004.風になる
結論から言えば錯覚とかじゃなかった。
あのストラップめいたナニカを持った状態で、レクスドライブだったか、そうつぶやく。
するとあら不思議、右手からは火が、左手からは氷が!
いや、とか言いはしたけど厳密には違った。
能力の危険性を認識したうえで、お風呂場でシャワーを浴びながらとりあえず実験してみたのだけれど、どうも実際のところは、火とか氷とかが能力のメインではないらしい。
とりあえず意識的に右手のみに集中して発動すれば、左手の冷気はなし。
逆もまたしかり。
そして場所が場所であるせいか、意識的にその威力が抑えられた状態で放たれると。
こう、なんというか、ほんのり赤というか橙というか、そんな感じに光っているというのが正解か。
反対に左手でやると、青というか水色というか、そんな感じに光る。
ちなみにそれぞれの威力は、右なら水を沸騰しない程度のお湯に変えるくらい。対して左は軽く水の表面が凍るか凍らないかくらい。
ちなみに射程距離はなし。
手が接触しているものに対して、断続的に、あるいは加速的に発動するような能力らしい。
これを見て真っ先に思ったのは、ああなるほど、確かにこれなら簡単にカップラーメン作れるわ、という感じの、小学生並みの感想だった。
そしてまた、なんとも取り扱いが面倒くさい能力だなとも。
「まあコップがカチコチになったり、熔けたりしないのは助かるけど」
自室、コーヒーをアイスやホットにしたり行ったり来たりさせている最中で感じたこととして、威力調整については特に問題がないというか、無意識的に、突発的に能力を発動したりしない限り、火を噴いたりはしないということだ。
正直本当に、俺のさじかげん一つ。
しかもかなりいい加減な、それこそ「溶かす!」とか「凍らせる!」とか「燃やす!」とか思ったら、その通りに発動する具合だ。
便利と言えば便利だが、ちょっとしたバランスが崩れるだけで何がおこるかわかったもんじゃない。
ものを加熱してる最中で、くしゃみ一発でもしてみろ。
絶対に匙加減間違えて黒焦げにする気がする。
冷たいほうだって似たようなものだろう。
結論を言えば、とりあえず机の奥というか、思春期男児特有の隠し場所に封印決定だ。
せっかくもらった超能力だが、使いこなすのにかなりのピーキーさというか、リスクを伴う類のもの。
なおかつ本人はそれを自覚し辛く、威力はそこそこ大きい。
こんなもの、一般人が持っていて良い代物じゃない。
今度、何かの機会に遭遇でもしたら返却することを胸に秘めて、俺は風呂上り、机を閉じて合掌。
アイスコーヒーと化したそれを飲み干してから、日課の空中回転回し蹴りのトレーニングを何度か繰り返す。
空中回転回し蹴りだ。
なんでそんなものを日課に、と思うかもしれないけど、レンタルビデオ店でバイトするようになってから最初に見た子供向けヒーロー番組の変身シーンで、あれだけ華麗に回転して蹴って変身されたら、憧れの一つや二つ抱いても仕方あるまい。
慣れるまでは股関節が毎日悲鳴を上げていたけど、最近では違和感なく、体の回転速度とかポージングにも気を配れるくらいには上達してきていた。
「~♪、~♪」
特に理由もなく、猫が恩返ししてくれそうな主題歌を鼻歌で歌いながら、リズミニカルにぐるぐる回る。
そろそろ夏場に入り始めている時期なこともあって、動くとじんわり汗をかいてくる。
せっかく風呂に入ったのにというのもあったけど、まあ日課なのであと何回かくらいは続けよう。
とかなんとか、油断していたのが色々とアレだったのかもしれない。
あるいは鼻歌がサビのラストにかかった瞬間、歌詞にあるクチビルってフレーズから、昼間遭遇したあのマキナって子の顔が脳裏を過ったからかもしれない。
いや、というか、ふんわりやわらかな感触というか。
文字通りクチビルの感触というか。
「――――――――ッ! ッ! 、」
そんな煩悩許しませんという、どこかからの啓示なのか何なのか。
気をとられていたせいもあって、着地に失敗。
軸に使っていた左足を、ぐきっとヤっちゃったぜ!
全体重が不自然にかかった状態で、不自然な角度で折れてその場に倒れる。
どしん、という揺れと共に、悶絶し女々しい悲鳴を上げる俺。
要するに……。
「へ、へ、ヘルプ……! っていうか、いや、ガチだからこれ、ガチでこれ痛いから……!」
ひびは入ってないだろうけど、けっこう重症である。
痛みに悲鳴を上げるとともに、普段滅多にしないミスに困惑。
何故だ、何故失敗した。
そんなに女の子との接触は、俺には刺激的すぎたのか?
