002.Hello, world!
「新クン、君、首ね?」
「あー、ん? はい?」
レンタルビデオ店でアルバイト中の俺に、店長はいつもの調子でそう言った。
突如バックヤードに呼び寄せられ、お、ようやく正式に雇い入れてくれることになったかな、研修期間終わりかな? と思っていたのだが、その矢先でコレである。
何事!? という俺の感想は当然だろう。
「え、あの、本当ですか?」
「うん。ごめんね。本当にごめん」
店長さん、斎藤さんというのだが、この人はなんというかこう、可愛いお爺ちゃんという感じだ。
ちょっとだけ雰囲気がおひょいさんに似ている。
マスコット化するとキッコロとモリゾーを可愛くした感じにデフォルメされそうな印象というと語弊があるだろうか……、ともかく、人柄は良いと思う。
少なくともアルバイト中、なぜか首に包帯を巻いている俺を何も咎めたりせず「何か事情があるんだね、仕方ないね」と微笑んでくれるくらいには、色々懐が深い人だと思ってる。
そんな人から研修終わり前に首を言い渡されている俺だが、これには多少違和感がある。
というのも、別に俺は仕事している最中、特に問題を起こした覚えがないからだ。
一週間の挨拶期間も、むしろ発声が良いと褒められるくらいだった。
ディスクの掃除の際、アダルトビデオのディスクに付着してる謎の汚れも、女性のアルバイトの人が嫌そうな顔をしていたらすすんで代わったりもした。
棚の配置については、もともと映像分野に対する興味があることも手伝って、覚えも悪くなかったはず。
時々、打ち間違えのデータとかも修正したりして、他のアルバイトの人の覚えも悪くはなかったはずだ。
というか、そもそもこのお店って新人のフォローアップの体制もかなり整っているから、よっぽど大きな被害をもたらさない限り、新人が首になることはまずないと思っている。
そこは、この店長さんの人徳というか、スタッフの皆が作り出している空気のたまものなのだろう。
さて、そんな最中で、多少なりとも物覚えがよさそうな人間をちゃんと雇い入れられない理由……。
「……あの、斎藤さん、ひょっとしてこの店、近々潰――――」
「新クン、それ以上いけない」
「あっ」
店長の眉根が寄った。
珍しく嫌そうな顔をされたが、すぐに元に戻って再度謝られる。
それだけの流れで、おおよそこの店の経営状況が良くないことは容易に察せられた。
そりゃセールでも何でもないのに、あんな特価価格を通常価格としてビデオレンタルしてたら、儲けも減るだろうなぁ……。
ただでさえここ、立地条件があんまり良くないのに。
いや、本社の意向なら逆らうことは厳しいのもわかるにはわかるのだけど。
結局この日、午前中のシフトを最後に俺は晴れて再び無職に戻った。
「さて、どーしよっかなー」
実家のある月城市、中央線月城駅まで引き返して、俺はため息一つ。
最近、再開発が入ってちょっとずつ賑わいはじめている月城駅だが、まあまだ完了している訳じゃないので、目の前に工事ラストスパートなビルがあったりもする。
とはいえ開発が進んでることも確かと言えば確か。
駅前のロータリーに最近できたビル、1階の本屋に寄るも良し、ハンバーガー食べるも良し。
なんか、かなり昔からあるコンビニに寄るも良し。
そのまま自宅に帰るも良し。
どちらにせよ祖父母か母親に諭されるか慰められるかという未来は確定しているので、俺は半笑いで肩を落としていた。
というか妹には間違いなく大笑いされる。
帰りたねぇ……。
「あー、いかん、猛烈な勢いで知能指数が低下しそう……」
考えることを放棄したい自分がいるが、そんなことしたって人生何にも動かないので、ほとほとに考えることは止めない。
それが無職になった直後、俺が悟った一つの結論だ。
四月、入学予定が決定していた養成所が焼け落ちた直後、さまざまな情報がテレビのメディアを走った。
なんでも経営層が借金沙汰してたとか暴力団と最近つながりがあったとか、詳しいことはともかくとして不興を買い、燃やされたとかなんとか。
