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シリルの提案(アーネスト視点)

 二日後。アーネストが中庭のベンチで昼食をとっていると、宰相の息子であるシリル・パーマーがいそいそと近寄ってきた。


「やあ殿下、聞きましたよ! 新たな婚約相手が決まったそうで、おめでとうございます」

「まだ決まってない。そういう話が来ただけだ」


 アーネストはたしなめるような調子で言った。

 シリル・パーマーは将来の側近候補であり、幼いころからそれなりに付き合いのある相手だが、利にさとく状況次第ですぐ手のひらを反すため、あまり信用できない男である。


「ああ、正式な初顔合わせは半月後だそうですね。でも相手の家は乗り気だそうだし、会いさえすればすぐにも決まるんじゃないですかね」

「まあ、そういうことになるんだろうな。……そういえばお前の親戚でもあるんだったか。お前もフェリシア嬢とは親しいのか?」

「いいえ、まったく。母親のアンナ夫人や兄のエヴァンズ子爵とは母のお茶会で顔を合わせたことがありますけど、フェリシア嬢本人とは会ったこともありません。なんでも引っ込み思案なお嬢さんで、ほとんど領地から出たこともないんだとか。母に言わせると、フェリシア嬢は美人で気立てが良くて、それはもう素晴らしいご令嬢だそうですけど、母もそれほど親しくないはずですよ。母は殿下に早く新しい婚約者を見つけないと! って前のめりになってるとこがありますから、その辺は割り引いて考えた方がいいでしょうね」


 シリルはさばさばと言い切った。

 宰相の妻、カレン・パーマーは昔からアーネストに対して偶像崇拝めいた感情を抱いており、アーネストの婚約が解消になった際には、ビアトリスに対して「なんて無礼なのかしら!」と怒り心頭に発していたと記憶している。最近顔を合わせたときにも、「殿下にはビアトリス嬢なんかより、もっとふさわしい方がいらっしゃいますわ!」と力説していたし、彼女がこの縁談に前のめりになっていても不思議はない。


「ちなみに母親のアンナ夫人はちょっと若作りですが、なかなかの美人ですよ。あの母親の娘なら結構期待できると思います。兄の方は可もなく不可もなくってところですかね。見た目も話し方もあまり印象に残るタイプの男ではありませんでした。それでもあの年で子爵領を切り盛りしてるわけですから、能力的にはそれなりに優秀ではあるんでしょうね」


 シリルはぺらぺらと勝手なことを喋りまくったのち、「そうだ。明日にでも本人の顔を拝みに行ってみませんか?」ととんでもないことを持ち掛けてきた。


「ほら、明日スタンワース家のパーティがあるでしょう? ちらっと小耳に挟んだんですが、あれにエヴァンズ兄妹も参加するらしいんですよ。だから我々も参加すれば、遠目にこっそりフェリシア嬢の顔を拝めるって寸法です」

「馬鹿なことを言うな。俺が舞踏会なんかに参加したら、どんなことを言われるか」


 独身男性がパートナーを連れずに舞踏会に出席するとしたら、それは素敵な女性との出会いを求めてと考えるのが一般的だ。会場で出会った魅力的な女性をダンスに誘い、そこからロマンスが生まれることはけして珍しい話ではない。


 しかし今の「訳あり」アーネストが女性をダンスに誘ったりしようものなら、一体どんな反応を引き起こすものやら、考えただけで鬱陶しい。かといってアーネストのような目立つ人間がわざわざ舞踏会に参加したうえで、一度も踊らずに帰るというのも、それはそれでおかしな噂になるだろう。

 アーネストの指摘に対し、シリルはニヤニヤと笑いながら首を横に振って見せた。


「いやだなぁ、もちろん王太子殿下として参加しようだなんて申し上げる気はありませんよ。お忍びで参加するんです」

「お忍びで?」

「ええ、変装すれば分かりゃしません。僕のところにも招待状が届いてますから、僕の友人、いえ親族という設定でお連れしますよ。隣国に住んでる親族がこの国を旅行中なので、世に名高いスタンワース公爵家の舞踏会を体験していただきたくてお連れした、うん、この設定でいきましょう!」


 そしてアーネストは半ば流されるようにして、スタンワース家の舞踏会に参加することになってしまった。




 そして迎えた舞踏会当日。アーネストはシリルがどこからか用意したかつらと眼鏡を着けて、少し遅れて会場入りした。

 スタンワース家の使用人に身元を詮索されたら厄介だなと思っていたが、シリルが「僕のまた従兄なんですよ」と紹介すると、あっさり入場を許された。その辺りの信用は、腐っても宰相の息子と言ったところだろうか。


 その後は会場内で知り合いとすれ違うたびに緊張したが、不思議なほど正体に気づかれることはなかった。シリルいわく「殿下の金髪は印象的ですからねぇ。貴族に金髪は珍しくないとはいえ、ここまで純粋な黄金色って王族特有ですし。一番目立つ特徴が隠れてしまえば、意外と分からないものですよ」とのことだ。

