プロローグ
うーむ。この状況はあまり格好いいとは言えない。
「なぁ? ちょっと緩めてくんない?」
「何言ってんの? こういうの好きでしょ?」
「このまま2人きりでってのはどうかな?」
何を隠そう、俺は今……それはもう可愛い犬の獣人に縛らている。両手を後ろ手に胴をぐるりと。ついさっきまで全身犬の姿だった彼女は獣人化した今でも、耳と鼻と尻尾はそのままでかわいい。ショートの髪に背は低めですごくいい体つきだ。出来ればこういう状況は2人きりで楽しみたいもんだが‥‥‥
「おい、てめぇ! 俺の女に手ぇ出したこと後悔させてやるからな」
「手を出すも何も。彼女が好きに触っていいよっていうから。上から下まで、尻尾の先まで触っただけじゃないか」
「だから、それが許せねぇ! 尻尾だぞ!? あぁ?」
この犬獣人カップルの彼氏が怒っているのは当然だ。だけど、俺にだって言い分がある。彼女が全身を犬の状態で保つのが悪い。だって、知らなかったし、途中で「あれ?ちょっと仕草がなんかエロい犬だな」って思ったよ。でも俺にはそういう趣味はない。まぁ、今獣人化した姿を見ると、
「ありっちゃありだ」
「何がだ!? おい、お前も尻尾振るな! 嬉しいのか!?」
「だって……そのひと上手だから」
男が切れた。んー。ちなみにここは3階。街のはずれに近い、木造の三階建ての獣人専用の酒場。開いた窓が俺の後ろにある。正直こんな高さを飛び降りるやつは馬鹿だ。だって膝に来るから。隠しておいたナイフでロープもそろそろ――
「こんのやろぉ。今から下の仲間のところに連れて行ってボッコボコにしてやろうと思ってたけど、何発か彼女の前でぶんなぐってやる」
「あら、そんなダメよ! 早くその人間を解放してあげて! 貴方みたいな、逆三角形の筋肉バカがかっこいい彼を殴ったら世界に失礼よ! ねぇ、どうやってバランスとってるの? しっぽ? しっぽ振ってるからなの!?」
獣人の男がそう制止してくる彼女に振り返る。しかし彼女は黙ったまま首を横に振った。ちょっと困惑した様子でまた俺を見る。これはいただきだ。
「あ……あ? お前を――」
「お願いよ、筋肉バカ! あの窓から飛び降りて彼のクッションになってあげて! 空っぽの頭より胸が先に地面につくから大丈夫よ」
また獣人の男が彼女に振り返ると、今度は首を振り顎と指で俺を示す。バレたな。
……
「てんめぇぇぇ‥‥‥マジでぶっ殺す」
こういう時に役立つ俺の腹話術。どうやら彼には通じなかったようだ。さっき下に仲間がいるっていったよね? 飛び降りるしかないのかな
「かかってきなワンちゃん」
「うおおぉらああぁ!!」
「ぐぬぬ!!」
こいつ、思ってたより力あるな。さすが逆三角形! ここで
「そいやっ!」
「ガホォ」
腕の縄を引きちぎり、彼氏の突進を受け止め膝蹴り。華麗に決まった。あとは窓から
「お嬢さん。今度はお腹をゆっくり撫でさせておくれ。いいか、階段を降りて走って追いかけないと俺には追い付けないぜ! あっちに行くぜ!」
「て、てめぇ! まじで窓から飛び降りやがった。くそう」
俺の名は……まぁ、それは後でわかるとして旅をしている。名前教えろ? 無理無理。俺にもわからない。俺を育ててくれた人が手紙で判読できた文字からウィリアムと名付けただけだ。本名は知らない。さて、そろそろ……
「よいしょ」
「ん?」
いや、なんでこいつまだここにいるの? 普通こういう時って、追いかけない? ねぇ? こんな高いところ飛び降りれるわけないじゃん。階段降りろって促したじゃん。追いかけるの大好き犬の獣人じゃないの?
「えーっと‥‥‥俺のおかげで燃えてきたって感じかな? よかったら下から2,3人呼んでこようか?」
「ふざブベ――!」
「ごめんね。俺は行くところがあるからさ」
決まった。人種の壁を越えて決まった! 彼女が無言で俺を見つめて尻尾振ってる。そう思ったのも束の間。俺はあっという間に降りた1階から3階まで戻ってきた。だって、すごい仲間いるから。ちょっと彼女が軽蔑の眼差しを向けてるよね?この街に戻ってくるときは気を付けよう。
「結局ここからかよぉーーーーーー」
そう。これは俺が運命の人と出会う物語が始まる少し前。最後の街での出来事。に、なるといいなと思う。いつもそういう気持ちで街を出るのは内緒。
これから向かう『何もない森』で見つかるのかエルフの郷!? ちょっとダサい感じだったけど、もうちょっと格好いいからね! 神様!
旅人はその夜、息を切らし走りながら密かに夜空を見上げてそうお願いする。
本編のプロローグをこちらに移しました。
本編1章がプロローグと1話の間に入ります。本編を読んで頂いたら、何気ない会話がつながってたりするかもなので楽しめるかもしれません。
読んでいただきありがとうございます。