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カサカサカサ
それは闇夜を這う
カサカサカサ
それは忍び寄る影
「ふふふ。久しぶりの作戦だ! 待ってろよ俺のアゼリア」
全身黒タイツの俺がどうして恋人のいる部屋に、外壁を伝って忍び寄ってるかは深く考えちゃいけない。
若いころに街で出会った可愛い女の子が、
「私、貴方の剣に折れないおまじないをかけたの」
とか言ってきたから本気で、
「ありがとう。俺、この剣で絶対にこの街を守るから」
って、超ハイテンションだったのに速攻でその剣を折った時みたいに。
恋をする男と女には、深く考えちゃいけないときがある。今思い返すと恥ずかしい。きっと、今もアゼリアにそういうことを言ってるかもしれない。だからそう――深く考えちゃいけない。
全力で伝えるんだ! この想いを!
「もう少しだ。この窓だな」
そうは言っても隣の部屋。窓から窓へ暗闇の中を移動するのは思いのほか簡単だ。問題はここが街道側にあり、終わったとはいえ一階が酒場だということ。
何より、マスターがずっと真下にいる。壁に寄りかかって、何かを待っているようだ。暗闇の中でもあの頭が光るからすぐにわかる。は!? 奥さんすごい! そういうことだったのね。
「待ってたぜ!」
「‥‥‥」
マスターが待ち合わせをしていたようだ。若い女の子が通りかかると、そう声をかけた。女の子も立ち止まっている。
「貴方、誰ですか? あ、ハゲてる!? いや、近寄らないで!」
「っふ」
なんだろうか。待ち合わせミスだろうか? 匿名で手紙でもだしたんだろうか? ハゲ効果がすごい。他の町に言ったら教えてあげないと。ハゲはここに近寄っちゃいけない。
「待ってたぜ!」
マスターの声がまた聞こえた。おかしい。何かがおかしい。また別の女の子がマスターに声をかけられている。ちょっと様子を見てみよう。
「いやぁ! 声をかけないで」
女の子は走っていってしまった。マスターは相変わらずそのまま立っている。もしかして……? 別の女の子が二人組で歩いてきた。
「待ってたぜ!」
「……」
「あ」
片方の子が何かに気づいたようだ。マスターを指さしながら
「こいつよ、こいつ! 毎晩街に現れては『待ってたぜ』とか声かけてくる怪しいやつ!」
「あぁ! 奥さん呼びましょ! そうよ。聞いたことある!」
女の子が大きい声で話し出すと、ちょっとオロオロしだしたマスター。早くどこかに行ってくれないかなと願いつつ彼女が気づく。
「ねぇ。あそこ、何かいない? 大きい黒い、トカゲ? 人?」
どうやら巻き込まれたようだ。マスターも「あ、ほんと何かいる」っていう目でこっちを見ている。彼の方が夜目が利くようでこの黒い物体が誰なのか気づいたようだ。
俺に対してウィンクと親指を立ててきた。俺たちの目が通じ合う。次の瞬間、同時に動き出す。
「「あ!ちょっ!逃げた!」」
マスターは体格に似合わずその足の速さでその場から逃げる。彼女達の視線が彼に向かったスキに俺は目的の部屋の先、開いた窓から別の部屋へ侵入。
「ふぅ。危なかった。愛のためとはいえ厳しいぜ」
俺は驚いた。目の前にボボックとその彼女がいる。ベッドの上で2人重なり窓から入ってきた俺を見ている。なんかワナワナしている彼氏。彼女は嬉し恥ずかしそうだ。
今までの人生でこんな場面に出くわしたことはない。どうしたものか悩んだが、一番しっくりくるのはこれだろうと思った。母は強だ。
「もう。こんなに散らかしちゃって」
そう言いながら、落ちた毛玉を拾いお母さんみたいな素振りで出ていく。街の本屋でちょっと人気の女戦士の色気たっぷりな紙に描いた絵を買った少年は、母が部屋に来るとこの一言で動けなくなるらしい。特に、
守るべきものがそこにある時は!
ボボックは暗闇でよく見えていないのかもしれない。彼女を守る姿勢をとったまま動かなかった。部屋をでて、自分の部屋へと戻る。
なんか疲れてしまった。数少ない街の衛兵も来た。今日はあきらめて寝よう。明日は討伐と決闘がある。
そういえばあいつ、アゼリアの席にいたな‥‥‥