アンデッド研究者エリナ
二つの影が、光の遮られた薄暗い森の中にたたずんでいた。
もし地面に伏している死体も一人とするならば三人と言うべきだろう。
「・・・エリナ、アンデッドとなるものはな、死後に血管が黒く浮き出る。そして心臓部に核を作り周囲の魔素を取り込んで成長するんじゃ。死後五日もすれば核も人の拳ほどの大きさに成長する。そうなればまた起き上がり人を喰らう化け物となるんじゃよ。」
がたいがよく白い髭を蓄えた老人が、どこか寂しげな声でつぶやく。
老人の後ろ姿を見る少女には、その背中がいつもより小さく見えた。
「そ、そしたらおじいちゃん。私もおじいちゃんもみんなみんな食べられちゃうわ。」
少女の怯えた声に振り向きはせず、しかし老人は続けた。
「だからこそ冒険者様がおる。アンデッドになりそうな死体を見つけたらまずその死体が何日経過しているか見極めるんじゃ。危ないことだが、それで多くの人が助かる。」
「みきわめる・・・?どうやって?」
「それはな・・・。」
ドンドンドンッ!
・・・ドンドンドンドンッ!
「ん・・・。」
礼儀のかけらも感じさせないような激しいノック音で彼女は目を覚ました。
気持ちのいい睡眠を邪魔されるのは彼女のもっとも嫌うことではあったが、そんな朝に慣れつつあった。
窓には木の戸がしてあるがその隙間から差し込む光で今がまさに東の山から太陽が顔を出す時間であることがうかがえる。
「はぁ・・・あ。」
彼女は急ぐ様子も見せず大きく欠伸をした。
そして一度起こした体を倒し、ゆっくりと瞼を閉じ、シーツをかけ、二度寝の体勢に入る。
ドンドン・・・ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!
「あー、もううるさいわね!」
しかし依然鳴り止む気配のない騒音に飛び起きると蹴破るように扉を開けた。
「はぇっ・・・。」
「長老おぉぉおおおおお!!」
「エリナ、その勢いよく扉開けるのやめんか、長老が死んでしまうぞ・・・長老もそろそろなれてください。」
彼女がいらいらをぶつけるように扉を開けるとそれに驚いた長老が腰を抜かす。
長老はもうよぼよぼの老人なので仕方がない。
その長老の体を若い村人が支え、中年の村人がエリナをいさめる。
これはいつもの光景だった。
「いやぁ、すまんのぉ・・・それでエリナよ、あんでっ・・・。」
「アンデッドが出たんでしょ、わかってるわよ。」
エリナは長老の言葉に食い気味で返事をする。
エリナの家は代々アンデッド研究をしていた。
母親は病で、父親はアンデッド調査の途中で命を落としており、祖父に育てられた。
「準備するから待ってて。」
そう言い残し家に入った彼女は十分もしないうちに戻ってきた。
そして扉の前に立つ三人を押しのけて村の中を進む。
三人はその後ろについて歩いた。
「それで、ギルドには?」
「さっき馬を走らせた。」
「そう、それで死体はどこにあったの?」
「村のはずれの森の中、カインとミーナが見つけたそうだ。」
エリナは聞いたことを淡々と手帳に記しながら歩く。
「カインとミーナねぇ・・・ほんとにアンデッド化の徴候は出てたんでしょうね、ただの死体だったらあのガキ共にげんこついれてあたし寝るから。」
「大丈夫じゃよ、わしも見たから。」
「長老もう歳なんだからよく見えないでしょ。」
「えぇっ・・・。」
エリナの言葉に地味に傷つけられた長老が「わし長老よ?偉いのよ?エリナ聞いて?わしの話。」とぶつぶつ言っているのを他の三人はスルーして歩く。
小さい村なので少し歩けば村のはずれの森につく。
そこにはまだ早朝であるにも関わらず何人かの村人が怯えた様子で輪になっていた。
エリナは「はい、どいてどいてー。」とその間に入っていく。
「・・・よいしょっと、えーとじゃあ見ていきますよーっと。」
エリナはその死体の着ている見たこともない服を脱がす。
腰には武器を刺していることから冒険者であることはわかったが疑問に思うことがいくつかあった。
「服も武器も見たことないわね・・・。」
冒険者はいろいろな事情で命がけの職業である冒険者を選ぶしかなかったものや、名誉や金のために好き好んで戦場に身をおくものなどさまざまな人間がいる。
その性質上変わり者が多いのは仕方がない。
