009.A-LY-YA!
月邨 瞳。
年は十八歳。
現在高校三年生。
成績優秀、スポーツ万能。
「まあ、簡単に紹介するとそんな感じになるわね」
「は、はぁ……」
とりあえず眼前に座る瞳ちゃんとやらに、俺は心底震えが止まらない。
現在の場所がどこかというと、なんかわからないけど、どっかのホテルのレストラン。
上層階と思われるところで、なんか体面に、普通に制服姿の瞳ちゃんがいる。
挙動不審なこっちに「どうしたのかしら?」と不思議そうなところ悪いのだが、そりゃ普通はこうもなると言いたい。
声を大にして言いたい。
例のレースとやらが終わった後、その場で耳を抑えてうずくまってしばらくして。
突然「じゃあ契約について詰めましょう。せっかくだし夕食もおごるわ」とか微笑まれ。
あれよあれよという間に彼女が電話すると、初老の男性(スーツ姿)が迎えに来て。
これまたあれよあれよという間に今の状況である。
移動中に都心の方に向かったのを見た覚えはあるけど、とにかく見慣れてない景色がばんばんと視界に入ってきたり。
周りを見回すとスーツだったりドレス姿だったりと、明らかにドレスコードとかがありそうな高いお店なのは明白だったり。
しかもそのあと、招待されたのは貸し切りの個室だったりして。
その割に特に気にせず楽しそうにメニューを見るこの女の子はなんなの? という疑問符が脳裏をよぎったり。
「端的に言うと、色々ありすぎてちょっと待ってって感じ」
「あら、ごめんなさい。巻き込まれてたとか言っていたし、混乱するのも無理はないわよね」
「いや、それ以上にここ、普通に庶民が来るところじゃないからね? 色々大丈夫なのかな、その」
「? 私、お金は持ってるって言ったと思うのだけれど」
「いや、そういうことじゃなくて」
田辺さんというらしい、あの運転手もしていたスーツ姿の男性だけど、気のせいじゃなければ執事とかじゃないのかな? うん。
明らかに「お金持ってる」とか軽々しく言うレベルじゃないこのお金持ちっぷり。
ただただ目を丸くするのは当たり前なわけであって、そのあたりの話をすると「ああ」と納得した。
「それこそごめんなさい。普段こういうところには、あまり来ないので、私も浮かれていたわ」
「浮かれるにしてはずいぶんお金がかかる話ですねぇ」
「いえ、まあ、普段はサイゼとかマックとかで充分なのだけど、なにぶん人払いが欲しくて。外じゃ誰が聞いているかわからないし、お金で安全性を買ってるってことよ」
「はぁ……」
「さっきからそんな反応ばっかりね」
「そりゃあ、まぁ、今日初対面の女の子から夕食のお誘いをもらって、あまつさえこんな状況じゃあそうもなるって」
「そういうものかしら?」
「そんなに俺、軟派な性格はしてないし、過度な贅沢は身を亡ぼすからねぇ」
「ふぅん? 意外と、そういうのは真面目なのね」
そんな変な格好してるのに、と付け加える瞳ちゃん。
なぜみんなしてこう俺の服装をディスる。
「恰好のことは置いておいて。まあ、それで結局、何を俺はすることに――――」
「あ! その前に注文させて? アレルギーとかある?」
「――――なるの、あー、ん? ……、ピーナッツがアレルゲンかな。あとミニトマトと生サーモンは嫌い」
「了解。…………、ん、じゃあこれがいいかしら。私が注文しちゃうけど、いい?」
「もうすきにしてください」
完全に瞳ちゃんのペースだった。
ただ不思議と、嫌な感じはしない。
ちゃんとこっちに確認をとったりしてくるからだろうか。
単純に瞳ちゃんがウルトラ美少女なためだろうか。
いや、それはまぁ置いておいて。
注文してから数分も経たず、サラダが先に出てきた。
「食べながらお話しましょう?」
と言われても、とりあえず物を口の中に入れてしゃべる習慣はないので、まぁ食べて飲み込んでを繰り返しながら、ぽつぽつと話し始めた。
「あー、じゃあさっき遮られたところからなんだけど。雇われるって話もそうなんだけど、まずはそもそもあの、なんだっけ。レガリアレース? っていうのが何なのかってところから、お話してもらえると」
「――――――――」
「どうしたの?」
「いえ、何でもないわ」
俺の食事風景とか、挙措を見てなんかうれしそうな瞳ちゃん。
