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パッカパッカパッカパッカ
「馬の歩く音っていいよな」
「そうか? ワシは自分の足で歩く方がいいな」
「そうなのか?」
「短いけどな。ワハハハ」
そんな他愛のない話をリッカーと交わしながら森の街道を進んでいる。マスターから借りた馬車は荷台付き。といっても、屋根は骨組みだけのとても簡素なものだった。おかげで、ミートは頭を気にしないで済むのだが。
「結局、反対側まで何もなく到着したな」
「そうだの。まぁ、出会うも出会わないも運か」
「じゃぁ、リッカーはこのまま馬車で戻ってくれ。四分割して進んで待っててくれるかな? 戻る時にこれで合図するからそっちもよろしく」
「ワシそれ苦手なんだがの」
紐の点いた発煙球に火をつけて、ぐるぐる振り回したら上に投げる。ヒュルルルっと飛んでポン! ピンクの煙でお知らせ。リッカーはこれが苦手なのだ。
「リッカー? 今日は成功するといいわね」
「おお。がんばるぞアゼリア。まずは上に飛ばさんとな。わはははは」
戻ったらピンク色になったリッカーを何度見たことか。とりあえず森の中を進み、地図に乗っている川までいくことにしよう。そこでひとまずお昼だ。
「じゃぁ、リッカー。俺たちはお昼も兼ねてるからのんびりでいいよ」
「あいわかった。ワシも飲むとするかの」
アゼリアはお昼に困ることが少ない。何と言っても森で木の実、フルーツ、草さえあればどうにかなる。心強い。それに加えてミートだ。
「なぁ、それ俺の――」
「アウア」
「いや、わかってて食べてるよね? 一回俺の顔ちらっと見てからその魚とったよな?」
「ミート?」
「とぼけるなよ! このやろう」
「あはは。いいじゃない。ね? ミートこれも食べて」
「ミートォ」
川辺で捕まえた魚を焼いて食べるが、いつもミートに奪われる。だから多めに獲るんだが‥‥‥そういえばアゼリアが使っていたのは?
「なぁ、アゼリア?」
「なぁに? ウィル」
「そのサラマンダーの火袋なんだけどさ、どこで手に入れたの? 俺のじゃないよね?」
魔法を使えない彼女が焚火に火をつけるのに使ったのは旅に必要不可欠な湖の街の魔女特性サラマンダーの火袋。親指ほどの大きさの胃袋に小さな棒を刺したまま口を塞いだ物。楊枝の入った巾着みたいなもん。
「これ? 昨日ね貰ったの。えーっと、ボックっていう人」
そういえばアゼリアの周りに男どもが沢山いたな。そこにボボックがいた気がする。あの野郎……
「それでね。ボックっていう人なんだけど、今日ウィルと決闘するボボックっていう人とそっくりだったの」
アゼリアはボックが名前を名乗る時に焦ってどもったのを本名だと思ってる。ボボックもボックも同一人物だと気づいていないのだろう。
「あの二人は絶対兄弟だと思うの。名前も似てるし、顔もそっくりだったのよ。もし知らないなら教えてあげないと。最初に私がボボックっていったら『そんな奴知らん!」って言うのよ」』
「ははは。そうだね! 俺も後で聞いてみよう」
これで昨日の全身タイツ忍び込みはチャラだな。しかしあの野郎、自分の女に手を出されたと勘違いして決闘申し込んだくせに人の女には手を出すのか。ゆるせん。
川辺で過ごした平穏な時間。美味しい時間は過ぎていく。
「それじゃぁ、行こうか二人とも。――っと」
「はい」
「ミート」
ヒュルルルルル――ッポン!」
上空にピンクの煙が上がり、リッカーが確認してあとは‥‥‥あとは……って、やっぱり上がらないか。どうせまた前に飛ばして気にぶつけて跳ね返って、驚いてピンク色になってるんだろう。必死に隠すが髭に残ったピンクが物語っているというのに。
「ねぇウィル? 魔物って見たことないんだけど」
「あぁそうか。えっとね、魔物には二種類あるんだ」
