理性あるもの。
「ゾンビが・・・。」
「剣を使っている?」
「ああ・・・それも並大抵の腕ではないぞ、気をつけろ。」
聞いたことのない現象に戸惑いを隠せない人々。
たしかにゾンビが生前使っていた武器をゾンビとなった後も使うケースは稀にある。
しかしそれは総じて粗暴で剣筋など皆無な、決して『剣を使っている』とはいえないようなものだった。
言うなれば鋭利な金属製の板ででたらめに殴りかかっているようなものだ。
しかし目の前にいるアンデッドは明らかに様子が違う。
しっかりと敵をその目で捉え、切先を相手に向けて構えている。
それどころかその細い剣で咄嗟の攻撃を、それも重量とスピードのある攻撃をいなしたのだ。
それは熟達した技の為せること。
「・・・。」
冒険者の額を汗が流れる。
しばらく続いた無音を切り裂いたのは意外な男だった。
「お前ら何者だ、いきなり切りかかってきて。」
「「「・・・。」」」
アンデッドが口を開く。
その瞬間場の空気が凍った。
そしてみるみるうちに溜められたエネルギーはその場の全員に伝わり・・・。
「「「喋った!?」」」
爆発した。
おかしな事が起こりすぎて誰もが頭を抱える中、エリナは一人だけこれでもかと思考を巡らせていた。
人がアンデッド化されるとき臓器はほぼ壊れる。
専門的な話をするならば核で生成された変溶液という液が血管を通って内側を溶かすのだ。
アンデッドは魔力で動く人形のようなものなので軽いほうが動きがよくなる。
そういう理由で内臓を溶かし外に出すよう進化したといわれている。
ゾンビは外側と骨、核さえあれば満足に動けるので他の臓器は全く必要ない。
ちなみに血液の代わりに魔力で脳を動かし思考することは可能であり、実際アンデッドの上位種には低レベルの魔法程度なら使えるものもいる。
まあ、上位といえど脳は溶けるので運よく脳への損傷が少なかったものに限られるのだが。
しかしどれだけ脳がいい状態のものでもあんなに流暢に話し、剣術を使うなどありえないことだ。
恐ろしく膨大な魔力を使いそれを常に脳に送り込み続けることが可能ならば出来るが、もしそうだとして仮説を立てるなら今目の前にいるアンデッドは最低でも推定される魔王の魔力量の五倍もの魔力量を持ち、それでいてあれほどの剣術を使えるまさに正真正銘の化け物ということになる。
「・・・。」
エリナは固唾をのんだ。
「さっきまでの威勢はどうした南蛮人、戦うのか戦わないのかはっきりしろ。」
「!」
「・・・もちろんたたか!」
「わないです!!」
冒険者の言葉を遮ったのはエリナだった。
全員が何を言っているんだこいつは、という視線をエリナに送る。
しかし、エリナの心の中に芽生えた疑いにも似た感情はさきほどの男の言葉で確証に変わった。
このアンデッドはただ本能のままに生きるものを殺そうとするアンデッドとは違う。
理性を持っているのだ。
今あったことを説明すれば敵対的な関係にはならない。
逆に今ここで争えば人類は魔王よりも厄介な敵を作ることになる。
「お願いだからここは引いて。」
「でも・・・。」
「このアンデッドは変異体、人と同レベルに思考するもの、見たことも聞いたこともない特異な存在、アンデッド研究者として私が引き取るわ、異存はないわよね?」
エリナの必殺殺意スマイル。
笑顔の奥に秘めた殺意で敵を威圧しノーと言わせない技。
「・・・はい、ただ一応ギルドには報告しておきます。」
「はいよ、じゃあまたよろしく。」
冒険者も引きつった笑顔でそう答えると馬に乗り込みかえっていった。
「さ、あなた名前は?」
冒険者の姿が見えなくなるとエリナはアンデッドの方へ振り返り聞いた。
「・・・俺は東鬼 冶之助だ。」
「や、やのすけ・・・見たこともない格好だけどどこの人?」
「武蔵。」
「むさ・・・え?それが国の名前?」
「そうだ。」
エリナは聞いたこともない国の名前に若干怪しみつつも、服装も見たことないのだからそうかと納得する。
「ここはどこだ。」
「ここ?ここはガイクディス王国よ。」
「がいこくですおうこく?」
「ガイクディスよ。」
世界三大王国のうちの一つガイクディス王国を知らないという冶之助にさらに不信感が募る。
普通はどんな田舎でも知っているものだ。
「お、おいエリナ・・・こ、怖くないのか。」
「なんで?話せるんだから普通の人と変わんないでしょ。」
「「「えぇ・・・。」」」
いや違うだろと誰もが思ったが口には出さない。
「切りかかっちゃってごめんなさい、わけを説明するからとりあえず長老の家で話しましょ。」
「わしの!?」
「え、いや、わしの?ちょっと・・・。」と戸惑いを隠せない長老を無視して村人達は村への帰路へついた。