008.JUMP
難産というわけではなかったものの、色々設定とか能力の調整とかに手間取った感じです;
行っちゃったショートカットの少女のことはともかくとして、俺はとりあえず手に持ったバスタードソード……、大型剣? をふるってみる。
重量は明らかに見た目に反して軽いものの、ぶぉん、ぶぉん、と風切り音めいたものが鳴っているのが気になる。
小さい子供用の、プラスチックかソフビかの剣みたいな軽い音ではなく、それなりの質量をもった物体が振るわれていると考えられるような、重い音だった。
試しに地面に突き刺してみると、それはそれは簡単に深々と刺さってしまう。
普通に刀身の半分くらいまで、ずぶずぶと地面にめり込んでいったのは何なんだこれ……、せいぜい傘で地面をカツカツ叩くくらいの感覚だったのだけれども。
とりあえず引き抜いてみると、ちゃんと地面には剣を刺した跡が残っている。
色々信じがたいことだけど、見た目通りな質量は実際に持っている武器らしい。
「流石にこれを持ってる俺の筋力が上がったわけでもないだろうし、さて、どうしたものか……」
とりあずこっちにぶんぶんと、左右に行ったり来たりするメガネウラもどきがいたので、それに向かって本当に軽く、右手の大剣をふるった。
胴体から真っ二つになり地面に落下。
ギャグ漫画かな?
いや、手ごたえらしきものがほとんどなかったというか……。
「何だろうね、これ……? あ、ちゃんとカウント増えてる」
視界の左下の数は、たった今をもって「14」。
そして数秒もせず、切断されたメガネウラもどきは黒いシルエットになり、ぱらぱらと霧散して消えた。
「今時テレビでも、もうちょっと凝った合成するんじゃないかな。いや……、まあいいや」
でも、確かになるほど、これくらいの感じで簡単にメガネウラもどきを倒せてしまうというのなら、攻撃に対する忌諱感は薄いかもしれない。
というか、ハエタタキとかで虫を殺すような気安さというか。
そう考えるとますます簡単にあの虫もどきを殺せてしまえそうで、自分のこの感覚の転嫁具合にちょっと嫌気を覚えた。
とはいえ、やらなきゃ記憶がなくなると言われてるわけだし。
すべて彼女の言ってることが正しいか、信用するかというのとは別問題として、こういう武器をメガネウラ相手に皆ふるっている現状と、視界の端に表示された数値とは現実問題存在するわけで。
「頑張ろう」
とりあえずそう結論づけて、俺もよりトンボもどきが飛んでいる方に向かった。
さっきの熱風、冷気を含めると、一応、武器でなくとも当たり判定はあるらしい。
そんなわけで、飛び回るのをいちいち追いかけるのも面倒なので、数匹を左手から冷気を放って凍らせて、地面に落ちたのを軽く薙いでいった。
これがまぁ、小さい子供むけのゴルフセットかってくらい面白いように決まる決まる……(氷が割れて虫が倒される)。
とか思っていたら空中からも来て、咄嗟に手の反応が追い付かず。
まあ空中を飛んでるということならと、そいつめがけて上段回転回し蹴りを咄嗟に決める。
ゆらゆらしたところを、大剣で薙ぎ払い、そちらも1ポイント加算。
回し蹴り、今回は着地に失敗せず、上手いこと撃退できた。
そしてポイントもそろそろ三十を超える。
…………まったくもって、この温度操作みたいな能力がけた外れにズルだなと思った。
「な、なんや、それ……!」
ひょっとしてと思って武器の表面に冷気をまとわせてみると、白い煙がほんのり立ち上る。遠距離の射程にはちょっと使いづらいものの、大体切っ先の当たり判定が五十センチくらい伸びた感覚だ。
さっき声をかけてくれていたコートとライダースーツの人が、こっちの手元を見て茫然としていた。
まあ確かに、一歩も動かず腕を振ると、遅れてきた冷気がその先1メートル以内の範囲を凍り付かせるわけだからなぁ。
ありていに言うと、ものすごく作業が楽になっている。
切っ先の判定は五十センチくらいだけど、真価としてはこの冷気の拡張という感じだ。
例えて言うと、毎回毎回意識して狙撃していくイメージである手からの噴射より、こうして武器にまとわせて振るったほうが存外、楽。
作業が効率化するのと共に、どんどんどんどんメガネウラもどきをどうにかするのに慣れていく自分が、ちょっと怖かった。
それと同時に、両手首になんかリング的なのが出来上がったのだけど、なんだろうこれ……?
