恋を知れなかった少女
初投稿です、よろしくお願いします。
日の出前に起きて神殿の入口の鍵を開け礼拝堂に入り膝をついて神に祈りを捧げる。毎朝の日課であり自分への誓いである。
神様、あの子の旅路が安全でありますように。
あの子の恋が実りますように。
私の恋が実りませんように。
あの人を想う私の心の花が枯れませんように。
一心に祈り続ける、何度も繰り返し、自分に言い聞かせるために。あの人が毎朝の日課で(彼の意思では無いらしいが)この礼拝堂の扉を開くまで。
そしてその時は訪れる、毎朝のことなのに決して飽きない。彼が自警団員となってから4年も続いていることなのに私の心はいつも高鳴る。
扉が開き彼が私に声をかける、大好きな愛しいあの人が。
「おはようステラさん!今日もお袋の作ったパン持ってきたよ。」
閉じていた目を開き立ち上がる。振り向いて見た彼が輝いて見える。16歳という少年の色が抜け落ちかけた顔、自警団として鍛えられた体、私より頭一つ分高い身長、手入れせず水で洗っているからゴワゴワしている金の髪。眩しいくらいだ。
外の光を背負っているのだから当たり前だけど。
「おはようございます。カイル君、いつもありがとうございます。マリーさんにも伝えてくださいね。」
胸が高鳴る、世界が輝いて見える。あぁ自分はやはり詩人には向いていない。本で見たような言葉しか出てこない。自分にある才能はやはり薬師と神術(注釈:神の力を使った魔法)だけらしい。
「気にしないでくれよ、パンを焼くのはウチの仕事だし俺が持ってくるのはお袋にやらされているから。朝から美人に会えるっていう役得があるからパンの代金と週1回のお袋の化粧水だけじゃ貰いすぎなくらいだよ。」
…ひょっとして私は口説かれているのだろうか?
あり得ないことだし、もし本気で口説かれているなら怒る必要がある。そんな馬鹿なことを考えてしまうくらいには彼のことを好きになってしまっている自分がいるがこんなことはあるはずが無い。何故なら。
「もう、こんなおばさんををからかったら駄目ですよ?」
「からかってないって、ステラさんは美人、おばさんなんて言うけど俺と7歳しか違わないじゃん。あと6年前俺が『おばさん』呼びしたら無表情になって目からボロボロ涙流してたから二度と言えないよ。」
「あ、あの時は私17でしたから、そういう呼び方されたら、ね?って、やっぱりからかってます。駄目ですよ、だって…」
言いたくない、言わなくてはならない。自分に言い聞かせるためにも、私が最悪の裏切り者になってしまわないように。
「ルナが邪竜討伐の旅から帰ってきたら私はカイル君のお義母さんになるんですよ?」
この言葉を口にする度に思い知らされる。私の恋は実らないのだと。彼は私の次の春に15歳になる実の娘の婚約者なのだから。
***
事の発端は51年前、この世界の全ての神術使いにもたらされた神託にある、内容は全て同じ、神術使いはその力を行使できるようになった時神の存在を聞く(変な表現だがこうとしか表現しか出来ない)のだが同じものを聞いたという、曰く。
『2000年前に封印した邪竜が50年後に蘇る、封印により弱体化しているので此度なら滅ぼせる。今一度勇者を送るが勇者の力は勇者だけでは機能しない。鍛え備えよ。』
当然世界は大混乱に陥った。終末信仰、それに乗じた悪党の存在、そして邪竜の復活の予兆とも言える眷属(注釈:モンスター)それを討伐する騎士や戦士。邪竜や眷属を倒す為の武器や身を守る為の防具を作る職人、新たな魔法を創らんとする魔術師。そして我等が世界神殿(注釈:各村の神殿をまとめる都市部の大神殿を束ねる神殿。つまり総本山)は世界各地より『先見』の神術を行使出来る神術使いを集め世界神殿に秘蔵された資料を調べるとともに未来を見て邪竜の情報を集めようとしたのだ。
結果は大失敗。
まず見ることしか出来ない低位の術者(何十年も先のものを見れるのだから十分凄いが)邪竜の姿を見て発狂(後の研究により姿ではなく放たれている視覚可された波動が原因だと判明)すぐさま『精神安定』が行使されるがその時点で全体の半分以上が脱落、『先見』を行使しようとすると魂が拒否反応を起こすようになったと聞く。
それより酷かったのは声も聞こえる術者であった。皆が皆神術を行使した途端即死、否、魂すら砕かれていた。判明したことといえば『邪竜の咆哮には魂を砕く力がある』ことだけだ。
神官(注釈:神術を行使できない神殿関係者。神術を行使できる者は司祭と呼ばれる。エリート)達が絶望に打ちひしがれていると資料組が資料をまとめて戻ってきたのだが、これはこれで酷かった。
『先見』行使者が魂すら賭けて調べた情報が全て載っていたのだ。さらに神が遣わされるであろう「勇者」の情報までも。
当時の世界神殿では阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されたらしいが本筋には関係ない。関係あるとしたら「勇者」の能力くらいだろうか?
