13 商談
案内の途中、商会長が尋ねてくる。
「なにか御無礼があったようで……。大変申し訳ございません」
「いやなに。俺がこのような格好をしているのが悪いのだろう。気にしないでくれ」
「厳しく教育いたしますので、どうかご容赦を」
「そう気にせずともよい。色々と勉強してくれたら嬉しいがな」
「寛大なるお言葉。畏れ入り奉ります」
勉強、つまり値引きなどしてくれたら、とても助かるのは確かだ。
だから冗談めかして言っておいたのだ。
そう言っておけば、確実に色々とサービスしてくれることだろう。
そんなことを話している間に応接室に到着して、通される。
「ん? 牢屋めいた地下に案内されると思っていたが……」
「閣下をそのようなところに案内するわけには参りません」
応接室のふかふかな椅子へと座るとお茶やお茶菓子が出される。
「今すぐに奴隷を連れてまいりましょう」
「ありがとう」
「閣下。魔族の奴隷にも色々ございますが、どのような奴隷をお望みでしょうか?」
「最近入荷した成人の魔族の夫婦だ。いるだろう?」
そういうと商会長は目を見開いた。
「……たしかにおります。流石は閣下。お耳が早い」
「その二人を買いたい」
「ありがとうございます。閣下は、どうしてその奴隷をご所望されたのですか?」
「……そうだな」
なんといえばいいのか少し考える。
すると、言いにくいことだと思ったのか、慌てた様子で商会長が頭を下げてくる。
「つまらぬことをお聞きいたしました。どのような理由だろうと私には関係のないこと」
「いや、そうではないのだ。説明が難しくてな」
そういうと、商会長は大人しく俺の言葉を待った。
「ヘイルウッドからここに来る途中でな。奴隷の姉妹に会ったんだ」
「ほう。そのようなことが」
「その姉妹は解放したのだが、両親も奴隷になったと言うではないか」
「つまり、ご所望の奴隷と言うのがその姉妹の両親と言うことですか?」
「そういうことだ」
「閣下の慈悲深さに、私感服いたしました」
恐らく商会長が理由を尋ねたのは、奴隷の価値を測るためだ。
特別なスキルを持っている奴隷だから欲しているとなれば、高く売れる。
「特殊な能力持ちだとかそういうことではない。値上げしないでくれよ?」
「もちろんですとも」
そんなことを話している間に魔族の奴隷が連れてこられる。
商会長はその奴隷の中から、二人の男女を選んで前に出した。
「この二人で良かったですか?」
その二人の特徴はアーシアから聞いた通りだった。
「簡単な質問をさせて欲しい」
「閣下のご随意に」
「ありがとう。名前を聞かせてくれ」
商会長が答えようとしたので止めて、魔族の二人に答えさせた。
アーシアに聞いた名前と同じだった。
「子供の名前を教えてくれ」
すると、アーシアとルーシアという名前がでた。
「この二人を買いたい」
「畏れ入ります。……それでは」
そう商会長がいうと、店員たちの手によって奴隷たちが応接室から退室していく。
商談は奴隷たちの前ではしたくないということだろう。
「まずは値段を教えてくれ」
「……このぐらいになります」
商会長は紙にすらすらと値段を書き付けた。
「……ふむ。これは二人分の値段だな?」
「はい。そのとおりです」
俺の手持ちでは三分の一にしかならない。
アーシアの両親は一般的な大人の奴隷よりも高価なようだ。
「一つ頼みがあるのだが……」
「なんでしょう。閣下の頼みであれば、出来る限り叶えさせていただく所存です」
「ヘイルウッド領から移動してきたばかりでな。手持ちが少ない」
「そうでございますか」
「手付金を支払うから、取り置きしておいてくれないか?」
「……そうでございますね。それ自体は構いませぬが、いつ頃まで取り置きを――」
「いつまでと、はっきりとは言えないのだが……」
そういうと、商会長は少しだけ渋い表情を浮かべた。
「期限がはっきりしないとなりますと、手付金の額は少し多くなってしまいますが……」
「それはそうだな。とりあえず今払える金を見せよう」
俺は鞄から金貨を取り出して、机の上に積み上げていく。
「これは、随分と……。重たかったのではありませんか?」
「手付金としては不足だろうか?」
「いえ! 充分です。私めが思っていたよりも高額でございます」
「そうか?」
「閣下ならば、手付金は一割程度で充分でございますよ」
商会長は笑顔でいう。
「そうか。だが、三割程度は支払っておこう。かわりに待遇を良くしてやってくれ」
「畏まりました。さっそく契約書を作成させていただきましょう」
そういって、商会長が店員に指示を出し始める。
大きな商会だから。専門の契約書作成係がいるのだろう。
商会長が指示を出し終わったところで、店員の一人が飛び込んできた。
この商会に来た時に、最初に俺の相手をしてくれた若い店員だ。
「商会長! 大事なことが……」
「申し訳ありません。教育が行き届きませんで……」
商会長は俺に頭を下げてから店員に向き合う。
「商談中だ。あとにしなさい」
「緊急でとても大事なことがわかりました!」
「ですから、いまは大事な商談中です。下がりなさい。あとで聞きます」
「その商談にも関係あることなんです。そいつはもう貴族じゃないんですよ!」
そういうと若い店員は俺のことを指さして睨みつけた。