いや、マジでどうしたんだろうこの子。
見つめられても照れるだけなんですがそれは。
まぁそれはともかく。ぱっつんと切った前髪をいじりながら、瞳ちゃんは「その前に自己紹介をしましょう」と一言、そして冒頭に至る訳である。
「高校は未曾木市の方ね。××××大学付属の高校に通わせてもらってるわ」
「マジか! ほ、本当に頭いいんだね……」
「ええ。本当に頭良いのよ?」
さらっと某有名大学の名前を出して、ふふん、と自慢げに微笑む瞳ちゃん。
所謂、ドヤ顔というやつ。
発言が最高に頭悪そうなのはともかく……。
いや、そこで推薦とれるくらいの成績を維持してるというのなら、それなりにそれなりなのだろう。
「じゃあ、次は貴方ね。ケンイチ」
「あー、えっと。新 剣一です。年は君の一つ上。趣味は映画鑑賞と回転回し蹴……、って、それは別にどうでもいいか。現在フリーターで、俳優目指して日々奮闘中です」
「無職?」
「えっと……」
恥を忍んで今年の四月頭、養成学校が炎上したあたりの話をする。
ニュースにもなっているのでかなり知名度は高く、彼女も「お気の毒様ね……」と困ったような表情だ。
「まあ一応、リミット決めてはいるんですが、それはともかくそんなに遊ぶ金もないですし、遊ぶ必要もないですし、人とコミュニケーションとりづらくなるのも本末転倒かということで」
「なるほど。んー、なんで俳優になろうと思ったのかしら」
「――――――」
俺の挙げた映画のタイトルに、瞳ちゃんの右瞼がぴくりと動いた。
「あれを見た瞬間、その、電流が走りまして。もともとまぁ、昔からそういうのに興味はあったので、できないかと親といろいろ交渉しました」
「自分で勝手にやらなかったの?」
「いや、なんだかんだいって養ってもらってた身分ですし、不義理なことするのもアレかなと」
「ふぅん…………」
やっぱりなんだか機嫌がよさそうな瞳ちゃん。
「まあ、そこは追々仲良くなったら深く聞くわ。じゃあ話だけど、何から聞きたい?」
「あー、じゃあとりあえず今日これから話す内容を整理するとして。」
1.レガリアレースとは何か?
2.なぜ俺めがけて大砲を撃ったのか?
3.雇い入れに関して契約など細かく?
「あ、それだったらカバーストーリーも考えないといけないかしら」
「あー、君に雇われる経緯とかに関してってこと? まぁ確かに必要か、そのまま話すわけにもいかないし……。それはともかく」
何から話したものかしら、と彼女は腕を組み唸る。
唸りながらワイングラスを一口(中はぶどうジュース)。
「じゃあ、まずレガリアレースだけど……。『王様を決める大会』だって聞いたわ」
「王様?」
「運営いわくね。確か……、これね。『月の城を根城にする神様に認められ、世界を変える力を得た存在、それが王』」
「神様――――」
――――私は、神だ。
なんとなくあのマキナって巫女少女のことが脳裏をよぎったけど、いやさすがに関係ないだろうと頭を振った。
瞳ちゃんは携帯端末の画面から顔を上げ、話を続ける。
「もともと、私のクラスメイトに茶封筒が来たらしいのよ。例のカードが三枚。あとメッセージカードで『月の城の王様となり、願い事をかなえないか?』的なものが入っていたらしくて」
「胡散臭いな」
「ええ。だから彼女もやる気なく、冗談半分に私に渡したの。で、アプリのダウンロードを田辺にさせて、発信元とかいろいろ調べたりして遊んでみたの。こんないらずら、誰がするんだろうと思って」
「暇だな女子高生……。っというか、田辺?」
「家の家令よ。さっき運転してきてくれた」
「ああ……」
「で、そんなことをしていたら、今度は私の自宅のポストに同様のものが送られてきていたの。今度は細かい使い方と、レガリアレース第一回予選の開催日の記載されたポスターが。そこにね、再三、本当に参加する気がない人は来ないでくださいってあったものだから、こう、ちょっとイラっと来て」
「行ったのか。ちょっと短気というか、軽率過ぎない?」
「反省はしてるわ」
でも日中だったし、冗談にしても大したものじゃないと思って向かったんだけどね。
瞳ちゃんは肩をすくめて、苦笑いを浮かべた。