その能力とは魂の活性による咆哮の無効化。正確には咆哮を受けても耐えることができる程魂が強化されさらにその余波で身体・術行使能力が上がるらしい。
そして「勇者」の最大の能力が、「人々の魂を繋げ自らの力とする」ことらしい。強化された魂を束ねて一つにするのだ。それは強大なものとなるだろう。
だがそれでも問題はある、束ねる能力は心の片隅にでも魂を預けたく無いと思えば効果が発揮されない、つまりは「勇者」を完全に信頼しなければ意味がないのだ。
そしてもう一つの問題こちらは単純明快で最大の難問である。それほどの力を持ってしても2000年前の邪竜は封印しか出来ない程に強かった、その一点である、弱体化しているとはいえその力いかほどのものか。
そのような大混乱の中世界神殿はその組織力を持って来たるべき戦いに向けて情報収集を担当すべし。という方針を決定した。
***
その一つとして〖占い〗の魔術がある、私には神術の才能はあっても魔術の才能は無いので詳しくは分からないが『先見』のように未来を知ることができるものなのだがその未来は「情報」の形でしか分からない、更に断片的で情報の整頓、解釈が必要となる。つまりは解りづらいのだ。その代わり「情報」を知っても魂に影響はない情報は情報なのだ。
さて、私ステラにとってここからが本番だ。
あの人に恋をした最大の原因でありあの人に、カイル君には絶対に知られたくない話、彼も大筋は知っていても詳細は知らぬ話。
娘、ルナの父親の事、今となっては私と生きているのかどうかも分からない〖占い〗行使者の老婆しか知らない話だ。
神官、司祭の家系に生まれるものは基本的に大神殿で出産を行う、安全な出産の為の神術行使、大神殿での祝福の儀式、神殿関係者の登録、等が理由である。
そして51年前より新たな理由が追加された、〖占い〗を行使しその者が司祭として、神官戦士としてどれ程の能力があるか調べる事だ。
無論、邪竜との戦いに向けての備えである、私の評価は薬師と回復、補助神術の才能はあるが戦いには向かない、であった。
それだけであれば村の周辺に出没する眷属を倒す自警団の補助をして邪竜討伐の精鋭の為の治療薬を大神殿に納める今の生活と変わらない日々を過ごしていただろう。
その場合はあの人に恋をしておらず、娘も歳は十に満たず、邪竜とその眷属が蔓延る戦場ではなく野山を駆け巡っていたはずだ。たがその〖占い〗が私の今を決定させた。
「この娘の産む子供は邪竜と戦う勇者を導き、助ける聖女となるだろう。」
23年前の話である、子供を産むのは15歳前後からが望ましいのに、戦いに出るにしてもやはり15歳位からだ。邪竜と勇者の戦いは十年近く続くのだろうか?
縁起の悪過ぎるその〖占い〗は老婆の解釈間違いとしてその場にいた大神殿の司祭長、両親、老婆の間で終わり、老婆は解釈間違いで自信を無くし後進に道を譲り静かな老後を送っているという、その話はそこで終わる、筈だった。
司祭長は、50歳を過ぎ神の神託を直接聞いた、その男は、その〖占い〗を、信じたのだ。
司祭長は両親に私の産む子供は優秀になるだろうと笑い、私の大神殿での教育を勧めた。
私の教育は4歳から始まり春から秋の季節の半分を大神殿で過ごした、神殿の子供でありそんな生活をしていた私には友人ができなかった、唯一神殿にパンを納めに来てくれていたパン職人の家のマリーさん(カイル君の母だ)が私と親しかったけれど6歳も離れているので友ではなく姉、がしっくりくる関係だろう。
だから私は普通の少女であれば当然の近所の少年や青年に対しての憧れや初恋の感情が育つことが無かった。
そして私の運命は続く、不幸とは思わない。娘は優しく育ったし、一生心に咲き続けるであろう恋に出会ったのだ。
7歳の時、両親が死んだ。
都市部に襲ってきた普通の眷属と比べ物にならない程強大な竜の眷属(注釈:ドラゴン)との戦いで死んだのだ、無論何十人も犠牲者は出た、両親が特別なのではないむしろ竜の眷属が放つ咆哮は邪竜程ではないが人を狂わせる、『精神安定』の神術を行使出来る者は優先的に戦場へ向かったのだ。
8歳、人より大分早い初潮を迎えた私は恋を知る前に母になった。
当然相手は司祭長である、彼は『先見』により邪竜を見たのか、竜の眷属の強大さに戦いたのか、ただ単に「聖女」の父という名誉を欲したのか、私は事情は知らない彼は邪竜復活の時に戦場に立てる「聖女」を求めたのだ。
9歳、娘ルナが生まれる。名前は私がつけた、せめてもの抵抗だ、自分の意思でこの娘の母になるのだ。
