたのも母と兄の意向であること。
ドレスもろくに作ってもらえず、ほとんど夜会に出席したこともないこと。
そして彼女がお古のドレスを着てまであの舞踏会に参加したのは、「運命の出会い」に期待したからであること。
どうやら彼女は生贄のように「アーネスト殿下」に差し出される前に、舞踏会で素敵な思い出作りをしたかったらしい。しかし慣れない彼女にそんな機会は訪れず、絶望して自殺を図った挙句に当のアーネストに出会ってしまうとは、またなんとも皮肉な話である。
フェリシアがいつも暗い顔をしているので、叔父からは非難の目で見られるし、学院内でもおかしな噂が立ち始めた。ビアトリスと和解したおかげか、最近は一般生徒たちから避けられることも少なくなっていたのだが、まるで以前に戻ったかのようだ。
(どうしようもないな……)
アーネストがあれこれと関係改善を試みても、フェリシアのかたくなな態度は変わらない。
話しかけても笑いかけても、ただ暗い顔をして俯くのみ。
しかし周囲はアーネストの側に問題があると考えて、軽蔑の眼差しを向けてくる。
理不尽さに気が狂いそうになるたびに、アーネストはかつての自分とビアトリスのことを考えた。
あの頃のビアトリスもこんな気持ちだったのだろうか。
窓のない牢獄に囚われているような、真っ暗な気持ちで日々をやり過ごしていたのだろうか。
今自分が陥っている状況は、かつてビアトリスを虐げたことに対する罰なのか。
鬱々とした日常から逃れるように、アーネストは毎晩夢を見た。
夢の中でビアトリスと笑いあい、将来について語り合う。
幸せで幸せで、いっそ醒めなければいいのにと思う。
しかし朝は必ず訪れた。
そんなある日の放課後。アーネストが一人で馬車置き場に向かっていると、シリル・パーマーがあたふたした様子で駆け寄ってきた。
「アーネスト殿下! ここでお会いできてよかったです。実はどうしても殿下のお耳に入れたい大切なお話があるんですよ」
「大切な話?」
「はい。これは生徒会の極秘事項なんで、本来ならお話しするわけにはいかないんですけど、でもやっぱり僕としては――」
「シリル。もったいぶらずに話してくれ」
「了解しました。それでは先に確認させていただきますが、学院の連続盗難事件のことはご存じですか?」
「もちろん、それくらいは知っている」
アーネストはむっとして答えた。今のアーネストは学院内で疎外されている立場だが、さすがにその程度の噂はちらほらと耳に入ってくる。
「そうですか。それじゃ驚かないでくださいね? なんとあのフェリシア嬢が、自分が連続窃盗事件の犯人だと言って、生徒会に名乗り出たんですよ」
「なんだって?」
思わず声を上げるアーネストに、シリルは「いえ、ご安心ください。彼女は犯人ではありません」となだめるように言葉を続けた。
「そうなのか?」
「はい。いくつかの事件で明確なアリバイがありますし、そもそも盗品を所持してもいませんからね。フェリシア嬢が犯人ではないことは明白です。マリアもレオナルドもそれで納得しています。ただ何でわざわざ罪を被ろうしたのか、その理由が分からなくてですね……。彼女をこのまま放っておいていいものかと僕なりに悩んだわけですよ。なんといってもフェリシア嬢はアーネスト殿下の婚約者なわけですからね」
「それで俺に知らせてくれたわけか。ありがとう。礼を言うよ」
「いえ、どういたしまして。それで僕としては、とにかくアーネスト殿下とフェリシア嬢は一度きちんと話し合われた方がいいんじゃないかと思いましてね。実は今、そこの空き教室にフェリシア嬢を待たせているんですよ」
「フェリシアがいるのか? 今、そこに?」
「はい。お会いにならないのなら、僕からそうお伝えしますが」
「いや、会うよ。世話になったな、シリル」
シリルに言われるまでもなく、今の事態はさすがに看過できるものではなかった。
伝えられた空き教室に到着すると、フェリシア・エヴァンズは隅の座席に腰かけて、小さな肩を震わせていた。おそらく泣いているのだろうが、正直言えば、こちらの方が泣きたい気分だ。
「――フェリシア」
思わず声を荒げそうになるのを抑え、アーネストは努めて冷静に声をかけた。
「シリルに聞いたよ。やってもいない窃盗をやったと言って名乗り出たんだってね。一体なんでそんなことをしたのか、訳を聞かせてくれないか」
フェリシアはうつむいたまま答えない。
「もしかして俺との婚約を解消するためか?」
フェリシアの肩がびくりと震える。どうやら図星だったらしい。
「そこまで俺から離れたいのか? ……俺に暴力を振るわれるのが怖いから?」
フェリシアは何も言わずにすすり泣くのみ。それを肯定と受け取って、アーネストは言葉を続けた。
「確かに俺はビアトリス嬢に対して良い婚約者ではなかったと思う。物理的な暴力を振るったのは一度きりだけど、精神的な暴力は日常的に振るい続けてきたからな。……だけどあの頃と今とでは状況が違う。俺はあの頃のように周囲に認められた人間じゃない。むしろ警戒されて、常に疑いの目で見られている。もし君が俺から何か理不尽なことをされたら、すぐに周囲の誰かに訴えればいい、周囲は必ず君を信じ、君の味方を」
「だからです!」
悲鳴のような声が、アーネストの言葉を遮った。
フェリシアはようやく顔を上げ、泣きはらした目で真正面からアーネストを見据えた。
「だからです! もし私がアーネスト殿下に何かされたって言ったら、きっとみんなは私を信じます、だから私は……っ」
「フェリシア?」
「ごめんなさい! 私はアーネスト殿下を陥れるための婚約者なんです。婚約してしばらくしたら、アーネスト殿下に暴力を振るわれたって、酷いことも言われたって、周りに訴えるように母に命令されているんです!」