006.Destiny's Play
見ず知らずの相手から、素性というか、趣味趣向を言い当てられる。
挙動を見る限り何かの占いとかなんだろうけど、ああいうのに共通した曖昧さを完全に省いた、明確な言い回しによる断定がそこには含まれていた。
さて、そんなことを言われた俺としては、端的に言って気持ちが悪いのだ。
「いや、まぁなんか超能力とかも与えてくる女の子とかいたし、今更不可思議でもないんだろうけどねぇ……」
それにしても、何というか、自分の中のリアリティの線引きが崩れている昨今だった。
いやいや、まず超能力を得たっていうそれ自体が既に意味不明だし。
おまけにあんな風に、本物の霊能力? 的な占いとかする人もいるし。
あれ、この世界ってそんな面白おかしい、愉快な世界だったっけ。
それこそ将来的に、VR世界が構築されて、そこで俺たちみんな、なりたい何かになってやりたこと全部オアシスで出来るようになるとか。
さすがにそこまで現実感が希薄にはなってないけど、あれれ、現実だけが唯一リアルだっていう、基本的な前提が………………。
まぁ平成が無事? 終わって、仮面ライダーもウルトラマンも新しいのがやっているとか、卑近な話題を思い出せばまだ現実に返っては来られるのだけど。
しかし、占いか。人生の岐路か…………。
「飛び込むって、んー、あの映画に倣えば女の子相手に一歩踏み込むっていう感じかな」
とはいえど、まず女の子と縁がそもそもない。
兄妹がいたので決して苦手ということはないのだけど、母親が結構お硬い性格のため、まあ俺もその影響を受けてかそうそう軟派には育ってない。
そんなキャラクターをわかってか、クラスメイトや友達からは合コンとかの誘いもない(まぁ、こればっかりは、相手がモテないか俺がいると邪魔だからという可能性も否定できない)。
妹の手を借りれば何とかなりそうだけど、安定した収入なり貯蓄なりがない状態でそういうのに手を出すような気はあんまりしない。
そのうえで何かあると言うと、違和感がすごい。
すごいが、とりあえず空腹ということで…………。
「おやつ、何食べようかな…………。とりあえず自販機」
駅近くのスーパー横に設置されている自動販売機から、ミルクセーキーを購入。
「って、熱っ! いやいや、ホットかよこの季節に」
いや、これから夏本番! って時期だから、てっきり冷たい液体かと思いきや、だ。
まさかホット味のミルクセーキ入ってるとは、ちょっと予想だにしなかった。
叫びながら、ショルダーバッグからハンカチを取り出して覆い、足早に隅っこまで移動。
おんなじ場所に立っていると邪魔になるだろうからということで、場所を移した。
まぁ、そうは言っても周囲を見渡したところで人影一つないので、邪魔にはならないとは思うけれど。
…………って、あれ? 夕方のこの時間帯、駅前のこのスーパーって結構混んでるはずじゃなかったっけ? 主に主婦層とかで。
自転車が一つも止まってないし。
というか、道路も車一つ走ってないし。
なんだこれ…………?
