007.Real-Action
小さいころにやったことで、今思い返すと後悔することっていうのは、たくさんあると思う。
そのうちのひとつが、俺の場合は動物病院ごっこだ。
あれは小学生の頃だったか。
数人の子供たちと一緒に、死にかけている雀を発見した時だ。
もともと先が長くなかったのだろうけれど、俺を含めて集まった子供たちは、それをどうにかしようとして色々やった。
まぁ、本気の本気でどうにかならないかと思っていたのは俺くらいで、他の男子たちは面白半分にやっていたりもしたのかもしれない。
いじめっ子とかは嬉々として、傷口の切開とかしていたような、いなかったような……、いや止めておこう、話がものすごく暗くなってくる。
ともあれぱっと思い出せるのだと、ミミズを探してきてあたえたり、傷になっている個所を縛って血を止めたり。
でも、きっと、俺たちがした無茶のせいで、雀の死ははやまってしまったのだろう。学校から帰ってきてから、夕日が沈む前までに、あれよあれよと雀は死んでしまった。
大半の男友達は「あーあ」とか「仕方ねーよ」とか言ってげらげら笑って。
女の子とかは悲しいとか、可哀そうとか言って泣いて埋めていた。
埋めていたのだけど、数日経ったらけろっと忘れているようだった。
そのことが、その過去が――――言い訳できないくらいに最低なことだと、分別がついて思い返してから気づいたことが。
そのトラウマが今、トンボもどきを凍結させた瞬間に思い出した。
「……っ、ん? ん?」
俺の腕の中で、女子高生がうめく。
眼前、上方では今にもひびが入り、砕け散る直前の氷の結晶。
内部には例の巨大なトンボもどき。
まぁ、次の瞬間には粉々に砕け散って、あたりに氷の粒が跳ねた。
「…………生き物に、振るってしまった……」
明らかに、俺みたいな小市民? 的な人間が手にするにはあまりある、暴力的な力を。
なんらためらいもなく、生物相手に振るってしまったという事実。
これがなんというか、ひどく後味が悪い。
これをしないと女の子を助けられなかったのだとしても、相手がいくらZ級映画みたいに化学薬品とかで巨大化したみたいな巨大生物でも。
だからといって、むやみやたらにこういうことをするというのは……。
いや、なんだろう、別にお風呂場とかに湧くアメンボの親戚みたいな虫とか、ときどき布団に落ちてくる小さい虫とかをティッシュとかでどうこうするっていうのは、特別何も思わないのだけど。
なんだろう、違いと言えば眼前で思いっきり殺害している映像が見えてしまったことだろうか。
それがもし原因だとすると、新剣一という自分はなんというか、直接手を汚してる瞬間が見えなければいくらでも命を奪えそうな、サイコパスに聞こえるから怖い。
いや、聞こえないかもしれないけど、ともあれ暴力を振るうことにためらいがないというのは、それなりに怖いことなのだった。
なんというか、こう、今ので本当にほんの少しだけだけど、何かの一線を超えかけてしまったのじゃないかと、思わなくもない。
と、そんな風に俺が勝手に落ち込んだりしてると、砕けた氷が光を放ち、そして消滅した。
あたかもゲームとかのエフェクトみたいな感じで、光景に現実感がない。
「…………えっと、一体どうしたのかしら? その、マフラーのお兄さん。すごい悲壮な顔をしてるけど」
「え? あ、いや、なんでもない」
大丈夫? と確認しながら、ともかく女の子を起こした。
気絶してるときはやわらかい印象だったんだけど、こうして目をしっかり開いてると、また違った印象を抱く。
凛々しいというか、クールと言うか。
そして、やっぱりこの容姿にはどこか見覚えがあるような気がするような? こう、制服含めて。
「あー、状況がわからないけど、助けてもらったみたいね。ありが――――」「えっと、ひょっとして、トランスフォーマーリベンジを先月借りたりしてた? 未曾木市のG〇〇で」「――――と、って、何かしら、その確認……? 確かに借りてたけど――――」
と、この瞬間、女の子がはっとした顔になる。
たぶん俺も同じような顔をしてるはずだ。
「――――やっぱり、あのニヤニヤして帰った女子高生!」
「――――中二病なアルバイトさん!」
いや待て、何だ中二病なって形容詞は。
「って、べ、別にニヤニヤして帰ってませんでしたから! 何勘違いしてるんですか!」
「いや、まぁ面白いもんね、合体とかしちゃうしアレ。ゴールデンラズベリー賞とかとっちゃってたけど。というか、そっちこそ何で中二病……?」
「怪我してるようでもないのに、首に包帯巻いてるのが中二病でなくて何と……? ほら、今だってそんな、ゼェットっ! って連呼するおじいちゃんの歌手さんみたいなマフラー巻いているじゃない」
