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最初のフラグと水盤の君


 乙女ゲーム『七色のレガリア』は周回必須だったため、チュートリアルは二週目以降飛ばし気味になる。気を抜いてオートプレイやスキップモードを使ってしまうが、実は寮や初期の設定によって微妙に言い回しが変わっていたりするので、やりこみ派のプレイヤー達は目を皿のようにして文の違いに傾注するのだった。



 

 主人公『エリーゼ』になった『私』は言葉の違いにそこまで興味がなかった事もあって、二週目以降は選択肢までスキップする派だった。

 おかげで最初の選択肢までの流れをほぼ忘れていた。

 初回プレイ時を思い出す時間もなく、その場の空気に流されるまま、怒涛の入学式とその後寮の食堂で行われる歓迎会に参加する事となった。

 親交を深めるという名のもとに…庶民出身のエリーゼとマルチナをまるで珍獣と対面した如く眺めては話しかけるお貴族様の相手をして、授業の流れや寮の仕組み、寮の決まりごとから女性寮を円滑にするための暗黙のルールまで、たっぷりと聞いたり聞かされたりした。


 ゲーム内では二三行で終わる説明文も、実際参加するとなると数時間単位の話になる。

 エリーゼは、お貴族様の怒涛の質問攻めに、へえはあ、そうですか、そうですね、いえしりませんでしたと繰り返すだけの存在になっていたが、相手が多すぎるため流石に疲れが出てきた。

 人酔いしたエリーゼは、異常を察した術者女性寮長のリリーの声掛けで歓迎会の輪から抜けることができた。

「浴場空いていると思うから、お風呂につかって血行を良くしたほうがいいわ」

 とリリーの助言どおりとりあえず風呂場に行き、湯に浸かる。歓迎会のため風呂には誰も居ない。貸し切り状態だったが、誰か来ておしゃべりが再開しては敵わないとばかりに早々に体を温め洗い、息を殺して自室に戻った。


 部屋のドアの前に麻でできた円筒形の袋が置いてあった。

「あー…これが洗濯物入れか」

 この麻袋に洗い物を入れ、朝出かける前にドアの前においておくと、洗濯婦が回収して洗い、二三日以内に洗い済み用の袋に入れて戻ってくるのだそうだ。


 本来のゲームの流れでは、寮に到着したその日に洗濯物…付け袖を出すと、攻略キャラクターが現れるのだが、その日エリーゼは初めて乗る馬車で腰を痛めその機会を逃してしまった。

 まあ、そのキャラクターと恋人になるつもりはなかったのでいいか、とエリーゼは考え直して麻袋を抱え、魔法のかかった鍵を使い部屋に入る。

 

 もともとお貴族様の子息息女が住まいとして使うため、寮の部屋の隣には使用人部屋が三つほど用意されている。が、平民出身のエリーゼに使用人などつくはずもなく…ハルアが用意しようかと言ってくれたが、田舎娘の世話をさせられる侍女の気持ちを考え丁重にお断りした…エリーゼの部屋は広いくせに住む人間は一人だけという、寂しい状態だった。


 寂しさは疲れと怒りとともにやって来た。

「だいたい何なん?平民は皆農場に住んでるとでも思ってんの?なによ牛って。前世でも見たことないっての。

 貴族様は地方の見学しか行かないの?農工商の農しか知らんの?腹立つっ!よくそんなので為政者ねらってんなあ!女の八割は旦那探しかもしれんけどさあ!」

 おそらく、こちらの言葉ではない音で空気を怒鳴りつける。

 …反応してくれる相手が居ない。


「もういい!いいよ別に!私はハルアを助けられれば、それでいいもん!」

 口を閉じると喪失感に飲まれそうだった。

 勢いをつけて寝台に乗り込み、風を通すため窓を開ける。

「はい一人ぼっち!一人でも大丈夫!頑張る!」


 夜の空気と、部屋の滞った空気を入れ替えるつもりで手をばたばたと振った。

 我に返った瞬間…制服の袖に止められていた付け袖がひらりと外れて、泳ぐように窓外へ落ちていくのを見てしまった。


「ああー!!」


 ハルアが選んでくれた栗色の釦がついた付け袖は、寮の外に消えていった。


 寮の門はすでにしまっていて、外出できる時間ではない。

「ごめんね!明日、ぜったい見つけるから!」

 付け袖に言い聞かせるように森の中へ声をかけ、エリーゼは唸りながら窓枠にもたれ掛かった。



======


 翌朝、寮での朝食を秒で終わらせたエリーゼは、付け袖が落ちたと思しき場所へ駆けた。

 各寮と校舎をつなぐ道のあたりだった。周りには木々が生い茂っている。その枝の先に引っかかっているのではないかと、はたまた生け垣の隙間に落ちてはいないかと四つん這いになって探したが…見つからなかった。