「ドラえもんに、世界が自分一人だけになるみたいな話があったけど…………。いやいや、まさかだな。そこまでこの世界、面白おかしい現実にはなってないだろ」
まぁたまたまだろうと納得して、キャップを開けて一口飲む。
うん無理だ、こりゃ普通に飲んだら汗ダクダクだ。
「こういう時にあのストラップがあれば、まぁ使えるんだろうけどねぇ…………。レクスドライブ、だったっけ?」
そしてそう言った瞬間、左手、缶を持っているハンカチが凍り付いた。
「………………あ゛ん?」
呆けること数秒、思わず俺は二度見して、手元を凝視した。
缶そのものをつついてみると、熱量そのものはかわっていない。
かわっていなかったけど、それでも周囲が一気に冷えたせいか、徐々に徐々に温度が下がっているのがわかるような、わからないような。
というか、ちょっと待って、今なんで能力が発動した。
あ、なんか通りがかりのサラリーマンみたいな人が、俺を見てるのか見てないのか、どっかに電話をかけている。
さっきの誰も居ないような、というのは、やはり錯覚だったんだろう。
まあ電話をかけた後、そそくさと走り去っていくのは何だか勤め人の哀愁みたいなのをさそっていた。
「うわっ、凍ったハンカチが掌こびりついてやがる、痛い……、って、あれ?」
そして凍った時の感触でごまかされていたのか。
俺の左の中指には見覚えのあるトリコロールカラーのストラップが引っかかっていた。
一応、回想しておくけど、俺はこれを自宅の机の棚、奥深くに封印している。
まかり間違っても、普段から持ち歩くような代物じゃないという認識だ。
そういうわけで、この値付けが手元にあるというのがそもそも異常現象というか、ちょっとしたホラーなわけで……。
「何これ、あれ、呪いのアイテムか何か? 俺が欲しいとか思ったら勝手に出てくる感じなのかい?」
何とも言えない気持ち悪さを感じつつ、俺はスーパーの一般ごみのゴミ箱に落とした。
いくら貰い物と言えどこれはちょっと拒否願いたい。
いや、こう、何だろうね、実際本物の神様か何かな可能性もなくはないんだけどさ、あの女の子。
そうは言ってもこっちの正気を削るのは止めてほしい。
呪いのアイテムとかだったら、この程度ではまた再び俺の手元に帰ってくる可能性は高いのだけど、そのあたりは現実のリアリティに期待したい。
物を捨てたらそれまでだという、当たり前の事象に期待したい…………!
……まぁ結果として、凍ったハンカチが解けて、ミルクセーキが生ぬるいくらいにはなったりという恩恵はあったけど。
缶を一気飲みして、自動販売機横にあるダストボックスに入れ――――――――。
次の瞬間、俺の真横の自動販売機が、猛烈な勢いで爆発した。
※
「あー、ん? って、いやいやちょっと待っておかしいからこれっ」
絶叫しながらも走る俺。
爆発した自動販売機にぶっ飛ばされて転がったところ、さらにその周囲が爆発した。
いや、爆発したじゃない。
あれは何か、こう、戦車の弾丸か何かぶち込まれているとしか説明できない穴が開いていた。
っていうか、気のせいじゃなきゃアレ、俺を狙って撃たれてるよね!?
「やっててよかった日課の回転回し蹴り、足腰が意外と鍛えられて――――――って、そういう次元の問題じゃないでしょーが、これっ!」
俺の走る速度に対して、相手も弾丸を装填する時間があるのか、ラグはおおよそ五秒か六秒。
その間で俺の移動できる距離はたかが知れてる、全力疾走なんてしてたらそもそもあっという間に体力が尽きて、その場でオダブツだ、
そんな訳で、俺の背後すれすれのあたりで毎回毎回爆発というか、巨大な弾丸が放り込まれる状況が続く。
「いつから東京都月城市は、2045年のオハイオ州コロンバスになったんですかねぇ、ええ!? IOIに狙われる筋合いとか全然ないんですけどぉぉおおおおお!」
スーパー手前を突破して、ファミレス、通学路、ラーメン屋と駅前を転々とめぐる。
嗚呼なんというか、見知った場所がどんどん破壊されていくこの光景は、なんというか、やっちまった感がすごい。
「冷やし中華はじめました」の看板の破片が目の前を舞う。