「いや、これ普通のマフラーだか。ワイヤー入ってないから、水木さんみたいに後ろになびいた状態で固定されてないから……」
そんなことはおいておいて。
「何これ。ねえ、何?」
「? むしろその反応がよくわからないというか。貴方、参加者じゃないんですか?」
「違うよ」
「えっと、だとするとこの惨状は……」
彼女を座らせた上で、両手から冷気の煙と、炎を吹いて見せる。
案の定というか、目を見開いて意味が解らないという顔をされた。
「な……、な……」
「まあ、この能力以外は普通のフリーターです」
「そんなの、あるわけないでしょ!? この『レガリアレース』だって十分、めちゃくちゃというか、それこそ現実にありえなさそうなものっていうのに!」
「あ、やっぱりこれってば、俺の気が触れてしまってる訳じゃないのね」
「むしろ貴方の能力のほうが、私からすれば気が触れてます……!」
なにそれ超能力? と、しげしげと俺の両腕を見つめて、はっとしたように立ち上がった。
わずかにスカートがひらりと広がったので、視線をそらしておく。
ついでとばかりに立ち上がると、彼女はいぶかしげな眼を俺に向けたまま。
「貴方、レースに参加してなかったってこと……?」
「そのレースっていうのが、すでによくわかんないんだけど……」
「まぁ事情はわからないけど、いいわ。だったら、ほら、はい」
「? 何これ。トレカ?」
手渡されたそれは、トレーディングカードゲームとかにありそうな感じ、ちょっと格好良いデザインをしたもの。
裏面は「DXM」の三文字と、宇宙とか月とかをイメージした絵。
表側は、上半部にカードの名称と絵。
下側の左にQRコードと、右側に英文の説明。
えっと、バスタードソード? と書かれた、奇怪なデザインの剣のカードだった。
文字の表記が英語になってるんで、読みはちょっと自信ない……。
「ここの空中を飛んでる、あのトンボみたいなのを倒さないといけないの。じゃないと、レース終了時に規定数倒していないと、私たちは記憶を奪われる」
「記憶?」
「詳しくは後でいくらでも話すから。それを、スマホとかで読み取って」
どうでもいいけど、この子、俺に敬語使うの止めたな。
いや、本当にどうでもいいけど、彼女も切羽詰まってきたのかもしれない。
言うや否や、彼女もブレザーの内ポケットから取り出したカードを読み込ませる。
と、スマホの画面にカードの絵が3DCGみたいな感じで描画され。
されたものがこう、ふわりと画面から表に出現し。
ぐるぐる回転してサイズが肥大化し、がしゃり、と彼女は当然のように装備した。
「マシンガン……?」
光景は非現実的だというのに、嫌に現実的な武装だった。
「カードを使って出現させた武器じゃないと、倒してもカウントされないの。あなたの視界の端に、カウンターとか表示されてないわよね?」
「カウンターって何さ……」
つまりアレだ。少し古めのFPSの画面みたいな感じだろうか。
正直、FPSは買いはしたけど3D酔いっていうのかな、が激しくて気持ち悪く、いまだに家にあるけどクリアできてない。
さすがにああいうことにはならないだろうけど、さて、どうしたものか。
とりあえず促されるまま、俺もスマホで読み取ってみる。
と、確かに視界の左下に、半透明の小さいウィンドウのようなものが、ぷかぷか浮かんで表示された。
数値は「13」。
「規定数とか言ってたけど、上限が表示されないのか。例えば『13/60』とかみたいに――――って、おわっ」
そっちにばかり気を取られていたせいで、実体化した剣が目の前に振ってきて、地面に刺さった。
眼前数センチもないあたりに振ってきたわけで、流石にびっくりして転び、尻もちをついた。
そのサイズは俺の身の丈よりちょっと小さいものの、百五十センチくらいあるだろうか。
幅広い西洋剣といった感じではあるけど、刀身の幅広さと形状がなんかおかしい。
鳥のくちばしみたいに、少し曲がってるような感じだ。
「見た目よりは軽いはずよ。とりあえず初心者向けってことで、当たり判定が大きな武器を選んだわ」
「初心者向けって何なの……?」
「武器を使う初心者向けってこと、よっ!」
言いながら、彼女は俺の後方めがけてマシンガンのトリガーを引いた。
俺が初めてこの時に知ったことといえば、実際の銃が間近で発砲されるとそれはそれはものすごく煩いってこととか、火薬のにおいがものすごいってことよりも。
銃っていうのは、本当に撃たれた後は人間が反応できないんだって納得させられるだけの、弾丸の速度だった。
「――――――」
恐る恐る背後を振り返ると、そこには地面に散乱しているトンボもどきの死体の山。
全員、もれなくハチの巣ってやつ。
体に弾丸が炸裂しただろう以上の大穴が開いていて。