まあ、幼少期に妹からされてたのを除けば事実、初ちゅーではあったけど。
いやいや、それでもこんなに動揺するものだろうか、ちょっと純すぎやしないだろうか自分。
あるいは単にむっつりなだけか。
「…………どったの、お兄ちゃん。ゾンビみたいな声出してるけど」
こっちの様子に気づいて、扉を開けたのは妹の鞘花だった。
片足を抱えて悶絶してる半裸の兄を前に、大笑いをこらえるような、あるいは苦笑いしてるような、微妙な表情を浮かべる。
小さいころから、割と俺が無茶してこういう酷い光景を目の当たりにすることが多かった我が妹。
対処というか、対応方法は心得ている。
ちょっと待っててー、と言って部屋の前を離れると、しばらくして救急箱片手に帰ってきた。
「足? テーピングするから出して、ほら。痛いのは落ち着いた?」
「ま、まだ感覚が、ぴくぴくする……!」
「ちょっと何言ってるかわかんないですね」
「なんで!?」
「あははははははははははっ、言いたいニュアンスは解るけど、文章としてはおかしいし。……でも、こう、本当、まったく風になる余地のない余裕のなさだよね」
ほっといてくれ。
楽し気に笑いながら足を固定してくれる妹。
やけに手慣れているのは毎度毎度、俺がこうしてダメージを負うからとかじゃなくて、中学生時代に彼女がフットサルをやっていたからだ。
こういった怪我とかは、割と慣れっこちゃんなのだ。
「ぐーるーぐるー、ぐるぐるー♪ ……よしっ、こんなものでどうでしょう!」
「あ、ありがと……」
頭を撫でると、いつものようにあははははと楽しそうに笑う妹。
こういう仕草はなんというか、小さいころから変わっていない。
たぶんこう、可愛い妹っていうキャラクターを演じてるのもあるんだろうけど、それだけでもないじゃれあいだ。
俺たちは実際の兄妹にしては妙に仲が良い。
母親いわく、双子の男女というと、仲が良いか悪いか両極端になりやすいとか言う。
仲は良いほうだけど、そこまでべったりしてるつもりもない。
ないのだけど、こういう小さい子供っぽい反応を、妹は好んでよくするのだった。
まったく可愛い妹ちゃんである。
…………もっともこう思えるのは、基本的に四六時中、お互いがお互いに興味が発生するまで無干渉を貫き通す距離感だっていうのも大きいかもしれないけど。
だから、本当に仲の良い友達感覚というのが一番近い。
「どしたのお兄ちゃん、名状しがたい顔してるけど」
「全くどんな顔してるか伝わってこないな」
「喜怒哀楽がないまぜになったような感じ? こう、色々考えて表情がころころ変わるっていうじゃん。あれが、一つの顔の上に全部出てるみたいな」
「………………何だよ、そのコラージュ的なの」
「そんな変な顔してると、変なとこに皺できるよ? お兄ちゃん顔は可愛い方なんだから、気を付けないと。あはははははははっ」
まあ双子ということで、俺のことをそう形容する彼女の顔も、確かに可愛いとは思う。
ころころ子供っぽく笑うことによって、母親譲りの目つきの鋭さも多少緩和される。
髪は俺よりちょっと長めで、ぽんぽん跳ねず落ち着きがある気がする。
体の起伏は、パジャマ越しで分からない程度なのであまり宜しくはないけど、ガタイが良いとかではなくすらっとしてる。
これで性格も社交性が高いしで、クラスに居たらまぁ普通にモテるだろう。
実際、高校卒業の時は何人か告白されている。
わざわざ我が家の店にまで来て告白する勇気を持ったクラスメイトまでいたのには、内心でちょっと敬礼。
その彼は切羽詰まった様子でプロポーズまでかましたので、さらに心の中で敬礼した。
もっともこの妹ちゃん、いつも通りにこにこ笑いながら「ごめん、そういうの無理!」って感じの返事しかしないのだけど。
母親の前職が公務員だったりしたせいか、そういうのはちゃんとお金を稼げるようになってから、という古風な考え方の家庭である。
それにしては断り方がえげつな過ぎるけど……、まあそれで諦めずに「認められるような男になる!」と奮起する後輩君は、もうさらに敬礼しっぱなし。
義理の弟になるかもしれない彼に対して、ちょっとだけ今から楽しみな俺であった。
そんな余談はおいておいて。
「お兄ちゃん、次のバイト先決めたの?」
「クビになって直後とか、そこまではまだ準備できてないって……。いくつも掛け持ち出来る感じでもまだないし。まあ、実家の手伝いしなきゃならないよりはマシだけど」
「あははははははははははっ、気持ちはわかる。お母さん、子供相手でも物言い容赦ないからねー」
「でもまぁ、早いうちには決めないといけないかなーとは思うけどね」
一度、無職というか、半ニート状態にさらされた結果。
自分はこの空間にいると、あっという間にダメになると確信してしまったのだ。
それはもう、ものすごい勢いで精神が解けるような、そんな感覚が全身に走ったあの時である。
いかんいかんと奮起する意味もこめて、再び、俺の人生を変えたあの映画をかけて復活はしたけど。
