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昼過ぎの穏やかな天気の中、森の調査から戻ると街の西門に三人の犬獣人がいる。何かキョロキョロしてるが、こっちに気づいたようで叫んできた。
「あー! お前!」
「ん?」
「ん? っじゃねぇ!」
「そうだそうだ! 兄貴が待ってんだぞ!」
どうやら今日の決闘の時間に食い違いがあるようだ。ボボックは時間も言ってなかったし。こっちが勝手に夕方ってことにしただけとはいえ――
「なぁ? 決闘って夕方にするもんだろ? この馬車を戻してくるから、待っててくれないか?」
「ああ? ふざけるなよ! 兄貴は朝から待ってたんだぞ!」
「なぁ、夕方にするのが普通なのか?」
「スンスン。スンスン。なんかいい匂いがする」
すでにこのトリオはバラバラだ。全員色濃い犬獣人だ。ただの二足歩行の犬だ。
「あら、こんにちは」
――っ!
「「「アゼリアさん!!!」」」
馬車から降りるアゼリアにすかさず手を貸すトリオのエー。手と膝をついて土台になるトリオのビー。着ていた服を脱いで地面に敷くトリオのシー。
「まぁ、優しいのね。うふふ。ありがとう。でも、痛くない? 大丈夫?」
「大丈夫です! どうか、どうか踏み台に!」
先ずは手を取ったエーが撃沈。アゼリアの手を取って降ろすと「はぁん」とか言って自分の手を見つめたまま帰っていった。
続いて踏み台にされたビーは「この重みは忘れない」とか言いながらお辞儀して「うぉおおお」とか叫びながら消えた。
最後のシーは踏まれた服を両手で広い、震えた手をそのまま放心状態でヨタヨタと歩いて行った。
「ねぇウィル? 私、降りただけになっちゃった。あの人たち大丈夫かな? なんか調子悪そうだったけど」
「いいんじゃないかな。幸せそうだったし」
あいつら、何がしたかったんだ? バカなのかな。
「とりあえず戻ろうか」
「はい」
俺はこの瞬間が好きだ。男ならみんなこの瞬間が好きだというだろう。今は馬車だが‥‥‥馬の上から惚れた女に手を貸す。その手を取って隣に座る彼女。
「幸せだな」
「うん」
そう言って返してくる笑顔が最高のアゼリア。さっきの変態トリオは記憶から消しておこう。
ギルドに戻ると早々にリッカーとミートはいつもの場所へ。昼間はミートは子供の山だ。リッカーはあちこちの店を見て回ったり、酒の作り方や材料を調べている。
「よお、レッド・ランス。早かったな」
「ただいま。マスター」
ギルドのテーブルで休んでいると向かいに座って声をかけてきたマスター。
「それでどうだった?」
「いやぁ、チコリスはいたけどそれ以外は特に」
「そうか。魔女はいたか?」
「それが、闇の魔女になったような気配はなかったんだけどな」
動物があまりいなかったのは、シエナがいたせいだろうか? 初めて会った時もそうだったな。
「まぁ、なんにせよありがとうな。光の魔女にも一回会いにいかないとな。何かあったのかもしれん」
「そん時は俺がいくよ。俺もちょっと聞きたいことあるからな」
「わかった。それと決闘なんだが‥‥‥」
「あぁそれな。さっきボボックの子分にあったよ。なんか待ってるらしいな」
「それなら話は早い。さっさと片付けちまおうぜ。レッド・ランス」
「なぁ、そう言いたいんだろうけどウィルにしてくれないか」
マスターは自分を格好良く見せたいだけだ。だって「レ」と「ラ」がなんかおかしい。わざと渋くいってくる。
「ウィル? 早くいきましょ。あまり待たせたら可哀想だもの。きっとすごい楽しみにしてるのね」
アゼリアが受付のお姉さんと並んで立っている。これはこれでいい光景だ。アゼリアがより一層美しく。お姉さんがより一層グラマラスに見える。
「そうですよ、ウィリアム様。せっかく、チラシをまいたんですから。特に女性にですが」
「え? 今なんて?」
「これ見てウィル。受付のお姉さんがみんなで作ったんですって。まるで本の中のお話みたいね」
渡してきたチラシには、どれどれ‥‥‥
『ついに倒される時が来るのか!!
女の敵にして、女のトラウマ!
連れ込んでは何もしない鬼畜所業
人間VS獣人
彼らは女の前でプライドを守れるのか
※被害者は好きなだけ罵声を浴びせてください』
アゼリアが俺の目を見ている。キラキラしている。内容よりも物語のような話がいいんだろう。ちょっと誤解を解いておこう。
「あのね、アゼリア……と受付のお姉さん」
受付のお姉さんがマスターを手でシッシッと退かすと、二人とも前の席に座る。なんか取り調べみたいだ。先手を取られた。
「ウィリアム様は、女性を部屋に連れ込みましたね?」
「はい。間違っていません」
「色々な街で、色々な人たちを」
「はい。そこは否定しません」
「その際、女性は貴方の為に服を脱ぎましたか?」
「はい。嬉しそうだったり恥ずかしそうだったり」
「彼女達は期待していましたね?」
「はい。たぶん」
「そんな彼女たちを前に貴方は何をしましたか?」
「何もしませんでした」
「何も? 見つめていたんじゃないですか?」
「‥‥‥はい」
「その後、いやらしい目つきのまま何をしましたか?」
「目つきは普通です。いつもこういう目です」
「そのいやらしい目つきのまま何をしましたか?」
「主に玄関、たまに窓から外へ行きました」
「服を脱がせて」
「はい」
「いやらしい目つきで眺め」
「普通です」
「挙句、放置して消える」
「ごめんねっていいました」
バン!! 机の音が鳴る」
「取り残された女性がどれだけ惨めかおわかりかっ!」
「すいません。ごもっともです。なんかちょっとちがうなって。あれ? この子じゃないなって思って――」
ビタン! 何かに成り切ったお姉さんがビンタしてきた。いたい。
「今日こそ、女性の恨みを果たすときです! さぁ立ち上がり行きなさい! この鬼畜!」
「ごめんねウィル。それは私じゃ治せないの」
なんなのこれ? なんか心の奥が痛い。おねえさん、今その手で恨み晴らしたよね? もう十分じゃない? アゼリアも「それ」って何?頬の赤身? なんなの? ほんとごめんなさい。
こうして頬を赤くしたまま俺とアゼリア、マスターと受付のお姉さんが決闘の場へと向かう