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「降ろしてやってくれミート」
「ミート」
「ててて。ふぅ。俺がここのマスターだ!」
ったく。入ってきた冒険者の連れをいきなり口説くマスターなんて聞いたことないっての。ねぇ、受付のお姉さん?
「本当にこの筋肉ハゲが?」
「はい。奥さんと子供もいますよ。ね? マスター??」
「お、おう。秘密だぜ!」
いや、秘密にするなよ。たぶん、ほっといても受付の子に邪魔されるんだろうなきっと……
「お前のうわさは聞いてるぜ。レッド・ランス」
「いや、ウィルでいいよ」
「そうかウィル。行くところ、行くところ、女に惚れられてはベッドまで連れ込んで、脱がせたうえで何もせず眺めて帰る変態野郎だってな」
「ちょっと、言い方! 概ね合ってるけど、捉え方!」
アゼリアがついに腕から手を離した。
「違うよアゼリア。彼女達には何もしてないし、そのまま帰ってるよ」
「ああ、そうだぜ。潔く窓からな」
やめてマスター。間違えてないけど、違うの。奥さん子持ちのあんたが親指立てて言うと仲間みたいに見えるから。
「あとでゆっくり聞かせてね。ウィル」
「しっかりとお話しします。最愛のアゼリア」
呆れた顔で見てる受付のお姉さんの顔が変わった。
「おい、てめぇ! よくもその面をまった、ぬっけぬけとぉ!」
振り返ると犬獣人の逆三角形の男が立っている。灰色の毛並みに自慢の胸毛をむき出しの犬の獣人だ。ちなみに恋人は完全に獣化できる。つまり、かわいい犬に。
「ちょっと、誰だかわかんないです。人違いじゃないですか? ちょっと、ねぇ、獣臭い。あんまり近寄らないで!」
「ふざけんなよ! 俺の女に手を出しておきながら――」
せっかく敬遠してたのに、というか受付のお姉さん? そいつの依頼書を掲げるのはやめて。
「あ、お前。ハハハ! 俺の依頼が受理されたなぁ! 決闘だ! 今から決闘だ、この野郎!!」
「えー。それ、俺の負けでいいから。もう帰ってくんない?」
ギリギリギリギリ――と、音が聞こえてきそうだ。
「あの。私はアゼリア。貴方はこの人に何かされたの?」
「あ?」
アゼリア? 危ないよこの人っていうかもう犬だよね。やめて、その話を広げないで。獣人も俺を見てニヤニヤしている。
「そうか。そうか。お前の女か? これがヒャァ」
「ごめんなさい。ひどいことされなかった?」
獣人の手を握り謝っているアゼリア。触られたこいつはなんか変な声だして恥ずかしがってる。そうだ、アゼリアは獣に好かれる!?
「ヒャァ。はぁはぁ。おま、おまえ、アゼリアっていうのか」
「ええ。貴方の名前は? すごい立派な毛ね。ふわふわしてる」
「はぁあん。俺は、ボ、ボックだ」
魔法が使えなくなったとはいえさすがアゼリア。森での出会いは伊達じゃない。ていうかこいつらは触られるのに弱いな。
「そう。ボボックね? それで、貴方は何かされたの?」
「違う!?」
「違うの? 貴方は何もされていないのに彼女の為に戦うってこと?」
「や、やめろ! それ以上触るな! おかしくなりそうだ」
しっぽを全力で振り回す獣人のボボックがかわいく見えてきた。横でリッカーとミートはもう酒飲んで、食事してくつろいでいる。
「とにかく、俺はお前をぶんなぐらないと気が済まない。きょ、今日はここまでにしてやる。明日、門の外で待ってるからな!」
「ねぇウィル。ボボックと闘ってあげて? これは名誉の闘いよ。私、本で読んだことあるの。女を争って二人の男が闘う。まさにそれよね?」
いや、俺の女は君なんだけど……何言ってるの? とめてくれるんじゃなかったの?
「じゃぁ、明日ね。ボボック。明日また会いましょう?」
「ぉおう。アゼリア……俺も君に――」
泉で動物と戯れる彼女を見た時は美しい光景だと思ったけど、ハァハァいってる獣人が彼女を見つめるのはいただけないな。
「発情してないで、とっとと明日の準備しろよ。ボボックちゃん」
ギギギギギギ――音が聞こえる。
「怒らないでボボック。外まで行きましょ。送るわ。明日万全の体制で挑まないとね。彼、強いのよ?」
「はぁん――」
ボボックが犬みたいに声を出すのは許そう。その手を握ったのも構わない。それがアゼリアだ。他意なんてない。ただね、アゼリアはどっちの味方なの?
「わははは。アゼリアらしいのぉ」
「ミートォ」
「それじゃあ、明日は俺が立会人になるぜっ!」
そうハゲマスター。いや、マスター・ハゲが申し出てきた。
「あぁ、よろしくな。ところでこの槍を直したいんだけど。鍛冶屋どこかな?マスター」
「それなら、この通りを鐘楼に向かっていってすぐ十字路の左奥にあるぜ」
「そうか、ありがとう。それと宿の手配を」
「あぁ、これがお前さんたちの部屋だ。ちゃんと二つだぜ」
「わかってるなマスター」
よし、じゃぁ槍を直すために鍛冶屋にいくとするか。
「アゼリア、お帰り」
「ねぇウィル? そういえばあの人、時間を言ってなかったわね。決闘は何時なの?」
「そうだな。やっぱ決闘っていえば……夕日をバックにするんじゃないかな?」
「んー。そうね。じゃぁ、それまで時間あるし。私も一緒に行く。その先っぽだけになった槍を直すんでしょ?」
「ああ。まずはご飯を食べよう。それからだ」