 朝からどっと疲労したエリーゼは死人のように授業を受けた。

 入学したてのため、別の寮との共通授業はまだ先の話だが、いつか来る日にハルアの顔を見れそうにない。

 確かに付け袖と釦のストックはあるが、無くしていい理由には成らない。

「ああー…」

 次の授業への移動に回廊を進みながら重いため息が勝手に口から漏れ出る。


 きゃあ、と先に歩いていた術者寮の生徒達が黄色い悲鳴を上げた。回廊の角に誰かいるらしく生徒たちが次々に立ち止まり渋滞が起きる。エリーゼその一団にぶつからないように歩みを緩め、横をすり抜けようとした。


――ああ君だね


 記憶の中の言葉と声が響く。


「ああ、君だね」

 渋滞の先に居た人影が、それと同じ声で、横をすり抜けようとしたリーゼに間髪入れず声をかけ、肩をたたいた。



――失礼、無遠慮に触れてしまって。

  君は止まらずに行ってしまいそうだったから…

  うん。間違いない。君だ



「失礼した。肩に触れるなんて。

 けれどこうでもしなければ、君は止まってくれないだろうから」

 少しだけ記憶と違う言葉が聞こえる。


 …本来なら、洗濯婦の選別間違いで起こるイベントだから、形を変えてイベントが発生するとは思わなかった。

 いや、条件によってはこういう登場もあるのかもしれない。


――これは君のだろう。失せ物探しと待ち人の魔術で君を待っていた。

  洗濯婦が間違えたようだ。私のところに、君のものが入っていた。


「これは君のだろう。待ち人の魔術をつかって、君がここを通ると出たから待っていた。

 昨日、これを落としただろう?昨晩、私の前に降ってきたものだ。公務の帰りでね、裏口を開けてもらったんだ。そうしたら、これが、空から降ってきて」


 甘い顔をした青年が、小奇麗なハンカチに包まれた付け袖を示す。

 エリーゼに向けられた微笑みは周囲で渋滞を作っていた女生徒の心臓に突き刺さり、悲鳴や感歎の吐息に変わって愛らしい唇から漏れた。


 まるで王子様のようなセリフじゃあないか、と心に突き刺さるものがないエリーゼはへえはあと会釈のような相槌を打って付け袖を受け取った。

 ハルアが選んでくれた栗色の袖釦は、高所から落ちた割に傷一つ無く安心した。

 彼の顔の醜悪より、袖釦が戻ってきたことに心が向いている。


「気をつけるのだよ」

 彼の言葉の一つ一つに、周囲が沸き立つ。


 青年は反応の鈍いエリーゼ(袖釦が戻ってきたことが嬉しく、他のことまで考えていないだけ)の様子をうかがい、ああ君は例の、平民出身の子か知らないのも当然か、と納得していた。

知っています


「私の顔を知らないのも仕方ないな」

知ってます


「私はハイフズ。君と同じ術者寮だ」

知ってます


――おそらく君以外のすべての生徒には知られているのだが

「おそらく君以外の生徒は知っているんだが」



――私は


「私は八代国王スウィズの次子だ」



知っています




貴方は作中で最も早く登場する攻略対象キャラですから。


『ハイフズ』

 八代国王スウィズの次子。術者寮。

 幼少より治療術の素質を見せ、聖殿の神官の導きにより才能が開花。

 苛烈な兄と比較される事が多々あるが、当人達は気にしていないようで兄弟仲は良好。


――彼の人は水盤。嘲る者を嘲り、嗤う者を嗤い、泣く者と共に泣きその涙を受け止め、空までも写し込む。湛える水は慈雨と同じく、霧と同じく、大河の流れと同じく、荒ぶる海と同じく、

 慈悲と無情を持つ。



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