12
「それじゃ! じゃないわよ!」
シエナが怒っちゃった。
「相変わらず面白いな人間」
「あのさぁ? 見てた俺の雄姿? 負けたけど今さ、終わったばっかなの。明日かそれ以降か、月が太陽とぶつかるまでまってくんない? この前聞いたよ? 蝶々追いかけてたおじさんが、月がぶつかるって叫んでたの。ね?」
「ね? じゃないわよ! その剣を取りなさい」
「んもー。めんどくさい」
地面に落ちたのはエルフの剣。軽くて見たこともない金属でできている不思議な剣。手に取った瞬間に伝わるリードレの覇気。
「ねぇ? 帰ってくんない? 日焼けしたくないからフードしてたんでしょ? 森に帰ろう?」
「行くぞ人間」
あ、やばいやつだこれ。本気で来るやつだ。だって、まだ8メートルはありそうなのに瞬きしたらやられる気がする。
次の瞬間、リードレはあっという間にウィルの傍へ来る。引き抜いた剣は彼の顔に向けて真っすぐとやってくる。それをウィルは『ゆっくり』と避ける。その状態でリードレの鞘に小石を詰める。加護の力だ。
リードレの何がすごいって? だってこの時間差の中でその様子を微妙に視線でおってくるんだもん。こわい! 見えてるのかな? こいつどういう視力してるの??
っと、加護が限界。マジもう無理。鼻血出したくないし。ここで、さも何もしてないかのように剣で受け止めて
――キィイン!
「ほら、強いじゃない?」
「すごいなやっぱり。全然見えなかったよ」
二人とも俺が小石詰めたことなんて知りもしない。
シエナとシルヴェールがそう驚く中、草を焦がし風の音すらさせずにウィルに斬り込んできたリードレ。ちょっとパリパリいってる体がかっこいい。それを剣で受け止めるウィル。お互い視線をぶつける中で前回との違いは。
「なんでお前笑ってんの?」
「いや、人間。ちょっと確かめたかっただけだ」
「じゃぁ、もうちょっと離れてくれる?」
「ははは。すまない」
シエナとシルヴェールが顔を見合わせる。リードレ団長が笑ったのを久しぶりに見たからだ。
リードレは振り返り剣を鞘に納めようとするが戻らない。戻るわけないじゃん。だって小石つめたもん! ざまあみろ!
「人間。それを大切にしろ」
「ああ」
リードレはシルヴェールとシエナに声をかけるとその場を後にした。鞘を逆さにして、小石を落としてる姿が夕日に照らされてる。今日の夕日はリードレの為にあったのかな?っていうくらいかっこいい。
「班長はなんて?」
「『アイツが持ってるものを確認できたから俺は帰る』って。意味が分かりませんけど」
「シルヴェール様。私たちも行きましょう」
「お前らはどうしてここに?」
「郷が落ちてから、ちょっと外の調査もしようってことになって志願したんです。貴方にも会えるかと思って」
「なるほどね。俺はまだ少しだけここにいるから。何かあったら言ってくれ」
「ありがとうございます。俺もシエナと一緒に宿をとるので」
「同じ部屋でね!」
「後で教えますね。えっと」
「‥‥‥ハゲルだ」
「ハゲル。よろしくおねがいします」
「なんだ、普通の名前じゃない。損した······期待してたのに」
「あはは。それでは……シエナ行こう」
「はい。シルヴェール様。これからよろしくねハゲル」
これでまたしばらく追われないだろう。二人と別れて、ギルドの宿に戻り階段を上がり部屋の扉を開ける。ん? これからよろしくって言ってたな?
「お帰りウィル」
「ただいまアゼリア」
剣を壁に立て掛けふかふかのベッドに倒れ込む。横にいるアゼリアがその重みでこっちへ寄ってくる。俺の服を脱がしながら彼女の優しい声が聞こえる。
「お疲れさまでした」
「ああ。ごめんな。皆の前で負けちゃって」
「いいのよ。ウィルが強いのは知ってるもの」
「ははは」
「それに、優しいのも」
「そうかな?」
「こんなになるまで。よく頑張りました」
「ボコボコもたまにはいいだろ?」
「ふふ。ボボックの彼女嬉しそうだったものね」
「‥‥‥そうだね」
「そういう事でしょ? ウィル」
「ああ」
「‥‥‥」
背中に当たる彼女の手が優しく暖かい。泉で治療してもらった時のように心が静まり愛に満ち溢れる。
「そういうウィル、好きよ」
「俺も好きだよアゼリア」
この街にやたらと多い犬獣人。ボボックがあいつらを囲ってるんだろう。うまく戻れず色濃い獣人。そんな彼らを虜にするアゼリア。彼女の魅力は不思議だ。眼も声もすべてが。
そんな彼女は俺を癒す
今は魔法が使えないみたいだけど、そんなの関係ない
森で見たままのアゼリアだ
今も俺をその全身で優しく包み込む彼女
柔らかく、美しく、温かい
それに綺麗で優しいその手は
俺にとって
皆にとって
『魔法の手』
二章へ続く
■ ウィルの加護 泉でアゼリアから貰った加護 空間内の時間の流れ・速度を落とす 使いすぎは危険