振り返らないけど、店舗事態も結構被害を受けてることだろう。
あそこのラーメン屋、高校時代に友達と何度か食べに行ったよなぁ…………。
一緒に最近のドラマとかアイドルとか話したり…………。
色々と、キャパオーバーな気分だった。
とはいえど、人影一つ見当たらないのが救いと言えば救いなのだろうか。
っていうか、電車すら通っていないんじゃないだろうか、駅すぐ手前のあたりまで来ても高所で線路がきしんだりする音一つ聞こえない。
一体何がどうしたもんか、この状況。
と、背中に何か羽音のようなものを感じる。
「ッ」
虫か何かか、と思い手で払うと、三十センチ大くらいのサイズ感だろうか。
大きなトンボめいた昆虫っぽいのが、俺の顔の左横を通過した。
俺の足の速度より明らかに早いそれ。
そして弾丸は、俺よりもどうやらそちらを狙っているらしい。
「なにこれ?」
とりあえず走らないで済んだ、だろうか。
肩で息をしながら、俺はその場にへたり込む。
全力疾走で持久走めいた速度を強いられていたので、正直辛い。
ひざがものすっごい笑ってる。
とりあえず銃撃がこちらに来なくなったことに安堵のため息をつくも、しかしそのまま足腰の力が抜けて転んでしまう俺だった。
別に、そんなに運動不足というわけでもないのだけれど、常日頃から走ったりしてる訳じゃないので、まぁこんなものだろう。
「――――――――ィヤッ」
そしてどこからともなく、野太い叫び声が聞こえる。
ちらりと視線を振ると、その先にはこう、恰好良い? 服装とかをしたおっさんがいた。
顎髭たくましく、ダンディズム溢れる容姿。
茶色いコート、黒いライダースーツ姿のすらっとしたシルエット。
そんな男性は、身の丈くらいはあるだろう巨大な日本刀を振り回しながら、例のトンボみたいなのを負っていた。
さっき俺の背中から出てきたやつとは別のそれ。
おっさんは、大ぶりなそれに見合うくらいの、ややゆっくりとした速度で武器を振り回す。
が、当然その低速にぶつかるようなトンボもどきではない。
ひゅんひゅんと、左右にゆれながら斬撃をひらりひらりと躱していた。
「――――っ、さすがに斬られてはくれんか。ぬぅ、困ったのぉ」
日本刀を担いだ彼は、俺を見て「そっちも頑張れよ」とだけ声をかけて、あらぬ方向に飛び去ったトンボもどきを追いかけた。
「何を頑張れって言うんですかい」
空をみれば、そう、さっきまで気が付かなかったのが嘘のように、大量のトンボもどきの姿。
一体何なんだろこれ。
俺が何か深刻な脳の病気にでもかかってしまったかか、さっき飲んだ缶飲料に得体のしれない薬でも仕込まれていたか。
どちらにせよ正常な判断が下せる状況にはないだろう。
状況の意味不明さとは裏腹に、ひざがずっと笑っているこの痛みが、俺に容赦なくこれが現実の出来事であると教えてくれる。
これが現実の出来事だとするなら、どこかにマジで解説書とかがないものだろうか……。
混乱する思考の中で見上げていた空に、再び炸裂弾が撃ち込まれる。
ぼんやりと見ながら、嗚呼、あれって一人一つ倒せばいいやつじゃないんだなー、とか、やっぱりわけのわからない感想を抱いた。
「っていうか、あの戦車ライフル? みたいなやつ、やっぱりあの虫モドキ狙ってるんだな。ふぅん……、って、ちょっと待って! いやいやいや!」
トンボもどきが結集し始めたかと思うと、一瞬でさらに巨大な、それこそ怪獣めいたビジュアルのトンボもどきに変貌した。
いやいや、ちょっと待てそれはおかしい。
いくらなんでも、そこまで現実っていうのはめちゃくちゃなもじょじゃないだろ。
こう、まずトンボもどきが結集するっていうのもアレだけど、合体して一つの巨大な生命体になるっていうのも色々ダメだろ。
ムカデ人間(※注意:視聴おすすめはしません。汚ねぇです)ってホラーでも、もうちょっと論理的な施術を経て一体の生命体に変貌してるから。
ちょっと、現実が、この新剣一という人間のキャパシティを超えすぎている。
あれよあれよという間に、巨大トンボもどきは、勢いよくどこかへと向かっていく。