既に債権とか回収されて、立て直しも困難。
破産となり、各所、主に俺のような境遇の人間たちから訴えられたりしてるとかどうのこうの。
ネットとかで調べた情報を適当に組み合わせると、おおむねそんな内容になる。
いや、マジかよと。
他の同級生から、同情メッセージが来ることもなく、友達は友達でキャンパスライフを満足してるご様子。
茫然自失とはまさにこのこと、珍しく妹が気を遣ってカレーライスの肉をちょっとくれたくらいには、放心状態を数週間続けていた。
いや、しかしアレだね。
無職で衣食住があって己の快楽に没頭できる環境って、居心地が良すぎて仕方がないね。
このままネットの海に溶けて延々と映画を貪り続ける生活も悪くないかなとか、そう思い始める前に、俺は再びスティーブン・スピルバーグの力を借りた。
劇中で、サタデーナイトフィーバーなステイン・アライブをぼけーっと眺めながら、崩壊していた自分の中の情熱というかが、わずかばかり盛り返す。
いや、ちゃんと盛り返しはした。
したけど、受けたダメージというか、衝撃が衝撃として多大だったことに違いはなかった。
『アンタ、バイトでもなんでもいいから、とりあえずコミュニケーションとりなさい? しばらく外の人間とまともに話してなかったんだから、その手の能力落ちるわよ』
『……面接、落とされちゃう』
『わ、私も一緒に探すよ、お兄ちゃん!』
そうこうして見つけたレンタルビデオ店のアルバイトは、俺の趣味趣向にマッチしていて、適職といえば適職だった。
いきなり実家の中華料理店で仕事をするのは、なんかこう、むず痒いというか………………、あの母親の圧の元で、ちゃんと仕事できる気がしないのでパス。
店長の斎藤さんは、あの調子だったのでまあ働きやすそうな印象もあった。
スタッフさんたちも、人生初アルバイトな俺に結構気を遣ってくれていたりして、こう、申し訳ない気分と一緒に、この店の練度というか、度量というか、そういったものの深さを理解できた。
仕事そのものも、結構楽しかった。
洋画とかドラマとかは好きだったのだが、邦画、アニメとか海外ドラマとか、そういった類のものはあんまり知識がなかった俺である。
それが、意図せずちょこちょこと増えていったり、あるいはその導入口になるような情報とか、感想とかを知ったり。
むろんスピルバーグも、働いている間にその作歴を洗い直しさせられたような感じだ。
まあアダルトビデオの取り扱いを学んだのは、後にも先にも、今後生かされることがあるかどうかは分からないけど……。
好青年っぽいお兄ちゃんが平然とヤバいものを手に取っていたり、結構年配のお爺ちゃんが、その……、うん、止めよう。
ともかく、映像方面の知識を深めるきっかけにもなるかなと思ったり。
あと、声優志望の可愛い女の子が一緒の時期に入ってきたりして、ちょっとテンションが上がった。
まあラインとか連絡先交換したりできるほど軟派な性格の人間じゃなかったので、そこはお察しではあるんだけど。
「何はともあれ、飯かな……」
夢物語も良いけど、現実は現実でしか味わえないものがある。それもそれで良いでしょうと。
そういうテーマに身を焼かれたのだ。
夢想だけでは美味い飯は食えない。
それがどれほど巨大でどれほど素晴らしいものであっても、現実のリアルさみたいなものとは、比べるものではないのだ。
というわけで、空腹をまずは満たそう。
即刻判断を下し、ロータリーのビルで立ち食いそばを食べて帰路につく。
もっと普通に、がっつり食べるつもりだったのだけど、なぜか胸焼けしそうな予感がしたのでパスした。
こう、自分で思っている以上に、首になったことが堪えているのかもしれない。
いや、というか、希望を抱いて裏切られるっていう経験に、結構恐怖心が出来てしまってるのかも……。
いかん、この調子だと一生、彼女とか出来ないぞっ! なんとかしないと。
俺はちゃんと、言うべきことを言うタイミングで、言える人間にならないと。
ちゃんと、飛ばなければいけないのだ。
