003.I WANT YOU BACK
小さいころに夢に見た出来事っていうのは、今でもよく覚えているものだと思う。
それが俺の場合は、小学生時代に事故にあった時に見たものだ。
当時の記憶は今でも曖昧で、そこの記憶だけが中途半端に抜けているという感じだ。
ただ、俺の目に映った光景が間違いないなら――――間違いなく俺の首は宙を舞っていた。
自転車に乗っていた俺の胴体を、頭が見下ろしていたのがなんとなく記憶の隅に残っている。
ならばなんで今、生きているのかと言われるが、まあ、だからそれが夢だったんだろうということだ。
そして、その首が飛んだっていう俺の認識と、現実に肉体がつながっているっていう事実と、整合性を取らせるためなんだろう。
その後、俺は夢を見たのだ。
三途の川とかじゃない。
そこは、端的に言うとUFOの中だった。
………………外から見てる訳でもないのに、そこがUFOの中だって理解できるのは、明らかにおかしいんだけど、まあそこは夢の中だからってことで。
そこには、白いタキシードを着用した、一つ目の、金髪の宇宙人がいた。
耳が異様に尖っていて、頭にハットをかぶっていて、ちょっとおしゃれな雰囲気で。
全く顔の筋肉一つ動かすこともできず、ロクに何も考えられていなかった俺に、彼は微笑んだ。
『君のお父さんお母さんとは、ちょっと縁があるからね。このまま死なせてしまうのも忍びない』
そんなことを言いながら、ぴこぴこと、かなり古いSF映画とかに出てきそうな、ごてごてとした巨大なマシンを俺の首にかけて、気が付くと俺は病室ではね起きた。
母さんの知り合いのお医者さんに掛かって一命をとりとめたらしいのだが、そのあたりの話はよく覚えてない。ただ首に負荷がかかったのは事実らしく、一帯に黒い、まるで首輪か何かのようなラインが走ることとなった。
そんな与太話を適当な風にきかせると、マキナを名乗った少女は意味深げに頷いて聞いていた。
「なるほど、ね。うむ。中々参考になる話だった」
「何が?」
「いや、与太話だよ。宇宙というか、世界は広いな! ということだ」
「ちょっと何言ってるか分からないですね」
「うむ、うむ。それで良いだろう。わざわざ意味もなく、狂人の道を走る必要もあるまい」
こっちにさっぱり理解できないことを言いつつ、マキナというらしい彼女は、俺のことを覗き込んでくる。
見た目、俺より1、2歳くらい年下に見える少女ではあるが、普通に容姿は綺麗なのでドギマギして顔を合わせられない。
これで緊張しないほど女慣れしていない、硬派と言うにはヘタレな俺であった。
しばらくすると、唐突に。
「……目元は母親、顔立ちは父親に似ていると言われるのではないか?」
「あー、ん? あ、うん、確かに母さんはそう言うけど、なんで……」
「なんとなく、だ。なんとなくだが、少しだけ私は嬉しい。そうだね。君という人間に、その存在に敬意を表し、せっかくだから、何かお礼をしようかと思う」
なぜか心の底から楽しそうに、少女はくつくつと笑って俺から数歩離れる。
くるくる回転し、そして手を差し伸べて微笑んだ。
昼間の住宅街の中だというのに、まるでそれは一枚の絵画のように思えた。
そんな詩的な表現を用いざるを得ないくらい、少女がやると、それは様になっていた。
「私は、神だ」
いきなり何を言い出すかこの少女。
中二病も入った変人さんだったか。
「神といって、もからくり仕掛けだがな。まあそのあたり、人間からすれば些細な問題だ。重要なのは、君の願いを私が叶えられる力を持っているということだ」
「願いねぇ……」
「夢はあるかい? 夜に見るものじゃなく、人生の目標として揺蕩う、希望に満ち溢れたそれだ」
どうにも漠然としたことを問いただす少女である。
いや、しかしそんなこと言われてもというか……。
「軽い気持ちで言うが良い。軽い気持ちで叶えてみよう」
「…………と言われてもね。いや、いいよなんか」
「何故だ? 見るからに、君は何か、燻ぶっているではないかっ」
「燻ぶってるのは確かだけど、なんっていうかな……。そうじゃなくって」