 それでも面と向かって言葉を交わせばさすがに露見するのだろうが、人ごみの中ですれ違う程度ならば、普通に誤魔化せるものらしい。


「それにしても、フェリシア嬢は見当たりませんね。確か兄のバーナード・エヴァンズのエスコートで参加しているはずなのですが」


 シリルはきょろきょろと辺りを見回した。


「バーナード・エヴァンズの外見はどんな感じなんだ?」

「黒髪に灰色の目、中肉中背、顔立ちは可もなく不可もなく。昨日も申し上げた通り、あまりぱっとした男じゃありません。妹のフェリシア嬢も髪と目の色は同じはずです」


 どうやらあまり目立つ容姿の兄妹ではないらしい。

 しきりと周囲を見回すシリルにつられるように、アーネストも会場内を見回した。スタンワース公爵家の舞踏会だけあって、会場内には見知った高位貴族が大勢見える。ペンファーザー公爵夫妻、レスター侯爵夫妻、モーガン侯爵夫妻、そして――


 そして目にした二人連れに、アーネストは思わず顔を強張らせた。

 銀の髪の少女が赤い髪の青年と仲睦まじげに寄り添っている。

 ビアトリス・ウォルトンとカイン・メリウェザー、またの名を第一王子クリフォード。

 あの二人が来ることは分かっていたし、覚悟もしていたはずだった。しかしこうして目の当たりにすると、やはり胸をえぐられるような心地がする。

 今までよりも明らかに距離が近いのは、正式に婚約者同士になったゆえだろう。ビアトリスの胸元に輝く月華石の首飾りは、カインからの贈り物だろうか。そういえば、自分は彼女に装身具を贈ったこともない。


(八年の間にいくらでもそんな機会はあったのにな……)


 アーネストは思わず唇をかみしめた。

 やがて二人は手を取り合って踊りの輪の中に加わった。人の目を惹く華やかなリードに、ビアトリスも滑らかについていく。顔を見合わせ、微笑みを交わしながら息を合わせて踊る二人は、まるで自分達だけの別世界にいるようだった。


「……いやぁなんというか、クリフォード殿下は相変わらず鮮やかですね」

「そうだな」


 シリルの感嘆するような科白に、アーネストはなんとか平静な声で返答した。

 こういうときには彼の無神経さが有難い。変に気を使われていたら、余計に惨めな気分になっていたところだ。


「あ、待ってください、あれ、たぶんバーナード・エヴァンズですよ」


 シリルが示した先には、彼が言っていた通りの人物が、他の青年たちと談笑している。


「おかしいな、フェリシア嬢は一緒にいないようですね。確か今日は彼と一緒に参加するはずなんですけど。僕、ちょっと聞いてきますよ」


 シリルはそういうと、ぱたぱたとバーナード・エヴァンズの方へと駆け寄って行った。そして青年たちの中に加わって、何やら盛り上がっている様子である。

 こちらの目的を悟られてはならない以上、フェリシア嬢の居場所を確認してハイさようならというわけにも行かないのだろう。とりあえず雑談に加わって、さりげなく聞き出すというシリルの思惑は理解できる。

 とはいえ手持無沙汰のままひたすら待ち続けているうちに、アーネストはなんだか全てが馬鹿馬鹿しくなってきた。


(何をやっているんだろうな、俺は)


 シリルの口車に乗せられてこんなところまで来てしまったが、改めて考えてみれば、フェリシア嬢について事前情報を得ることに何の意味があるのだろう。相手がどんな令嬢だろうが、自分に拒否権はないのである。

 ビアトリスとカインは相変わらず息をぴったり合わせて、楽し気に踊り続けている。

 アーネストはたまらない思いで踊り手たちに背を向けた。

 とにかくどこか、あの二人の姿が見えないところへ行きたかった。




 バルコニーに出ると、ひんやりとした夜気が心地よい。見上げると満天の星空だ。ここで少し時間を潰してから、シリルに言って先に帰ることとしよう。

 アーネストが一人で星を眺めていると、ふいに一人の女性がバルコニーに現れた。長い黒髪を灰色のリボンでまとめ、古めかしい型の灰色のドレスをまとっている。その地味ないでたちから察するに、どこぞの未亡人だろうか。

 こちらの位置は陰になっているため、彼女はアーネストの存在に気づくことなく脇をすり抜け、まっすぐにバルコニーの端まで歩いて行った。そして手すりから身を乗り出して、庭を眺めているようだ。


 開放的なバルコニーとはいえ、男と女が暗いところに二人きりというのは、第三者に知られたら誤解されかねない状況だ。まして今の自分は名前と身分を偽っている立場である。

 厄介なことになる前に立ち去ろう――そう考えて会場内に戻る途中、何気なく後ろを振り返り、アーネストは思わず息をのんだ。

 女性はバルコニーから身を乗り出して、今にも落ちる寸前だった。

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