「とまあ稼ぎもない一介の無職の戯言にござるよ、とっ」
そんな帰り道、ビルを抜け閑散とした商店街のシャッター通りの最中。
アーケードが連なる道の最中で、俺は、神様とやらに出会った。
※
一言で言えば、美人さんである。
聖子ちゃんカットじみたセミロングの髪型。
すっきりとした目鼻立ちはアイドルというよりはモデルさんのような整い方。
かと思えば身長はさほど高くはない、俺の身長から逆算して、せいぜい百六十センチ前半くらいか。
……そして何故か、神社とかで見かけそうな巫女服を着用されていたりした。
「…………? んー、ん?」
そんな巫女少女は、自動販売機の手前で頭を抱えていた。
何を迷っているのかさっぱりわからず、声をかけるのもアレかと思って通過しようとした矢先。
「まあ待ちたまえ少年」
「ぐえっ」
赤いマフラーの端を思いっきり引っ張られた。
やめてください、窒息してしまいまする。
両手を上げて抵抗の意志がないことを示し、マフラーを整えなおしてから改めて少女を見る。
半眼で、どこか眠そうな印象だ。
「うぇ……、あの、なんです?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあるのだが。何、そう長い時間はとらせないさ」
自動販売機を指さして、彼女は胸を張り、威張ったような顔になる。
というか、あ、これ、変な子というか、変な人だ。
自然、口調が丁寧語になる俺である。
「―――――百二十円の飲み物を買おうとしたら、十円飲み込まれてしまったのだよっ!」
お、おう…………?
彼女が指さしたそれは、世界で一番有名な黒い炭酸飲料水を売ってるあそこの、真っ赤な自動販売機。
「んーと……、十円玉を認識しなかった?」
「うむ、まことに残念なことだが、投入したのだが認識しなくてご覧の有様だ」
いかにも、有り金全部だ! という態度で掌を開く少女である。
そこには言葉通り、百十円乗っている。
ちなみに十円については、全部一円玉。
「なんでこんな、ピーキーな硬貨の状態なんですか……?」
「うむ、道に落ちていたものを拾い集めてきたからな」
あ、やっぱり変な人だった。
うわー、なんでこんなのに捕まってしまったか……。
って、あ、母さんにとっぽい恰好だって言われてたか。
そもそも俺も変な恰好をしていると世間で認識されるような服装らしいので、そりゃ絡まれるか。
自業自得、だとは思いたくないなぁ……。
「どうしたんだい?」
「いえ、なんでも……。で、自分に何の用です?」
「十円、貸してくれまいか」
「………………」
よし、素数は数えなくていいから落ち着いて考えよう。
落ち着いて状況を整理しよう。
見た目はすごい美少女さん。
服装、中身はすごく変人さん。
それがまあ、助けを求めてきている。
せいぜい十円か、最悪百二十円くらいでなんとかなりそうである。
「! おお、感謝する」
最終的に、金額をもとに助けたところで大して痛手ではないだろうと判断し、俺は財布の口を開いた。
受け取った彼女はたいそう嬉しそうに残りの硬貨を突っ込む。
……案の定というべきなのか、三円しか認識しなかった。
絶望に打ちのめされたような表情でこちらを見てくる少女。
まあ半ばオチは予想していたので、特にリアクションも返さず、百十円追加で投入した。
「何故だ……、普通、ちゃんと硬貨だろうに、なぜ認識しない……!」
「まあ保存状態は違いますし、欠損とかあったんじゃないんですかね? いえ、まったくその手の知識ないですが」
目元をうるうるさせる少女。
何やら怒りをこらえている様子だが、まあ仕方あるまい、現実は非情なのである。
プライス価格のコーク片手に涙目な様子。
こんな可愛いのに、いたたまれない。
「あー、別にナンパ目的とかじゃないんですけど、愚痴くらいなら聞きますよ? そこら辺、少し歩くと公園とかあったと思うんで」
「うう……? ううう、うん?」
「………………あの、そんなじっと見られましても」
穴が開くようにじぃっと観察されても、何も出るものはないのですが。