「意味、わかんないんですけど……!」
自然と敬語になる俺に、彼女は「ご愁傷様」とほほ笑んだ。
「さっき言ってた規定値については、私たちも誰一人知らないの。何体倒せばいいのかはわからない。だからできるだけ多く倒しておかないと、足きりされるかもしれない」
「確かにそうだろうねぇ……」
「ちなみにだけど、あのメガネウラみたいなのも、このマシンガンとかと同じものらしいわ。だから倒しても、命を奪ったこととかにはならない」
「とか言われてもねぇ……。というか、メガネウラ?」
「トンボの祖先で、まあ、ものすごく大きなトンボって認識でいいわ」
「さようですか……」
なんかさっきから、適当な応対しか出来ていないけど、仕方ないと思いたい。
確かに彼女の言っている通り、ボロボロにされたトンボもどきは、しばらく経過するとワイヤーフレームみたいに簡素な光の線になって、姿を消していく。
消していくけど、これってそういう問題じゃない。
「いや、でも、これで倒すっていうか、殺すんでしょ……? まずくない?」
「まずいとは」
「こう、倫理的にというか。例えばだけど、あれが人間の形をしていたとして、それを殺すのに躊躇しないってことは、ないんじゃないかな?」
「ええ――――なるほど。貴方が言いたいことはわかったわ」
言いながらも、彼女はマシンガンを連射し続ける。
と、弾が切れたのかぽいっと捨てて、再びカードを読み込ませる。
今度出てきたのは、コンバットナイフというか、そういう感じの代物だ。
両手剣を出した俺が言うことじゃないけど、どう見ても銃刀法違反です……。
「確かにちょっと、難しい問題ね。虫とか、動物とか相手にも、その命を奪うのに嫌悪感があるっていうことは。正しいことだと思うし、人間的には美徳ね。だけど、こうは考えられないかしら――――」
「おわっ」
俺の目の前に振ってきた、メガネウラだったっけ? メガネウラもどき。
それめがけてナイフを投擲すると、さも当たり前のように頭部を切断し、そして胴体が俺のほうに転がってきた。
眼前数センチ、指をちょっと伸ばせば届いてしまいそうな距離にある、超大型昆虫の体。
はっきり言って、このサイズまで肥大化されると、かなり見ていて気色が悪い。
転がった頭部を、足をたたき落とし、少女は粉砕した。
ちょっとスカートの中が見えてしまったのだが、そんなことは気にしてないように彼女は、俺に手を差し伸べる。
「レースのルール上、メガネウラは参加者たちを襲う習性があるらしい。だとすれば、殺すのに躊躇するってことは、それだけ多くの人や、自分を危険にさらすってことにならない?」
「……参加者ってことは、君たちは望んで、自分の命を危機にさらしてるってことだよね。それは、自己責任っていう見方もできそうだけど」
「でも、貴方はできないんじゃないかしら――――さっき、私を助けてくれたみたいだし」
嗚呼、言われてみれば確かにそうだけど……。
「そして私は同様に、事情はわからないけど、このまま貴方が訳も分からず記憶を失ってしまいそうなのを、見過ごすのは忍びない。だから、貸し借りとかで考えればこれでイーブンってことにならない?」
「…………とりあえず倒せってことだよね。よくわからないけど、倒さないと俺にも不都合があると」
「ええ」
記憶がどうとか言っていたけど、ここまで連続で意味不明な、それこそ映画とか特撮ドラマとかじみた展開が続いたのだ。
俺の中にある現実感に対して、すでにいくらか上書きされてしまっている状態である。
ただ、目の前で起きたことを素直に受け入れるのもまた現実ではある。
この場合は、受け入れないとどうも健常なまま自宅に帰れないらしい。
――――――だったら、やろう。
こんなところでどうこうされて、俳優になれないなんて、意味が解らないし、認められない。
というか認めたくない。
彼女の手を取り、立ち上がり、俺はバスタードソードとやらを地面から抜いた。
「おー……。いや、これ軽すぎない?」
重量については、プラスチック製の中身が空洞なおもちゃみたいな軽さだ。
片手でブンブン振り回せるくらいの重量の感。
「そんなものよ。でも実際に攻撃に使えば、ちゃんとダメージは通るわ。じゃなかったら私も、対戦車ライフルとか使えないし――――」
「って、ちょっと待って。そうだった、さっき俺めがけて連射してたのって君だよね? たぶん、メガネウラめがけてだったんだろうけど」
「えっ――――――」
数秒、俺と彼女の時間が止まるも。
「……その話は後で、いくらでも謝ってあげるから。まずはちゃんと倒しましょう」
それだけ言うと、なんだかバツが悪そうにしながら、彼女は俺から離れていった。
※女の子が剣一めがけて銃撃してたのには、一応理由があります