「さっきみたいに、町全体の人間が参加者以外はどっかに消えて、大きな蛇みたいなのを退治されられたわ。そして、終了したら例のミライちゃんから連絡が入って、例の条件を突きつけられて」
「記憶を奪われるってね」
「集団幻覚か何かかと思いもしたけど……」
言いながら瞳ちゃんは、どこからかコンバットナイフのカードを取り出して、読み取らせる。
目の前に、さも当然のようにホログラムみたいに投影され、物質となったナイフ。
いいかげん自分の超能力を見ていたせいもあったけど、俺も慣れたのかその程度では驚かなくなっていた。
「まぁ、ごらんの通りということで。特に制限とかないみたいなのよ、これ」
武器に「解除」と口を近づけて言うと、光とともにナイフは消える。
まぁ確かに自分でやって、こんなものを目の当りにしたら逃げ場はないか。
「予選は今日みたいに何かと戦ったり、本当にレース形式みたいなのだったり、クイズ形式みたいなのだったり、色々あるわ。今のところ対人系のミッションが出されたことはない」
「はぁ……。あの、人が消えたりするやつは」
「何だったかしら……、あったわ、『量子的に座標をずらして現実世界に影響がないようにしています』って書いてあるわね」
「さっきから気になってたけど、何を見てるの?」
「参加者用のガイドアプリ。後日、茶封筒が届くと思うわ」
「そういうのあるのね……」
「一応、こういうカードとおんなじ感じで来るから、わからないことがあったら聞いてね」
そう軽々しくウインクをかましながら言ってくれちゃってもねぇ……。
くそう、やけに可愛いというか、俺が瞳ちゃんに対しての感想の大半が「かわいい」で埋め尽くされてる気がする。
どうした俺、ひょっとして一目惚れでもしたか。
ありえんだろ、さすがにそこまで人を見かけて判断してるタイプの人間じゃない。
そりゃどっちかといえば可愛いほうがいいけど……、と、そういう問題ではなく。
「ともかく、まぁなんとなくレガリアレースって言っても、割と何をやるかわかってないっていうのは理解した。カードから武器を取り出せるのも、特に説明がないっていうのも」
「一応、軽くはガイドアプリの説明もあるのだけど……、そっちを見てもらったほうが早いわね。私が言うより」
「なるほどね。……ん? とすると、瞳ちゃんがレースをする目的って何かな。俺みたいに記憶喪失が嫌だから?」
「それもあるけど、本物っぽいと思ってから、一応は願い事もできたから」
「へぇ」
ちなみに何なのか聞いてみると。
「ひみつ」
ウインクしながらそう微笑まれてしまっては、こちらも強く出れない。
雰囲気は凛々しいのに、いちいち何をしてもかわいらしく様になるあたりは彼女の人徳か、それとも容姿を交渉に使えるだけの計算高さか。
まぁ無理強いするほど仲が良いわけでもないので、とりあえずはスルーしておこう。
「じゃあ、次だ。第二の質問して、なんで俺を集中砲火したのか」
「悪気があったわけじゃないというのは、さきに言っておくわ」
原因はこれ、と、一枚のカードを取り出す瞳ちゃん。
読みおませて出現したそれは……、双眼鏡タイプのヘッドセットだった。
色が真っ黒なところが実用性重視な感じである。
「何それ?」
「まぁ見た通りのヘッドセットなのだけど、使ってもらったほうが早いわね。つけてみて」
言われるがままに頭部に装着。
「…………真っ暗だね」
予想外なことに、双眼鏡内部は完全には何も映らない。
と、視線をずらすと瞳ちゃんは何やら考えるようにして。
「えっと…………、じゃあ、お詫びもかねて」
「はい?」
「私のスリーサイズ、上から90・60・83よ」
はい!?
吹き出してバランスを崩した次の瞬間。
双眼鏡に映った肌色――――――――って、いやいやこれまずいまずいまずい!
「な、な、な、なに!? 何が起こった!」
思わずヘッドセットを取り外して、肩で息をする。
なんかこう、漫画とかでありそうなくらいきっと今の俺の顔は紅潮しているはずだ。
いや、だって何さあれ、眼前にいるのはブレザー制服姿の瞳ちゃんだというのに、双眼鏡越しに見えたのは下着一枚の姿の瞳ちゃんだったわけで。
ブラとパンツ以外身に着けていない姿が投影されたわけで……!