「うん」
「動物が魔女の影響で変異した魔物」
「それは可哀想ね」
「それと、昔からいる魔物。狂暴で人を襲う傾向が強いんだ」
「動物だって同じことをするわよ?」
「魔物は目が赤く光る。それと人を捕食するための技がある。動物と違って回復力もあるしね」
「まぁ、それは見てみたいけど怖そうね。これ食べて」
「ああ、ありがと――って苦っ」
「あははは。ね? 苦いでしょう? 私もそう思ったの」
「じゃぁ、なんで食べはへるの? あへ? くひが」
「あははは。何してるのウィル? あれ? 痺れちゃったの? これは危険な実ね。トゲトゲしてたものね」
いやいや、食べさせないでよ。っていうかなんで平気なのアゼリア。古代エルフってすごい。アゼリアがすごいのだろうか。唇と舌がしびれる……
「ねぇ? この子は魔物?」
「あひゅへぇぇーい!」
思わず驚いた俺は変な声で意味の分からない言葉をだしてしまった。さっきの実のせいだ。
「なんてことするの!? ひどいウィル。指をしゃぶってくる可愛いリスだったのに」
「‥‥‥ああ、ヒタがまだ。アヘリア、さっきのはね魔物だよ」
チコリスという魔物でアゼリアが言うようにリスの魔物。魔女が住むと初期段階で変異し始める動物の一つ。人間が血を流すとひたすらそこをしゃぶる。満足すると傷口を塞いで帰っていく。害はなくたまに止血代わりに使われるくらいだ。
「そうなの……」
「よほし。舌も戻ってきた。少しでよかった。じゃぁ、行こうか」
よく見たら向こうの木の陰から誰かがこちらへやってくる。赤い髪の‥長い髪の‥フードを被った女エルフ!?
「ついに見つけたわよ!」
赤髪ロングの女エルフ。シエナだ。前髪パッツンで細い杖持ったエルフの魔法使い。始めて会った時とまた違う軽装だ。大きな布を肩から降ろして腰のベルトで留めてる程度。肌が出すぎてる気がするのだが‥‥‥なんでここに?
「やっと‥‥‥やっとよ! 私がどれだけ苦労して――」
「迷ったのか?」
「ち、ちがうわよ! ちゃんとシルヴェール様もいるんだから」
服がボロボロで体中に切り傷。道が分からなくなって、彷徨って、洞窟の壁や木で擦り傷、どう見ても迷子だ。そんな服で森を彷徨うから。
「ねぇウィル? その子知り合い? 私もどこかで‥‥‥」
「知りません。あのう? 探し物ならあっちじゃないですか? さっきそう書いてありましたよ」
「久しぶりに会ったというのにそういう事を言うのね。シルヴェール二号!」
「いえ、私そんな名前じゃないです。 そういう名前の人なら先月に向こうの川で死んでました。早くいった方がいいよ。死体が消えちゃう」
「そうよ。彼はウィルっていうの!? ここにはそういう人いないわ」
やっと出会えた知り合いに嬉しいんだろうシエナは。なんかプルプルしてる。ちょっと半べそだ。
「ふざけた真似を‥‥‥姫様? ねぇ、その人ってひ――フゴ」
「あーよしよし。このトゲトゲの実が食べたかったんだね? ほーら。ほーら」
アゼリアに気づいたシエナの口にさっきの実を押し込む。アゼリアの手を取りとりあえず帰ろう。なんか憑いてきそうだから。
「さあ、行こうアゼリア。彼女はこの森のチコリス監視委員さんだ」
「そうなの? あ、ほんと、いっぱい寄ってきてる」
「ミート?」
「大丈夫だよぉ。全然、大丈夫。行こうかぁ」
背後ではチコリスに襲われたシエナが小さな傷口という傷口から血をしゃぶられる。
「ハァッ! だめ、ちょっほ、そこに入ってこらいで! そんらに吸わないでぇ――いや、いやあぁぁぁ……」
こうして一行は舌とお口が痺れたシエナとチコリス以外に何も発見出来ずに街へと帰っていく。
なんでシエナはエルフの郷を出たんだろう? まぁいっか。
■『私と魔女』第19部分18話 赤い髪のエルフ にて初登場のシエナちゃん。なんかこの子だけ異世界