「うん。やっぱりそういうお兄ちゃんは大好きだよ」
「そういうの、妹に言われてもあんま嬉しくない………………」
「あははははははははははっ、だけどさ、やっぱりお兄ちゃんってば、諦めるより夢を見る方が性に合ってるよ。グレートポニーじゃないけど。実際、楽しそうだし、昔よりも明るくなってるよ」
「そうかい?」
「そうだよ!」
グレートポニーが何を指しているかはわからなかったけど、とりあえず妹が励まそうとしてくれていることは伝わった。
「去年のワールドカップの録画あるけど、見る?」
「対して興味ないってば、そいういうの」
「面白いのに……。あ、じゃあお兄ちゃんのいっつも見てるアレ、みようよ!」
楽しげに笑いながらゲーム機と画面をいじりはじめる妹。
にこにこ笑いながらディスクを装填する。
画面に表示される会社ロゴの後、例によって流れ始めるヴァン・ヘイレン。
音量を上げて、曲に合わせてズームアップされる縦方向に積まれた建物群を見て、ぎょええええ、と感嘆の声を上げる妹。
「やっぱり日本国憲法って大事だと思うよ? 戦争はもう嫌だ、理想的な国を作ろうって意志に燃えたから、ああいう憲法になったんだし、それが今の国の根幹を作ったんだから。理知的に、品性をもって接することが出来るのって、間違いなくそのせいだと思うよ、あははははははははははっ」
「今のどこにそういう要素があったのかな…………?」
「あ、すごい! え、え、え、ナニコレ、この、映像? すごい! あははははははははははっ」
「まあもともと3Ⅾ版も上映してたからね、この映画――――」
「っていうか、これ、主役の声どっかで聞いたことあるような……。吹き替えのこれ、なんだっけ……、がっちゃ!」
一人で見てるときは、ひたすらじっくり見る映画となるのだけれど。
妹と一緒にみると、こうしてわいのわいのと騒がしい感じになって。
意外とそれは不快ではなく、そして一人で見てる時よりも、いっそう気分は明るくなっていき。
少なくとも、この元気な、元気をくれるような妹ちゃんに恥じないような、そんな兄貴にはならねばと、俺は奮起するのだった。
※
同業他種。
というか、まあ結局、別な母体のレンタルビデオ店に入りなおした。
まあ戦略的な話という訳じゃないけど、俺が辞めてから1月であのビデオ店がつぶれたこともあり、斎藤店長に対する義理を意識する必要がちょっと低くなったのも理由の一つだろうか。
一応、前の職場でつけていた技能を多少なりとも生かすことができるか、という期待もあったりなかったりした。
「洋画のトランスフォーマーですね。少々お待ちください――――」
スピルバーグ関係の映画だったら大体無敵と化してる俺だけど、前の職場と違うこともいくつかある。
一つは会員登録とか、手続き関係の処理について。
こっちの方がより店のチェーンの規模が大きかったり、サービスやらなにやら色々やっているせいもあるのだろう。
単純に言って覚える内容とか、色々増えまくっている。
前やっていた以上に細かい部分に気を配ったり配らなかったりで、覚え直しがちょっとし辛い。
また、一つは店の性質がちょっと違うということだろうか。
斎藤さんのあの店は、どういったらいいか、なんとなく家族っぽいわきあいあいさというか、そういうのがいくらか残ってはいたのだけど。
こっちのお店はこう、自分から覚えていけっていうスタンスというか。
前の職歴のせいもちょっとはあるかもしれないけど、それにしたってもうちょっと、人数多いんだからフォローアップがあってもいいんじゃないかと、思わなくもない。
お店の配置とか、ディスクの取り扱いとかについては特に問題はないのだけれど。
だからこそ、その分こっちの気づかないミスとかが出たときに、叱責の仕方が妙に強いというか。
こっちの、白倉町店長が妙にかりかりしてるのも理由の一つかもしれない。
他にも色々言いたいこととか、あるにはあるけど、でも決して悪いことばかりじゃない。
「あっ――――」
「どうしました?」
「……、いえ、なんでもありません。またのご来店をお待ちしております」
他の人にはあんまり理解されない感覚かもしれないけど。
自分のお気に入りの映画とかが、人に借りられるのはなんだか、ちょっと嬉しい。
おかっぱ頭の、ちょっとクールな感じの、高校生ちゃんだろうか……? 俺からディスクの入った袋を受け取って、ニヤニヤしながら店を出ていく、その様子。
手に取ったその映画について想いを馳せて、にやにやしてしまうその気持ち、すごくわかる。
そういう共感みたいなのは楽しかったりする。
楽しかったりはするのだけど――――――。
オーディションとか、そういう手段も色々探さないとなと、俺自身の本分を忘れてはいけない。
アルバイトはとりあえず真面目にはやるのだけど、頬を叩いて、俺は改めて気合を入れた。
行きすぎた力は人を不幸になんとやらスタンス
次回あたりから、能力バトルっぽい話も出てきたり予定