親友マルチナ
『マルチナ』
主人公エリーゼ(名前変更可能)の親友となる少女。
実家は豪商で、その金で爵位を買った成金子爵の三女。
垢抜けないため周囲から浮いた存在で、自身のコンプレックスとなっていた。しかし似た境遇であるエリーゼと出会い、卑屈な性格も変わっていく。
――それは薔薇園に落ちた一粒の野草の種。薔薇の棘に怯え、低く小さくなれど健気に咲く忘れな草の君。
乗り慣れない馬車のせいで腰を痛め、凄まじい乗り物酔いに苛まれたエリーゼだったが、夢うつつに飲まされたレモンとハーブのお茶のおかげか、吐き気が無くなるのと同時に深い眠りの中に落ちてしまった。
そして気がつけば朝だった。
明かり取りの木窓の隙間から一条の朝日が差し込む。それはレースカーテンなど知らないとばかりにレースの網目を通過し、ダイレクトにエリーゼの瞼の上に落ちたため、エリーゼの体はほぼ強制的に覚醒した。
唸りながら起き上がった視界がぼんやり靄がかかったように見える。…いや、実際に部屋は煙に満ちていた。寝台の隣の机の上には、すっかり焚ききり灰になった香が小皿の上で崩れかけている。
魔法が練り込まれた香だ。
馬車に揺られて痛めた腰が何事もなかったように軽いのを考えるに、昨晩の寮長が疲労回復の香を焚いてくれたのだと察する。
視線を香から手許に戻す。
寝台の枕元には小さな棚があり、そこにも物が置けるようになっていた。そのスペースに、蓋がされたティーカップとメモが置いてある。メモには、胃に違和感があるならこの茶を飲むこと、と書いてあった。
胃の底に少し残った気持ち悪さと、ちょうど喉が乾いていたのもあって、エリーゼはティーカップの蓋を取り、中身を一気に飲み干した。
ずいぶんとスッキリしたエリーゼは香の煙を流すため明かり取りの木窓を全開にして薄いカーテンを風になびくままにする。
外の空気が流れ込むと同時に窓の上の方から煙が流れ出ていった。
寝台を降り、軽く伸びをしたところで、ドアが三回ノックされた。
はい、とエリーゼが返事をすると、ドアの向こうにいる人がほっと息を吐いた気配がした。
「術師寮の女性寮長のリリーと言います。エリーゼさん、昨日お話できなかった寮の説明をしたいので、下のロビーに来て頂けますか?部屋着で構いませんから」
ああたしか『七色のレガリア』にもそんなモブキャラが居たな…とエリーゼに生まれ変わった『私』は頭の隅で考える。
頭が別のことを考えている間に口はするすると「わかりました。支度してから参ります」と言葉を返していた。
寮長リリーが去る足音を聞きながら、鞄の中から部屋着を引っ張り出した。
装飾のないシンプルなブラウスとオレンジ色のスカート。エリーゼの母が奮発して買ったものだ。貴族から見れば笑えること必至の地味な装いだが、母の思いがたっぷり込められているので恥ずかしいとは思わなかった。
綿生地のブーツを履き部屋を出る。
階段に向かう途中、死角から一人の女生徒が現れぶつかった。
きゃあ、と甲高い声で尻餅をついた赤毛の少女に、エリーゼは慌てて手を伸ばす。
「ごめんなさい。大丈夫?」
伸ばされたエリーゼの手を、思いの外しっかりと握った少女は、勢いをつけて立ち上がり
「こちらこそ申し訳ありません。あの、急いでいますので、失礼します」
と早口に言ってそのまま走って階段を降りていってしまった。
あまりの速さにエリーゼは返事もできずぽかんと立ち尽くす。
「あ」
数秒の間をおいて、彼女が『七色のレガリア』で主人公の親友キャラとして登場する『マルチナ』その人であった事に気付いた。
自身もマルチナのストーリーを思い出しながら階段を降りて術者寮の女性寮のロビーに顔を出す。そこには十人ほどの少女が椅子に座り寮長リリーを待っていた。
「隣、いいかしら」
エリーゼはあえてマルチナの隣の席を選んだが、椅子に腰掛ける前にマルチナがすっくと立ち上がり、うんと遠くの席に移動してしまった。
ゲーム内でのマルチナとの出会いは入学式後になる。それまで録に会話も出来ないのだろうか。
マルチナなら、どうやっても死んでしまう悪役令嬢のハルアを救う手助けをしてくれるはずだ。出会いの場面をもっと早くしても良いのではないか、とエリーゼは思いつき、マルチナに近付こうとするのだが――
「さて。全員揃いましたね。…これから寮と学校生活について説明いたしますので、わからないところなどがあれば質問して下さい」
資料を抱えてやって来た女性寮長リリーの声で、場の空気が変わる。
マルチナに話しかけようとしていたエリーゼはその機を逃し、黙って資料を受け取るだけだった。
ちらと横目でマルチナを見る。
マルチナは二折になっていた資料に頭を突っ込み、顔を隠していた。
マルチナ…隠し攻略キャラの一人。親友、恋愛、離別の三種EDがある
ちなみに術者選択でのマルチナ親友EDは、王城で貴族と商人の不正が暴露され平民が暴動を起こす。
負傷者の治療のため術者寮の者達が動員されるが、平民の負傷者達は、貴族の施しは受けないと言い治療を拒む。
そんな中、致命傷を負ったハルアが運ばれてくるのだが、ハルアも治療を拒否。「平民出身の術者に触られたくない。傷が腐る」と平民出身のエリーゼとマルチナを罵る。
平民の一人が怒りのままハルアを追い出し、エリーゼとマルチナに治療を頼む。他の者達も続き、多くの命が救われた。…ただ一人を除いて。
やがて暴動は収まり、エリーゼとマルチナは聖女と讃えられ、平民と貴族から愛される存在となるのであった。