しかも気のせいじゃなければ、明らかにただ双眼鏡越しに見ているという感じでなく、意識した瞬間にその箇所がズームされたし。
いや、双眼鏡が何かしらそういう能力を持っていると言われてしまえばそういうものなんだろうけど、そういうことじゃなくて。
無駄に大きかったな……って、そういうことでもなくて。
「ふふふ。まぁ、ちょっとだけサービスよ」
こちらの狼狽する姿を見て、なんだかすごく楽しそうな瞳ちゃん。
手元のヘッドセットは数秒もすると消滅。
一体何なんだ、これ……。
「おおよそ、下着姿の私が見えたかしら」
「えっと……」
「あ、答えなくてもいいわよ。全裸見られたって言われたら正直へこむから」
だったら最初からやらなければいいのに。
「って、そうじゃなくて。そもそも、さっきのヘッドギアって何なの?」
「対象の位置を確実に捕捉する道具、といったらいいかしら。目的とする何かが1キロメートル圏内にあるなら、視界に収めることが出来る。重火器と併用すると、その対象の位置に確実に銃撃することが出来る、という感じね。さっき言ってた、蛇を退治した時の景品のカードよ」
「なるほど。だから『アナライザー』と……」
彼女の名乗っていたユーザーネームみたいなものの由来は、おそらくこれから来てるのだろう。
「一応、最初にトドメを刺した人間がこういう景品カードを手にすることができるらしいわ。本戦は、たぶんこれを使って有利に進められるとも思うの」
「なるほどね。……っていうことは、あのメガネウラを捕捉していただけであって、意図的に俺めがけて撃ち込んでいたわけではないと」
「ええ。なので、それについては謝る他ないわ」
ごめんなさい、と深々と頭を下げる瞳ちゃんである。
まぁ、そうはいっても実際命を狙われていたに等しかった状況ではあるし……、でもそういうことを言い出すと、雇い入れの時に何かトラブルとか起きそうだし……。
言いたいことは色々あるけど、とりあえずは保留することにした。
「まぁ、じゃあ次の話だけど――――――」
と、話を進めようとしたタイミングで、ちょうどディナーのメインが来た。
なんか、仔牛の肉を使った焼き物と、ハーブたっぷりのスパゲッティ(細かい解説はちょっと聞きそびれた)。
瞳ちゃんから「一旦、後にしない?」と微笑まれ、同意する。
さっきまでそんなにお腹がすいていなかったはずなのだけど、皿に盛られたそれを見ると、急に食欲がわいてくるから不思議なものだ。
「……食べ方の作法とかって、ある?」
「…………ふふ、じゃあ、私のやり方を真似してみて?」
そのあと、なぜかしばらく瞳ちゃんは機嫌よさそうに笑っていた。
※
「契約書は後日輸送するから、それを確認してハンコをお願いね」
「あー、うん、了解」
「じゃあ田辺、お願い」
「かしこまりました」
その後、特につつがなく話が終わり、瞳ちゃんの自宅と思われるマンションまで来た。
マンションの中に入っていく瞳ちゃんの背中を見送りながら、俺は田辺さんの運転で自宅方面に向かう。
わざわざ都心方面に行ったのに未曾木市駅前までとんぼ返りしたものだから、時刻はすでに九時を回っている。
彼女なりに理由があって都心のホテルを利用したのかもしれないけど、それにしたって行ったり来たりの往復をする必要性があったかどうかというのを考えてしまうのは、果たして自分がお金と時間にケチなせいか。
いや、普通だと思いたい。
それはそうとして……。
「夕食、普通に美味しかったな……。金額ヤバかったけど」
平然と万札を数枚ぱっと出して会計する当たり、やっぱりあの子の金銭感覚はちょっとずれてるのではないか、と疑念を抱く。
そんな独り言がもれたせいか、くつくつと運転席から忍び笑いが聞こえてきた。
「ああ、いえ、失敬。少々既視感を覚えまして」
「既視感……? えっと、田辺さんでしたっけ?」
「ええ。お嬢様の……、執事のようなことをしております。まあ、既視感といっても私事ですので」
道中お暇でしょうから、このオッサンめが小話を、と彼は続ける。
「私、これでも昔はまぁやんちゃをしておりまして。抗争真っただ中という時代だったので仕方なかったと言えば仕方なかったのですが、そこで別なグループに目を付けられまして。そこで私をお拾いになったのが当主様、瞳お嬢様のおじい様だったのですが」
「はぁ」
「赤坂の高級料亭に連れていかれ、面接まがいのことをされました」
あれは度肝を抜かれました、と懐かしそうに笑う田辺さん。
「慌てましたし緊張してがちがちでしたし、料金は意味不明な金額でしたし、それはもうとても平静ではいられませんでした」