右手のが赤に光っていて、左手のが青に光っていて。
意識するとレクスドライブとか言わなくても、それぞれ光って熱気とか冷気とかを放つという。
なんだろう、俺の意識に合わせて、能力も効率化していってるのだろうか。
「サボりたいな……、なんか、こう、ストッパーが緩みそう」
カウントが100を超えたあたりで、一度能力を使うのを切った。
と、大剣が黒い煙をあげてシルエットになり消失し、足元にカードが転がった。
表面を見て視ると「待機ターン:3」と書かれている。
「あー、ん? ターンって何かな……。時間?」
「――――行動回数。具体的に言うと、読み込ませる回数のことよ」
「あ、おかっぱちゃん」
「おか……、ヒトミって呼んで。自己紹介とかは後に回すから。えっと――――」
「ケンイチ」
「了解」
後ろから三連ショットガン的な大掛かりな代物を抱えた彼女、ヒトミというらしいけど、が走ってきた。カードを貸して、と言われたのでそのまま言われたとおりに渡す。
と、それをしまい今度は別なカードを手渡してきた。
「…………、ランス?」
「振り回すのなら、剣以外だったらこっちのほうがいいかなって思って。というより貴方、もう討伐数は五十を超えてるんじゃない?」
「あー、うん。ジャスト百」
言いながら再び携帯端末でスキャンして、具現化。
今度は身の丈より少し長いくらいの、やっぱり刃先が変わった形状をした槍だった。
俺の身長から計算すると、ざっくり大体百九十センチくらいか……?
「んー、これだとバットみたいに振り回したほうがいいかな、というか危ないなこれ……。って、どうしたの?」
「ひゃ、ひゃく……?」
ひくひくと左頬が動いていて、なんて言ったらよいだろうか、引きつったような笑みで、困惑してるのか。
冗談じゃないのよね、と確認されたので、武器の先端から冷気を放ち、さっきの要領で五体氷漬け。
足元のそれを倒していくと、茫然としたまま、彼女はこめかみを抑えていた。
「えっと……、まあ、確かにそれならポイント入るのよね……。んー、なんか、うらやましい。私、ようやく四十を超えるか超えないかってところだし」
「あはは、えっと、いや、ズルいよねこれ……」
「別に、そんなこともないんじゃないかしら? 私だって、そういう能力を持っていたら使うし」
ただそうね、と、彼女は少し考えるようなしぐさをして。
「ちょっと、欲が出てきたわ」
「欲?」
「ええ。貴方、私に雇われない?」
雇うと言われても……。
何を言わんとしてるのかがいまいちわかっていない。
こっちの考えが伝わったのか、彼女はカードを取り出して、数枚めくって見せた。
「とりあえず今回、私から提供するものは、これらのカードを貸し出すってこと。正式に登録されてないからあとで登録処理とか必要だと思うけど、そうね……。とりあえず、時給は最低賃金に報酬上乗せって感じでどうかしら。研修期間なし、即採用。表向きの肩書は、私の生活サポートということで」
「え、えーっと、普通にお金にかかわる雇い入れの話なんだ……」
「DVDレンタルでアルバイトしてたみたいだし、お金には困っていると思うのだけれど。条件は結構良いと思うんだけど、どうかしら? 私、これで結構お金持ちだから、普通に支払えるわよ」
「とりあえず、君の言ってることが正しいかどうかはともかくとして――――」
彼女の背後にふよふよしていた虫めがけて、右手から火球を放つ。
……本当、なんでもありだなこの能力。
後方で爆発したそれに驚いた様子も見せず、彼女は俺の目をじっと見ていた。
あんまり言いたくないけど、このヒトミちゃんとやら、かなり可愛いし凛々しいので、そう見つめられると照れてしまう自分がいる。
我ながら色々とヘタレだった。
思わず視線をそらして、続ける。
「現状どちらにしろ、これって連続使用時間に限界があるみたいだし、武器は供給してもらわないと俺も戦えないと。するなら、まあ、いいよ? 協力しても」
「いいのかい? 私以外の相手に借りるって手もあると思うけど」
「いや、なんか、さっき銃撃されたのを除けば、割と君って良い人っぽいし」
「け、結構大物なのね、貴方……」
「?」
ちょっと最後の意味は分からなかったけど、まぁいいや。
とりあえず凍らせるよ、と、槍をふるって群れてる周辺十体くらいを氷漬け。
彼女はそれらを、ショットガンで粉砕していく。
「あ、あと――――」
「何かしら」
「さっき言ってたのが本当だったら、雇い入れは真面目に検討してもらえるとありがたいです、ハイ」
