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二章:最後の面接

「ここか…?」

この季節には珍しいうだるような暑さの中、鬱陶しい日差しを浴びる僕は、スーツを汗で濡らしながら古いビルにたどり着いた。エントランスを抜けて小さなエレベーターに乗り、紹介状に書いてある階を押すと音もなくドアが閉まり、誰も途中で乗ってくることなく上っていった。古臭いベルの音と共にドアが開くと、「管理室」と書かれたプレートが下がっているドアが目の前にあった。窓がない重い扉を開けると、カウンターと共に一人の女性が目に入った。

「失礼します。本日面接を受けに来ました、高橋と申しますが…」

「はい、高橋様ですね。こちらにどうぞ」

日本の会社には珍しいにこりとも笑わない対応に少し驚きながらも、立ち上がった女性の後に付いていく。一見、薄そうなパーテーションに区切られた室内には、椅子がカーペットを擦る音さえも響かず、ただ僕らが足を進める音だけが鼓膜を震わせていった。突き当りから三番目の左手にあるドアの前で女性は立ち止まり、そちらを手で指した。

「こちらが会場となっております。」

「ありがとうございます」

女性が立ち去るのを見届けて、僕は喉をごくりと鳴らしす。これで、僕の人生が決まる。年収500万の男になるか野垂れ死ぬかの命運がかかっているんだ。現在まで、日本国内での再就職や転職は年々成功率が減少にある。昨日のハローワークだって、殆どダメ元で行ったようなものだった。息を吐いて、僕は前を見据えた。このチャンスを、僕は絶対に掴む。ドアをノックすると、どうぞ、と男の声が壁を隔てて聞こえてきた。

「失礼します」

ドアノブを回して入室すると、そこには簡素な面接の用意がなされていた。一脚のパイプ椅子と、そしてそれと向かい合うように座り机の上に置いてある用紙に何かを書き込んでいる面接官がいた。彼は僕を一瞥すると、目線をパイプ椅子に移した。

「そちらにおかけ下さい」

「は、はい」

久々の就職面接で、緊張で血圧があがる気がした。僕を囲む四方の壁が僕を睨んでいる。大丈夫。昨日は真夜中まで練習したんだ。

「では、面接を始めます。といっても、するのは簡単な質問だけですので、身体の力を抜いてくださいね。普通の会社みたいに、意気込みとかそういう馬鹿馬鹿しいことは聞きませんから。」

「え…」

すっかり拍子抜けしてしまった僕に、面接官は少し微笑みを見せる。

「弊社に面接を申請して下さったこと、誠に感謝しております。この面接では貴方の適正をみることを目的としています。まず、契約条件のサインをされた用紙と、紹介状を頂けますか?」

言われたままに僕は昨日の封筒を手渡す。面接官はそれを開封し、僕のサインがあることを確認すると、机の棚にしまった。

「有難うございます。それでは、これから面接を始めます」

「宜しくおねがいします」

「まず、自己紹介をお願いします。

ここは、何度も自宅で練習したから、失敗はしないだろう。

「はい。高橋直人といいます。26歳で、前職は営業をしていました。あ、これ、履歴書です…」

大体の基本情報はハローワークから送られていると聞いたが、情報に不備がないように、念の為記入しておいた履歴書を渡すと、面接官は読みながら質問を続ける。

「体力と精神力があることが前提でこちらにお申込み頂いたと思うのですが、どの点でそう思われるのでしょうか?

「あ、えっと…就職前まで野球をやっておりまして、結構厳しく何年間も鍛えられたので体力には自信があります。」

「野球ですか!それはいいですね」

「なにか、ここに就職する上で、有利に働いたりしますかね…?」

「はい、野球が出来るというのは非常に大きな利点です。では、何故精神力に自信が?」

自分が過去にしていた部活が良く働いたことに意外に思いながらも、喜んでいる自分がいる。

「まず、部活で毎日扱かれていたんで…逆境には負けないかな、と…あと、前の職場でも毎日真夜中まで残業させられていました。なので耐久力はあります。」

そこで、僕は昨日の職員との会話を思い出した。

「あ、それと、ホラーゲームとか結構やっていますので、怖いの全般大丈夫です」

「いいですね」

小さめの声だが明るさが感じ取れる声をだして面接官はメモをとっていく。すべてを書き終えた彼はペンを置き、ドアを指す。

「これで面接は終了です。次は、弊社の社員登録手続きと、仕事内容の説明をしていただきます。こちらを出て左手の、」

「え?」

「はい、何でしょうか」

「社員登録手続きとかって、それって、もう」

「はい。高橋さんがご希望であれば、明日からこちらで働いて頂きます」

今にでも飛び上がる思いだった。まさか、こんな簡単に働ける事になるなんて。僕はふと、数日前の何もかも希望を無くした僕自身を思い出した。不健康なコンビニの弁当をかき込んで、何日も洗っていない頭を掻いていたあの時の哀れな僕。汚く、惨めな僕。短い期間であったにせよ、何一つ光が無かったあの期間は、地獄と例えるには安易すぎる位だった。漸く、あの日々から救われる。そう思うと涙が出てきた。

「有難うございますっ…」

「だ、大丈夫ですか…?」

優しい彼の声で、僕を押さえつけていたものが溶ける。

「御社には、僕の人生を救って頂いたような物です…採用して下さって本当に有難うございます。」

今なら、土下座でもする。僕はマナー本に書かれていたお辞儀の角度よりも深く、昔の携帯電話のように身体を折り曲げる。

「こちらこそ、ここに来てくださり有難うございます。」

優しげな彼の声に、また涙が溢れ出しそうになる。

「僕、ここで精一杯、死ぬ気で頑張ります!」

「はい、明日からよろしくね。」

足が浮くような気持ちで僕は部屋を後にした。まさか、最後の僕の台詞が例えではでなくなるだなんて、夢にも思わずに。

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