開いて、閉じて。
組んだ自分の両掌を見下ろしながら、俺は、振り返る。
それこそ眼前の、現実にありえないようなことを口走る少女を諭すように。
自分自身の中にある、うまく言葉にできない感情を言葉にするように。
「そりゃ、さ。確かにやりたいことっていうか、なりたいものっていうか、そういう意味での願いならあるさ。俺、俳優になりたいんだ。だけどそういうのってさ。誰かに強引に持ち上げられるのって、ちょっと違うと思うんだよ。そりゃ人生、山あり谷ありだし、それまでの自分のすべてを失ってしまうような絶望とか、あると思うんだよね。恋人を寝取られたと思ったら、その、会社の立場から何から何まで、全部奪われるみたいなさ。……昔の昼ドラみたいに」
「何故、昔の昼ドラで例えた…………?」
「だけどさ。それは、そうなるまではきっと違ったと思うんだよ。それまで頑張ってきた自分っていうのがさ、あったから、そんな自分を誰かに認めてもらうから、だからこそ、それは夢というか、願い足りうるんだと思うんだ。自分がなりたいものに自分がなれたっていうのは、何も事故的になってしまうってことじゃなくて。そこに至るまでの自分を、誰かに認めてもらえるから、ということなんじゃないかなと」
なんだか言ってることが自己啓発めいてる気がしてきた。
ぶっちゃけると、小っ恥ずかしい。
ただ、そう、あの映画を見て自分が一発ですんなりと納得して、大好きになってしまった理由はきっとそれなのだ。
今までの自分があったからこそ、それが世界を変えたのだと。
「……つまり、認められなかったら、それまでの君全てを拒絶されたということになるのか?」
「相手がそう思うかどうかは、わからないけど。でもたぶん、表には出さないけど、内心ではずーっとそれを引きずるんだと思う。でも、引きずりながらも生きることはできるから。そういった引きずってきた、痛みだとか、トラウマだとか、コンプレックスだとか。そういうものを抱えているから、現実っていうのはリアルだし、だから、俺はここに生きてるって、胸を張って言える。そしてきっと、それまで引きずってきたもの全部が、俺の演じるってことにつながるんじゃないかと思う」
「なるほど、な。それはそれで、面白い考えかもしれない」
ベンチに座る俺を覗き込み、彼女はいたずらっぽく笑う。
それにまぁ、彼女本人には言わないが。
アドベンチャー映画とかでよくあるじゃないか、願いを叶える代わりに巨大な代償を要求されるやつとか。
えてしてこういう謎の取引には、そういった疑ってかかる性質を持ち合わせている。
「ちなみにだが、君、演技力はどれくらいあるのだ? 試しにここでやってみせてくれ」
「いや、それこそ変人でしょ、ここでやったら」
「誰も見てないさ。ささ、何か何か」
なんでこんなことになってるか、さっぱりわからず。
それでも、促されるまま立ち上がり、どこから取り出したのか彼女の手にはロミオとジュリエット。
彼女がジュリエットになり、唐突に演技を強要され。
でも、不思議と不快感なく演じる。
ジュリエットの最期を前に、俺は泣いた。
役に入ると、俺は、俺の心情は完全に物語の人物のものに一体化する。
特に泣くことを意識せずとも、それまでの出来事の流れがあって、その上でつながる今に至った時、まったく意識することなく、人物の振る舞いとして当然であればあるほど、俺の目からは涙が流れる。
小学校のとき、国語の授業の音読でも泣いた。
学芸会でも泣いた。
酷いときには合唱の最中、歌詞の内容によってさえ泣いた。
泣きっぱなしで当然のごとくそれをきっかけにいじめられたりもしたが、それはまあ、一旦置いておいて。
「――――――うむ、合格」
何がだ、と突っ込みを入れると、彼女は楽しそうにけらけら笑って立ち上がった。
ついさっきまで抱きかかえるような姿勢だったものの、演技中は全く気にならなかったのだが、終わって、こう、ふんわりと椿っぽい匂いを感じると、羞恥により彼女の姿を見れない。