たぶん、自分を銃撃していた方向めがけて何だろう。
ちなみに移動速度は、そこまで早くない。
胴体が大きくなりすぎているからか、特撮映画とかでありがちな怪獣の着ぐるみが動くくらいの速度だった。
「おぉ、ボスっぽい感じになったのぉ。あのお嬢ちゃん大丈夫かいな……。ま、関係あらへんけど」
さっきのダンディな恰好のおっさんが、他人事のようにぽろりと溢した言葉。
それを聞いて、なんとなーく俺は嫌な予想というか、イメージが沸き立った。
「お嬢ちゃん?」
「せやで、そこの兄さん。なんや、ものすっごくえらっそーなJKじゃったなぁ」
どうやら先ほど、徹甲弾っぽいやつをぶち込んできていたのは女子高生らしい。
女子高生がそんな物騒なものを振り回しているこの現実……。
現実って意外と末法な世界なのだろうか。
とにかく、変な感想が大量に出てくるくらいに、俺は混乱していた。
ただ、混乱していたが、それどころじゃない。
あの弾丸がまたトンボもどきにぶち込まれているのは見えたのだけど、どうも今回はダメージをさほど受けていないように見える。
撃墜されず、トンボもどきは駅の上めがけて体当たりをしかけた。
地上3階くらいの高さにあるプラットホームが崩れ、そこから驚愕の表情を浮かべて落下する、おかっぱ頭の――――。
「いや、あれさすがに死ぬだろ!?」
救急車! 救急車呼ばないと!
そんなことを叫びながら駆け出す俺に、背後から「兄さん変わっとるのぉ」と面白そうな声が聞こえる。
聞こえるけど、彼は俺を追うことはせず、自分の周囲を飛行するトンボもどきに切りかかっている。
まあ俺もそんな彼のことは気にせず走る。
道中、ちらほらとあのおっさんみたいに、何人かが手に武器のようなものをもって、トンボもどきを蹴散らしている。
これは一体何なのだろうか。
もし俺の頭が狂った結果見えている光景がこれだとするなら、一体現実では何が起こっている光景なのだろう。
色々と疑問はつきないけど、それでも条件反射で俺は走り出した。
女の子は既に地面に叩きつけられ、数バウンド。
駆け寄ってみれば、少なくとも表面上に血が出たりとか、傷があったりはしないようだった。
全身を見る。
ブレザー制服におかっぱ頭。
さっきプラットホームから落ちるのを見たのだけど、近場で見ると、何と言うか、見覚えのある顔だ。
顔立ちは可愛いらしい。
頬を少し擦りむいたのか、赤くなっている。
眉間には皺が寄っていて、何だかうなされていそうだ。
ともあれ何か応急処置をしないといけないのだけど、えっと、何かあったっけこういうのは……、嗚呼こんなことなら、医療ドラマとかその類の映画とかもみておくんだった――――――!
『――――――――――――――――』
「あっ」
辺りを見回して移動できる場所を探していると、トンボもどきはこちら目掛けて向かってくるのが、スローモーションで見えた。
何故スローモーションかといえば、それは、たぶん俺の体感時間だけが加速されているからだ。
実際の時間は、数秒も経っていないことだろう。
なのに思考だけが回ってるのが自覚としてわかる。
レース映画か何かのシーンで、空中に車体が投げ出された時、つまり臨死の際に世界の動きがスローモーションで見えるというのがあった。
嗚呼これがそれか、と、今俺が見ている光景を前に、なんとなく思った。
現実感が薄い。薄いけど、しかしこの頭の中の動きに反して体のなんと不自由なことだろうか。
その異様な窮屈さと言うか、そのおかげで俺のこの身体が感じているそれは、現実世界のそれなのだと認識をしっかり改めた。
そして、――――怒った。
ふざけるんじゃないと。
こんな訳の分かんないことで命を落としてなるものかと。
咄嗟に、それこそ無意識、反射的に、俺は彼女を抱えていない方の左腕を掲げ。
「レクスドライブ――――砕けろ」
マキナというあの少女からもらった能力を、何一つためらうことなく発動した。
それが決定的に、俺の今の倫理観を破壊するともしらずに。
トンボについては一瞬メガギラスのようにと書こうとしましたが、流石に自重しました;