「なるほど……」
確かにそういう話だったら、デジャビュがあっても不思議じゃないか。
明らかにいまだに俺も落ち着いてないし。
さらっと「食事代はおごるわ」とか言ってのけるJKと、特に何もできないフリーター……、考えるのはやめよう、うん。
財力が人間力の決定的な差ではない……、はずだ。
「ですがまぁ、通過儀礼のようなものなのか、お嬢様……、瞳お嬢様のお母さまも似たようなことをされておりましたな」
「似たようなこと?」
「ええ。なんと申しますか……、気に入った人間、気になる人間には、ああして食事をおごるなりして、相手の人となりをみるのです」
「とはいえど、俺、なんかアルバイトしないかみたいな話でしたけどね? えっと……」
「嗚呼、お嬢様のなさっていることについては存じ上げておりますので、そのあたりはお気になさらず」
「わかりました。えっと、まぁそんな訳だから。別に気に入ったとか、そういう話ではないと思いますけど」
左ポケットの中に突っ込んだストラップを意識する。
どう考えても瞳ちゃんが俺の雇い入れを意識したのはそれが理由だろうから、もっと具体的なものに対してしか求心力はないんじゃないかと思うのだが。
でも一方、田辺さんはやはりくつくつと笑う。
「そうはおっしゃられますが、瞳お嬢様がああ楽しそうにしていらっしゃるのも割合、珍しいので。おそらくは人間性も見ていたかとは思います」
「そんなもんですかね……?」
「まあ確かに、剣一様の外見が女性受けしやすいものであるのも理由の一旦かもしれませんが、あのお方は本来、指導者のようなお方ですので」
「指導者?」
「本人いわく……『王者系女子』とのことです」
「すみません、ちょっと何言ってるかわからないです」
くつくつと笑う田辺さんがどこまで本気で話してるのかはわからないものの、なんだか聞く限りあの瞳ちゃんもまたアクが強そうな性格をしていそうな気がしてきたぞ。
冷や汗とも脂汗ともいえない感じのものが背筋を伝う。
「まあ隠し事をあまりするようなお方ではないので、そのうち剣一様に対してどういうスタンスでいるのかは、お話になられるかと」
「んー、ちなみにですが田辺さんからみて、瞳ちゃんって俺のことどう見てると思います?」
何の気なしに聞いてみると、彼は少し思案するように沈黙。
「…………単にデートされているような印象でした」
「いやいや」
「いえ……、単純比較はできませんが、瞳お嬢さまのご両親の若かりし頃の映像が思い起こされましたね。瞳お嬢さまが、男性に興味を持つというのも中々珍しいことですので」
「今まで彼氏とかいなかったんですか? 瞳ちゃん。普通にモテそうですけど」
「ストライクゾーンが尖りすぎていらっしゃいますね。告白されても蹴っていらっしゃいましたし」
「尖りすぎてるって、なんていうか……、まあ、よくわかりません」
「ええ。私も流石に詳細を伺いはしませんでしたが。ただ観察する限り、性格方面の好みの問題なのかとは思いますので、剣一様はそのあたりで気に入られたかなと」
「今日一日くらいしか会ってない相手ですから、まあ、話半分にしておきます」
「賢明ですな」
くつくつと笑って煙に巻く田辺さんに、少しだけ疲れる。
そして謎が謎を呼ぶ、月邨瞳ちゃんの生態。
今時携帯電話のメールアドレスを渡されたりするのも、不思議と言えば不思議だけど、そういう謎はまぁ、追々知っていくことにしよう。
「とはいえど、事実色々ご迷惑などもあるかと思いますので、お嬢さまをなにとぞ宜しくお願い致します」
「それは、まぁ、こちらこそお願いします」
ともあれそんな流れで月城駅の前で降ろしてもらいもらい(さすがに自宅手前まで送られるのはためらわれた)、とりあえず伸びをする。
ジーンズの左足ポケットから例のトリコロールなストラップもどきを取り出し、本日のことを少し回想す。
そして回想して、さっぱり意味不明だなと改めて現実逃避。
遠い目で、夜だっていうのに続いている駅前の工事を見ていると。
携帯端末に着信が走る――――おや、母さんだ。
「はい、もしもし?」
『あ、やっと繋がった。……剣一、今どこにいるの? 夕ご飯、アンタの分残してるんだけど』
「…………………………………………」
そういえば完全に連絡忘れていたなぁと。
この後の返事含めて、連絡してなかった分のお説教は確定だろう。
実家が飲食店ということもあってか、母さんは食べ物を粗末にしたりするのを嫌うので……、とりあえず少しでも穏便になってもらえるよう、慌てて言い訳を考え始める俺だった。