「うむ、うむ。なら、私は手を貸すまい。それは君が、君の手で勝ち取りたいものだというのなら。ただそれは別にして、何かないかな? 二番目とか、簡単なものでもかまわないが」
「んん…………?」
ふと、脳裏によぎるのは本日の昼食のこと。
全く脈絡もなく、カップラーメンとか全然食べないな、とか脳裏によぎる。
いや、昨晩に高校の頃の友達から「マジで大学にカップラーメンの自動販売機あった!」とメッセージと写真が飛んできたのも関係しているかもしれないが。
「……お湯を、こう、出したいときにすぐ出せると、カップ麺とか食べやすくない?」
「…………は? ぬ、何、正気か君!?」
ぽかーん、というか、そんな感じで間の抜けた表情を浮かべるマキナ。
そもそもがこう、中二病とかにありがちな与太話みたいなものなのだろうから、回答が適当になったというのもあった。
別にいいよね、という感じだ。
まあ、そう思っていたのはどうやら俺だけらしい。
彼女は「むむむ……」と頭を抱えながら、何やら思案している様子だ。
「お湯……、お湯か、んー、無いわけじゃないが、君から『そういう能力』を直接捻出できるかは怪しいな……。よし、逆に考えよう! 結果が同じならば、すなわちそれで充分なのだと」
「?」
彼女は俺の手を取り立ち上がらせると。
「祝福しよう、新 剣一――――――」
俺の襟首のマフラーを引っ張り、そのまま口づけした。
※
突き飛ばした。
うん、まあ、とっさのことでびっくりしたんだろう。
数秒間のフリーズを挟み再起動した俺は、叫ぶことこそしなかったものの猛烈な勢いでマキナを突き飛ばし、距離をとった。
絶賛混乱中なのか、しゅばばっと、荒ぶる鷹のポーズというか、旧いカンフー映画とかでありそうなポーズを構える俺。
そんなこっちを見て、マキナは爆笑した。
「な、中々、斬新な反応だな、ふふ、はははっ。いや、その初心さはあの両親ならば納得というところだが、まあ全くもってその通りだとそれはそれで笑えて来るね」
「………………あー、ん? って、あれ? えっと、何? 何か気を違えた?」
「放送禁止用語ではなかったかな? それ。まあ、とりあえず欲しいものは取り出せた」
「?」
疑問符を浮かべる俺に、どこから取り出したのか、ストラップのような何かを放ってきた。
とりあえず受け取り見てみる。
赤、青、白のトリコロールの紐付けに、王冠のような小さなエンブレム。
「『物体の温度の高低を自在に操る』能力――――さしずめ、エントロピーかな?」
「は、はぁ……?」
「使いたくなったら、誰もいないところでこう唱えるのだ。『レクスドライブ』」
「……『レクスドライブ』? ――――って、うぁっ!」
とつぶやいた瞬間、右手が火を噴き、左手が氷を放った。
熱いやら冷たいやら、とにかく反応を取るのが難しい状況にとにかく叫び転がる。
ストラップを手放した次の瞬間、放たれた右手の火も左手の氷もどこかに消える。
ちなみに当たり前のように、ストラップは無傷。
手は火傷も凍傷も起こしてはいないが、しかし熱と冷気はしっかりと残っている。
何、何? 何が起こった? 二度見し、思わず現実を疑い頬をつねってみたけど、左手の妙に冷たい感触も、右手の妙に熱い感触も変わらずといった有様だ。
どうにもこれ、現実の出来事らしい。
「威力とか、使い方はイメージによる。まあそこは追々練習するが良い。――――あ、あとそうだな。『審判』がいるところには、近寄らないことだ。私の気まぐれのせいで、危ない目に遭うのは忍びない」
「審判? ってか、威力とか、イメージとか……、何、これ」
「超能力みたいなものだよ。ま、ともあれそろそろ私も時間かな」
両腕を上げて伸びをした後、彼女はこちらに微笑んで。
「――――中々楽しめたよ、良い思い出が出来た。願わくば健やかに育ちなさい、新 剣一」
それだけ言うと、すたすたと何処かへと歩きだして。
一方俺は、なぜか茫然とそれを見送り微動だにできず。
「……? あれ、名前?」
しばらく経ってから、あれ、そういえば俺は彼女に対して名乗ったかなと。
超能力みたいなこれとか、そんなこと関係なく、ひどく初歩的な疑問しか出てこなかった。