研修期間なしというのと、お給料面どちらも問題なし、とくれば、例のジンクスは打ち破ってる話になるので。
仕事内容については色々と不明だから、条件については後で交渉必要ではあるけれど。
それはともかくとして、現状、次の仕事は欲しいわけで。
そしてあの占いみたいなものの言葉……、普段なら絶対に受けないけれど、これもまぁ何かの縁ということで。
そんな俺の懇願に、彼女は少しだけ悪戯っぽく、ウインクして笑った。
「私、約束を守る女だから。そこは信用してもらって結構よ」
その堂々とした振る舞いは、思わず一目惚れしかねないほどに綺麗だった。
※
成績発表。
新剣一、というか俺、合計百六十二。
おかっぱの彼女、ヒトミちゃん、合計百八。
「なんでこんな煩悩の数になっちゃったのかしら……」
「別に狙ったわけじゃないんだし、いいんじゃない? 人生そんなもんだよ」
「いえ、でもゲン担ぎとかってあるじゃない? ジンクスというか、変な運勢とかになっちゃいそうで」
「あー、それは……、わかる」
「ありがとう」
戦闘中に話していたこともあってか、ヒトミちゃんとは意外と話せるようになった。
というよりも、ヒトミちゃんがあんまり普通の女の子っぽくないというのが原因な気もする。
なんだか妙に男前な態度とか、すごく冷静っぽいところとか。
割とこの年代の女の子って、冷静っぽく見えても感情優先な気もするし。
いや、それはとりあえず置いておいて。
日が暮れるか暮れないかといったあたりの時間帯で、ようやくというか終了の鐘の音が鳴った。
ヒトミちゃんとか、他大勢のスマホから、ジリリリリと目覚まし時計みたいな音が一斉に鳴り響く。
ちょっと鬱陶しいなと思っていると、ヒトミちゃんが画面をタップした。
『――――はいはいはい、どーも! 大会運営でーす! みんなのアイドル、ミライちゃんだよ~♪』
画面に小さい少女の立体映像が映る。
こう、武器が具現化される途中みたいな感じというか、いや、端的に言えばホログラムとかいうアレじゃないかな、SF映画とかでありがちなやつ。
ピンクの頭をした、天使っぽいワンピースを扇情的にアレンジした、こう、胸とか足にスリッドとか入ってる、何とも形容しがたいデザインしてる。
そしてこのミライちゃんというらしい彼女は、妙にテンションが高かった。
『さてさて、みんなどれだけ倒せたかな? って、おっと? 飛び入り参加くんもいるみたいだねぇ。君も登録しておいてあげよう!』
「え、俺?」
ヒトミちゃんのスマホに映し出されていたミライちゃんが、ホログラムだというのに明らかに俺の方を見て指をさした。
次の瞬間、俺の携帯端末にも例の、ベルみたいなりんりんりんみたいな音が鳴り響く。
取り出すと着信の画面みたいな感じなんだけど、ボタンのアイコンがなんか違う。
「押すの?」
「ええ」
首肯するヒトミちゃんに従い、ぽちっとな。
表示されるホログラムは、彼女同様のミライちゃん。
『さて、新規加入の方、よろしくお願いしまーす♪
ではでは結果発表の前に。本日の足切りボーダーを発表しまーす! ドゥルルルルルルルル……、じゃんっ! 五十でした!』
とりあえずはクリア。
あからさまにほっとする俺に「よかったわね……」とヒトミちゃんもほっとしてる様子だった。
……って、あれ? そのよかったっていうのは、自分に対してですかね、俺に対してですかね。
『規定数に満たなかった三十一人の方は、対価として皆様の小学校に入る前の記憶を、30パーセント回収させていただきまーす!』
「ずいぶんざっくばらんとした話するね、この運営……。予選なんだ、これ」
「ええ。まぁ、本選についてはこれっぽっちも情報をくれないんだけど」
『しかし、ご安心ください! 引き続き参加して本選に出場し、決勝トーナメントまで残れば! なんと、失われた皆様の記憶を取り戻すことができます! また決勝トーナメント以降は敗北が記憶の喪失につながりませんので、そこはご安心ください!』
つまり、いったいいつになるか分からないものの俺の雇い入れはヒトミちゃんと俺とが決勝トーナメントに行くまでは続けられるらしい。
「しかし記憶の三十パーセントねぇ……。小学校入る前からってところがアレかな」
「今回は多少、情状酌量の余地があったと見るべきかしら。前回は、最近の記憶から30パーセント奪われるとされたわ」
「最近の記憶からねぇ」
「おかげで世界史の小テストの点数を落としたわ。あれだけ猛勉強していたのに、失策だった……」