だからこの冒険者も生前は変わり者だったのだろうと思えば説明はつくが、エリナはやはりどこか違和感を感じていた。
「んー・・・。」
違和感の正体を探るべくまじまじと死体を見つめる。
上から順に、ここらでは見ない髪の毛、顔立ち、服装・・・どれをとってもほとんど見たことのないもの珍しい特徴ばかりだったが、エリナの目は腰に刺さった剣でとまった。
長いものと短いもので二本あるその剣は異様なまでに細く、緩やかにカーブを描いている。
ここらで冒険者が一般的に使うような、魔物の硬い皮を分断するための幅広で肉厚な剣とは違う、細く美しい片刃の剣。
「これじゃ魔物を斬ろうとしても折れるわよね・・・刺突武器?だとしたらこのカーブは必要?あー!もう気になるわねー!!」
エリナは何に対してもやる気は見せないが知識欲だけはその職業柄人一倍あるため、わからないもやもやを前に頭をかきむしる。
「エリナや、どうしたんじゃ?」
「なんでもないわよ!!」
「えぇっ・・・。」
「それでどうなんだ、状況は。」
気づかったつもりで話しかけた長老が怒鳴られて「わし、長老なのに・・・。」とまたぶつぶつ言い出したのを横目に、中年の村人が口を開いた。
「あ。」
ぽっかりと開いたエリナの口からそんな言葉が漏れる。
「「「(こいつ、完全に忘れてたな・・・。)))」
その場にいる誰もが口にはしないが心の中でそう思った。
「えーと・・・。」
エリナはそそくさと死体の服を脱がせ心臓部をあらわにする。
「っ!」
その目が一瞬見開かれた後、エリナは村人たちのほうへ振り返った。
「冒険者はいつくるの!」
「!・・・さっき馬を走らせた、街からこの村までなら半時で・・・。」
「さっきっていつ!」
「ちょうど半時ほど前だからそろそろ到着する頃だ・・・何があったんだ?」
いつも気だるげなエリナが珍しく焦った様子で怒鳴るため、困惑しつつも村人達の間に緊張と事の重大さが伝わる。
エリナは村人達から邪魔にならない位置に移動すると死体の首元に人差し指を向けた。
村人達の不安そうな視線も自然とそこに視線が集まる。
「血管の変色が首元まで進んでる・・・それに核の成長が思いのほか進んでる上に他の個体より成長速度が明らかに速い。」
「なにっ!」
「そんな・・・。」
「つまり、どういうことじゃ?」
「「「もうすぐゾンビが目を覚ますんだよじじい!!」」」
「なっ!ど、ど、ど、どうすればいいんじゃ~!」
村人達に動揺が走る。
村人というのはこの世に存在する職業の中で最弱。
唯一スライムの体当たりで死ぬ職業とまで言われているほど弱い人々なのだ。
スライムなんてぷにぷにだ。
その体当たりなんてたかが知れている。
しかし実際何発もくらえば本当に村人は死んでしまう。
そんな人々がゾンビの攻撃など受けたらひとたまりもない。
つまり彼らは今まさに命の危機に直面しているのだ。
「とりあえず、拘束できるもの!早k・・・!」
「ぐはっ・・・。」
「!!」
「「「おきたぁぁぁ!!」」」
起きた途端ゾンビは咳き込む。
その咳には血が混じっていた。
それを見て青ざめる村人達。
パカラッ・・・パカラッパカラッパカラパカラ!
もうだめかと思われたとき遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。
「おーいみんなぁ!冒険者さん呼んできたよ~!」
涙目になった彼らの目に写ったのは馬に乗り満面の笑みで手を振る村人と同じく馬に乗りその後ろを走る四人の冒険者の姿だった。
「なっ!もう目覚ましてんじゃねーか!話と違うぞおいおい!」
「急ぐぞ!」
「「「おうっ!」」」
四人の冒険者は馬から飛び降りるとそのまま抜刀した。
「「「完璧なタイミング!」」」
こんな状況でも思いのほか明るく能天気な村人達はお互い抱きしめあい冒険者が来たことを喜んでいる。
冒険者も満足そうに笑みを浮かべ、今まさに体を起こそうとしているゾンビめがけて剣を振りぬいた。
剣筋は完璧。
刃は真っ直ぐに首へと吸い込まれ、その頭と胴体を真っ二つに分けるはずだった。
ッキーン・・・。
しかし彼らの目に映ったのは別の光景だった。
金属同士のぶつかる音。
驚きに染まった人々の顔。
そしてそれから一歩引いた位置で剣を構える、先ほどまで地面に伏していたはずのアンデッド。
彼らの顔がまた恐怖に染まった。