司祭長の行使する『安産』『治癒』『活性』『鎮痛』の神術が無ければ母子共々死んでいただろう、それほど危険な行為であった、神術使いであればおそらく誰でも行使出来る基本的な神術だが司祭長程の使い手であればその効果は絶大で行使したのが私ならば私は死んでいた。
10歳までは私は司祭長の庇護下にあった、神官、司祭達は
司祭長を恐れ私を腫れ物のように扱い最低限の対応しかしてこなかった。
司祭長が老衰で死ねば大神殿に私の居場所は無い、司祭長は死に際に私に「聖女」の事を告げルナには伝説の英雄の如き魔術と神術の才能があると喋り息を引き取った。
***
村に戻った私を待っていたのは人々の冷たい目だった、憐れみもあったと思うが当時の私には区別が出来なかった。私の代わりに神殿を管理してくれていた神官は侮蔑の表情を浮かべ去って行った、村人達は司祭と薬師の仕事以外の事で私と関わろうとしなかった。大神殿でルナと私だけの生活には慣れていたがそれでも大変でマリーさん夫妻が手助けしてくれなければ何所かで潰れていたかもしれない。
マリーさんはルナとカイル君を遊ばせてくれた、子育てを手伝ってくれて昔と変わらず神殿にパンを待って来てくれる。ルナと同い年のカイル君の妹サラも遊びの輪に加わりその分手が掛からなくなって薬師の仕事に専念出来るようになり余裕が出てきた。
パン職人の仕事は重労働で、炉の火で肌が荒れ、生地を練るから腕には筋肉がつき、体力を維持するために太る必要がある。とマリーさんに笑いながら愚痴られたので化粧水を贈る事にしたら怒られた。
「あのねステラ、あたしの事よりまず自分の事を気にしな、その髪!せめて櫛を使って整える!紐で結んだだけなんて駄目さ!その肌だってあんたの歳じゃあ考えられないほど荒れて…あんたはこれからどんどん綺麗になって幸せになれる女の子なんだもっと身綺麗におし!」
今まで聞いたことがない言葉だった。大神殿でも村でも司祭のローブを着ていれば誰も何も言わなかった、髪は薬師の仕事の邪魔になるので束ねただけだ、切らなかったのは母が生前私の髪の手入れが好きで成人までは長い方がいいと言っていたからだ。
「大神殿で何も言われませんでしたから、それに私、髪や肌の手入れの仕方がほとんど分からないんです。」
「…っ!そっか、大神殿の馬鹿共が…!ステラ、その…あんたもルナに手入れの仕方を教えなくちゃならない。それは母親の仕事だ
、神殿の奥さんが教えきれなかった分ちゃんと覚えな、ルナの為さ、それにそんな不健康そうな薬師がいるかい、他人様の前にまず自分を健康にしな。」
それから暇を見つけてはマリーさんによる手入れの授業が始まった、髪を整え肌に化粧水を使う、それを季節の半分も続けると私の姿は随分と変わっていた。
ボサボサだった髪は綺麗になった、絡まり固まった髪はさらりと流れ、ガサガサの肌は水気を取り戻しルナの肌のように柔らかくなった。手鏡を見れば薄暗い娘は居なくなり何所にでも居そうな娘がいた。
驚くとともに血の気が引いた、私はルナを手鏡の中に居たあんな薄暗い娘にしようとしていたのか?誰も言わない?邪魔にならない?自分の怠惰が許せない、私は愛しい娘の事を何も考えていなかった!
マリーさんの言葉は正しかった、カイル君と野山で遊ぶルナの髪はすぐに絡まり固くなる。それを手入れするのは母親の仕事だ、長い髪を弄るのは楽しく母の思いに共感出来た。
何より気持ち良さそうに手入れを受ける娘の姿がとても愛しい。色々な髪型を試してみたりルナに私の髪を弄らせる、あれこれと言いながらお互いの髪で遊ぶ私達は前より仲良くなれた。
私が身綺麗になると私の周囲も変わってきた、村の奥様方が話し掛けてきたのだ、今思えば当時の私は追い詰められていた、あんな薄暗い娘少し突けば壊れかねないと周囲が思うのも無理はない。
助けの手が増えると私の子育ては更に上手くなっていった、パン職人のマリーさんは忙しい。村人全員のパンを焼く必要があるのだから当然だ私の家事など見ている暇は無い。奥様方の手助けが無けれ私の家事は見様見真似のままだったろう。
私のそこそこの母親になれた、だが私の周囲の男性はカイル君とマリーさんの夫だけだった、無理矢理子供を産まされ男性に恐怖を感じているだろう、と周りが勘違いしていたからだ。
だから私は15歳まで恋を知らなかった。
劇中の司祭長の行為は犯罪であり命を落とす危険の高いものです、『安産』で母子を保護し、『活性』で体力を強化し低年齢出産の負担を軽減し、『鎮痛』で痛みに敏感な子供の脳へのダメージを減らして『治癒』で出産後の体に蓄積されたダメージの回復させることが出来なければ(出来ても!)絶対に真似してはいけません。
司祭長死すべし慈悲はない→死んだ。