「えっと、ヒトミちゃんでいいかな? ヒトミちゃんは勉強できる方なのかな」
「…………なんかバカにされた気分だけど、言いたいことはわかるから不問にするわ。運営の言っている『記憶の回収』っていうのが本当なのか、どれくらい効力があるのかが気になるのよね。はっきり言うけど本当よ。私、これでも成績は推薦とれるくらいは維持しているもの。なのにいきなり五里霧中みたいな状態にされて、惨憺たる結果だったわ」
「なるほどね……」
彼女の言葉の信ぴょう性はおいておいて、話半分にしても記憶の喪失というのはあるらしい。
とすると、もしかすると場合によっては――――俺にとっての、あの映画を見たあたりの記憶が失われる可能性もあるということで。
さすがにそれは許容できないな。
「雇い入れ、真剣に検討お願いします」
「がっつかなくても考えるわ。それより、歩道に行くわよ」
「?」
いまいち意味の分かっていなかったまでも、彼女に手を引かれるまま最寄りの歩道、高架下すぐ手前のところまできた。
「何か意味あるの?」
「内緒。まぁ、最初に見ると驚くわね」
『さて、今回のポイントトップ3を発表します! 第三位、108ポイントで、アナライザーさん!』
「私」
自分に指をさすヒトミちゃん。何かいわゆる、アバターネームというか、そういう感じのものなのだろうか…………。その場合、ひょっとして俺は本名公表されたりしないだろうか。
「設定してない人も多いから、基本これは自己顕示欲以上のものはないわよ」
「あ、そうなんだ」
「別に名前を出す必要もないわけだし」
『第二位! 130ポイントで、二代目ビヨンドさん!』
どこかから「うおっしゃああああい!」というおじさんの叫び声と、ぶんぶん日本刀らしきアレを振り回す姿が見えた。というか、あの人地味に結構稼いでいたんだな……。
ん、て、ちょっと待てよ? 今のところ最大ポイントが130ポイントってことは……。
『では、第一位! ドゥルルルルルルルル……、じゃんっ! 162ポイントで、ネーム未登録の方でした!』
おめでとうございまーす、なんてのんきな声が響く携帯端末に、思わず半笑いというか、頬が引きつっていた。ちなみにヒトミちゃんは「まぁ妥当よね」と納得の表情。マジ? と聞くと、少しだけいたずらっぽく微笑みながらうなづき返してくる……、って、やっぱ普通に可愛いなこの子。
放送は何かそのあとの講評めいたものをミライちゃんとやらが続けているのだけど、それを聞きながらいろいろと確認していく。
「って、いや、マジかよこれ……。いくらなんでも能力がズルすぎないかな、この場合の俺って。明らかに効率が違いすぎるでしょ」
「まぁ、こういうシーンにおいてはそうかもしれないわね。でもウチの執事の調べた範囲じゃ、魔法使いとか、巨大ロボットとかの目撃情報もあるし、意外とそこまでズルではないかもしれないわ」
「それ、本当?」
「ええ。それに何もかもがこうして何かを倒したりするようなルールでもないし」
そもそもレガリアレースという名前そのものが割と意味不明なところはあるので、これについては納得しておこう。
と、そんなことを考えてると、丁度放送が終わったらしい。
『それでは、また次回もふるってご参加ください! ではでは~!』
「耳、塞いどいたほうがいいわよ」
「へ? ――――――」
そしてホログラムのミライちゃんが手を振って、ノイズが走って消えた、次の瞬間。
猛烈な爆音が俺の耳を襲った――――いや、爆音ではない。
数秒も経たずそれらの音は、ごくごく自然にいつも通りという風になじんだ。
音の正体は、環境音、生活音だ。
今更ながらに気付いた、周囲を見渡せば駅前で、バスやらタクシーやらが動いている、
さきほどまで何一つ存在しなかった自転車とかも。
対岸にあるラーメン屋の看板とか店の入り口あたりのとかも、全体的に復活している。
要するに、さっきのメガネウラもどきとたたかい始めるより前の状態に戻っているということだ。
そして――――――。
「――――――っ、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!」
急に音が回復した結果、耳に一気に音が流れ込んだような感じがして、衝撃と錯覚するようなインパクトに猛烈な痛みと耳鳴りとを感じて飛び跳ね、その場に転がり。
隣で耳をふさいでいたヒトミちゃんに、かなり本気で心配された。
次回、説明回でようやく一章終了予定・・・