ていうか半眼で見られると、母親の胡乱な反応を思い出してちょっと苦手な感じである。
と、しばらくして何を納得したのか「良いよ」と了承を得られたので、二人して駅前から少し離れる。
五分とかからない距離に、目的地の公園はある。
別に大きな公園とかじゃなくて、住宅街というか、マンションとかが続く中にある小さなやつだ。
市制四十五周年記念、という石碑みたいなのが付けられている。
ベンチはあるが遊具はない。
というか遊具は、取り払われた跡が地面に今でも残っている。
小さいころによく遊んで、前歯を折ったのは良い思い出なんだか悪い思い出なんだか。
「改めて言うが、すまない、助かったよ」
少女は酷く偉そうに言いながらコーラに口をつける。
「まあ思いっきり首根っこ引っ張られたような気がしますけどね」
「いや、そうは言っても拒否して逃げることだってできたと思うのだが、違うか?」
「普通、ごく善良な一般市民は、貴女みたいな人間相手にからまれて穏便に切り抜ける方法を持ちえないかと」
「? あれ、そんなに変な子に見えるか、私?」
首肯。二回首肯。
「ずいぶん明け透けにものを言ってくるね、君……。とはいえ、君も君でその、何だ? ごく善良な一般市民とやらではないと思うぞ。主に、その恰好が」
「何故だ、何故誰も理解してくれないこの恰好良さを…………! あと服装と中身は別物だと思いますが」
「まあ……その、なんだ? 人間、誰しも向き、不向きというヤツはあるさ。そして、こんな言葉を知ってるかな? 狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり」
苦笑しているらしい彼女に、ちょっとダメージを負わされたこともあってか、少しだけ反撃めいた返答をする。
そもそも何故硬貨を拾い集めるような状況になっているのか、と問いただす。
「らなうぇい」
「……あー、ん?」
「家出だよ。まあ、端的に言うと、私は、箱入り娘のようなものでね。家の束縛が嫌で逃げ出してきた立場なのだよ」
「何だろう、そのハリウッド映画とかでありそうな安直な設定は………………」
とはいえ道端に落ちている硬貨を拾い集めるそのバイタリティは、箱入りとかそういうのとは別次元に存在していそうではある。
「まあどうせ今日一日のうちにまた捕まるだろうことは想像だに難くないのだが、せめて何か思い出を作っておこうと思ってね」
「思い出ねぇ……」
「道で困っていたところを助けられて、ぐだぐだのままナンパされるとか、中々ない経験じゃないかっ」
「だからナンパじゃないんですけどね……」
名前を呼びかけようと思うと、ふと、そういえば全然聞いてなかったなと思い出す。
だが俺が改めて聞く前に、彼女は自分から口を開いた。
「マキナ」
「………………はい?」
「マキナだ。名前だよ。何やら呼び方に困っていそうだったからね、先に名乗っておいた」
「はあ、その、マキナさん……?」
「それと、肉体的には君の方が年上のようだから、別にため口でも構わないよ。それで、私はともかく君はどうして、こんな真昼間から暇そうにしていたのだろうか。えーっと、ほら、最近はやりの、ニートとかいうアレかい?」
「フリーターが一番近いですかね、まあ、浪人生ですが」
「ファッションセンスの独特な、ね」
「……今更ながら、そんなに変?」
「マフラーが特に。なんだ君は、サイボーグか、バッタ人間か何かなのかい」
「んー、まぁ、あんまり大したことじゃないんですが」
マフラーを解き包帯を外すと、彼女は驚いた様子で俺の首元を眺めた。
そっと興味深げに、手が伸びて俺の首をなぞる。
おそらくその視線が何に驚いているのかというのは察しがつくので、とりあえず苦笑いを浮かべた。
驚くのも無理はないだろう、実際、自分で見ても未だに驚くときがある。
「首でも切られたのかい?」
「……昔、宇宙人にやられまして」
俺の首の周りには、一周するように真っ黒な傷跡が残っている。
それの問に対して、俺は冗談めかしながら答えた。




